神戸大学の内分泌学研究チームは、手の甲と握り拳の画像のみを用いて希少疾患である先端巨大症をAIで診断するモデルを開発した。成果は The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 誌に掲載された(DOI: 10.1210/clinem/dgag027)。
従来の研究の多くは顔写真に依存しておりプライバシー上の課題があったが、本研究では掌紋を避けた手の画像を採用し、日本全国15の医療施設から725人の患者による11,000枚超の画像を収集して訓練・検証を行った。モデルは高い感度と特異度を示し、同じ写真を評価した経験豊富な内分泌専門医の成績を上回った。研究チームは今後、関節リウマチや貧血、ばち指など他の疾患への拡張を目指す。研究代表者の福岡秀規氏は、総合健診での専門医紹介や地域医療における非専門医の支援を通じた医療格差の縮小に貢献できる可能性を示した。本研究は公益財団法人ひょうご科学技術協会の助成を受けて実施された。
From:
AI accurately spots medical disorder from privacy-conscious hand images | Kobe University News site
【編集部解説】
この研究が注目に値するのは、医療AIの「精度」と「社会実装」という、しばしば相反する二つの課題を同時に解決しようとしている点です。
先端巨大症は、成長ホルモンの過剰分泌によって手足や顔貌が徐々に変化する希少疾患で、有病率は10万人あたり8〜24人とされています。変化が極めて緩やかなため、患者本人も周囲も気づきにくく、約24%の患者で診断までに10年以上を要するというデータがあります。その間に高血圧や糖尿病、心血管疾患などの合併症リスクが蓄積し、未治療のまま放置すると余命が約10年短縮する可能性も指摘されています。
従来、AIによる先端巨大症の早期発見は「顔写真の解析」を軸に進められてきました。たとえばスペインの研究チームが開発したACROFACEシステムは顔画像で93%の精度を達成し、診断の最大10年前に特徴を検出できる可能性を示しています。しかし、顔画像の収集には肖像権やプライバシーの観点から大きなハードルがあり、臨床現場での普及が進んでいませんでした。
神戸大学チームの着眼点は、先端巨大症患者の90%に認められる「手足の肥大」に着目し、さらに個人を特定しやすい掌紋や指紋を含む手のひら側を避け、手の甲と握り拳(いわゆる「fist sign」)のみを入力としたことです。これにより患者の協力を得やすくなり、全国15施設から725人の患者の協力を得て11,000枚超の画像を収集し、最終的に716人・11,480枚を分析対象とする、この分野では大規模なデータセットの構築に成功しています。
論文によると、ResNet-50ベースのモデルは感度0.89、特異度0.91、F1スコア0.89、ROC-AUC 0.96を達成しました。同じテストデータを評価した10人の認定内分泌専門医のF1スコアが0.43〜0.63の範囲にとどまったのに対し、AIモデルは全員を上回る結果となっています。
ただし、いくつかの留意点もあります。今回の対照群(コントロール群)には一般健常者が含まれておらず、主に下垂体疾患の評価を受けた患者で構成されています。実際の健診や一般診療で運用する場合、健常者を含むより幅広い集団での検証が不可欠です。また、データはすべて日本国内の施設から収集されており、他の民族集団における汎用性は今後の課題として残されています。
将来的には、研究チームが次の展開として掲げている関節リウマチ、貧血、ばち指といった「手から読み取れる」他疾患への応用も期待されます。スマートフォンのカメラで手を撮影するだけでスクリーニングが可能になれば、専門医が不足する地域医療の現場や、企業の定期健診といった場面で、これまで見逃されてきた疾患の早期発見に貢献する可能性を持っています。
プライバシーを「制約」ではなく「設計原則」として組み込んだことで、むしろデータ収集の協力を得やすくなり、結果としてモデルの頑健性も高まったという点は、今後の医療AI開発に対する重要な示唆といえるでしょう。
【用語解説】
先端巨大症(アクロメガリー)
成長ホルモンの過剰分泌により、手足や顔貌が徐々に肥大する希少な内分泌疾患である。多くは脳下垂体の良性腫瘍が原因で、日本では指定難病に認定されている。有病率は10万人あたり8〜24人とされる。
ResNet-50
Microsoftが開発した50層の深層畳み込みニューラルネットワーク。画像認識の分野で広く使われる基盤モデルであり、ImageNetで事前学習された重みを転移学習に活用することが多い。
感度(Sensitivity)と特異度(Specificity)
感度は「疾患のある人を正しく陽性と判定する割合」、特異度は「疾患のない人を正しく陰性と判定する割合」である。両方が高いほど診断性能が優れていることを意味する。
F1スコア
感度(再現率)と陽性的中率(適合率)の調和平均で、0から1の値をとる。1に近いほどバランスの取れた高い分類性能を示す。
ROC-AUC
受信者動作特性曲線の下の面積を示す指標である。1.0に近いほど優れた識別能力を意味し、0.5は判別能力なし(ランダム)に相当する。
fist sign(フィストサイン)
先端巨大症に特徴的な臨床所見で、握り拳を作った際に手のひらの中央で爪を覆いきれない状態を指す。本研究ではAIモデルの入力画像の一つとして採用された。
【参考リンク】
神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学部門(外部)
本研究の中心となった研究グループの公式サイト。スタッフ紹介や研究業績、最新ニュースを掲載している。
The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism(Oxford Academic)(外部)
本論文が掲載された内分泌学分野のトップジャーナル。米国内分泌学会が発行する査読付き学術誌である。
難病情報センター:下垂体性成長ホルモン分泌亢進症(外部)
厚生労働省の難病対策事業に基づき、先端巨大症を含む指定難病の診断基準や治療情報をまとめたページ。
【参考記事】
Automatic acromegaly detection using deep learning on hand images: a multicenter observational study(外部)
原著論文全文。感度0.89、特異度0.91、ROC-AUC 0.96等の具体的数値と研究方法論の出典元。
AI Accurately Detects Medical Conditions Using Privacy-Friendly Hand Images(外部)
Bioengineer.orgによる詳報。プライバシー配慮型アプローチの意義と研究背景を包括的にまとめている。
AI accurately spots medical disorder from privacy-conscious hand images(外部)
Medical Xpressによる速報記事。研究の概要と今後の展望をプレスリリースに基づき簡潔に報じている。
Artificial intelligence in acromegaly: Why, when and how(外部)
Pituitary誌のレビュー論文。顔画像ベースの先端巨大症AI診断の現状と課題を概観した先行研究。
Game Changers: An AI Facial Recognition System that detects acromegaly 10 years before diagnosis(外部)
ACROFACEシステムの93%精度や4,000人規模スクリーニング研究など先行事例の数値の出典。
【編集部後記】
「手の写真を撮るだけ」で病気の兆候がわかる時代が、すぐそこまで来ているのかもしれません。今回の研究では、プライバシーへの配慮が結果的にデータ収集の壁を下げ、AIの精度向上にもつながりました。医療AIの普及には技術だけでなく、「人がどう感じるか」という視点が欠かせないことを改めて考えさせられます。みなさんは、AIによる健康スクリーニングが日常に組み込まれる未来をどのように感じますか?
