NEC Corporationは2026年2月27日、Amazon Web Services(AWS)との連携により、6G/5GコアネットワークのUser Plane Function(UPF)のライフサイクル全体をAgentic AIが自律的に管理する技術の実証に成功したと発表した。
本実証ではAWSのAgentic AI「Kiro」を活用し、従来ネットワークオペレーターの手動設定で数週間を要していたネットワーク設計から初期サービス開始までの所要時間を数時間に短縮できることを確認した。さらに、人手を介さない異常検知の自動化および自己修復運用も検証された。本技術の一部は情報通信研究機構(NICT)の助成事業により取得されたものである。本実証環境に基づくデモンストレーションは、MWC Barcelona 2026(2026年3月2日〜5日)のAWSブースにて展示される予定である。
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NEC Demonstrates Agentic AI–Driven Autonomous Network Operations in Collaboration with AWS
【編集部解説】
今回NECが実証した技術の核心を理解するには、まずUPF(User Plane Function)の役割を押さえておく必要があります。UPFは5Gコアネットワークにおいて、動画ストリーミングやWebトラフィックなど、すべてのユーザーデータのルーティング・転送・品質制御を担う「データの通り道」そのものです。ネットワークスライシングやエッジコンピューティングを支える土台でもあり、5Gの低遅延・高スループットという約束を実現するうえで最も重要なネットワーク機能の一つといえます。
従来、このUPFの設計から構築・展開・運用監視までのプロセスには、高度な専門知識を持つネットワークエンジニアが手作業で膨大な設定を行う必要がありました。NECの発表によれば、このプロセスに従来は数週間を要していたとのことです。今回の実証では、AWSのAgentic AIツール「Kiro」を活用することで、このライフサイクル全体をAIが自律的に管理し、所要時間を数時間にまで圧縮できることが確認されました。
ここで注目すべきは「自動化」と「自律化」の違いです。従来のネットワーク自動化は、あらかじめ定義されたスクリプトやワークフローに従って処理を実行するものでした。一方、今回の実証で示されたのは、AIが自ら判断しながら設計から運用までを遂行する「自律的運用」の領域に踏み込んだ成果です。異常検知と自己修復を人手を介さずに行える点も、この違いを明確に示しています。
KiroはAWSが提供するAgentic AI開発サービスであり、IDE(統合開発環境)とCLI(コマンドラインインターフェース)を備えています。元々はソフトウェア開発者向けに設計されたツールで、自然言語による指示でインフラのプロビジョニングやデプロイを実行できる点が特徴です。NECはこのツールに、自社が商用キャリアネットワークの運用で培った設計・運用ノウハウを組み込み、通信インフラ固有の要件に対応させました。汎用AI開発サービスを通信領域に特化させたアプローチとして興味深い取り組みです。
この実証が発表されたタイミングにも意味があります。MWC Barcelona 2026の開催直前であり、通信業界全体がAgentic AIによるネットワーク自律運用に大きく舵を切りつつある時期です。MicrosoftもMWC 2026に合わせてKenmeiとの連携による自律ネットワーク構想を発表しており、EricssonはAgentic AIのセキュリティガイドラインを公開しています。SK TelecomもAI Native 6Gフレームワーク「ATHENA」を推進するなど、業界全体が同じ方向を向いている状況が見えてきます。
通信事業者にとって、この技術がもたらすメリットは運用効率の改善にとどまりません。深刻化する通信インフラ技術者の人材不足への対応策としても大きな意味を持ちます。高度な専門知識がなくてもネットワーク機能の展開・運用が可能になるという点は、ベテラン技術者の退職が進む業界にとって切実な価値を提供するものでしょう。
一方で、潜在的なリスクについても認識しておく必要があります。AIがネットワークインフラの構築・運用を自律的に行うようになると、その判断プロセスのブラックボックス化が懸念されます。OWASPは2025年12月に「Agentic Applications向けTop 10リスク」を公開しており、Ericssonもマルチエージェントシステムにおける脅威の拡大について警鐘を鳴らしています。自律的に動作するAIエージェントがネットワーク障害時に連鎖的な誤判断を起こすリスクや、外部からの攻撃面が広がる可能性は、今後の標準化議論において重要な論点となるはずです。
長期的な視点では、本実証は2030年頃の商用化が見込まれる6G時代の基盤技術としての位置づけが明確です。6GではAI Nativeなネットワークアーキテクチャが前提となり、UPF自体も「Intelligent User Plane」へと進化していくと予想されています。NECが今の段階でAIによるUPFライフサイクル管理を実証したことは、6G時代の自律型ネットワーク運用に向けた重要な一歩といえます。
なお、本技術の一部は日本の国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の助成事業によるものであり、日本の公的研究投資が6G時代の通信インフラ技術の競争力確保に貢献している点も見逃せません。
【用語解説】
UPF(User Plane Function)
5Gコアネットワーク(5GC)におけるデータプレーンの中核機能。ユーザーの動画ストリームやWebトラフィックなど、すべてのデータパケットのルーティング・転送・QoS(通信品質)制御を担う。ネットワークスライシングやエッジコンピューティングを支える基盤でもある。
5Gコアネットワーク(5GC)
5G通信システムの中枢を構成するネットワーク基盤。制御プレーンとユーザープレーンを分離(CUPS)したサービスベースアーキテクチャを採用しており、UPFはそのユーザープレーン側の主要機能である。
Agentic AI
あらかじめ定義されたスクリプトに従う従来型の自動化とは異なり、目標に対して自ら推論・計画・実行を行うAIの概念。マルチステップのタスクを自律的に遂行できる点が特徴である。
CSP(Communications Service Provider)
通信事業者のこと。携帯電話事業者や固定通信事業者など、通信サービスを提供する企業の総称である。
ネットワークスライシング
単一の物理ネットワーク上に、用途や要件に応じた複数の仮想ネットワークを構築する5Gの主要技術。自動運転向けの超低遅延スライスや、IoT向けの大量接続スライスなどを同時に運用できる。
エッジコンピューティング
データ処理をクラウドの中央サーバーではなく、ユーザーに近いネットワークの端(エッジ)で行う手法。低遅延が求められるサービスに不可欠であり、UPFをエッジに配置することで実現される。
オーケストレーション
複数のネットワーク機能やサービスの展開・設定・管理を統合的に制御するプロセス。今回の実証では、AIがUPFの設計から運用監視までのオーケストレーションを自律的に遂行した。
GitOps
Gitリポジトリをインフラ構成の「信頼できる唯一の情報源」として扱い、バージョン管理・変更追跡・自動デプロイを実現する運用手法である。
AI Native
システムやネットワークの設計段階からAIを前提として組み込むアーキテクチャの考え方。NECが掲げるビジョンであり、6G時代のネットワーク設計思想としても業界全体で注目されている。
【参考リンク】
NEC Corporation プレスリリース(原文)(外部)
Agentic AIによるUPF自律管理技術の実証成功に関する公式発表。技術詳細と両社コメントを掲載。
Amazon Web Services(AWS)公式サイト(外部)
AWSのクラウドサービス公式サイト。今回の実証ではAWSのインフラ基盤とAIツールが活用された。
Kiro 公式サイト(外部)
今回の実証で活用されたAgentic AI開発サービス。IDE・CLIを備え、自然言語によるインフラ自動化が可能。
MWC Barcelona 2026 公式サイト(外部)
世界最大のモバイル業界イベント。2026年3月2日〜5日開催。AWSブースで今回の実証デモを展示予定。
国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)(外部)
日本の情報通信分野における公的研究機関。本プロジェクトの技術の一部はNICTの助成事業による。
OWASP(Open Worldwide Application Security Project)(外部)
Webセキュリティの国際非営利団体。2025年12月にAgentic AI向けTop 10リスク(2026年版)を公開。
【参考記事】
Top Six Telecom Trends 2026: Agentic AI, 6G, Open RAN, & More(外部)
通信業界の2026年トレンド分析。AI in telecom市場の年率38%成長や6Gインフラ投資の見通しなどを掲載。
Securing AI in Mobile Networks: 10 Key Guidelines — Ericsson(外部)
Ericssonによるモバイルネットワーク向けAIセキュリティガイドライン。Agentic AIの脅威面拡大を分析。
MWC 2026: Microsoft Helps Telecoms Realize AI ROI — Microsoft(外部)
MicrosoftのMWC 2026向け発表。Kenmeiとの連携による自律型ネットワーク運用構想を紹介。
What will 2026 hold for telecoms? — Telecoms.com(外部)
2026年の通信業界展望。6Gの自律運用レベル5の必要性やAgentic AIへの転換について分析。
NEC and AWS Collaborate to Automate 5G Network Deployment with AI(外部)
Japan Industry Newsによる本件報道。NEC発表の事実関係を簡潔にまとめ、NICT助成にも言及。
【編集部後記】
ネットワークの設計から運用までをAIが自律的にこなす時代が、いよいよ現実味を帯びてきました。「数週間が数時間に」というインパクトもさることながら、専門知識がなくてもネットワーク展開が可能になるという変化は、通信業界の人材構造そのものを変えていくかもしれません。MWC Barcelona 2026ではNECに限らず、多くの企業がAgentic AI×通信インフラの構想を披露する見込みです。みなさんが注目しているAI×ネットワークの取り組みがあれば、ぜひ教えてください。
