MoonPayは2026年3月23日、AIエージェントがブロックチェーン間で資金を保有・送受信できるオープンソースのウォレット標準を公開した。同標準は秘密鍵を暗号化されたローカルボルトに保存し、隔離プロセス内で署名を行う設計で、支出限度額などのポリシー制御機能を備える。GitHub、npm、PyPIで利用可能であり、PayPal、OKX、Circleを含む十数社が仕様策定に参加した。
同日、BitGoはAIツールが自然言語でアクセスできるMCPサーバーの提供を発表した。CoinbaseのX402プロトコルや、VisaおよびStripeが出資するTempoによるAI決済ツールも同時期に展開されている。
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MoonPay releases open-source wallet standard for AI agents
【編集部解説】
AIエージェントが「お金を使う」時代が、静かに、しかし確実に幕を開けています。今回MoonPayが公開した「Open Wallet Standard(OWS)」は、その扉を押し開ける、インフラレベルの重要なリリースです。
まず、このニュースが持つ文脈を整理しましょう。AIエージェントとは、人間の指示を待たずに自律的にタスクをこなすソフトウェアのことです。データを購入し、APIを呼び出し、コンピューティングリソースを借りる——そうした「経済活動」をAIが行うシナリオが、もはや概念実証の段階ではなく現実のものとなっています。2026年第1四半期だけで、オンチェーンウォレットを保有するAIエージェントの数は340,000を超えたとの報告もあります。
にもかかわらず、致命的な課題がありました。AIエージェントが「財布」を持つための共通規格が存在しなかったのです。各エージェントフレームワークは独自の秘密鍵管理ロジックを持ち、互いのウォレットとは互換性がありませんでした。最悪のケースでは、秘密鍵が環境変数やプレーンテキストのファイルにそのまま保存される状況も発生していました。
OWSが解決するのは、まさにこの「ウォレット層の空白」です。技術的な核心は、AIエージェント自身が秘密鍵に一切触れられない設計にあります。鍵はAES-256-GCMで暗号化されてローカルに保存され、署名処理が完了した瞬間にメモリから消去されます。エージェントは支払いを「承認」することはできても、その背後にある暗号鍵を「見る」ことはできない——これは、企業が社員に経費カードを渡すが、銀行口座の認証情報は渡さない構造と本質的に同じです。
また見逃せないのが、OWSが単独のプロダクトではなく「エコシステム」として設計されている点です。PayPal、OKX、Circle、Ethereum Foundation、Solana Foundationをはじめ、15を超える組織が仕様策定に参加しており、MITライセンスで完全公開されています。これにより、特定企業に依存しない中立的な共通基盤として機能することが期待されます。
ポジティブな側面としては、開発者の参入障壁が大幅に下がることが挙げられます。これまで各チェーンごとに独自実装が必要だった署名ロジックが共通化されることで、AIを組み込んだ金融アプリケーションの開発速度は飛躍的に向上するでしょう。CoinbaseのX402プロトコル、GoogleのAgent Payments Protocol(AP2)、StripeとTempoのMachine Payments Protocol(MPP)といった決済レールがすでに整備されつつある中、OWSはその上に乗るウォレット層を補完する役割を果たします。
一方でリスクも直視すべきです。AIエージェントが自律的に資産を動かす世界では、エージェントのハッキングや誤動作が直接的な金銭的損失に直結します。実際、AIを活用したスマートコントラクトの脆弱性による損失は460万ドルを超えた事例も報告されています。ポリシー制御機能による支出制限は有効な安全弁ですが、それ自体もコードである以上、脆弱性が生じる可能性はゼロではありません。
規制面では、より根深い問題が生じます。AIエージェントが主体となった取引において、AML(マネーロンダリング対策)やKYC(本人確認)の義務をどの主体が負うのかは、現行の規制枠組みでは明確に定まっていません。エージェント経済の拡大に伴い、各国の金融当局がこの問題に向き合う時期は遠くないでしょう。
長期的に見れば、OWSは「AIが経済に参加する」という不可逆なトレンドにおける重要なインフラ標準候補の一つです。AI×暗号資産市場は2025年の51億ドルから2035年には552億ドルへ成長するという予測もあり、AIエージェントが暗号資産取引全体の30%を処理するとの試算も出ています。今この瞬間に標準として定着するかどうかが、数年後のエコシステムの形を大きく左右するかもしれません。
【用語解説】
Open Wallet Standard(OWS)
MoonPayが策定・公開したAIエージェント向けのウォレット共通規格。AIエージェントが秘密鍵に直接触れることなく、複数のブロックチェーン上でトランザクションを実行できる統一インターフェースを定義している。
エージェント経済(Agent Economy)
AIエージェントが人間の代わりに自律的にデータ購入・API呼び出し・サービス支払いなどの経済活動を行う社会・経済の仕組みのこと。エージェント同士が直接取引を行うシナリオも含まれる。
秘密鍵(Private Key)
暗号資産の取引を承認するために使われる暗号の「鍵」。これが漏洩すると、資産が第三者に奪われる危険がある。OWSでは、この秘密鍵をAIエージェントのプロセスから完全に隔離する設計を採用している。
AES-256-GCM
現在最も広く使われている対称暗号方式の一つ。256ビットの鍵長を持ち、金融機関や政府機関でも採用される高強度の暗号化規格である。OWSでは秘密鍵の保管にこの方式を用いている。
MITライセンス
オープンソースソフトウェアに付与されるライセンスの一種。商用・非商用を問わず、誰でも自由にソースコードを使用・改変・再配布できる。OWSはこのライセンスで公開されており、特定企業への依存なく利用可能だ。
ノンカストディアル(Non-custodial)
秘密鍵をユーザー自身が管理し、第三者(取引所など)に預けない設計のこと。自己管理型とも呼ばれ、資産の主権をユーザー側に置く考え方に基づいている。
AML / KYC
AMLはAnti-Money Laundering(マネーロンダリング対策)、KYCはKnow Your Customer(顧客本人確認)の略。金融機関に法的に義務付けられているコンプライアンス要件だが、AIエージェントが主体となる取引ではその責任の所在が不明確になっている。
Model Context Protocol(MCP)
AIモデルと外部ツール・サービスを接続するための通信プロトコル。BitGoがMCPサーバーを公開したことで、ChatGPTなどのAIツールからBitGoのインフラへ自然言語でアクセスできるようになる。
X402プロトコル
CoinbaseとCloudflareが開発したHTTPベースのステーブルコイン決済プロトコル。APIやアプリ、AIエージェントがウェブ上でステーブルコインを送受信できる仕組みで、OWSと組み合わせることで決済レールとウォレット層が揃う。
Agent Payments Protocol(AP2)
Googleが60以上のパートナーと共同で開発した、AIエージェント間の商取引を可能にする決済プロトコル。エージェント主導のコマースを標準化する取り組みの一つである。
Machine Payments Protocol(MPP)
StripeとTempoが展開する、セッション単位のマイクロペイメントに特化したプロトコル。AIエージェントがサービスごとに少額決済をプログラム的に実行することを想定している。
【参考リンク】
MoonPay(外部)
2019年創業。法定通貨と暗号資産の交換インフラを提供するフィンテック企業。180カ国以上、3,000万超のユーザーを持つ。
Open Wallet Standard(openwallet.sh)(外部)
MoonPayが公開したAIエージェント向けウォレット共通規格の公式サイト。GitHub・npm・PyPIへのリンクやドキュメントを整備。
PayPal(外部)
世界最大級のオンライン決済プラットフォーム。OWSの仕様策定に参加した主要企業の一つ。フィンテック×AI活用を積極的に推進している。
OKX(外部)
グローバルな暗号資産取引所兼Web3プラットフォーム。OWSの仕様策定に参加し、DeFiやウォレット基盤の整備を積極的に推進している。
Circle(外部)
USDCステーブルコインの発行企業。決済インフラと規制対応の両面で業界を牽引し、OWSの策定にも参加している。
Ethereum Foundation(外部)
Ethereumブロックチェーンの研究・開発を支援する非営利団体。OWSの策定に参加し、AIエージェントとEVMチェーンの統合を後押しする。
Solana Foundation(外部)
高速・低コストなブロックチェーンSolanaの発展を支援する財団。OWSのマルチチェーン対応においてSolanaエコシステムを代表して参画している。
BitGo(外部)
機関投資家向けデジタル資産カストディ企業。MCPサーバーを公開し、AIツールが自然言語でプラットフォームにアクセスできる環境を整備した。
Stripe(外部)
世界的なオンライン決済プラットフォーム。TempoとともにAIエージェント向けマイクロペイメントの仕組みを展開し、エージェント決済競争に参入。
【参考記事】
MoonPay Open-Sources the Wallet Layer for the Agent Economy(外部)
MoonPay公式プレスリリース。AES-256-GCM暗号化や8チェーンファミリー対応など技術仕様の詳細と、CEOのコメントを含む一次情報源。
MoonPay open-sources open wallet standard for AI agents backed by PayPal, Ethereum Foundation, and 15 other contributors(外部)
AIエージェント保有ウォレット数(340,000超)、スマートコントラクト損失額(460万ドル超)、市場成長予測($5.1B→$55.2B)などの数値を掲載した分析記事。
MoonPay Launches Open Wallet Standard for AI Agents(外部)
340,000超のウォレット数、市場規模予測(51億ドル→552億ドル)、AIが2035年までに暗号資産取引の30%を処理するとの試算を整理した記事。
MoonPay releases open-source cross-chain wallet standard for AI agents(外部)
The Blockによる報道。OWSの技術的位置づけとエージェント経済におけるウォレット層の空白を埋める意義を業界横断的な視点でまとめている。
Open wallet standard powers AI agent cross-chain payments(外部)
X402・AP2・MPPなど競合プロトコルとの関係を詳しく整理。OWSがエージェント経済のインフラスタック全体でどのレイヤーを担うかを解説している。
MoonPay Released an Open-Source Wallet Standard for AI Agents(外部)
CoinbaseやSkyfireとの競合関係、オープンソース戦略がプラットフォーム流通戦略を兼ねるという視点など、差別化された分析を提供する記事。
【編集部後記】
AIが「お金を使う」という光景は、もはや遠い未来の話ではなくなってきました。みなさんの日常の中でも、気づかないうちにAIエージェントが関わる取引が増えていくかもしれません。
この動きをどう受け止めますか?ワクワクしますか、それとも少し不安を感じますか?ぜひ、みなさんの率直な感覚を聞かせてください。

