栗林商船株式会社は2026年3月24日、日本植物燃料株式会社がガーナおよびモザンビークで栽培するジャトロファから搾油したストレートベジタブルオイル(SVO)を、既存の適合C重油と10%混合したバイオ燃料を用い、自社運航のRORO船による実航路試験を開始した。
ジャトロファ由来SVOを燃料として使用した海上輸送の実証試験は、日本国内では初の取り組みである。栗林商船は2025年より、日本植物燃料が主導するジャトロファ由来バイオ燃料のフィージビリティスタディに、大手海運会社および大手総合商社とともに参画している。同社は2030年度までに内航海運のCO2排出量を2013年度比で17%削減することを目標に掲げている。
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バイオ燃料を用いた自社RORO船での実証試験を開始|栗林商船株式会社
【編集部解説】
今回の実証試験で使われた燃料は、「B10」と呼ばれる10%混合バイオ燃料です。ジャトロファから搾油したSVO(ストレートベジタブルオイル)を、既存の重油に10%混合して使用します。ここで重要なのは「ストレート(そのまま)」という言葉です。これまで海運分野で主流だったバイオ燃料は、FAME(脂肪酸メチルエステル)やHVO(水素化植物油)といった、化学処理を経て精製された加工燃料でした。今回のSVOは、搾油した植物油をほぼそのまま燃料として使用するため、製造工程がシンプルで、製造コストを大幅に抑えられる可能性があります。
では、ジャトロファという植物はどのような作物なのでしょうか。ジャトロファは毒性があり食用に適さないため、食料生産と競合しません。アフリカや南アジアなどの未利用地や荒廃地でも育つという特性を持ちます。2000年代には「奇跡のバイオ燃料作物」として世界的に注目を集めましたが、実際の収量が当初の期待を大きく下回り、商業化が頓挫した歴史があります。今回の取り組みは、その教訓を踏まえつつ、海運という特定用途に絞って再アプローチしている点が注目されます。
なお、英語メディアの報道(Ship & Bunker、Manifold Times)によると、本フィージビリティスタディは経済産業省(METI)が支援しているとも伝えられています。プレスリリースには明示されていませんが、仮にそうであれば、この試験は一民間企業の自主的な取り組みにとどまらず、国家的なエネルギー政策の一環として位置づけられている可能性があります。
このニュースの背景には、国際海事機関(IMO)による規制強化があります。IMOは2023年に改訂温室効果ガス削減戦略を採択し、2050年までに国際海運のGHGをネットゼロとすること、また2030年時点で少なくとも20%(最大30%を目指す)削減することを定めています。さらに2028年からは、国際海運の排出量に対して1トンのCO2あたり100ドルの価格付けメカニズムが適用される見通しで、年間110〜130億ドルの収入創出が見込まれています。つまり海運各社にとって、脱炭素への対応は「努力目標」から「コスト構造に直結する経営課題」へと変わりつつあります。
今回の試験が持つポジティブな側面は複数あります。まず、既存の船舶エンジンをほぼそのまま使用できるという「後付け対応のしやすさ」は、設備投資が重い海運業界にとって現実的な選択肢です。初期的な知見として、既存船舶システムへの改修を最小限に抑えながら使用でき、より加工度の高いバイオ燃料に対してコスト効率と拡張性の高い代替手段になりうると報告されています。また、搾油後の残渣からバイオ炭を製造して農地に還元することで、カーボンクレジットの創出も可能とされており、単なる燃料転換にとどまらないサーキュラーな価値連鎖が描かれています。
一方、潜在的なリスクも見逃せません。ジャトロファの商業栽培には、収量の安定性と大規模化のコストという長年の課題が残ります。SVOは加工度が低い分、粘度が高く、低温時のフィルター詰まりや燃焼の安定性への影響が懸念されます。今回の試験項目にこれらが明示されているのは、まさにその課題を正直に直視しているからです。また、ガーナやモザンビークからのサプライチェーンが未成熟な現状では、安定供給体制の構築までには相当な時間とコストが必要とされます。
長期的な視点で見ると、この実証が意味するのは「答え」ではなく「問いの立て方」の転換かもしれません。水素やアンモニアといったゼロカーボン燃料が本格普及するまでの「移行期」において、既存インフラを活用しながら段階的に排出量を削減できる現実解を探すこと。栗林商船が「現実解」という言葉を使うのは、そのような時代認識を反映しています。内航海運という日本国内の物流を支えるインフラが、アフリカの農業コミュニティとサプライチェーンでつながるというビジョンは、Tech for Human Evolutionという文脈でも読み解けるトピックです。
【用語解説】
ジャトロファ(Jatropha curcas)
トウダイグサ科の低木。種子に含まれる油分が燃料原料となる。毒性があるため食用不可で、食料生産と競合しない。アフリカや南アジアの乾燥・荒廃地でも栽培でき、持続可能なバイオ燃料作物として注目される。2000年代に商業化への期待が高まったが、実際の収量が当初の見通しを下回り、普及が停滞した歴史を持つ。
SVO(Straight Vegetable Oil:ストレートベジタブルオイル)
植物から搾油した油を、化学処理をほとんど加えずにそのまま燃料として使用したもの。製造工程がシンプルで製造コストを抑えられる反面、粘度が高いため、低温時のフィルター詰まりや燃焼安定性への影響が課題となる。
FAME(Fatty Acid Methyl Ester:脂肪酸メチルエステル)
植物油や動物脂肪をメタノールと化学反応させて製造するバイオディーゼル燃料。軽油との混合使用が一般的で、海運分野での実績も多い。SVOに比べて製造工程が複雑でコストがかかるが、燃料特性が安定している。
HVO(Hydrotreated Vegetable Oil:水素化植物油)
植物油や廃食油を水素処理(水添)によって精製した燃料。石油系燃料に近い性状を持つため「ドロップイン燃料」とも呼ばれ、既存エンジンへの適合性が高い。現在、海運・航空分野で最も普及が進んでいるバイオ燃料の一つだが、製造設備への投資コストが大きい。
B10
燃料の混合比率を示す表記。「B10」は、バイオ燃料10%・化石燃料90%のブレンド燃料を意味する。混合比率が低いほど既存エンジンへの影響が少なく、導入しやすい反面、CO2削減効果も相応に限定される。
フィージビリティスタディ(FS:Feasibility Study)
新事業や新技術の実用化に先立ち、技術的・経済的・社会的な実現可能性を検証する調査・試験のこと。本取り組みでは、ジャトロファ由来SVOを実際の船舶燃料として使用できるかを確認するための段階的な検証プロセスを指す。
カーボンクレジット
CO2などの温室効果ガスの削減・吸収量を「クレジット(権利)」として数値化し、市場で売買できるようにしたもの。企業は自社の削減が難しい排出量分のクレジットを購入することで、排出量の相殺(オフセット)が可能になる。
バイオ炭(Biochar)
有機物(木材・農業残渣など)を酸素が乏しい環境で熱分解(炭化)して作られた炭素素材。農地に混ぜ込むことで炭素を長期間土壌に固定でき、大気中のCO2を除去する手段として注目される。今回の取り組みでは、ジャトロファの搾油後に残る残渣からバイオ炭を生産し農地に還元することで、カーボンクレジットを創出する計画が示されている。
【参考リンク】
栗林商船株式会社(外部)
1894年創業の内航海運会社。北海道〜大阪を結ぶ定期船事業を中核に、港湾荷役から内陸輸送まで海陸一貫サービスを提供する。
日本植物燃料株式会社(NBF)(外部)
2000年設立。アフリカでジャトロファを栽培しバイオ燃料を製造・販売。農民組合の組織化や電子農協プラットフォームも展開する。
国際海事機関(IMO)(外部)
国連の専門機関。海上の安全と海洋環境保護の国際基準を策定。2023年の改訂GHG戦略で2050年ネットゼロを目標に掲げている。
【参考記事】
Japan Conducts RoRo Trial with Jatropha-Based Biofuel Blend — Ship & Bunker(外部)
品川埠頭での補油、METIの支援、7日間の試験航路など、プレスリリースにない詳細を報じた海運専門メディアの記事。
Nippon Biofuels supplies jatropha-based biofuel blend for Japanese trial — Engine.online(外部)
B10ブレンド(SVO10%+VLSFO90%)の詳細と、エンジン無改造で使用可能との見解を伝える海事・エネルギー専門メディア記事。
2023 IMO Strategy on Reduction of GHG Emissions from Ships — IMO公式(外部)
2030年に20〜30%、2040年に70〜80%削減、2050年ネットゼロを定めたIMO改訂GHG削減戦略の公式ページ。
Landmark agreement towards achieving net-zero emissions from global shipping by 2050 — 欧州委員会(外部)
2028年からCO2排出1トンあたり100ドルの価格メカニズム適用と、年間110〜130億ドルの収入創出見込みを伝える解説記事。
Nippon Biofuels supplies jatropha-based biofuel blend for RoRo trial in Japan — Manifold Times(外部)
ガーナ・ボノ地域でのジャトロファ栽培拡大計画と、バイオディーゼル加工施設の設立検討など今後の展開を伝える記事。
【編集部後記】
「脱炭素」という言葉が飛び交う中、水素やアンモニアといった次世代燃料の話題に比べ、バイオ燃料はどこか地味に映るかもしれません。でも、アフリカの土地で育った植物が、日本の海を走る船を動かす——そんなサプライチェーンが静かに動き始めていることを、私たちはもう少し一緒に追いかけてみたいと思っています。

