2026年3月27日、ワシントン州のニック・ブラウン司法長官は、オンラインプラットフォームを運営するKalshiに対して訴訟を提起した。Kalshiは2025年に賭博市場に参入し、スポーツ・選挙・戦争の結果など幅広い対象への賭けを提供している。
同社は自社サービスを「予測市場」と称しているが、州はワシントンState Gambling ActおよびConsumer Protection Act違反に当たると主張している。訴訟は違法行為の停止、州民が失った金銭の回収、民事制裁金の賦課を求めている。また、Kalshiは18歳から21歳の若者を主なターゲットとし、大学生インフルエンサーに報酬を支払って宣伝活動を行っており、15歳のインフルエンサーを起用しようとした事実も指摘されている。
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Washington sues online betting platform Kalshi for illegal gambling
【編集部解説】
「予測市場」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。株式市場に似た、知識と分析力を駆使して未来を予測する知的なプラットフォーム——そう受け取る方も多いかもしれません。しかし今回の訴訟が問うているのは、その「ラベルの貼り替え」が法的に許されるかどうかという、きわめて本質的な問いです。
Kalshiは2018年創業、2021年にサービスを開始したニューヨーク拠点の企業です。自社を「規制された予測市場取引所」と位置づけ、アメリカの商品先物取引委員会(CFTC)の監督下に置かれる金融商品として展開してきました。これが同社の最大の論拠であり、「ギャンブルではなく金融デリバティブである」という主張の根拠となっています。
今回のワシントン州の提訴は、孤立した動きではありません。アリゾナ州は3月17日に刑事訴追に踏み切り、ネバダ州はすでに14日間の操業禁止命令を取得、マサチューセッツ州やオハイオ州でも係争中です。Kalshiは現在、20件以上の民事訴訟を抱えている状況にあります。
注目すべきは、州と連邦の管轄権争いです。Kalshiはワシントン州での訴訟を直ちに連邦裁判所へ移送申請しており、「連邦法(CFTC)が排他的管轄権を持つ」と主張しています。実際、ニュージャージー州やテネシー州の連邦裁判官は州の規制執行を一時差し止めており、同じ争点でも司法判断が割れている状況です。一方、超党派のシフ上院議員(民主党・カリフォルニア州)とカーティス上院議員(共和党・ユタ州)は、予測市場プラットフォームにおけるスポーツベッティングを禁じる法案を今週提出しており、連邦レベルでの立法による解決を模索する動きも始まっています。
若年層へのマーケティングという問題も見過ごせません。Kalshiは18〜21歳をターゲットに据え、大学生インフルエンサーを活用した口コミ戦略を展開。「大学キャンパスが次の1億人ユーザー獲得の鍵になる」と社内で語っていたとされ、さらに15歳のインフルエンサーへの接触まで試みていたことが訴状に記されています。また自社のInstagramで「ちょっとクセになる」と表現していた事実も指摘されており、依存性を意図的に活用するビジネスモデルへの批判は免れないでしょう。
一点、原告側の主張と企業側の反論について触れておく必要があります。ワシントン州の訴状はKalshiがイラン戦争に関する賭けを提供していると主張していますが、Kalshi側は「戦争市場は提供していない」と明確に否定しており、また事前に話し合いを求めていたにもかかわらず提訴が先行したとも述べています。すべての主張が事実として確定しているわけではなく、今後の司法手続きの中で精査される段階にあります。
この一連の動きが問いかけているのは、テクノロジーが「既存のカテゴリー」に収まらない新しいサービスを生んだとき、社会はいかにして公正なルールを形成するか、という普遍的な課題です。CFTCによる連邦規制か、各州の独自規制か——この問いの行方は、予測市場にとどまらず、暗号資産やAI関連の新興サービスが今後直面する規制の枠組みにも影響を与える可能性があります。
【用語解説】
予測市場(Prediction Market)
将来の出来事の結果に対して金銭を賭け、その予測の正否によって払い戻しを受けるプラットフォームの総称だ。Kalshiはこの名称を用い、自社サービスを「金融デリバティブの一種」として位置づけている。
CFTC(商品先物取引委員会)
Commodity Futures Trading Commissionの略称で、アメリカの先物・デリバティブ市場を監督する連邦規制機関だ。Kalshiは同機関から「指定契約市場(DCM)」として認可を受けており、これを「自社の事業は連邦法に基づき合法である」と主張する根拠としている。
デリバティブ(金融派生商品)
原資産(株式・為替・金利など)の価格変動に連動する金融商品の総称だ。Kalshiは自社のイベントコントラクトをデリバティブの一種と定義し、州のギャンブル法ではなく連邦法(CFTC)の管轄下にあると主張している。
Washington State Gambling Act / Consumer Protection Act
ワシントン州の賭博規制法および消費者保護法だ。前者は1973年に制定され、2006年の改正でインターネットギャンブルの禁止が明文化された。今回の訴訟はこの2法への違反を根拠としている。
【参考リンク】
Kalshi(外部)
CFTCが認可した米国初の予測市場取引所。スポーツ・選挙・経済指標など幅広いイベントコントラクトを提供している。
Washington State Office of the Attorney General(外部)
ワシントン州の法執行・法的代理を担う機関。消費者保護・公民権などを管轄し、今回のKalshi提訴を行った当事者。
CFTC(U.S. Commodity Futures Trading Commission)(外部)
米国の先物・デリバティブ市場を規制する連邦機関。州vs連邦の管轄権争いにおいて中核的な役割を担っている。
【参考記事】
Washington AG alleges Kalshi is in ‘direct violation’ of state gambling laws in lawsuit(外部)
2025年の取引量238億ドル・収益の89%がスポーツベッティングという具体的数値を含む詳細報道。
‘No more’: Washington state sues Kalshi, alleging prediction market is illegal gambling – GeekWire(外部)
企業側の反論・超党派の連邦立法の動き・イラン戦争市場の否定など多角的視点で報じた記事。
Washington sues Kalshi as states ramp up legal pressure against prediction markets – CoinDesk(外部)
州対連邦の管轄権争いを深掘りし、Kalshiの連邦裁判所への移送申請の経緯を詳しく報じた記事。
Prediction Market Kalshi Faces Washington State Lawsuit Alleging Illegal Gambling – PYMNTS.com(外部)
アリゾナ州の刑事訴追やCFTCのアミカス・ブリーフ提出など、他州の法的動向を整理した記事。
【編集部後記】
「予測市場」と「ギャンブル」の境界線は、いったいどこにあるのでしょうか。テクノロジーが既存のカテゴリーを塗り替えていくとき、ルールはいつも後から追いかけてきます。この問いは、AIや暗号資産など、私たちが日々追いかけるテクノロジー全般に通じるものでもあります。みなさんはどうお感じになりますか。

