中国YMTCが韓国勢を射程に、NANDフラッシュ市場で加速する「第三極」の台頭

中国YMTCが韓国勢を射程に、NANDフラッシュ市場で加速する「第三極」の台頭

中国のNANDフラッシュメーカーである長江存儲科技(YMTC)は、2026年下半期から中国・湖北省の武漢第3ラインで最先端NANDの本格量産を開始する計画だ。武漢第1ラインは月産10万枚、第2ラインは月産6万枚で稼働しており、年間出荷量は2024年の129万枚から2025年には177万枚へ増加、2026年は200万枚に迫る見通しだ。第3ラインの本格稼働後、YMTCの出荷量はSK hynixおよびMicronを上回り、Kioxia(482万枚)、Samsung Electronics(468万枚)に次ぐ業界3位となる見込みである。また、ロイターなどの報道によれば、AppleがNAND供給上の問題からYMTC製品の採用を検討しているとされる。供給契約の成否は未確定だが、実現した場合、YMTCはSamsung Electronics、SK hynix、Kioxiaに続くAppleの新たなNANDサプライヤーとなる。

From: Ymtc closes gap with South Korea as Wuhan Line 3 boosts high‑layer NAND

【編集部解説】

今回の記事が伝えているのは、長江存儲科技(YMTC)の生産能力拡大と、Appleとの取引可能性という2つのトピックです。ただし、この2点を正確に理解するには、記事が触れていない重要な背景を知っておく必要があります。

まず「NANDとは何か」という基本から確認しましょう。NANDフラッシュは、スマートフォン・PC・データセンターのストレージとして使われる半導体メモリです。「層を重ねる」ほど容量が増え、製造コストが下がります。現在の最先端は321層(SK hynix)で、Samsung Electronicsが286層、YMTCは270層程度まで追い上げています。記事が言及する「200層製品」はすでに量産段階、「300層製品」は歩留まり(正常に製造できる割合)の安定化を目指している段階です。

次に、記事が明示していない極めて重要な文脈があります。YMTCは2022年12月、米国商務省の「エンティティ・リスト」に追加されており、米国製の最先端製造装置(EUVリソグラフィなど)へのアクセスが厳しく制限されています。韓国勢や日本勢と同等の技術水準で競争するうえで、この制約は依然として大きな足かせです。それでも武漢第3ラインの量産開始時期が当初予定の2027年から2026年下半期へ約1年前倒しされたという事実は、制裁下においても中国国家の産業政策と資金支援が着実に機能していることを示しています。

Apple・YMTC間の取引交渉については、記事の書きぶりより状況はやや複雑です。複数の海外メディアが報じているのは、AppleはYMTCのNANDを「中国国内向けiPhone」に限定して採用することを検討しているという点です。米国政府からの反発を回避しつつ、韓国・日本サプライヤーとの価格交渉で有利な立場を得るという、政治的に繊細な綱渡りの戦略が透けて見えます。なお、2022年にも同様の協議があったものの、米国の制裁を受けてAppleは採用を断念した経緯があります。

市場シェアの文脈でも補足が必要です。記事はウェハー枚数ベースの出荷量でYMTCが3位に浮上するとしていますが、TrendForce社の2025年第3四半期データによれば、収益ベースのシェアはSamsung Electronicsが32.3%でトップ、SK hynixグループ(SK hynixとSolidigmの合算)が19.3%で2位、Kioxiaが15.3%で3位、Micronが13.3%で4位という状況です。YMTCは中国市場向けを中心に一定のシェアを持つものの、グローバルな収益ランキングへの影響はウェハー数ほど単純ではありません。

将来的な影響という視点では、YMTCの台頭はグローバルなNAND市場の地殻変動を加速させる可能性があります。中国を中心とした「もう一つのNAND供給圏」の確立は、現在AIサーバー需要に引っ張られて価格が高騰している(TLC NANDの1Tb換算ダイ価格は過去半年で約2倍以上に上昇との報告もあります)市場に、新たな供給源として登場することを意味します。これは価格抑制にプラスに働く一方、地政学的な「サプライチェーンの分断」——信頼できる陣営とそうでない陣営への分極化——をいっそう促進するリスクも孕んでいます。

韓国のSK hynixやSamsung Electronicsにとっては、特に中国国内市場における顧客獲得競争が厳しさを増すことが見込まれます。日本のKioxiaも、安価なYMTC製品との価格競争にさらされる可能性があります。一方でAppleのような大手テック企業にとっては、YMTCという選択肢の存在が既存サプライヤーへの交渉力を高めるカードになりえます。

用語解説

NANDフラッシュ
半導体メモリの一種で、電源を切っても記録が消えない不揮発性メモリだ。スマートフォン・PC・SSD・データセンターのストレージとして広く使われている。「NAND」はトランジスタを直列に接続した論理回路の構造に由来する。

3D NAND(積層NAND)
メモリセルを平面ではなく、垂直方向に何層も積み重ねた構造のNANDフラッシュだ。層数が多いほど記録密度が上がり、容量の増大とコスト削減を同時に実現できる。現在の最先端は300層超の製品が登場しつつある。

ウェハー
半導体チップを作る円形の薄い基板(主にシリコン)だ。1枚のウェハーから多数のチップを切り出して製品とする。月産・年産のウェハー枚数は、メーカーの生産能力を示す指標として用いられる。

歩留まり(yield)
製造されたウェハーのうち、規格を満たす正常なチップが占める割合だ。歩留まりが高いほど同じ設備・材料からより多くの製品を得られ、コスト競争力が高まる。新技術・新製品の立ち上げ期には歩留まりが低くなる傾向がある。

エンティティ・リスト
米国商務省産業安全保障局(BIS)が管理する輸出規制対象リストだ。掲載された企業・機関への米国製品・技術・ソフトウェアの輸出には許可が必要となり、事実上のアクセス制限として機能する。YMTCは2022年12月に掲載された。

EUVリソグラフィ
極端紫外線(Extreme Ultraviolet)を使った最先端の半導体露光装置だ。オランダのASMLがほぼ独占的に製造しており、最先端の微細加工に不可欠とされる。米国の制裁によりYMTCはこの装置へのアクセスが制限されている。

TLC NAND
1つのメモリセルに3ビット(Triple Level Cell)を記録するNANDフラッシュだ。記録密度が高くコストを抑えられる反面、SLC(1ビット)やMLC(2ビット)より書き換え耐性がやや低い。現在のコンシューマー向け・データセンター向けNANDの主流技術である。

Xtacking(エクスタッキング)
YMTCが独自開発した3D NAND製造アーキテクチャだ。メモリセルを形成するアレイウェハーと、周辺回路を形成するCMOSウェハーを別々に製造し、後工程で貼り合わせる方式をとる。この分離製造により、製造プロセスの並行実施とI/O高速化が可能となっている。

参考リンク

長江存儲科技(YMTC)公式サイト(外部)
中国最大のNANDフラッシュメーカー。武漢を拠点にXtackingアーキテクチャによる3D NANDフラッシュを開発・製造。国家支援を背景に生産能力を急拡大している。

Samsung Electronics 半導体部門公式サイト(外部)
韓国最大の総合半導体メーカー。286層V-NANDを量産し、収益ベースでNAND市場シェア世界首位を維持している。

SK hynix 公式サイト(外部)
321層NANDを量産する韓国の半導体大手。傘下Solidigmとの合算で収益ベースNAND市場シェア2位。AI向けHBMでも存在感を発揮している。

Kioxia 公式サイト(外部)
NANDフラッシュを発明した東芝のメモリ部門を前身とする日本企業。BiCS FLASHシリーズで収益ベース市場シェア3位前後を維持している。

Micron Technology 公式サイト(外部)
米国唯一のDRAM・NAND両対応メーカー。AI需要を背景にHBM3EやQLC NAND製品を拡充し、収益ベースNAND市場シェア4位。

Apple 公式サイト(外部)
iPhone・Mac・iPadを展開する米国テック大手。NANDを複数社から調達しており、YMTC採用の検討が複数メディアで報じられている。

TrendForce(外部)
台湾拠点のグローバル市場調査会社。半導体・ディスプレイ分野の市場シェアデータ・価格動向を専門とする信頼性の高いリサーチ機関だ。

参考リンク

YMTC moves ahead with third chipmaking fab in Wuhan despite U.S. sanctions(Tom’s Hardware)(外部)
TLC NANDダイ価格の半年間での倍増と2026年生産分の完売状況、米制裁下でのYMTC拡張の経緯を詳述している。

Ymtc Fast-Tracks Phase III Wuhan Fab, Bringing Mass Production Forward By A Year(IC-PCB)(外部)
武漢第3ライン量産の1年前倒し、登記資本約207億人民元、YMTC270層NAND達成など詳細データを報告している。

AI Infrastructure Continues to Strengthen NAND Flash Demand(TrendForce)(外部)
2025年Q3のNAND収益シェアをSamsung 32.3%、SK hynixグループ19.3%、Kioxia 15.3%、Micron 13.3%と数値で示している。

Apple To Follow A Diplomatic Approach As It Looks To Source NAND Chips From China’s YMTC(Wccftech)(外部)
AppleがYMTC製NANDを中国国内向けiPhoneに限定採用する可能性とXtacking 4.0の技術水準について報告している。

Apple Eyeing A Partnership With Chinese Memory Makers YMTC And CXMT(Wccftech)(外部)
KioxiaのApple向け価格が前四半期比2倍になったこと、AppleのDRAM確保が2026年上半期分にとどまる実態を報告している。

Apple weighs risky partnerships with Chinese brands YMTC and CXMT(Yahoo Finance)(外部)
iPhone 17向けDRAMの約60%をSamsungが供給する実態と、YMTC・CXMT検討が交渉カードである可能性を分析している。

Second-Tier No More: Kioxia and SanDisk Balance Alliance and Rivalry in AI NAND Race(TrendForce)(外部)
2025年Q3でKioxiaが収益ベース3位に浮上、SanDiskが12.4%のシェアを持つことを詳述し、競争構図の整理に活用した。

 

 

【編集部後記】

今回の記事を読み解いていくなかで、私たちが改めて感じたのは「半導体は単なるモノではなく、国家戦略そのものだ」ということです。YMTCの武漢第3ラインは、制裁という逆風のなかでも着実に前進しており、その背景には中国の国家意志が透けて見えます。

Appleの動向は、私たちが日常的に使うiPhoneというデバイスが、実はこれほど複雑な地政学的文脈のうえに成り立っていることを教えてくれます。「安く・安定して調達する」というシンプルな目標が、今や政治・外交・安全保障と深く絡み合っています。

innovaTopiaでは引き続き、半導体サプライチェーンの変化をはじめ、テクノロジーが人類の未来をどう形づくるかを追いかけていきます。次回の記事もぜひお楽しみください。

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