シカゴ大学の学部生10人が、Sloan Digital Sky Survey(SDSS)のデータを用いて星SDSSJ0715-7334を発見した。
2025年3月21日、チリのLas Campanas天文台でマゼラン望遠鏡のMIKE装置を使って観測された。この星は水素とヘリウムで構成され、金属量は太陽の0.005%であり、宇宙で観測された星の中で最低の値である。従来の記録保持者と比べ2倍以上低い。炭素量は検出不可能な水準であった。軌道解析とESAのGaiaミッションのデータにより、大マゼラン雲で形成され、その後天の川銀河へ移動したと特定された。担当教授のアレックス・ジはこの星を「古代の移民(ancient immigrant)」と命名した。論文はNature Astronomyに2026年4月3日付で掲載された。
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“Ancient Immigrant” star puzzles, delights astronomers
【編集部解説】
この発見を正しく理解するには、まず「なぜ金属量が低い星が貴重なのか」という点を押さえる必要があります。宇宙誕生直後のビッグバンでは、水素とヘリウムしか存在しませんでした。鉄や炭素といった「重い元素」は、星の内部での核融合反応や超新星爆発によってはじめて宇宙空間に広がります。つまり、金属量が極端に低い星ほど、宇宙の超新星が少なかった時代——ほぼ誕生直後——に生まれた星だということになります。
SDSSJ0715-7334の金属量は太陽の0.005%であり、鉄の存在量([Fe/H])は−4.3という値です。論文によれば、この星はこれまでに発見された中で最も純粋な星であり、JWSTが現在観測できる最も原始的な高赤方偏移銀河と比べても、10倍以上化学的に純粋です。私たちの最先端宇宙望遠鏡が銀河スケールで見ている「初期宇宙の痕跡」よりも、目の前のこの一つの星の方が、より原初に近い——そんな驚くべき事実を、この発見は示しています。
特に注目すべきは、この星の「形成メカニズム」です。炭素量があまりにも低いため、一般的な「原子微細構造冷却」というプロセスでは星が形成できなかったと考えられます。代わりに、初期宇宙の塵(ダスト)による冷却メカニズムが働いたと結論付けられており、そのような証拠が確認された星は過去に1例しかありません。これはつまり、天の川銀河の外でもダスト冷却による低質量星形成が起きていたことを、宇宙で2例目として証明したことになります。
出生地が大マゼラン雲であるという点も、天文学的に重要な意味を持ちます。天の川銀河はこれまでも多くの小銀河を飲み込んで成長してきたと考えられていますが、この星はその「銀河合併の歴史」を化学的・軌道的に証明する生き証人です。地球からの距離は約80,000光年。遠く離れた場所で生まれ、数十億年かけて銀河の渦の中に引き込まれてきたこの星の軌跡は、天の川銀河そのものの形成史を語っています。
発見プロセスもまた、注目に値します。SDSSは25年にわたりデータを公開し続けてきたビッグデータプロジェクトですが、今回の発見は学部生たちがその膨大なデータの中から候補を選び、チリの実地観測へとつなげた結果です。最終的な論文著者リストには30名以上の名前が並び、学生・大学院生・教授・国際機関が一体となった「新しい科学の形」が体現されています。
この発見が示す長期的な意義は二重です。一つは宇宙論的な側面——初期宇宙の元素合成や第一世代の星(ポピュレーションIII星)の性質を、実際の星を通じて検証できる可能性が開かれたこと。もう一つは教育的・社会的な側面——公開データと研究施設へのアクセスさえあれば、学部生でも世界的な発見に貢献できるという事実です。天文学の「市民科学化」が、いよいよ本格的な科学的成果を生み始めています。
【用語解説】
金属量(メタリシティ)
天文学における「金属」とは、水素とヘリウムより重いすべての元素を指す。星の中にそれらが占める割合を金属量(メタリシティ)と呼ぶ。金属量が低いほど、その星が誕生した時代は古く、宇宙の元素合成が進んでいなかったことを示す。
[Fe/H](鉄の存在量)
星の化学組成を示す指標のひとつ。星中の鉄の量を太陽と対数比較した値であり、0が太陽と同等、−1で太陽の10分の1、−4.3ではおよそ2万分の1に相当する。今回の星SDSSJ0715-7334は[Fe/H] = −4.3を示した。
ポピュレーションIII星(種族III星)
ビッグバン直後に生まれたとされる宇宙最初の星々。水素とヘリウムのみから構成され、質量が非常に大きく短命だったと考えられている。現存は確認されていないが、SDSSJ0715-7334はその直後の第2世代に相当するとみられる。
ダスト冷却(dust cooling)
初期宇宙における低質量星の形成メカニズムのひとつ。ガスが収縮して星になるためには熱を逃がす「冷却」が必要であり、炭素量が極めて少ない環境では、宇宙塵(ダスト)がその役割を担ったと考えられている。この経路が確認された星は、SDSSJ0715-7334が宇宙で2例目である。
高赤方偏移銀河
宇宙の膨張によって光の波長が引き伸ばされ(赤方偏移)、遠方=過去の宇宙に存在する銀河のこと。JWSTが現在観測可能な最も原始的な高赤方偏移銀河と比べても、SDSSJ0715-7334は10倍以上化学的に純粋であるとされる。
【参考リンク】
Sloan Digital Sky Survey(SDSS)(外部)
世界75以上の機関が参加する国際天文観測プロジェクト。25年間データを無償公開し、現在は第5世代(SDSS-V)が稼働中だ。
ESA Gaiaミッション(外部)
欧州宇宙機関(ESA)運用の宇宙望遠鏡。約20億天体の位置・距離・運動を高精度で計測し、天文研究の基盤データを提供している。
Carnegie Science / Las Campanas Observatory(外部)
チリに位置する世界有数の天文台。今回の観測の主舞台となったマゼラン望遠鏡が設置されている施設だ。
Nature Astronomy(外部)
Nature Publishing Groupが発行する査読付き学術誌。天文・宇宙物理学分野の権威ある論文誌で、今回の論文が掲載された。
James Webb Space Telescope(JWST)(外部)
NASAの次世代宇宙望遠鏡。今回の星はJWSTが観測する最も原始的な銀河の10倍以上純粋であることが示された。
【参考記事】
A nearly pristine star from the Large Magellanic Cloud(外部)
今回の発見を報告したNature Astronomy掲載の査読論文本体。[Fe/H] = −4.3、Z < 7.8 × 10⁻⁷の数値とポピュレーションIII超新星との関連を論じる。
The most pristine star yet found in the known universe(phys.org)(外部)
地球から80,000光年、前記録J1029+1729(Z < 1.4×10⁻⁶)との比較など、数値面を詳しく解説した記事だ。
Pristine star reveals the dawn of stars and galaxies in the universe(The Brighter Side of News)(外部)
総金属量7.8 × 10⁻⁷やダスト冷却2例目確認を、Nature Astronomyの図版を参照しながら数値付きで詳報している。
Students found a star from the dawn of the universe drifting into the Milky Way(ScienceDaily)(外部)
論文著者30名超の全名リストを掲載。学生・教授・国際機関が連名した発見の経緯と体制を詳しく紹介している。
Scientists have found the purest, most pristine object in the Universe(BBC Sky at Night Magazine)(外部)
重元素含有量「0.8 parts per million」、太陽比約20,000倍純粋という別角度の数値表現で報じた記事だ。
Astronomers discover the most ‘pristine’ star in the known universe(phys.org・2025年10月)(外部)
arxivプレプリント公開(2025年10月)時点の報道。前記録との数値比較とポピュレーションIII星の関連を先行掲載した。
【編集部後記】
宇宙誕生直後の痕跡が、学部生たちの手によって発見された——そんな出来事が2026年の春に起きました。特別な装置でも、巨大な予算でもなく、公開データと好奇心がその扉を開きました。私たちもまた、日々流れるテクノロジーの情報の中に、まだ誰も気づいていない「何か」を探しているのかもしれません。あなたはこの発見に、何を感じましたか?

