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量子コンピュータで実在分子の超高速ダイナミクス解明に成功 – 新薬開発や材料科学に革命的進展

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 - innovaTopia - (イノベトピア)

量子コンピュータが分子の秘密を解き明かし、医療や材料科学に革命をもたらす未来が到来。人類の進化を加速する技術の最前線が、今、ここに示されています。

オーストラリアのシドニー大学の研究チームが、量子コンピュータを用いた実在分子の動的な挙動のシミュレーションに世界で初めて成功した。この研究は、同大学の量子化学者イヴァン・カッサル教授および物理学ホライゾンフェローであるティンレイ・タン博士らによって主導された 。研究成果は、2025年5月15日付の権威ある学術雑誌「Journal of the American Chemical Society (JACS)」に掲載された 。  

実験は、シドニー大学ナノサイエンスハブに設置されたトラップイオン型量子コンピュータを使用して行われた 。研究チームは、単一のイッテルビウムイオンを用い 、量子ビットとボソンモードを組み合わせた独自の高効率なアナログ量子シミュレーション手法を開発・実装した 。この手法により、アレン (C3​H4​)、ブタトリエン (C4​H4​)、ピラジン (C4​N2​H4​) という3種類の実際の分子が光を吸収した際に起こる超高速の電子的・振動的変化をシミュレートすることに成功した 。  

特筆すべきは、このシミュレーションが1000億倍 (1011) という驚異的な時間伸長率を達成した点である 。これにより、フェムト秒 (10−15秒) スケールで発生する極めて速い化学現象を、実験室で観測可能なミリ秒スケールで詳細に追跡することが可能になった。このアナログ量子シミュレーション手法は、従来のデジタル量子コンピュータを用いたアプローチと比較して、計算資源の効率が約100万倍向上するとされる 。例えば、同等のシミュレーションをデジタル方式で行うには11個の完全な量子ビットと30万回の完璧なエンタングルゲート操作が必要と見積もられるが、本研究では単一のイオンでこれを実現した 。  

このブレークスルーは、古典コンピュータでは正確かつ効率的なモデル化が困難であった複雑な分子の動的プロセス解明に新たな道を開くものである 。将来的には、新薬設計、がん治療、高効率太陽電池、新規光機能性材料の開発など、化学、医学、エネルギー、材料科学といった広範な分野での革新的な進展を加速させることが期待されている 。  

References:
文献リンクhttps://phys.org/news/2025-05-australian-quantum-simulate-real-molecules.html

【編集部解説】

オーストラリアのシドニー大学から発表された、量子コンピュータによる分子シミュレーションの画期的な成果について、その意義と可能性を深掘りして解説します。この研究は、まるで分子の世界の超スローモーションカメラを実現したようなもので、これまで見えなかったミクロの現象を解き明かし、私たちの未来を大きく変える可能性を秘めています。

ミクロのダンス:分子の動きのシミュレーションはなぜ難しく、そして重要なのか
私たちの身の回りにある物質はすべて、原子や分子からできています。これらの分子は、決して静止しているわけではありません。常に振動したり、回転したりしており、特に光のようなエネルギーを受け取ると、内部の電子がエネルギーの高い状態へジャンプしたり、原子間の結合が伸び縮みしたりと、非常に複雑でダイナミックな動きを見せます 。これらの動きは、フェムト秒という、1000兆分の1秒という想像を絶する速さで起こっています 。  

しかし、このような分子の微細な動きを正確にシミュレーションすることは、従来のコンピュータ(古典コンピュータ)にとっては非常に困難な課題でした。なぜなら、分子の振る舞いは量子力学という物理法則に支配されており、そこでは「重ね合わせ」や「エンタングルメント」といった、私たちの日常感覚とは異なる奇妙な現象が起きるからです 。多数の原子や電子が複雑に絡み合いながら動く様子を、古典コンピュータで一つ一つ計算しようとすると、計算量が爆発的に増大してしまうのです。  

では、なぜ分子の動きを理解することがそれほど重要なのでしょうか? それは、分子の動きが、新しい薬が体内でどのように作用するか、新しい材料が光や熱に対してどのように応答するか、あるいは植物が光合成を行ったり、紫外線によってDNAが損傷したりといった、生命現象や物質の性質を根本から決定づけているからです 。この「ミクロのダンス」を解明できれば、より効果的な薬を設計したり、高効率な太陽電池を開発したり、未知の機能を持つ新素材を創り出したりすることが可能になるのです。  

シドニー大学の量子ジャンプ:分子の反応を前例のない詳細さで観察
今回、シドニー大学の研究チームが達成したのは、まさにこの困難な課題への大きな一歩です。彼らは、量子コンピュータを使って、分子が光を吸収した後にどのようなダイナミックな変化を経るのか、その全プロセスをシミュレーションすることに成功しました 。これは、従来の量子コンピュータ研究が主に分子の静的な特性(例えば、ある瞬間のエネルギー状態など)の計算に留まっていたのに対し、時間と共に変化する「動き」そのものを捉えたという点で画期的です 。  

研究を主導したカッサル教授は、この成果を「山登りをする人の全行程における位置とエネルギーを理解するようなもの」と例えています 。これまでは登山口と山頂の情報しか分からなかったのが、どのルートをどのようなペースで登ったのか、その全貌が明らかになるイメージです。  

特に驚くべきは、シミュレーションによって分子の動きを「1000億倍遅く」して観察できたことです 。フェムト秒単位で起こる超高速現象を、ミリ秒単位、つまり私たちの目で追えるような時間スケールで「スロー再生」できるようになったのです。これにより、これまで「よくわかっていなかった」 とされる光化学反応のメカニズムを、原子レベルで詳細に解明する手がかりが得られました。  

「魔法」の裏側:アナログ型トラップイオン量子コンピュータの力と効率
この驚異的なシミュレーションを実現したのが、「トラップイオン型量子コンピュータ」という種類の量子コンピュータです。これは、電荷を帯びた原子(イオン)を電磁場によって真空中に捕獲し、レーザー光などを使って精密に操作することで、情報を処理する量子ビットとして利用するものです 。シドニー大学のチームは、イッテルビウムという元素のイオンをたった1つだけ使って、今回の成果を達成しました 。  

そして、この研究のもう一つの重要なポイントが、「アナログ量子シミュレーション」という手法を採用したことです。量子シミュレーションには、大きく分けてデジタル方式とアナログ方式があります。

  • デジタル量子シミュレーション: 量子ビットに対して、論理ゲートと呼ばれる基本操作を順番に実行していくことで計算を進めます。汎用性が高い反面、複雑な問題を解こうとすると、非常に多数の高品質な量子ビットと膨大な数のゲート操作が必要になることがあります 。シドニー大学のチームは、今回シミュレートした分子の動きをデジタル方式で行う場合、「11個の完璧な量子ビットと30万回の完璧なエンタングルゲート」が必要になると試算しています 。現在の技術では、これだけの規模と精度を両立させるのは容易ではありません。  
  • アナログ量子シミュレーション: 一方、アナログ方式では、シミュレーションしたい対象の量子システム(この場合は分子)の振る舞いを、別の制御しやすい量子システム(この場合はトラップされたイオン)の物理的な挙動に直接対応させて模倣します 。特定の種類の問題に対しては、デジタル方式よりも遥かに少ない計算資源で、効率的に答えを得られる可能性があります。シドニー大学のチームが開発した手法は、まさにこのアナログ方式の利点を最大限に活かしたもので、デジタル方式に比べて「約100万倍も資源効率が高い」と報告されています 。  

さらに、彼らの手法の独創性は、「量子ビット」という離散的な情報単位だけでなく、トラップされたイオンが持つ「ボソンモード」と呼ばれる連続的な物理量(イオンの振動状態などに関連すると考えられます)も巧みに利用している点にあります 。これにより、1つのイオンでより多くの情報を効率的に表現し、分子の複雑な量子状態を精密にシミュレートすることを可能にしました。これが、「新規性の高い、極めて資源効率の良いエンコーディングスキーム」 の核心です。 このようなアプローチは、まだ発展途上にある量子コンピュータの能力を最大限に引き出し、実用的な問題を解決するための賢明な戦略と言えるでしょう。大規模で万能なデジタル量子コンピュータの完成を待つだけでなく、特定の問題に特化したアナログ型やハイブリッド型の量子シミュレータが、科学のブレークスルーをいち早くもたらす可能性を示しています。  

表:分子動力学シミュレーションにおける古典計算と量子計算の比較

特徴古典コンピュータデジタル量子シミュレータ (一般)アナログ量子シミュレータ (シドニー大学の事例)
計算の基本単位ビット (0または1)量子ビット (0と1の重ね合わせ状態)量子ビット及びボソンモード (イオンの量子状態と連続的な振動状態など)
分子動力学へのアプローチ近似的な物理モデルに基づき、原子の運動方程式を逐次的に解く量子アルゴリズムを用い、シュレーディンガー方程式に基づき系の時間発展を計算対象分子のハミルトニアンをトラップイオン系のハミルトニアンにマッピングし、その時間発展を直接観測
リソース要求 (複雑な動力学計算)計算量が指数関数的に増大し、大規模系や長時間シミュレーションは困難多数の高品質な量子ビットと多数の量子ゲート操作が必要 非常に少ない量子ビット(本研究では1イオン)で実現可能、デジタル方式比で約100万倍の効率
量子効果のモデル化能力 (例: 非断熱過程)非断熱過程など、強い量子相関を含む現象の正確なモデル化は極めて困難原理的には正確なモデル化が可能だが、必要なリソースが大きい非断熱化学過程を含む複雑な量子ダイナミクスを正確にシミュレート
複雑な実在分子に対する現在の限界近似の導入が不可避で、精度に限界。特に電子と原子核の運動が強く結合する系は困難。量子ビット数やコヒーレンス時間の制約により、まだ小規模な系や理想的な系が中心。本研究では小分子 (アレン、ブタトリエン、ピラジン) で実証 。より複雑な分子への展開は今後の課題だが、有望視される
シミュレーション時間スケール vs 実時間通常、実時間よりも長い計算時間が必要。計算時間はアルゴリズムとハードウェアに依存。フェムト秒 ($10^{-15}$s) の現象をミリ秒 ($10^{-3}$s) スケールに伸長 (1000億倍スローダウン) して観測
応用例新薬候補のスクリーニング(限定的)、材料の巨視的物性予測など将来的には、触媒設計、タンパク質のフォールディング、新薬開発などへの広範な応用が期待。光化学反応のメカニズム解明、DNA損傷過程の理解、太陽電池材料の設計、光増感剤の開発など

この表からもわかるように、シドニー大学のアナログ量子シミュレーションは、特に分子の「動き」を捉えるという点で、既存の手法に対して大きなアドバンテージを持っています。特に、古典コンピュータでは扱いが非常に難しかった「非断熱過程」 と呼ばれる、光が関与する多くの化学反応や生命現象の中心となるプロセスを正確にシミュレートできるようになったことは、特筆すべき成果です。これは、太陽光エネルギーの変換、視覚のメカニズム、あるいは特定の触媒反応など、これまでブラックボックスだった多くの重要な化学的・生物学的プロセスの核心に迫ることを可能にします。  

より健康で、より持続可能な未来を拓く:期待される応用分野
今回の成果は、基礎科学の進展に留まらず、私たちの生活に直結する様々な分野での応用が期待されています。

  • 医療・ヘルスケア分野:
    • 新薬開発: 薬の候補となる分子が、体内の標的タンパク質とどのように結合し、どのような化学反応を引き起こすのかを精密にシミュレートすることで、より効果が高く副作用の少ない薬を迅速に設計できるようになる可能性があります 。  
    • がん研究: 紫外線によるDNA損傷のメカニズムを詳細に理解することで、皮膚がんなどの予防法や治療法の開発に繋がることが期待されます 。また、光線力学療法と呼ばれる、光に反応する薬剤を用いたがん治療法の効率向上にも貢献する可能性があります 。  
    • 日焼け止め開発: 分子が紫外線をどのように吸収し、エネルギーを無害な形に変換するのかをシミュレートすることで、より高性能な日焼け止めの開発が期待されます 。  
  • エネルギー・環境分野:
    • 太陽エネルギー: 植物の光合成のように、光エネルギーを効率よく化学エネルギーに変換するプロセスを分子レベルで解明・模倣することで、より高効率な太陽電池や人工光合成システムの開発に繋がる可能性があります 。  
    • 光合成研究: 生命のエネルギー源である光合成の複雑なメカニズムについて、より深い理解が得られることが期待されます 。  
  • 材料科学分野:
    • 光機能性材料: 光に特定の形で応答する新しい材料(例えば、高感度センサー、高効率触媒、次世代光デバイスなど)の開発を加速させることが期待されます 。  

これからの道のり:概念実証から量子の革命へ
今回のシドニー大学の研究は、アレン、ブタトリエン、ピラジンといった比較的小さな分子を用いた「概念実証」 と位置付けられています。これらの特定の分子のシミュレーションは、現在の最高性能のスーパーコンピュータでもなんとか計算できる限界付近にあるかもしれません 。しかし、真に期待されるのは、より複雑な分子系への応用です。  

研究チームは、量子シミュレータの規模を現在の単一イオンから20~30イオン程度にまで「穏やかにスケールアップ」することで、古典コンピュータでは到底太刀打ちできないような複雑な化学システムの研究が可能になると考えています 。例えば、溶液中の巨大分子の挙動、タンパク質内での光化学反応経路、あるいは次世代エネルギー変換材料の設計などが視野に入ってきます 。  

この道のりは、まさに「Tech for Human Evolution」というinnovaTopiaのコンセプトを体現するものです。しかし、その実現にはいくつかの課題も存在します。 まず、スケーラビリティです。イオンの数を増やすことは、制御の複雑さやコヒーレンス(量子状態の維持)の点で、依然として大きな技術的挑戦です 。 次に、エラー管理です。アナログシステムは独自のノイズ特性を持ち、系の複雑性が増すにつれて精度を維持することが重要になります 。 また、この高効率なアナログ手法が、光励起以外の多様な化学反応に対してどれほど汎用性を持つのか、今後の検証が待たれます。 そして、これらの最先端の量子システムが、一部の専門研究機関だけでなく、より広範な研究者コミュニティにとってアクセス可能になることも、イノベーションを加速する上で不可欠です。  

今回のシドニー大学の成果は、量子物理学と化学という異なる分野の専門家が見事に協働した結果でもあります 。このような学際的な取り組みが、今後ますます重要になるでしょう。量子コンピュータが化学者に実用的なツールとして認識され始めたことで、今後、量子物理学者はより化学的に意義のある問題に取り組み、化学者は量子技術を積極的に活用するという、好循環が生まれることが期待されます。  

分子のダイナミクスを解き明かすという長年の夢が、量子コンピュータによって現実のものとなりつつあります。この技術が成熟し、広く応用されるようになれば、私たちの物質や生命に対する理解は飛躍的に深まり、これまで解決不可能と思われていた多くの課題に対する新たな解決策が生み出されることでしょう。その未来に、大いに期待したいと思います。

【用語解説】

量子シミュレーション (Quantum Simulation)
量子コンピュータを使い、古典コンピュータでは困難な量子力学的な系の振る舞いを模倣・予測する計算手法。物質科学や新薬開発への応用が期待される。  

分子動力学 (Molecular Dynamics)
原子や分子の物理的な動きをコンピュータでシミュレーションする手法。時間経過に伴う系の動的な「進化」を追跡し、物質の性質や化学反応を理解するのに役立つ。  

トラップイオン型量子コンピュータ (Trapped-ion Quantum Computer)
電荷を帯びた原子(イオン)を電磁場で空間に捕獲し、レーザー光などで操作して量子ビットとして利用する量子コンピュータの一方式。高い計算精度が特長。  

量子ビット (Qubit)
量子コンピュータにおける情報の基本単位。0と1の状態を同時に取りうる「重ね合わせ」を利用し、古典ビットより遥かに多くの情報を扱える。  

アナログ量子シミュレーション (Analog Quantum Simulation)
ある特定の量子系の振る舞いを、別の制御しやすい量子系(シミュレータ)の連続的な変化で直接的に模倣する手法。特定問題に対しデジタル方式より効率的な場合がある。  

フェムト秒 (Femtosecond)
1000兆分の1秒 (10−15秒) を示す時間の単位。光がウイルス程度の距離を進むほどの極めて短い時間で、分子内の超高速現象を捉えるのに用いられる。  

【参考リンク】

シドニー大学ナノサイエンスハブ (University of Sydney Nanoscience Hub) ウェブサイトの説明(80文字以内): 本研究が行われた、ナノスケール研究と教育のための世界クラスの研究施設。 https://www.sydney.edu.au/nano/about/facilities/sydney-nanoscience-hub.html  

シドニー大学 量子制御研究室 (University of Sydney Quantum Control Laboratory) ウェブサイトの説明(80文字以内): Dr. Tingrei Tanが所属し、トラップイオン量子コンピュータ開発をリードする研究室。 https://quantum.sydney.edu.au/research/quantum-control-laboratory/  

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大阪大学「純国産」量子コンピュータが稼働開始、万博で一般体験も可能に

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2025年7月28日、大阪大学の研究室で静かに稼働を始めた一台の量子コンピュータが、日本の技術的未来を大きく塗り替える可能性を秘めています。それは世界で初めて、ハードウェアからソフトウェアまで完全に「Made in Japan」で構築された純国産量子マシンです。

-273℃の極低温世界で踊る28個の量子ビット。アルバックの希釈冷凍機、キュエルの制御装置、そして世界初の完全オープンソース量子OS「OQTOPUS」——これら全てが日本の技術力の結晶として一つのシステムに統合されました。

しかし、この量子コンピュータの真の革新性は技術仕様だけにあるのではありません。8月14日から始まる大阪・関西万博では、来場者が手持ちのiPadから直接この量子マシンにアクセスし、量子もつれという宇宙の神秘を自らの指先で操作できるのです。

科学の最前線が、ついに私たちの手の届く場所にやってきました。


大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)は2025年7月28日、主要部品・パーツやソフトウェアが全て日本製となる「純国産」超伝導量子コンピュータの稼働を開始した。開発は根来誠副センター長、理化学研究所の中村泰信センター長、アルバック、アルバック・クライオ、イーツリーズ・ジャパン、キュエル、QunaSys、セック、TIS、富士通量子研究所らの共同研究グループが担当した。

希釈冷凍機、制御装置、超伝導量子ビットチップ、量子クラウドソフトOQTOPUSなどの主要パーツとソフトウェアを全て国産化した。7月28日時点で28量子ビット以上の制御が可能である。8月14日から20日まで大阪・関西万博で開催される企画展「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」では、来場者がiPadを通じてクラウド経由で本システムにアクセスし、最大4量子ビットの量子プログラムを体験できる。本システムは全てのソフトウェアスタックがオープンソースで構成されており、世界でも類を見ない特徴を持つ。

From:  - innovaTopia - (イノベトピア)「純国産」量子コンピュータ、7月28日稼働! 万博会場からクラウド接続し、来場者に新しい”量子体験”も予定!

【編集部解説】

大阪大学の「純国産」量子コンピュータが稼働開始したというニュースは、実は日本の量子技術戦略における極めて重要な転換点を示しています。

確認された事実として、この量子コンピュータは28量子ビット以上の制御が可能で、システム全体のソフトウェアスタックが世界で初めて完全にオープンソースで構築されている点が画期的です。従来、IBMやGoogleなどの海外大手企業の量子クラウドサービスでは、中核ソフトウェアはブラックボックス化されており、この完全オープンソース化は世界でも前例がありません。

この純国産システムの最大の意義は、技術的自立性の確保にあります。これまでの理研初号機では希釈冷凍機など重要部品の一部を海外製品に依存していましたが、今回は-273℃の極低温を実現する希釈冷凍機もアルバック製の国産品を使用しています。量子コンピュータは将来の基幹産業になる可能性が高く、サプライチェーンの安全保障の観点から自製技術の保有は戦略的に重要です。

技術的な側面から見ると、この純国産機の性能は既に実用レベルに達しています。1量子ビットゲート忠実度の中央値が99.9%、2量子ビットゲート忠実度が最大98%という数値は、国際的にも競争力のある水準です。また、3号機での稼働率86%という実績は、システムの安定性を証明しています。

万博での一般公開が持つ意味も看過できません。来場者がiPadからクラウド経由で実際の量子コンピュータにアクセスできる体験は、量子技術の社会的普及において重要な役割を果たします。これは単なるデモンストレーションではなく、量子ソフトウェアコンソーシアムの40機関という産学連携のエコシステムの成果でもあります。

将来への影響を考えると、この純国産化により日本は量子技術分野でのアジア地域のハブとしての地位を確立する可能性があります。特に、OQTOPUS(Open Quantum Toolchain for OPerators and USers)の完全オープンソース化は、世界中の研究者や企業が利用可能であり、日本発の量子ソフトウェア標準として普及する可能性を秘めています。

一方で、この純国産システムが直面する課題も存在します。現在の28量子ビットから、実用的な量子優位性を実現するには少なくとも数百から数千量子ビットが必要とされます。富士通とRIKENが既に256量子ビット機を発表しており、さらなる大規模化競争が激化することは確実です。

また、量子エラー訂正の実現という技術的難題も残されています。現在のシステムでは10月末までに100量子ビット弱への拡張が予定されていますが、フォルトトレラント量子コンピュータの実現には論理量子ビットあたり数千から数万の物理量子ビットが必要とされています。

しかし、この純国産システムの成功は、日本が量子技術の全スタックを自製できる技術力を証明した点で歴史的意義を持ちます。2025年が国際量子科学技術年として宣言された今、日本発の量子技術が世界標準となる可能性を秘めた重要な一歩と言えるでしょう。

【用語解説】

量子コンピュータ:量子力学の原理に従って動作する量子ビットを情報の最小単位として計算を行うコンピュータ。従来のコンピュータにはない量子重ね合わせや量子もつれを利用することで、分子中の電子状態などの量子的な振る舞いを効率的にシミュレーションできる。

希釈冷凍機:質量数が異なる2種類のヘリウム(液体ヘリウム4と液体ヘリウム3)を混合するときに生じる吸熱効果を利用して、約-273℃(10mK)まで温度を下げる冷凍機。超伝導量子ビットの動作に必要な極低温環境を実現する。

量子もつれ(エンタングル):二つの量子ビットのうちの一方の状態を観測した際に、もう片方がその量子ビットの状態と必ず逆の状態が現れるような強く相関した状態のこと。古典力学や古典電磁気学では説明できない量子力学特有の現象である。

国際量子科学技術年(IYQ):1925年にハイゼンベルグが発見した量子力学の理論誕生から100年を迎えた2025年を、国連が宣言したユネスコの記念年。量子科学技術の普及と理解促進を目的とする。

オープンソースソフトウェア(OSS):ソースコードが公開されており、誰でも自由に利用、改良、再配布できるソフトウェア。従来のコンピュータではLinuxを初めとして様々なOSSが根幹を支えている。

【参考リンク】

大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)(外部)大阪大学の量子技術研究拠点。国際量子科学技術年の日本初の公式パートナーに就任

OQTOPUS公式サイト(外部)世界最大規模のオープンソース量子コンピュータクラウド基盤ソフトウェア

TIS株式会社(外部)量子コンピュータクラウドサービス基盤ソフトウェア開発に参画

エンタングル・モーメント公式サイト(外部)大阪・関西万博での量子・海・宇宙をテーマとした企画展

【参考記事】

TIS、QunaSys、阪大らによるオープンソース量子コンピュータクラウド基盤の研究開発(外部)OQTOPUS開発チームの正式な役職・組織体制の詳細情報

OQTOPUS: Researchers launch open-source quantum computer operating system(外部)世界最大規模のオープンソース量子ソフトウェアイニシアチブとして評価

量子コンピュータクラウドサービスの基盤ソフトウェア「OQTOPUS」を公開(外部)ITメディアによるシステムアーキテクチャの技術的特徴解説

富士通 上小田中に量子棟を建設 次世代コンピュータ設置(外部)2026年度中に1000量子ビットコンピュータ設置予定の報道

【編集部後記】

今回の純国産量子コンピュータの稼働開始は、日本の技術的自立という観点で非常に興味深い出来事です。特に注目したいのは、全てのソフトウェアがオープンソースで構築されている点です。これは従来の「クローズドな量子クラウド」の常識を覆す試みと言えるでしょう。

皆さんは、なぜ日本がこのタイミングで「純国産」にこだわったと思われますか?また、万博での一般公開体験は量子技術の社会実装にどのような影響をもたらすでしょうか?量子技術が私たちの日常にどう浸透していくのか、ぜひ一緒に考えてみませんか。

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オーストリア科学アカデミーが95%精度で量子時間逆行に成功、量子コンピュータのエラー修正技術に革命

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オーストリア科学アカデミーが95%精度で量子時間逆行に成功、量子コンピュータのエラー修正技術に革命 - innovaTopia - (イノベトピア)

オーストリア科学アカデミーとウィーン大学の研究チームが、量子システムにおいて時間を逆行させる手法を開発し、平均95%以上の忠実度を達成した。

研究はMiguel NavascuésとPhilip Waltherが主導し、成果はOptica誌に発表された。実験では単一光子の偏光にクビットを符号化し、サニャック干渉計を通してUとVという2つの進化パターンを重ね合わせ状態で実行した。

量子スイッチという装置を使用し、システムの内部構造や初期状態の詳細な知識なしに量子粒子を以前の状態に復元することに成功した。テストは50の異なる進化の組み合わせ、4つの初期状態、3つの時間ステップ長で実施され、3週間で1800回の実験を行った結果、忠実度は93%以上を維持し、一部は97%に達した。

この技術は量子コンピュータのエラー修正への応用が期待され、1秒の量子進化を1秒で巻き戻すリアルタイム処理が可能である。

From:文献リンクUsing Quantum Physics, Researcher Have Succeeded to “Reverse Time” With Astonishing Precision

【編集部解説】

オーストリア科学アカデミーとウィーン大学による「量子時間逆行」技術は、一見SFのような響きですが、実は極めて実用的な技術革新です。

この研究の核心は、量子システムにおいて95%以上の精度で粒子を「以前の状態」に戻すことに成功した点にあります。重要なのは、この技術が「システムの内部構造を知らずに実行できる」ことです。これは量子コンピュータのエラー修正において革命的な意味を持ちます。

現在の量子コンピュータは、外部からのノイズや相互作用によってデータが容易に破損してしまうという課題を抱えています。従来のエラー修正手法では、エラーの詳細を把握し、複雑な修正プロセスを実行する必要がありました。しかし今回の技術により、「何が起こったか分からなくても、システムを以前の正常な状態に戻せる」という画期的な能力が実現しました。

この技術のユニークな点は、1秒の量子進化を巻き戻すのに正確に1秒しかかからない「リアルタイム処理」である点です。これは従来手法と比較して3倍の高速化を実現しており、実用的な量子コンピュータの運用において極めて重要な改善となります。

実験では、単一光子の偏光状態を利用し、「量子スイッチ」と呼ばれる装置を通じて2つの異なる進化パターンの重ね合わせ状態を作り出しました。これにより、光子は「2つの時間経路を同時に辿る」という量子力学特有の現象を活用して、元の状態への復帰を可能にしています。

研究は理論チームを率いるMiguel Navascuésと実験チームを率いるPhilip Waltherの協力により実現され、実験論文の筆頭著者はPeter Schianskyです。50の異なる進化パターン、4つの初期状態、3つの時間ステップで1,800回の実験を実施し、93-97%の忠実度を達成しました。この高い成功率は、実用的な量子エラー修正技術としての可能性を強く示唆しています。

将来的な応用範囲も注目すべき点です。現在は光子を使用していますが、理論上は冷却原子やイオントラップなど他の量子システムにも適用可能とされています。また、同じ研究チームは時間を「早送り」する手法についても理論的な開発を進めています。

この技術の意義は、量子コンピュータの商用化において最大の障壁であるエラー率の改善に直結することです。現在の量子プロセッサは約0.1-1%のエラー率を持ちますが、実用的な量子コンピュータには10^-15レベルの精度が必要とされています。今回の巧妙な「巻き戻し」機能が統合されれば、この巨大なギャップを埋める重要な技術的基盤となる可能性があります。

人間レベルでの時間巻き戻しについては、研究者は現実的な評価を示しています。人間一人の量子情報を1秒分巻き戻すのに数百万年が必要とされており、実用性はありません。しかし量子プロセッサのような制御された環境では、この技術は極めて強力なツールとなるでしょう。

この研究は、量子コンピュータが実験室から実世界へと飛躍する上で欠かせない「信頼性」という要素に革新的なアプローチを提供しています。まさに「未来のコンピューティング」を支える基盤技術として、我々の注目に値する発展と言えるでしょう。

【用語解説】

量子スイッチ(Quantum Switch)
量子システムにおいて2つ以上の量子チャンネルが作用する順序を制御する装置。重ね合わせ状態により、複数の進化経路を同時に処理できる。

サニャック干渉計(Sagnac Interferometer)
光子を2つの異なる経路で伝播させ、その干渉パターンを観測する光学装置。量子実験では量子状態の精密制御に使用される。

忠実度(Fidelity)
量子状態がどの程度正確に目標状態と一致しているかを示す指標。1(100%)に近いほど精度が高い。

クビット(Qubit)
量子ビット。量子コンピュータの基本情報単位で、0と1の重ね合わせ状態を取ることができる。

重ね合わせ状態(Superposition State)
量子粒子が複数の状態を同時に存在できる量子力学特有の現象。観測するまで全ての可能性が共存する。

量子エラー修正(Quantum Error Correction)
量子システムにおいて外部ノイズや干渉によって生じるエラーを検出・修正する技術。

【参考リンク】

オーストリア科学アカデミー(外部)
1847年設立の国立アカデミー。量子光学・量子情報研究所を運営し、基礎研究から応用研究まで幅広い分野をカバー

ウィーン大学(外部)
1365年創立のヨーロッパ最古級の大学。9万人以上の学生を擁し、20の学部で186の学位プログラムを提供

Optica出版グループ(外部)
光学・フォトニクス分野の世界的学術団体。本研究が掲載されたOptica誌を含む権威ある学術出版事業を展開

【参考記事】

Reversing Unknown Quantum Transformations(外部)
2023年にOptica誌発表の原著論文。量子変換の逆操作理論と実験結果を詳述

We have made science fiction come true(外部)
Miguel Navascués研究者による量子時間制御技術のEl País紙インタビュー記事

【編集部後記】

量子時間逆行技術のニュースを読んで、どのような感想を抱かれたでしょうか。SFの世界だと思っていた「時間の巻き戻し」が、実験室レベルとはいえ現実になりつつあります。

この技術が量子コンピュータの実用化を加速し、私たちの日常にどのような変化をもたらすのか、一緒に想像してみませんか。量子エラー修正の革新は、暗号化技術や創薬研究、金融計算など、あらゆる分野に波及効果を与える可能性があります。皆さんは、どの分野での応用に最も期待されますか?

また、このような基礎研究の進歩が社会実装されるまでのプロセスについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか。
ぜひ、未来への期待と不安を共有していただければと思います。

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量子エンジニア資格認定試験(ゲート型)エントリー:解説講座(1/2:理論編)【JQCA公認】

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量子産業元年として迎える2025年

2025年は「国際量子科学技術年(International Year of Quantum Science and Technology:IYQ)」として国連により制定されています。これは、1925年にハイゼンベルクが行列力学と呼ばれる量子力学の定式化を完成させた論文が出版されてから100年という記念すべき節目を迎えるためです。

国連による宣言では、この1年間にわたる世界規模の取り組みは「量子科学とその応用の重要性に対する一般の認識を高めることを目的としたあらゆるレベルの活動を通じて実施される」とされており、量子技術の社会実装に向けた大きな転換点となることが期待されています。

日本においても、大阪大学QIQBが国内初のIYQ公式パートナーに就任するなど、量子技術の発展において重要な役割を担う体制が整いつつあります。2025年は、まさに日本にとっても「量子産業元年」と呼ぶべき年になるでしょう。

ゲート型量子コンピュータとは何か

量子コンピュータは、量子力学の原理を計算に応用した革新的な計算機です。特に「ゲート型量子コンピュータ」は、従来のコンピュータとは根本的に異なる動作原理を持っています。

従来のコンピューターはバイナリ・ビット(0と1)を使用してデータを保管および処理しますが、量子コンピューターは量子ビット(またはキュービット)を重ね合わせて使用することで、さらに多くのデータを一度にエンコードできます。

この「重ね合わせ」という量子力学の現象により、2量子ビットは4ビットの情報を保管でき、3量子ビットは8ビット、4量子ビットは12ビットの情報を保管できます。つまり、量子

ビット数が増えるにつれて、処理可能な情報量が指数関数的に増大するのです。

技術の歴史的発展

量子コンピュータの歴史は1980年代に遡ります。1980年にポール・ベニオフが量子系においてエネルギーを消費せず計算が行えることを示し、1982年にはファインマンも量子計算が古典計算に対し指数関数的に有効ではないかと推測しています。

理論的な発展から実用化への大きな転換点となったのは、1994年にピーター・ショアが実用的なアルゴリズム『ショアのアルゴリズム』を考案し、量子コンピュータの研究に火をつけたことでした。このアルゴリズムにより、従来のコンピュータでは現実的な時間では解けないとされる素因数分解問題が、量子コンピュータでは極めて短時間で解けることが示されました。

近年の企業間競争も激化しています。2016年、グーグルは9量子ビットの量子コンピューターで水素分子をシミュレートしました。2017年、インテルは17量子ビットの量子コンピューターを、IBMは90マイクロ秒にわたって量子状態を維持できる50量子ビットのチップを開発しました。そして2019年、Googleが量子超越性の実証を発表するなど、技術的ブレイクスルーが相次いでいます。

本講座での目的

本講座ではJQCAの「量子エンジニア認定講座(ゲート型エントリー)」の検定問題や解説に基づいて、ゲート型量子コンピュータの基本的な考え方について学ぶ、

なお、本講座では量子ビットを二次元空間上の矢印として扱うが、現実の量子ビットには量子力学特有の「位相」と呼ばれるパラメータがあるため厳密には1量子ビットはブロッホ球上の3次元で表現されることを留意いただきたい。

本講座が量子コンピューティングの考え方や基礎的な演算を学ぶ上で読者の力になれれば幸いです。

なお、本講座の対象者は「中学生以上」となっているが、量子ビットは一般的にベクトルによって表現され、量子ゲートは量子状態に対するユニタリ演算子であることが一般に知られているため、適宜、厳密な理解に基づいた説明を知りたい方は各章ごとにコラムを用意したため、解説本文で物足りなかった人は是非読んでみてください。

1.量子コンピュータと古典コンピュータ

1.1 古典ビットと量子ビット
 ビットとは情報の最小単位のことであり、古典コンピュータ上では例えば、「トランジスター上に電気が流れているか流れていないか」のように0と1どちらかの状態を作りその「列」として情報を作り出しています。

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古典ビットの模式図

古典ビットの取りうる状態の数はビット数nに対して2^n個となります。例えば2古典ビット系を考えれば次のような4つの状態をとることができます。(下の図を参照)

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2古典ビットの模式図、古典2ビットでは4つの状態をとりうる。

量子ビットとは何か?

1.1 重ね合わせの状態

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量子ビットの模式図

量子ビットは翻って、あくまでイメージですがボールに矢印が刺さっている描像で書くことができる矢印が上を向いている状態を「0」下を向ている状態を「1」と表現すると、そのほかにも矢印が真横を向いている場合や斜めを向いている状態も量子ビットはとることができる。例えば下図右から3番目の矢印が真横を向いている場合は「0」が50 % 「1」が50%の状態(重ね合わせの状態)と解釈できる。このような状態を「重ね合わせの状態」と呼ぶ。

なお量子ビットの「0」と「1」は古典ビットと分けて考えるために|0>と|1>と表現する。これは「ゼロケット」と呼ぶ。この書き方は量子力学におけるディラックが提案した「ブラケット表記」に由来します。(「コラム1:線形結合」を参照されたし)

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量子ビットは矢印の傾きによって無限の状態をとることができる!

ここで重要なのはこれらがすべて異なる状態であるということです。先ほどは「→が真横を向いている状態は|0>が50 %|1>が50%の状態であると表現しましたが、これはあくまで|0>と|1>とは全く異なる

「|0>が50 %で、|1>が50%の状態0」

という状態です。少しまどろっこしいですね。

この矢印が横向きの状態は一つ例を挙げると

1/√2( |0> + |1> )と書き表せます。言ってしまえば2x+3yという数式には確かにxとyが含まれていますが数式自体はxとyとも全く異なるものを表していますね。このようなイメージです。

1.2 量子もつれ
量子もつれ(quantum entanglement)は、2つ以上の量子ビットが強い相関を持ち、個別に記述できない状態になる現象です。

一方の量子ビットを測定すると、もう一方の状態が瞬時に決まります。もつれた量子ビットは強い相関を持つため、例えば2量子ビット系で考えると、1つの量子ビットのみを操作すると2量子ビット全体に影響があります。(2.3 量子もつれとベルの不等式)

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量子もつれの模式図
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1.3 量子ビットの観測

量子ビットを観測するときに実際に得られるのは|0>か|1>の必ずどちらかです。

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量子ビットは重ね合わせの状態を直接得られず必ず「0」か「1」として手元に来る。

例えば、次のように|0>でも|1>でもない状態を観測すると、それぞれ量子ビットの状態に対応してある一定の確率で「0」または「1」が観測される。例えば先ほど用いた。矢印が真横を向いている量子状態では「0」が50% 「1」が50 %観測される。つまり、1000回観測したら500回「0」が500回は「1」が観測されて。矢印が真横を向いている状態そのものは観測できません。矢印が真上を向いている場合は1000回すべてが「0」が出力されて、真下の場合は1000回すべて「1」が出力されます。

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2.量子ゲート

2.1量子ゲートと論理回路

古典コンピュータでは、AND回路やOR回路のような「論理回路」を使って計算を行います。たとえばAND回路は、入力が両方とも1のときにだけ1を出力します。

量子コンピュータでも、これに相当する「量子ゲート(quantum gate)」という操作を用いて計算を行います。量子ゲートとは、量子ビットの状態を変える操作のことです。

この量子ゲートをどのように組み合わせて使うかという設計図のようなものが、「量子アルゴリズム」と呼ばれます。

2.1Xゲート

|0⟩ を |1⟩ に、|1⟩ を |0⟩ に変えるゲート。古典のNOTと同じ動作。言ってしまえば、矢印を右周りに180度傾ける操作になる。

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2.2Hゲート

さっきの話でいうところの量子ビットを右回りに90度傾ける操作をしてくれる量子ビット。|0>を90ど傾けると重ね合わせ状態を作ることができるため、このゲートを使って量子特有の性質である重ね合わせ状態を作ってうまく計算を行う。

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2.3CXゲート

1つ目の量子ビット(制御ビット)が|1⟩のときだけ、2つ目のビット(ターゲット)にXゲートを適用。この時「ある量子ビットの結果によってもう片方の状態を変える」ということを行っていますね。前者を「制御ビット、後者を「ターゲットビット」と呼びます。

例として実際の量子回路を組んで計算をしてみましょう。

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提供:DEVEL

XとM0と書かれている間に挟まれている2量子ビットにかかっているゲートがCXゲートです。ここでは上の量子ビットが制御ビット、下の量子ビットがターゲットビットです。今回は2つの量子ビットとも初期値は|0>ですが、上の量子ビットはXゲートがかかっているのでCXゲートを通る前に、値は|1>になっています。右側が計算結果で、1000回計算して(画面左上のshotsの値が何回計算したかを表している)、1000回とも両方の量子ビットはともに|1>でした。

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提供:DEVEL

二つとも1だった場合は、ターゲットビットが反転するので、1→0になりました。

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提供:DEVEL

次回は具体的にこれらの量子ゲートを用いて様々な計算を一緒に実装していきましょう。

コラム

コラム1:ボルンの確率解釈
量子子ビットの状態 (1/√2)(|0⟩ + |1⟩) を見て、「なんで係数が 1/√2 なの?」と疑問に思ったことはありませんか?直感的には、|0⟩と|1⟩が「半々」なら係数は 1/2 でもよさそうなものです。でも実際に測定すると、確かに50%ずつの確率で観測される。この不思議な関係を説明するのが、ボルンの確率解釈です。
ボルンが1926年に提唱したこの解釈によると、量子状態の係数(確率振幅)の絶対値の二乗が、その状態が観測される確率になります。
例えば (1/√2)(|0⟩ + |1⟩) の場合:

  • |0⟩が観測される確率:|1/√2|² = 1/2
  • |1⟩が観測される確率:|1/√2|² = 1/2

だから係数は 1/√2 なのです!
この「二乗則」は単なる数学的便宜ではありません。量子力学の干渉現象を正しく記述するために必要なのです。
確率振幅は複素数で、位相という情報も持っています。例えば (1/√2)(|0⟩ – |1⟩) という状態では、|1⟩の係数は -1/√2 ですが、観測確率は同じく50%です((-1/√2)² = 1/2)。

・コラム2:量子もつれとノーベル物理学賞
2つの量子ビットが量子もつれ状態にあるとき、片方を測定すると、もう片方の状態が瞬時に決まります。たとえ両者が宇宙の端と端にあってもです。この「不気味な遠隔作用」を嫌ったアインシュタインと、それを実験で証明した科学者たちの壮大な物語が、2022年のノーベル物理学賞の背景にあります。

まず、2量子ビット系の表記について説明しましょう。|00⟩という記号は、「1つ目の量子ビットが0、2つ目の量子ビットも0」という状態を表します。同様に|01⟩は「1つ目が0、2つ目が1」、|10⟩は「1つ目が1、2つ目が0」、|11⟩は「1つ目が1、2つ目が1」です。

典型的な量子もつれ状態:
(1/√2)(|00⟩ + |11⟩)

この状態では、測定すると50%の確率で両方とも0、50%の確率で両方とも1になります。しかし測定前は、どちらになるかは決まっていません。

EPRパラドクス
1935年、アインシュタインはポドルスキー、ローゼンと共に「物理的実在についての量子力学の記述は完全だと考えられるか?」という論文を発表しました。彼らの主張は明快でした:

「物理的性質は測定する前から決まっているはずだ。量子もつれなど、単に私たちが知らない『隠れた変数』があるだけではないか。」

つまり、量子が生成された瞬間に既に「この量子は白、あの量子は黒」と決まっており、観測によって「瞬時に影響が伝わる」わけではない、というのです。

ベルの不等式の発見
1964年、ベルは驚くべき発見をしました。もし隠れた変数が存在するなら、実験結果は「ベルの不等式」という数学的制約を満たすはずだと証明したのです。逆に、この不等式が破れれば、量子もつれは本物だということになります。

2022年のノーベル物理学賞のテーマは「もつれ」?

ジョン・クラウザー(1972年):初めてベルの不等式の破れを実験で確認。量子もつれの存在を世界で初めて実証しました。

アラン・アスペ(1982年):クラウザーの実験の「抜け穴」を塞ぎ、より厳密な条件で量子もつれを証明。光子の偏光フィルターを測定中にランダムに変更することで、測定手法の影響を排除しました。

アントン・ツァイリンガー(近年):最終的な「抜け穴」も塞ぎました。なんと遠い銀河からの信号を使って測定器を制御し、あらゆる古典的説明を不可能にしたのです。

・コラム3:ブラケット表記
量子ビットを|0⟩や|1⟩と書くのを見て、「なぜこんな変わった記号を使うの?」と思ったことはありませんか?この縦線と山括弧の組み合わせは、実は物理学史上最も美しく実用的な記号の一つなのです。このブラケット表記(Dirac記法)の誕生には、量子力学の黎明期を彩る天才たちの知的格闘が隠されています。

ハイゼンベルグの行列力学
1925年、24歳のハイゼンベルクは革命的なアイデアを発表しました。原子内の電子の軌道を「行列」で表現するという、当時としては極めて抽象的な理論でした。

ハイゼンベルクの着想:
物理量(位置、運動量など)を数の表ではなく、無限次元の行列として扱う

例:位置 x → 行列 X、運動量 p → 行列 P
そして XP – PX = iℏ (交換関係)

これは物理学者たちを困惑させました。なぜなら、従来の物理学では「位置×運動量」と「運動量×位置」は同じ値になるはずだったからです。しかしハイゼンベルクは、量子の世界では測定の順序が結果を変えることを数学的に表現したのです。

もっと言えば、今までの物理学は微積分で書かれており、線形代数は馴染みがあまりなかったという話も聞いたことがあります。

ディラックの天才的統合

1930年、ポール・ディラックは行列力学と波動力学を統一する美しい記法を考案しました。それがブラケット表記です。

ディラックの発明:

  • ⟨ψ|:「ブラ」(bra)
  • |φ⟩:「ケット」(ket)
  • ⟨ψ|φ⟩:「ブラケット」(bracket)

この記法の天才的な点は、抽象的な量子状態を具体的な数学操作と直結させたことです。|0⟩は「量子ビットが0の状態」という抽象概念を表しながら、同時に具体的な計算にも使える数学的対象なのです。

ディラックは内積(二つのベクトルの「重なり具合」)を ⟨ψ|φ⟩ と表現しました。これは英語の “bracket”(括弧)に似ているため、彼は左半分を “bra”、右半分を “ket” と名付けたのです。

“bra” + “ket” = “bracket”

おしゃれですね。

現代への影響

ディラックの記法は、今や量子コンピューターや量子情報科学の標準言語となっています。IBMの量子コンピューター「Qiskit」でも、Googleの「Cirq」でも、この記法が使われています。

ハイゼンベルクの抽象的な行列力学から始まり、ディラックの美しい記法によって完成された数学的枠組み。それは単なる記号以上の意味を持ち、量子の不思議な世界を人間が理解するための「言語」そのものなのです。|0⟩と|1⟩という素朴な記号の背後には、20世紀物理学の最も深遠な洞察が込められているのです。

【information】
日本量子コンピューティング協会(JQCA)は「量子エンジニア認定講座」を開催しています。是非皆さんもご参加ください。

https://jqca.org (JQCA公式HP)

検定試験の情報については下記URLを参考にお願いします。

https://connpass.com/user/jqca2023/open

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