Connect with us

サイバーセキュリティニュース

Wikipedia運営財団が英国Online Safety Act裁判で敗訴、身元確認義務化か

Published

on

Wikipedia運営財団が英国Online Safety Act裁判で敗訴、身元確認義務化か - innovaTopia - (イノベトピア)

Wikimedia Foundationは2025年8月11日、英国のOnline Safety Act 2023(OSA)のカテゴリー1基準の緩和を求めた法的挑戦で敗訴した。

同財団は技術担当大臣ピーター・カイルに対し、OSAの基準が広範囲すぎてWikipediaがソーシャルメディアやポルノサイトと同じ規制対象になると主張していた。ジョンソン判事は4つの申し立て根拠をすべて却下したが、2つの根拠について司法審査請求を認めた。

カテゴリー1サービスは、英国で月間3400万人以上のアクティブユーザーとコンテンツ推奨システムを持つ、または、700万人以上のアクティブユーザーと推奨システム、且つコンテンツ共有機能を持つサービスが対象となる。Ofcomは夏の終わりまでにWikipediaのカテゴリー分類を決定する予定である。判事はWikipediaがカテゴリー1に分類され運営に支障が出る場合、政府は規制修正を検討する必要があると指摘した。カテゴリー1に分類されれば身元確認技術の実装が必要になる。

From: 文献リンクWikimedia Foundation loses first court battle to swerve Online Safety Act regulation

【編集部解説】

今回のWikimedia Foundation敗訴の判決は、単なる一企業の法的敗北を超えて、インターネット時代における知識の民主化と規制のバランスという根本的な問題を浮き彫りにしています。

Online Safety Actの仕組みと影響範囲

Online Safety Act(OSA)は英国が2023年10月26日に成立させた包括的なオンライン安全法で、プラットフォームを3つのカテゴリーに分類します。最も厳格なカテゴリー1は、以下の2つの基準のいずれかを満たすサービスが対象となります:

・基準A: 月間3400万人以上の英国ユーザー数 + コンテンツ推奨システム
・基準B: 月間700万人以上の英国ユーザー数 + コンテンツ推奨システム + ユーザー間コンテンツ転送・共有機能

これらの基準は本来、Facebook、X(旧Twitter)、InstagramなどのSNSプラットフォームを想定して設計されたものです。しかし、Wikipediaのような知識共有プラットフォームまで同じ規制対象に含まれる可能性が生まれました。

身元確認システムがもたらす根本的変化

もしWikipediaがカテゴリー1に分類されれば、成人ユーザー向けの身元確認オプションの提供が義務化されます。これは単なる技術的な変更ではありません。Wikipediaの編集システムの根幹を揺るがす変化です。

現在、Wikipediaは世界中のボランティア編集者によって支えられており、その多くは匿名性によって保護されています。権威主義的な政権下にいる編集者や、政治的に敏感な記事を扱う貢献者にとって、匿名性は身の安全を守る盾の役割を果たしています。身元確認システムが導入されれば、これらの編集者は参加を諦めるか、リスクを承知で身元を明かすかの選択を迫られます。結果として、Wikipediaの情報の多様性と質が大幅に低下する可能性があります。

判決の微妙な含意

興味深いのは、ジョンソン判事(Mr Justice Johnson)がWikimediaの法的挑戦を却下しながらも、「この判決をOfcomと技術担当大臣がWikipediaの運営を著しく阻害する制度実施への青信号と混同してはならない」と明確に警告した点です。

これは法的な敗北でありながら、実質的にはWikipediaを保護する道筋を示した判決と解釈できます。判事は、もしWikipediaがカテゴリー1に分類されて運営に支障が出る場合、政府は規制の修正や議会での法改正を検討する義務があると指摘しました。

段階的実施の現状

OSAは段階的な実施が進んでおり、2025年7月25日からは子どもの安全規範(Children’s Safety Codes of Practice)が発効し、年齢制限コンテンツに対する「高度に効果的な」年齢保証システムの導入が義務化されました。これは主に成人向けコンテンツやポルノサイト、自傷行為を促進するコンテンツを対象としています。

グローバルな規制トレンドへの警鐘

この事案は英国だけの問題ではありません。世界各国でプラットフォーム規制が強化される中、「安全性」の名の下に表現の自由や知識へのアクセスが制限される可能性を示しています。欧州デジタルサービス法(DSA)、米国の各州レベルでの類似法案など、同様の規制が世界的に拡大しています。英国での判例がこれらの国際的な規制動向に与える影響は計り知れません。

技術革新への長期的影響

さらに深刻なのは、このような規制がボランティアベースの技術革新モデルに与える潜在的な脅威です。Wikipediaのような非営利のコラボレーティブプラットフォームは、Web 2.0時代から続く「集合知」の象徴的存在です。

こうしたモデルが規制によって機能を制限されれば、将来的により多様で創造的なオンラインコラボレーションプラットフォームの発展が阻害される可能性があります。

次の焦点はOfcomの判断

現在、Ofcomは夏の終わりまでにWikipediaの実際のカテゴリー分類を決定する予定です。この決定こそが、Wikipediaの運命、ひいては世界的な知識アクセスの未来を左右する重要な分岐点となるでしょう。

もしOfcomがWikipediaをカテゴリー1に分類すれば、判事の警告通り、政府は法の修正を迫られる可能性があります。逆に、柔軟な解釈でWikipediaを除外すれば、他の類似サービスにも適用される重要な先例となります。

【用語解説】

Online Safety Act 2023(OSA)
2023年10月26日に成立した英国の包括的なオンライン安全法。ソーシャルメディア企業や検索サービスに対し、違法コンテンツや子供に有害なコンテンツから利用者を保護する法的義務を課している。

Category 1サービス
OSAで定められた最も厳格な規制カテゴリー。月間3400万人以上の英国ユーザーとコンテンツ推薦システムを持つか、700万人以上のユーザーと推薦システム、コンテンツ転送・共有機能を持つサービスが対象。

カテゴリー2A・2B
Category 1に該当しない比較的小規模なサービス。2Aは規制検索サービス、2Bはユーザー間サービスを指す。

コンテンツ推薦システム
ユーザーの行動履歴や嗜好に基づいて特定のコンテンツを優先表示するアルゴリズム。多くのSNSプラットフォームで使用されている。

【参考リンク】

Wikimedia Foundation(外部)
Wikipediaを運営する米国の非営利財団。300以上の言語で6400万以上の記事を提供する世界最大の無料知識プラットフォーム

英国政府 Online Safety Act(外部)
英国政府による包括的なオンライン安全法の公式情報。子どもと成人をオンライン上で保護することを目的

Ofcom(英国情報通信庁)(外部)
英国の放送・通信・郵便業界の規制機関。Online Safety Actの実施・監督責任を負う

科学・革新・技術省(DSIT)(外部)
英国政府でテクノロジー政策を担当する省庁。Online Safety Actの実施を監督

【参考記事】

The Online Safety Act 2023 Regulations 2025(外部)
英国政府が制定したOSAのカテゴリー分類規則の公式条文。Category 1の具体的な基準を明記

Official Court Judgment: Wikimedia Foundation v Secretary of State(外部)
英国高等法院による公式判決文。Mr Justice Johnsonの重要な判断と将来的な司法審査の道筋

Online Safety Act: explainer – GOV.UK(外部)
英国政府による公式のOSA説明文書。Category 1サービスの義務と段階的実施スケジュール

Wikipedia operator loses court challenge – Reuters(外部)
Reuters通信による速報記事。Wikimedia Foundationの敗訴とMr Justice Johnsonの警告について

UK Enforces Age Verification for Restricted Content – Sumsub(外部)
2025年7月25日から施行された子どもの安全規範について詳細解説。年齢保証システムの義務化

【編集部後記】

今回のWikipedia敗訴のニュースは、私たちが当たり前に使っている「無料で自由な知識アクセス」の未来について考えるきっかけかもしれません。

もしWikipediaで記事を編集するのに身元確認オプションが導入されたら、皆さんはどう感じるでしょうか?匿名性が制限されることで、どのような情報が書かれなくなり、どのような声が届かなくなるのか。

一方で、オンライン上の安全性確保も重要な課題です。規制と自由のバランスをどう取るべきか、ぜひ皆さんのお考えをSNSでお聞かせください。この議論こそが、デジタル社会の未来を形作る重要な一歩になるはずです。

サイバーセキュリティニュースをinnovaTopiaでもっと読む
テクノロジーと社会ニュースをinnovaTopiaでもっと読む

サイバーセキュリティニュース

FortinetのSSL VPN・管理システムが連続標的、GreyNoise研究で6週間前兆パターン確認

Published

on

By

FortinetのSSL VPN・管理システムが連続標的、GreyNoise研究で6週間前兆パターン確認 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年8月3日、GreyNoiseはFortinet SSL VPNデバイスへのbrute-force(総当たり攻撃)トラフィックを780超のユニークIPアドレスから観測した。

過去24時間でも56件を確認し、米国、カナダ、ロシア、オランダ発で、標的は米国、香港、ブラジル、スペイン、日本だった。8月5日以前は単一のTCPシグネチャによるFortiOSプロファイルが対象で、以降は異なるシグネチャでFortiManagerを標的とした。

6月には米国Pilot Fiber Inc.管理の住宅ISPブロック内FortiGate機器に関連するクライアントシグネチャが確認された。こうした活動のスパイク後6週間以内に関連CVEが開示される傾向があるという。

From: 文献リンクFortinet SSL VPNs Hit by Global Brute-Force Wave Before Attackers Shift to FortiManager

【編集部解説】

本件は、Fortinetのエッジ系プロダクトを狙ったbrute-force(総当たり)活動が、短い期間でプロファイル横断的に変化した点に本質があります。

8月3日にFortiOS(SSL VPN)向けのトラフィックが顕著化し、8月5日以降はFortiManager(FGFM)プロファイルへと焦点が移ったことは、攻撃側のツールチェーンや運用基盤が柔軟にpivot(方向転換)可能であることを示しています。この「面から点へ、そして別の面へ」の切替は、単発の不審トラフィックではなく、攻撃指向性の強い連続した作戦行動として理解すべきです。

技術的には、GreyNoiseが用いるJA4+ベースのシグネチャやTCP/クライアント指紋の組合せ(meta signature(メタシグネチャ))が、波状的な2クラスタを識別し、ターゲットがFortiOSからFortiManagerへ移る様子を可視化しています。この観測により、同一もしくは共有基盤のツールが、エッジ向けの複数サービスに対して順次当たりを取りに行く「横持ち的スキャン/試行」を行っている可能性が高まります。

一見すると「パスワード当て」にすぎませんが、GreyNoiseのEarly Warning Signals(早期警告)研究では、こうしたスパイクの80%が6週間以内の新規CVE開示に先行する相関を示しており、特にVPNやファイアウォール、リモートアクセスなどエンタープライズのエッジ領域に限定的に観測されています。つまり、この種の活動は「ゼロデイの前哨(前振り)」や「攻撃者の在庫作成(inventorying)」として機能する局面があり、防御側にとっては事前に可動防御を高めるシグナルになり得ます。

FortiManagerへのシフトは特に重要な意味を持ちます。FortiManagerはポリシー配布や集中管理の要であり、資格情報や到達性の失陥は多拠点に連鎖するリスクを伴います。実際、Mandiantの過去調査では、FortiManager侵害により50超のデバイスから設定データが窃取された事例もあり、今回の標的変更は単なる攻撃手法の変化ではなく、攻撃者の戦略的高度化を示唆しています。

インフラ的観点では、6月の履歴に住宅系ISP(Pilot Fiber Inc.)ブロック内のFortiGateへ解決するクライアントシグネチャが見つかっており、residential proxy(住宅用プロキシ)か、在宅環境でのツール検証の可能性が示唆されています。この所見はアトリビューションを複雑化しますが、防御実務としては「レジデンシャル経路からの低ノイズ・分散的試行」を前提に、単純なASN/ホスティング除外だけに依存しない検知・遮断の工夫が必要であることを意味します。

実務上は、SSO/多要素認証の強制、管理プレーンの到達制限、API/管理チャネルのIP許可制、段階的レート制御、ログのJA4+シグネチャ相関監視、そして異常事前スパイク時の一時的ブロックリスト適用(GreyNoiseの動的リスト活用など)を組み合わせるべき局面です。規制・ガバナンス面では、「公開CVE後に動く」から「スパイク検知で先に動く」への転換がポイントであり、6週間のクリティカルウィンドウ(six-week critical window(6週間の重要期間))という定量的根拠は、経営・購買・運用における前広のリソース投入の合理化に寄与します。

【用語解説】

brute-force(総当たり攻撃)
認証情報を機械的に試行してログイン成功を目指す手法。

FortiOS
FortinetのFortiGateで動作するネットワーク/セキュリティ向けOS。

FortiManager(FGFM)
Fortinet機器群を集中管理する管理プレーン製品およびプロトコル(FGFM)。

TCPシグネチャ
通信のパケット特性から識別される固有パターンで、ツールや挙動の類似性を把握するために用いられる。

クライアントシグネチャ
接続元クライアントの挙動指紋で、TCPシグネチャと組み合わせてメタシグネチャとなる。

meta signature(メタシグネチャ)
TCPシグネチャとクライアントシグネチャを組み合わせた高精度な識別指標。

residential proxy(住宅用プロキシ)
住宅回線を経由して実IPを秘匿するプロキシ形態。

CVE(Common Vulnerabilities and Exposures)
公知の脆弱性識別子で、ベンダー横断で共有される番号体系。

Early Warning Signals(早期警告シグナル)
GreyNoiseが提唱する、攻撃スパイクが新規CVE公開に先行する傾向に関する研究フレーム。

credential stuffing(クレデンシャルスタッフィング)
流出済み認証情報の使い回し試行攻撃。

JA4+
GreyNoiseが開発したネットワーク指紋技術で、TLS接続の詳細特徴を識別する手法。

【参考リンク】

Fortinet(外部)
FortiGateやFortiManagerなどのネットワーク/セキュリティ製品を提供する企業

FortiManager(外部)
Fortinet機器のポリシー配布や運用を集中管理するツール群

GreyNoise(外部)
インターネットの背景ノイズ/攻撃トラフィックを観測・タグ化し、脅威インテリジェンスを提供

GreyNoise Fortinet SSL VPNブルートフォース研究(外部)
2025年8月3日の780超IPスパイクやFortiManagerへのシフトを技術的に解説

GreyNoise Early Warning Signals研究(外部)
攻撃スパイクの80%が6週間以内のCVE公開に先行した傾向を示す研究

【参考記事】

Coordinated Brute Force Campaign Targets Fortinet SSL VPN(外部)
2025年8月3日の780超IP観測やFortiManagerシフトの一次情報を詳説

Early Warning Signals: When Attacker Activity Precedes New Vulnerabilities(外部)
216スパイクの80%が6週間以内のCVE公開に先行したとする定量結果を提示

Fortinet SSL VPNs targeted in renewed brute-force campaign(外部)
8月3日のスパイクとFortiManagerピボットを整理し、credential-stuffing攻撃の特徴も言及

GreyNoise Intelligence Releases New Research(外部)
80%の先行相関や6週間のクリティカルウィンドウをプレス発表として要約

【編集部後記】

今回の事案で印象的だったのは、攻撃者の「学習する姿勢」です。8月3日にSSL VPNを試し、8月5日以降はFortiManagerに焦点を移す——この柔軟性は、私たち防御側も見習うべき点かもしれません。

特に注目したいのは、住宅系IPからの攻撃の痕跡です。かつては「怪しいトラフィックは海外のホスティング業者から」という固定観念がありましたが、今や身近な回線経由での攻撃が現実となっています。皆さんの組織では、こうした「見た目は普通」のアクセスをどう見分けていますか。

GreyNoiseの「6週間前兆」研究は、サイバーセキュリティ業界に新たな時間軸をもたらしました。従来の「脆弱性が公開されてから対応」ではなく、「攻撃の兆候を察知して先手を打つ」アプローチは、まさに未来志向の防御戦略です。

読者の皆さんも、職場のログを眺める際に「これって何かの前兆かも?」という視点を持ってみてください。きっと新しい発見があるはずです。次回も、技術の最前線から皆さんに有益な情報をお届けします。

Continue Reading

サイバーセキュリティニュース

Curly COMradesがNGEN COMハイジャックでMucorAgent展開、ジョージア・モルドバ狙うサイバースパイ活動が浮上

Published

on

By

Curly COMradesがNGEN COMハイジャックでMucorAgent展開、ジョージア・モルドバ狙うサイバースパイ活動が浮上 - innovaTopia - (イノベトピア)

未報告の脅威アクターCurly COMrades(カーリー・コムレイズ)が、ジョージアの司法・政府機関及びモルドバのエネルギー配電企業を標的にサイバースパイ活動を行っている。

Bitdefender(ビットディフェンダー)は2024年半ばから追跡し、NTDSデータベースやLSASSメモリから認証情報を窃取しようとしたと報告した。攻撃はcurl(カール)とCOM(コンポーネントオブジェクトモデル)ハイジャックを多用し、MucorAgent(ミューコルエージェント)バックドアがNgen(ネイティブイメージジェネレーター)のCLSIDを悪用して永続化を実現した。

Resocks(リソックス)、SSH、Stunnel(スタネル)、SOCKS5(ソックスファイブ)、CurlCat(カールキャット)、RuRat(ルーラット)、Mimikatz(ミミカッツ)などのツールが使用された。
※このCurly COMradesは2023年11月以降活動が確認されている。

From: 文献リンクNew ‘Curly COMrades’ APT Using NGEN COM Hijacking in Georgia, Moldova Attacks

【編集部解説】

本件のキモは、NGEN COMハイジャックという「Windowsの最適化プロセスを悪用した低ノイズの永続化」と、「curl.exe中心のC2・流出設計」によって、監視をすり抜けながら長期潜伏を成立させている点です。ジョージアの司法・政府機関、モルドバのエネルギー配電企業という選好は、オペレーションがロシアの地政学的利益と整合するとの評価を裏づけます。

NGEN(Native Image Generator)のタスクは通常無効に見える一方、アイドル時や新規アプリ導入時など不定期にOS側で有効化され実行されます。Curly COMradesはCLSIDハイジャックでこの挙動にぶら下がり、SYSTEM権限下でMucorAgentを再起動させる導線を確保しています。この「予測不能性」は検知回避に寄与する反面、攻撃側も補助トリガーを併設している可能性が高いという含みも示されます。

MucorAgentは三段構成の.NETバックドアで、AMSI回避を挟みつつ暗号化PowerShellを実行し、出力をPNGに偽装してcurl.exeで外送します。ペイロードをindex.pngやicon.pngとして特定パスに置く運用は、ファイルベース監視の盲点を突く「無害化」手法の典型です。さらに、正規だが侵害済みのウェブサイトを中継に使うことで、トラフィック信頼モデルを逆手に取っています。

初期侵入は未特定ながら、内部横展開ではResocks、SSH、Stunnel、カスタムSOCKS5、そしてCurlCatによるlibcurlベースの難読化通信が併用され、認証情報取得ではNTDS抽出やLSASSダンプ、Mimikatz、PowerShellのAD列挙などが確認されています。この「既存ツール+LOLBin(Living Off the Land)」志向は、ゼロデイよりもステルス性と柔軟性を重視する近年の国家系スパイ活動の潮流と一致します。

エンタープライズにとってのインパクトは三層です。第一に、EPP/EDRが苦手とする「正規プロセス連携+不定期タスク」を突く永続化の成立で、アラートボリュームを上げずに居座られます。第二に、アイデンティティ基盤直撃(NTDS・LSASS)により、ネットワーク全域の信頼がドミノ的に崩され得ます。第三に、正規サイト中継とPNG偽装はDLPやプロキシのポリシー回避余地を広げ、出口監視の閾値設計を再考させます。

一方で、防御側にも手立てはあります。NGEN関連CLSIDの改変監視とスケジュールタスクの異常生成検出、curl.exeのネットワーク挙動(特に画像拡張子とPOST/PUTの組合せ)のプロファイリング、公開済みフォルダ(例:Users\Public\Documents)でのステージング検知は、実装難度に対して効果が見込めます。加えて、ドメインコントローラー周辺のボリュームシャドウコピー操作とLSASSアクセスの厳格監査は、アイデンティティ侵害の初期兆候として重要です。

規制・ガバナンス面では、重要インフラおよび公共部門に対し、「正規プロセス濫用」を前提にした行動ベース検知の義務化、アイデンティティ・レジリエンス(Tiering、PAW、LSA保護、CredGuard等)のベンチマーク適合、正規サイト経由の中継対策としてのDNS/HTTPS可視化要件が論点になります。地政学的背景を踏まえると、域内サプライチェーンの監視共通フレーム策定も急務です。

最後に、この事案は「検知されにくい仕組み自体」を足場にする設計思想が主流化していることを示します。NGENのようなメンテナンス機構の悪用、画像ファイル偽装、正規サイト中継—いずれも”当たり前の正常”に寄り添うため、シグネチャ一発での検知は難しくなります。だからこそ、攻撃パイプライン全体の前提(どのプロセスが、いつ、何を、どこへ)をモデル化し、逸脱を検出する「正常性の定義のアップデート」が企業防御の本丸になります。

【用語解説】

APT(Advanced Persistent Threat)
政治・産業スパイを目的に長期潜伏と継続的侵入を行う攻撃者像の総称。

COM(Component Object Model)
Windowsでオブジェクトを再利用・連携する仕組みで、CLSIDという識別子で管理される。

CLSID(Class Identifier)
COMクラスを一意に識別するGUIDで、レジストリ改変によりハイジャック悪用され得る。

NGEN(Native Image Generator)
.NETの事前コンパイル機構で、OSのアイドル等で不定期にタスクが実行される。

NGEN COMハイジャック
NGEN関連CLSIDを差し替え、SYSTEM権限で任意コード実行や永続化を実現する手口。

MucorAgent
.NET製の3段階インプラントで、AES暗号化PowerShellを実行し結果を外送するバックドア。

LSASSダンプ
認証情報を含むLSASSプロセスのメモリを抽出し、資格情報を窃取する技術。

NTDS(NTDS.dit)
Active Directoryのユーザーハッシュ等を格納するデータベースで、ドメイン侵害の主要標的。

LOLBins(Living off the Land Binaries)
OSや正規ツール(例:curl)を悪用し痕跡を目立たなくする手法。

CurlCat
libcurlを用い、侵害済み正規サイトを経由してHTTPSでC2と双方向通信するツール。

侵害済み正規サイト中継
乗っ取られた一般サイトをトラフィック中継に使い、検知回避と秘匿化を図る戦術。

【参考リンク】

Curly COMrades: A New Threat Actor Targeting Geopolitical Hotbeds(外部)
BitdefenderがCurly COMradesとMucorAgent、NGEN COMハイジャックの手口を技術詳細とともに解説する公式記事

Stunnel(公式)(外部)
TLSトンネリングを提供するオープンソースのプロキシで、平文プロトコルの暗号化ラッピングに用いられる

Microsoft Docs: CLSID Key(公式)(外部)
WindowsのCOMにおけるCLSIDの役割とレジストリ構造を解説する公式ドキュメント

Microsoft Docs: ngen.exe(公式)(外部)
NGENの目的、動作タイミング、最適化の仕組みを説明する公式ドキュメント

【参考記事】

Curly COMrades cyberspies hit govt orgs with custom malware(外部)
BleepingComputerの解説記事。MucorAgentの3段構成、AMSI回避、PNG偽装外送の詳細を補足

Russian-Linked Curly COMrades Deploy MucorAgent Malware in Eastern Europe(外部)
Hackreadによる概説。NGENハイジャックの前例がない手法とロシアの地政学的文脈を補強

【編集部後記】

今回のCurly COMradesによるNGEN COMハイジャック攻撃を調査していて、最も印象的だったのは「正常と異常の境界線がいかに曖昧になっているか」という点でした。NGENという.NETの最適化プロセスを悪用する発想は、攻撃者が単なる脆弱性悪用から、システムの「当たり前の動作」そのものを武器にする時代に入ったことを物語っています。

特に興味深いのは、curl.exeという開発者なら誰もが使う正規ツールを、C2通信の中核に据えた点です。これは「怪しいツールを持ち込まず、その場にあるもので済ませる」というLiving Off the Landの思想が、もはや攻撃の常識になりつつあることを示しています。防御側としては、「何が悪意ある行動か」を再定義する必要に迫られているのが現状です。

皆さんの組織では、こうした「正規プロセスを悪用した攻撃」への備えはいかがでしょうか。従来のシグネチャベース検知だけでは限界がある中、どのような行動ベース監視や異常検知を導入されていますか?また、アイデンティティ基盤の保護について、現場ではどんな課題を感じておられるでしょうか。ぜひコメントで実体験や対策のアイデアを共有していただけると、読者同士で学び合えると思います。

Continue Reading

サイバーセキュリティニュース

サイバー犯罪2大グループ「ShinyHunters」「Scattered Spider」連携、Salesforce経由恐喝攻撃の新展開

Published

on

By

サイバー犯罪2大グループ「ShinyHunters」「Scattered Spider」連携、Salesforce経由恐喝攻撃の新展開 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年8月12日、ReliaQuestはShinyHuntersとScattered Spiderが連携し、Salesforce顧客を標的としたデータ恐喝攻撃を実施していると報告した。

両者はvishing(音声フィッシング)やOkta偽装フィッシング、VPNによるデータ流出秘匿など類似の戦術を用いている。ShinyHuntersは2020年から活動し、BreachForumsの運営に関与、2025年6月に第4期を開始したが同月9日頃に閉鎖した。フランス当局は6月、関係者4人を逮捕した。

8月8日にはShinyHunters、Scattered Spider、LAPSUS$を名乗るTelegramチャンネルが出現し、RaaS「ShinySp1d3r」開発を主張したが3日後に消滅した。700超のフィッシング関連ドメイン分析で、7月以降金融企業を狙う登録が12%増加し、テクノロジー企業向けは5%減少した。

From: 文献リンクCybercrime Groups ShinyHunters, Scattered Spider Join Forces in Extortion Attacks on Businesses

【編集部解説】

今回のポイントは、従来「資格情報の窃取とデータベース流出」で知られたShinyHuntersが、Scattered Spiderの代名詞的手口を取り込み、SaaS基盤(Salesforce)を起点に恐喝へ接続する「戦術ポートフォリオ」を拡張したことです。属性の断定には慎重さが要りますが、戦術・インフラ・標的セクターの重なりが濃く、オペレーション面の連携または持続的な交流があると見るのが実務的です。

同時に、Googleが警鐘を鳴らしたUNC6040のvishing(ビッシング)→OAuth濫用→Salesforceデータ抽出→恐喝の一連の流れは、多数企業に波及可能な「SaaS時代の攻撃プリミティブ」を提示しました。攻撃者は正規UXと権限モデルの文脈に溶け込み、長命トークンや正規アプリのワークフローを悪用して可視性の死角を突きます。

この攻撃の難所は、マルウェアよりも「人間—業務—SaaS」の接点に潜む点です。voice phishing(音声フィッシング)でヘルプデスクを装い、SalesforceのConnected Appを承認させる、Okta偽装でSSO資格情報を収集する、Mullvad VPN等で流出経路を秘匿する、短命ドメインを高速回転させる——いずれも組織の運用現実に寄り添う設計です。検知は従来型のマルウェア前提モデルでは後手に回りやすいです。

影響範囲については、直近のドメイン観測から「金融サービス」へのシフトが示唆され、保険・銀行・決済のCRM/ケース管理が主戦場になる可能性があります。一方、テック企業向けの偽装は相対的に減少の傾向が示されましたが、標的選好は機会依存で流動的です。この変化は、流出データの再販・二次詐欺(高精度ターゲティング)・サプライチェーン横断の踏み台化に直結します。

規制・ガバナンス面では、SSO/MFA実装が万能でないことを前提に、OAuth権限・長命トークン・Connected Appの統制が監査の焦点になります。ログ保存は「アプリ行為とデータアクセス粒度」を押さえ、短命ドメインや住宅系プロキシ環境を前提にした「行動学的検知」への転換が実務的です。また、委託・共同利用のCRMデータ管理における「同意と目的外利用」「二次流通リスク」も再設計が要ります。

ポジティブな側面として、ReliaQuestや複数の脅威インテリジェンスがTTPの特定性を高め、インフラの指紋化と早期介入(短命ドメインの封じ込め、Okta偽装キットの検知)に実装知を提供し始めています。クラウド事業者とSaaSベンダーの協調による検知・通報・テイクダウンも、ドメイン回転速度に追随する形で成熟しつつあります。

一方のリスクは、脅威側の”クラウト化”です。Telegram上の「Scattered LAPSUS$ Hunters」は短命でしたが、RaaS志向(ShinySp1d3r)やブランディング増幅を狙う情報心理戦の色彩が濃く、初期侵入のB2B化(initial access broker)との役割分担が進む可能性があります。The Comという緩やかな上位集合体の下で、手口・インフラ・人材が「共有地化」するほど、個別グループの摘発が波及抑止に直結しにくくなります。

長期的には、「SaaSの業務同化度」が高い企業ほど、攻撃者にとってUX駆動の社会工学が効く構造が続きます。MFA疲労、ヘルプデスク模倣、正規アプリの再梱包という「人と業務」に寄り添う戦術は、防御側にも同じレイヤの介入(就業動線に沿うトレーニング、承認画面のUXハードニング、権限スコープの最小化、アプリ間連携の検査ゲート)を要求します。犯行主体の同定に過剰に拘泥するより、戦術連鎖を分断する「行動ベースの最小介入点」を設計することが、現実的な被害最小化に直結します。

最後に、事実関係への注記です。連携の断定は依然として「状況証拠の積み上げ」に留まる一方、対象セクターの重なり、BreachForums上の”Sp1d3rhunters”、ドメイン命名規則の一致、vishingとOkta偽装、Mullvadを介した流出——これらの符合は多源的に確認されています。誇張よりも、「戦術の可搬性と共有」を前提にSaaS統制を再設計することが、読者企業にとっての最短距離だと考えます。

【用語解説】

vishing(ビッシング)
voice phishing(音声フィッシング)の略で、電話や音声チャットを使ったソーシャルエンジニアリングの詐欺手口である。

social engineering(ソーシャルエンジニアリング)
人間の心理や業務手順を突く手口で、技術的脆弱性ではなく人の判断を悪用する攻撃である。

Okta偽装フィッシング
OktaのSSOログイン画面に似せた偽ページで認証情報を入力させる手口である。

VPN obfuscation(VPN難読化)
MullvadなどのVPN経由で流出経路を隠し、追跡や検知を困難にする手法である。

SSO(シングルサインオン)
1つの認証で複数サービスへアクセスできる仕組みで、偽装ログインページが狙われやすい。

ransomware-as-a-service(RaaS)
ランサムウェアの提供をサービス化し、アフィリエイトが攻撃を実行する犯罪ビジネスモデルである。

The Com(ザ・コム)
英語話者のサイバー犯罪者ネットワークの呼称で、SIMスワップや恐喝などの活動に関与するとされる。

SIM swapping(SIMスワッピング)
携帯キャリアで番号を攻撃者のSIMに移し替え、SMS認証などを乗っ取る手口である。

ドメインインフラの回転
短命のフィッシング用ドメインを多数登録・使い捨てして検知やブロックを回避する運用である。

extortion(恐喝)
盗んだデータの暴露や営業妨害を示唆し、身代金の支払いを迫る行為である。

【参考リンク】

ReliaQuest(公式)(外部)
脅威インテリジェンスと検知・対応を提供するセキュリティ企業で、本件の戦術分析レポートを公開している。

DataBreaches.net(特集)(外部)
ShinyHuntersの恐喝動向やGoogleへの要求言及など、当事者発言を含む取材記事を掲載している。

【参考記事】

ShinyHunters Targets Salesforce Amid Clues of Scattered Spider Collaboration(外部)
ShinyHuntersのSalesforce標的化と、Scattered Spiderとの戦術・インフラ重複を分析する。700超の2025年登録ドメインや7月以降の金融向け増加(+12%)とテック向け減少(-5%)を示し、連携可能性と今後の金融・テクノロジーサービスへの拡大を指摘する。

Researchers firm up ShinyHunters, Scattered Spider link(外部)
Salesforce Data Loaderなどの正規アプリ悪用、Okta偽装、Mullvad VPNの利用など、Scattered Spiderの”標章的”手口への移行を具体例で説明し、The Comとの関連を含めて連携説を補強する。

Financial Services Could Be Next in Line for ShinyHunters(外部)ドメイン分析に基づき、7月以降の金融企業向けドメイン登録が12%増加、テック向けが5%減少した点を強調し、銀行・保険・金融サービスへのリスク上昇を解説する。

Three notorious cybercrime gangs appear to be collaborating(外部)
Telegramチャンネル上の誇示的投稿、RaaS「ShinySp1d3r」主張、短期間でのチャンネル消失を報じ、ブランド増幅と混乱を狙う新段階の恐喝手法として位置づける。

ShinyHunters sent Google an extortion demand; Shiny comments on current activities(外部)
ShinyHuntersがGoogleに恐喝要求を送付したとする当事者の発言を記録し、時期的経緯や今後の攻撃示唆を含むチャット内容を紹介する。

Are Scattered Spider and ShinyHunters one group or two? And who did France arrest?(外部)
UNC6040/UNC6240とUNC3944の区別・重複、BreachForumsの@Sp1d3rhunters、支払い事例の示唆など、帰属の混線と連携の可能性を整理する調査記事である。

【編集部後記】

SalesforceやOktaといった、私たちが日常的に使うSaaSプラットフォームを狙った攻撃が、ここまで巧妙化している現実に驚かれたのではないでしょうか。ShinyHuntersとScattered Spiderという「別々の脅威」が戦術を共有し、連携の可能性まで示している今回の事例は、サイバーセキュリティの地殻変動を象徴しています。

特に注目すべきは、従来のマルウェア中心の攻撃から「人と業務フローの隙間」を突く手法への進化です。電話で巧妙にヘルプデスクを装うvishing、見慣れたOktaログイン画面の偽装、正規アプリを装った承認要求——これらはすべて「普通の業務」に溶け込む設計になっています。技術的な防御だけでは限界があることを、改めて痛感させられます。

金融業界への標的シフト(+12%)も看過できません。顧客の資産や個人情報を扱う金融機関が狙われれば、その影響は個人から企業、そして社会全体へと波及します。一方で、ReliaQuestのような脅威インテリジェンス企業が戦術パターンを可視化し、防御側の対応力向上に貢献していることは希望的な要素です。

私たち一人ひとりができることは、「疑う習慣」を身につけることかもしれません。突然の電話、見慣れない承認画面、普段と違うログイン要求——これらに遭遇したとき、立ち止まって考える時間を作ることが、組織全体を守る第一歩になります。テクノロジーは人を進化させますが、その前に人自身が進化する必要があるのかもしれません。

Continue Reading

Trending