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インド、量子技術戦略を発表 – ハードウェア開発と国際連携で世界をリードへ

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 - innovaTopia - (イノベトピア)

インドが量子技術における国際的なリーダーシップを目指し、野心的な「国際技術エンゲージメント戦略(ITES-Q)」を発表した。これは、国内のハードウェア開発能力の強化と、国際的なパートナーシップの推進という二本柱を通じて、次世代コンピューティングの覇権争いに本格参入する意志を示すものである。この戦略は、インド自身の技術的自立性を高めるだけでなく、世界の量子技術エコシステムに新たなダイナミズムをもたらす可能性を秘めている。

インド政府は、2023年に始動した国家量子ミッション(National Quantum Mission, NQM)の主要な評価として、「量子科学技術イノベーションに関する国際技術エンゲージメント戦略(India’s International Technology Engagement Strategy for Quantum Science, Technology and Innovation, ITES-Q)」を発表した。NQMは、2023-24年から2030-31年までの8年間で約7億5000万ドル(約6003.65クロー)の予算が投じられる国家プロジェクトであり、量子技術分野におけるインドのリーダーシップ確立を目的としている。

ITES-Q戦略の核心は、国内の量子コンピューティング・ハードウェア開発能力を「初期段階(nascent stage)」から脱却させ、加速させること、そして海外からの輸入依存度を低減することにある。具体的には、量子ビット(qubit)製造施設、デバイス試験設備、極低温技術(cryogenics)への投資が計画されている。このハードウェアへの注力は、インドが量子分野で自立したエコシステムを構築するための基礎となる。

同時に、この戦略は国際的な研究機関や企業との連携強化を不可欠な要素と位置づけている。技術移転や共同研究を通じて最先端の知識や技術を取り込み、自国の開発スピードを加速させることを目指す。将来的には、インドが単なる技術導入国に留まらず、量子コンピューターを構成する主要なコンポーネント(単一光子検出器、量子リピーター、極低温エレクトロニクスなど)の製造・輸出国となることも視野に入れている。

インド政府は量子技術を戦略的に極めて重要な分野と捉え、研究開発から人材育成、スタートアップ支援までを包括的に支援する体制を構築する方針を示している。最近発表された12億ドルのディープテックスタートアップ向けファンドも、この流れを汲むものである。さらに、量子技術の安全な発展と応用を支えるための規制インフラ整備、特にポスト量子暗号(PQC)標準の確立や国家安全保障戦略の明確化も重視されている。

応用分野としては、サイバーセキュリティ(量子鍵配送(QKD)や耐量子計算機暗号(PQC)による重要インフラ保護)、創薬(分子シミュレーションによる新薬開発の効率化)、材料科学(新素材開発)、金融モデリング(リスク分析の高度化)、ロジスティクス最適化 など、多岐にわたる貢献が期待されている。

このITES-Q戦略の推進により、インドは量子技術のグローバルなエコシステムにおいて、単なる技術の消費者や応用者に留まらず、技術開発と供給を担う重要なプレーヤーとなることを目指している。

from:https://thequantuminsider.com/2025/04/29/india-releases-technology-engagement-strategy-for-quantum-ambitions-meet-hardware-realities/

【編集部解説】

インドが発表した「国際技術エンゲージメント戦略(ITES-Q)」は、同国が量子コンピューティングという次世代技術のフロンティアにおいて、世界をリードしようとする強い決意表明に他ならない。概要で触れたように、この戦略は国内のハードウェア開発能力の向上と、国際的な連携強化という二つの主要な柱に基づいている。これは、インドが直面する課題と、量子技術が持つ戦略的重要性を深く認識した上での、現実的かつ野心的なアプローチと言えるだろう。

インドの野心と「ハードウェアの現実」
ITES-Qの発表は、インドが量子技術分野で単なる追随者ではなく、主導的な役割を担うことを目指している明確なシグナルである。しかし、The Quantum Insiderの記事タイトル「Ambitions Meet Hardware Realities(野心はハードウェアの現実に直面する)」が示唆するように、その野心は国内の量子ハードウェア開発能力の遅れという厳しい現実に直面している。

インドは、量子ソフトウェアやアルゴリズムの開発においては国際的にも評価される強みを持っているとされる。豊富なIT人材と数学的な素養がその背景にあると考えられる。しかし、量子コンピュータの物理的な心臓部である量子ビットの製造、それらを精密に制御・冷却するための関連インフラ(極低温技術、高周波制御装置など)の開発・製造能力は、依然として「初期段階(nascent stage)」にあると評価されている。海外からの輸入への依存度が高いのが現状である。実際に、インド国内で開発されたとされる25量子ビットの超伝導コンピュータにおいても、その中核部品である量子ビット自体は海外で製造されたものであったことが、この「ハードウェア・ギャップ」を象徴的に示している。

ITES-Qが国内の量子ビット製造施設、デバイス試験設備、極低温技術への投資を最優先課題の一つとして掲げているのは、まさにこの弱点を克服するためである。ハードウェアの自給能力なくして、真の技術的リーダーシップや戦略的自律性は達成できないという認識が、この戦略の根底にはある。このギャップを埋めることができるかどうかが、インドの量子戦略全体の成否を左右する鍵となるだろう。

戦略的根拠:経済成長と国家安全保障
インド政府が量子技術にこれほどまでに注力する背景には、二つの大きな動機がある。一つは、将来の経済成長を牽引する新たなエンジンとしての期待であり、もう一つは、国家安全保障上の死活的な重要性である。

経済面では、量子コンピュータが持つ桁違いの計算能力は、多様な産業に破壊的な変革をもたらす可能性を秘めている。例えば、創薬分野では、複雑な分子構造や生体内での相互作用を正確にシミュレーションすることで、新薬開発のプロセスを劇的に加速し、これまで治療が困難だった病気に対する新たな治療法を生み出す可能性がある。同様に、材料科学分野では、触媒やバッテリー、半導体などの新素材開発を促進し、エネルギー効率の向上や環境問題の解決に貢献することが期待される。金融分野では、より高度なリスク分析や市場予測が可能になり、物流分野では、複雑なサプライチェーンや配送ルートの最適化により、効率性を大幅に向上させることができる。インドのIT業界団体NASSCOMは、同国の量子技術関連産業が2030年までに3100億ドル規模に成長する可能性があると予測しており、経済的インパクトへの期待は大きい。

一方で、量子技術は国家安全保障にも直接的な影響を与える。特に懸念されているのは、将来の誤り耐性量子コンピュータが、現在広く使われている公開鍵暗号方式(RSAなど)を容易に解読できてしまうという問題である。これが現実になれば、政府機関、金融システム、重要インフラなどの機密情報や通信の安全性が根本から覆されることになる。そのため、量子コンピュータでも解読が困難とされる新しい暗号技術、すなわち耐量子計算機暗号(PQC)の開発と標準化、そして量子力学の原理を利用して盗聴を検知できる量子鍵配送(QKD)技術の実用化と導入が、国家レベルでの喫緊の課題となっている。インド政府がITES-Qの中で、PQC標準の確立や重要インフラ保護の必要性を強調しているのは、この脅威への対応が不可欠であると考えているからだ。

ハードウェア開発戦略と課題
ITES-Qの中核をなすハードウェア開発戦略は、国内における量子ビット製造能力の確立、関連するデバイス試験施設の整備、そして極低温環境を実現するための技術開発への重点的な投資である。これは、量子コンピュータ開発における海外依存からの脱却という明確な目標に基づいている。国家量子ミッション(NQM)では、8年間で50から1000物理量子ビットを持つ中間規模の量子コンピュータを開発するという具体的な目標が掲げられており、その実現に向けて、超伝導回路、イオントラップ、フォトニック技術、半導体量子ドットといった多様な物理プラットフォームでの研究開発が進められている。

しかし、この野心的な目標達成への道のりは平坦ではない。最大の課題の一つは、国内産業界からのハードウェア関連投資が依然として低調であることだ。特に、ベンチャーキャピタル(VC)や大手テクノロジー企業といった機関投資家の関与は限定的で、初期段階の資金調達はエンジェル投資家に頼る傾向が強いと指摘されている。量子ハードウェア開発は、高度な技術力と長期的な視点、そして巨額の投資を必要とするため、リスクを伴う。

インド政府はこの状況を打開するため、12億ドル規模のディープテックファンドの設立 や、官民連携(PPP)メカニズムの構築 などを通じてスタートアップ支援を強化しようとしている。しかし、単に資金を提供するだけでなく、開発された技術や製品の市場を創出し、投資リスクを低減するような包括的なエコシステム作りが不可欠であると、政府関係者自身も認めている。

国際連携と技術外交
ITES-Qが「国際技術エンゲージメント戦略」と銘打たれていることからも明らかなように、インドはこの分野での国際連携を極めて重視している。量子技術は、物理学、工学、情報科学など多岐にわたる高度な専門知識と、巨額の研究開発投資を必要とする。そのため、一国だけで全ての技術を開発し、エコシステムを完成させることは現実的ではないという認識が背景にある。

インドの国際連携戦略の第一の目的は、量子技術で先行する国々(米国、欧州連合(EU)などとの連携が模索されている)から、技術的なノウハウ、最新の研究成果、そして人材を積極的に取り込み、自国の開発スピードを加速させることである。技術移転、共同研究プロジェクトの推進、研究者や学生の交流などが具体的な手段となる。

しかし、インドの国際戦略は、単に海外から技術を学ぶ「キャッチアップ」に留まるものではない。第二の目的として、インド自身がグローバルな量子技術コミュニティにおいて積極的な役割を果たすことを目指している。具体的には、将来の量子技術に関する国際標準の策定プロセスに早期から関与し、自国の利益と技術的立場を反映させること、そして将来的には、国内で開発・製造した量子関連コンポーネント(センサー、通信機器、極低温部品など)を世界市場に供給するプレイヤーになることである。これは、単なる科学技術協力の枠を超え、インドの国際的な影響力を高めるための「技術外交(Technology Diplomacy)」の一環として明確に位置づけられている。つまり、国際連携を通じて学びつつも、同時に自らのプレゼンスを高め、ルール形成にも関与していくという、したたかで長期的な視点に基づいた戦略なのである。

エコシステム評価:強み、弱み、支援策
インドの量子技術エコシステムは、現在、大きな可能性と同時に深刻な課題を抱えている。ITES-QやNQMは、この現状を踏まえ、強みを活かしつつ弱点を克服するための支援策を講じようとしている。

強み:

  • ソフトウェアとアルゴリズム: 理論研究やアルゴリズム開発においては、国際的にも競争力のある研究者が存在し、実績を上げている。
  • 豊富なIT人材: インドは世界最大のソフトウェアエンジニア人口を抱えており、量子ソフトウェア開発や応用に転用可能な潜在的人材プールが大きい。
  • 政府の強力なコミットメント: NQMによる長期的な資金提供と国家戦略としての位置づけは、研究開発推進の大きな後押しとなる。
  • 活発なスタートアップ: QNu Labs(量子暗号)やBosonQ Psi(量子シミュレーション)など、特定の分野で注目されるスタートアップが登場し始めている。

弱み:

  • ハードウェア製造能力: 前述の通り、量子ビット製造や関連インフラが国内に欠けており、海外依存度が高い。
  • 産業界からの投資不足: 特にVCなどの機関投資家によるリスクマネーの供給が少なく、ハードウェア開発のような長期・大規模投資が必要な分野への資金流入が限定的である。
  • 専門人材の不足: IT/STEM分野の卒業生は多いものの、実際に量子技術の最先端研究開発、特にハードウェア分野に従事する高度な専門知識を持つ人材は「極めて少ない(abysmally small)」と指摘されている。このミスマッチにより、インド国内で未開拓となっている量子技術分野も多いとされる。
  • 断片化したエコシステム: 研究機関、大学、産業界の連携がまだ十分ではなく、エコシステム全体としての効率性や相乗効果が発揮されにくい状況にある。
  • 未整備な規制インフラ: 量子技術の応用が進む中で、セキュリティ基準や倫理ガイドラインなどの規制・標準化が追いついていない。

支援策:

  • NQMによる研究開発ファンディング: NQMを通じて、基礎研究から応用開発まで幅広い支援が行われる。
  • テーマ別ハブ(T-Hubs)の設立: 量子コンピューティング、通信、センシング、材料・デバイスの4分野で中核的研究拠点を設立し、産学連携や人材育成を推進する。
  • スタートアップ支援: ディープテックファンドによる資金提供、インキュベーションプログラム、市場創出支援などを通じて、スタートアップの成長を後押しする。
  • クラウドベースの量子計算環境提供: MeitY(電子情報技術省)とAWSの連携によるQuantum Computing Applications Lab (QCAL)などを通じて、研究者や開発者が量子コンピュータ実機やシミュレータにアクセスできる環境を提供する。
  • 国際連携の推進: ITES-Qに基づき、海外との共同研究や技術導入を積極的に進める。

これらの支援策が、エコシステムの弱点を効果的に補強し、強みをさらに伸ばすことができるかが、今後のインドの量子技術開発の鍵を握る。特に、量的な人材プールを質的な専門人材へと転換・育成する取り組みと、民間投資を呼び込むための環境整備が重要となるだろう。

グローバル量子競争におけるインドの位置づけ
量子技術の開発は、米中対立を背景に、経済的・軍事的な覇権争いの様相を呈しており、世界各国が巨額の投資を行っている。このグローバルな競争の中で、インドはどのような位置にいるのだろうか。

ITES-Qの報告書や関連報道によると、公的投資額においてインドは、中国や米国、EU諸国に大きく差をつけられているのが現状である。以下の表は、主要国・地域の推定投資額とスタートアップ数を示している。

表1: 世界の量子技術投資とスタートアップ状況(推定)

国/地域 (Country/Region)公的投資額 (Public Investment Est.)民間投資額 (Private Investment Est.)スタートアップ数 (Startup Count Est.)
中国 (China)~$15.3 BillionN/A (or Low)~63
米国 (USA)~$5 Billion (or $3.8B-$1.9B)~$6.9 Billion~309
EU/ドイツ (EU/Germany)~$1.2 Billion+ (EU) / Germany HighN/A (UK next highest)~110 (Germany)
英国 (UK)High (part of EU figure?)~$1.44 Billion~92
カナダ (Canada)HighN/A~56
インド (India)~$750 Million~$30 Million~53

注: 投資額は発表時期や集計方法により異なる場合がある。

この表から明らかなように、インドの公的投資額(NQM予算約7.5億ドル)は、中国(150億ドル超)や米国(数十億ドル規模)と比較すると見劣りする。Times of Indiaの報道では、公的投資額で世界12位とされている。さらに深刻なのは民間投資の差であり、米国の約69億ドル、英国の約14億ドルに対し、インドは約3000万ドルに留まっている。これは、前述した国内VC等の投資活動の低調さを裏付けている。

一方で、量子関連スタートアップの数では、インドは世界6位(53社)と比較的健闘している。これは、インドの持つ起業家精神やソフトウェア分野での強みが一定程度反映されている可能性がある。

インド政府のシンクタンクNITI Aayogなどの報告書は、インドがこの競争で遅れを取らないためには、「マルチプロングド(多角的)」なアプローチ、すなわち研究開発、教育・人材育成、産業連携、そしてセキュリティ対策を統合的に、かつ強力に推進する必要があると警鐘を鳴らしている。ITES-QやNQMは、まさにこの多角的な取り組みを実行するための国家戦略と位置づけることができる。

インドがこれらの戦略を通じて、投資額の差を埋め、ハードウェア開発のボトルネックを解消し、エコシステム全体を活性化させることができれば、米中欧に次ぐ量子技術の有力な極として台頭する可能性がある。そうなれば、技術革新のペースがさらに加速するだけでなく、量子技術をめぐる国際的な地政学的なバランスにも少なからぬ影響を与えることになるだろう。

今後の展望と潜在的影響
インドが打ち出したITES-Qと、それを支えるNQMは、同国が量子技術という次世代の基幹技術分野で、自立性を高め、世界の主要プレーヤーとなるための重要な試金石である。その成否は、インドの将来の科学技術力、経済競争力、そして国家安全保障能力に大きな影響を与えるだろう。

もしこの戦略が成功し、目標が達成されれば、そのインパクトは計り知れない。国内でのハードウェア製造能力の確立は、輸入依存からの脱却とサプライチェーンの強靭化に繋がり、経済安全保障に貢献する。量子コンピュータや関連技術の応用は、創薬、材料科学、金融、物流といった既存産業の高度化を促進し、新たな産業や雇用を創出する可能性がある。量子通信や量子暗号技術の発展は、サイバー空間における国家の防御能力を飛躍的に向上させるだろう。

しかし、その道のりは決して容易ではない。最大の課題である国内ハードウェア開発能力の向上は、技術的な難易度が高く、長期的な投資と忍耐が必要である。民間投資、特にリスクを許容できるVC資金をいかに呼び込み、研究成果を商業化に繋げるエコシステムを構築できるかが鍵となる。また、量的な人材プールから、質的に高度な専門性を持つ量子技術人材を育成し、国内外への頭脳流出を防ぐことも不可欠である。さらに、技術の進展に合わせて、適切な規制や標準を整備していく必要もある。

【用語解説】

量子コンピューティング (Quantum Computing): 量子力学の特有な原理、特に「重ね合わせ(superposition)」(一つの量子ビットが0と1の状態を同時に取りうる)と「量子もつれ(entanglement)」(複数の量子ビットが互いに強く相関し合う)を利用して計算を行う新しい計算パラダイム。従来のコンピュータが情報を「ビット」(0か1)で扱うのに対し、量子コンピュータは「量子ビット(qubit)」を用いる。これにより、素因数分解(Shorのアルゴリズム)や特定分子のエネルギー計算といった、古典コンピュータでは現実的な時間内に解くことが極めて困難な特定の問題に対して、指数関数的な計算速度の向上が期待されている。

国家量子ミッション (National Quantum Mission, NQM): インド政府が2023年4月に承認した、量子技術分野における研究開発の促進と、関連する産業・イノベーションエコシステムの構築を目指す国家的な取り組み。期間は2023-24年から2030-31年までの8年間で、総予算は約7億5000万ドル(6003.65クロー)。量子コンピューティング、量子通信、量子センシング&メトロロジー、量子材料&デバイスの4つの主要分野(Thematic Hubs, T-Hubs)に焦点を当て、国内の主要な学術機関や研究開発機関に研究拠点を設立する計画である。

国際技術エンゲージメント戦略 (International Technology Engagement Strategy for Quantum, ITES-Q): インド政府の主席科学顧問室(PSA)が2025年4月に発表した、国家量子ミッション(NQM)を補完し、量子技術分野におけるインドの国際的な関与(エンゲージメント)の方針を示す戦略文書。国内のハードウェア開発能力強化と並行して、海外の先進的な研究機関や企業との連携(共同研究、技術導入、人材交流など)を促進し、同時に、国際的な標準化活動への貢献や、将来的な技術・製品の輸出を通じて、インドの技術外交力を強化することを目的としている。

【参考リンク】

The Quantum Insider: 量子コンピューティング業界の最新ニュース、分析、市場動向を提供する情報プラットフォーム。

インド政府 科学技術省 (Department of Science and Technology, DST): 国家量子ミッション(NQM)を所管する省庁。

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大阪大学「純国産」量子コンピュータが稼働開始、万博で一般体験も可能に

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 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年7月28日、大阪大学の研究室で静かに稼働を始めた一台の量子コンピュータが、日本の技術的未来を大きく塗り替える可能性を秘めています。それは世界で初めて、ハードウェアからソフトウェアまで完全に「Made in Japan」で構築された純国産量子マシンです。

-273℃の極低温世界で踊る28個の量子ビット。アルバックの希釈冷凍機、キュエルの制御装置、そして世界初の完全オープンソース量子OS「OQTOPUS」——これら全てが日本の技術力の結晶として一つのシステムに統合されました。

しかし、この量子コンピュータの真の革新性は技術仕様だけにあるのではありません。8月14日から始まる大阪・関西万博では、来場者が手持ちのiPadから直接この量子マシンにアクセスし、量子もつれという宇宙の神秘を自らの指先で操作できるのです。

科学の最前線が、ついに私たちの手の届く場所にやってきました。


大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)は2025年7月28日、主要部品・パーツやソフトウェアが全て日本製となる「純国産」超伝導量子コンピュータの稼働を開始した。開発は根来誠副センター長、理化学研究所の中村泰信センター長、アルバック、アルバック・クライオ、イーツリーズ・ジャパン、キュエル、QunaSys、セック、TIS、富士通量子研究所らの共同研究グループが担当した。

希釈冷凍機、制御装置、超伝導量子ビットチップ、量子クラウドソフトOQTOPUSなどの主要パーツとソフトウェアを全て国産化した。7月28日時点で28量子ビット以上の制御が可能である。8月14日から20日まで大阪・関西万博で開催される企画展「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」では、来場者がiPadを通じてクラウド経由で本システムにアクセスし、最大4量子ビットの量子プログラムを体験できる。本システムは全てのソフトウェアスタックがオープンソースで構成されており、世界でも類を見ない特徴を持つ。

From:  - innovaTopia - (イノベトピア)「純国産」量子コンピュータ、7月28日稼働! 万博会場からクラウド接続し、来場者に新しい”量子体験”も予定!

【編集部解説】

大阪大学の「純国産」量子コンピュータが稼働開始したというニュースは、実は日本の量子技術戦略における極めて重要な転換点を示しています。

確認された事実として、この量子コンピュータは28量子ビット以上の制御が可能で、システム全体のソフトウェアスタックが世界で初めて完全にオープンソースで構築されている点が画期的です。従来、IBMやGoogleなどの海外大手企業の量子クラウドサービスでは、中核ソフトウェアはブラックボックス化されており、この完全オープンソース化は世界でも前例がありません。

この純国産システムの最大の意義は、技術的自立性の確保にあります。これまでの理研初号機では希釈冷凍機など重要部品の一部を海外製品に依存していましたが、今回は-273℃の極低温を実現する希釈冷凍機もアルバック製の国産品を使用しています。量子コンピュータは将来の基幹産業になる可能性が高く、サプライチェーンの安全保障の観点から自製技術の保有は戦略的に重要です。

技術的な側面から見ると、この純国産機の性能は既に実用レベルに達しています。1量子ビットゲート忠実度の中央値が99.9%、2量子ビットゲート忠実度が最大98%という数値は、国際的にも競争力のある水準です。また、3号機での稼働率86%という実績は、システムの安定性を証明しています。

万博での一般公開が持つ意味も看過できません。来場者がiPadからクラウド経由で実際の量子コンピュータにアクセスできる体験は、量子技術の社会的普及において重要な役割を果たします。これは単なるデモンストレーションではなく、量子ソフトウェアコンソーシアムの40機関という産学連携のエコシステムの成果でもあります。

将来への影響を考えると、この純国産化により日本は量子技術分野でのアジア地域のハブとしての地位を確立する可能性があります。特に、OQTOPUS(Open Quantum Toolchain for OPerators and USers)の完全オープンソース化は、世界中の研究者や企業が利用可能であり、日本発の量子ソフトウェア標準として普及する可能性を秘めています。

一方で、この純国産システムが直面する課題も存在します。現在の28量子ビットから、実用的な量子優位性を実現するには少なくとも数百から数千量子ビットが必要とされます。富士通とRIKENが既に256量子ビット機を発表しており、さらなる大規模化競争が激化することは確実です。

また、量子エラー訂正の実現という技術的難題も残されています。現在のシステムでは10月末までに100量子ビット弱への拡張が予定されていますが、フォルトトレラント量子コンピュータの実現には論理量子ビットあたり数千から数万の物理量子ビットが必要とされています。

しかし、この純国産システムの成功は、日本が量子技術の全スタックを自製できる技術力を証明した点で歴史的意義を持ちます。2025年が国際量子科学技術年として宣言された今、日本発の量子技術が世界標準となる可能性を秘めた重要な一歩と言えるでしょう。

【用語解説】

量子コンピュータ:量子力学の原理に従って動作する量子ビットを情報の最小単位として計算を行うコンピュータ。従来のコンピュータにはない量子重ね合わせや量子もつれを利用することで、分子中の電子状態などの量子的な振る舞いを効率的にシミュレーションできる。

希釈冷凍機:質量数が異なる2種類のヘリウム(液体ヘリウム4と液体ヘリウム3)を混合するときに生じる吸熱効果を利用して、約-273℃(10mK)まで温度を下げる冷凍機。超伝導量子ビットの動作に必要な極低温環境を実現する。

量子もつれ(エンタングル):二つの量子ビットのうちの一方の状態を観測した際に、もう片方がその量子ビットの状態と必ず逆の状態が現れるような強く相関した状態のこと。古典力学や古典電磁気学では説明できない量子力学特有の現象である。

国際量子科学技術年(IYQ):1925年にハイゼンベルグが発見した量子力学の理論誕生から100年を迎えた2025年を、国連が宣言したユネスコの記念年。量子科学技術の普及と理解促進を目的とする。

オープンソースソフトウェア(OSS):ソースコードが公開されており、誰でも自由に利用、改良、再配布できるソフトウェア。従来のコンピュータではLinuxを初めとして様々なOSSが根幹を支えている。

【参考リンク】

大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)(外部)大阪大学の量子技術研究拠点。国際量子科学技術年の日本初の公式パートナーに就任

OQTOPUS公式サイト(外部)世界最大規模のオープンソース量子コンピュータクラウド基盤ソフトウェア

TIS株式会社(外部)量子コンピュータクラウドサービス基盤ソフトウェア開発に参画

エンタングル・モーメント公式サイト(外部)大阪・関西万博での量子・海・宇宙をテーマとした企画展

【参考記事】

TIS、QunaSys、阪大らによるオープンソース量子コンピュータクラウド基盤の研究開発(外部)OQTOPUS開発チームの正式な役職・組織体制の詳細情報

OQTOPUS: Researchers launch open-source quantum computer operating system(外部)世界最大規模のオープンソース量子ソフトウェアイニシアチブとして評価

量子コンピュータクラウドサービスの基盤ソフトウェア「OQTOPUS」を公開(外部)ITメディアによるシステムアーキテクチャの技術的特徴解説

富士通 上小田中に量子棟を建設 次世代コンピュータ設置(外部)2026年度中に1000量子ビットコンピュータ設置予定の報道

【編集部後記】

今回の純国産量子コンピュータの稼働開始は、日本の技術的自立という観点で非常に興味深い出来事です。特に注目したいのは、全てのソフトウェアがオープンソースで構築されている点です。これは従来の「クローズドな量子クラウド」の常識を覆す試みと言えるでしょう。

皆さんは、なぜ日本がこのタイミングで「純国産」にこだわったと思われますか?また、万博での一般公開体験は量子技術の社会実装にどのような影響をもたらすでしょうか?量子技術が私たちの日常にどう浸透していくのか、ぜひ一緒に考えてみませんか。

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オーストリア科学アカデミーが95%精度で量子時間逆行に成功、量子コンピュータのエラー修正技術に革命

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オーストリア科学アカデミーが95%精度で量子時間逆行に成功、量子コンピュータのエラー修正技術に革命 - innovaTopia - (イノベトピア)

オーストリア科学アカデミーとウィーン大学の研究チームが、量子システムにおいて時間を逆行させる手法を開発し、平均95%以上の忠実度を達成した。

研究はMiguel NavascuésとPhilip Waltherが主導し、成果はOptica誌に発表された。実験では単一光子の偏光にクビットを符号化し、サニャック干渉計を通してUとVという2つの進化パターンを重ね合わせ状態で実行した。

量子スイッチという装置を使用し、システムの内部構造や初期状態の詳細な知識なしに量子粒子を以前の状態に復元することに成功した。テストは50の異なる進化の組み合わせ、4つの初期状態、3つの時間ステップ長で実施され、3週間で1800回の実験を行った結果、忠実度は93%以上を維持し、一部は97%に達した。

この技術は量子コンピュータのエラー修正への応用が期待され、1秒の量子進化を1秒で巻き戻すリアルタイム処理が可能である。

From:文献リンクUsing Quantum Physics, Researcher Have Succeeded to “Reverse Time” With Astonishing Precision

【編集部解説】

オーストリア科学アカデミーとウィーン大学による「量子時間逆行」技術は、一見SFのような響きですが、実は極めて実用的な技術革新です。

この研究の核心は、量子システムにおいて95%以上の精度で粒子を「以前の状態」に戻すことに成功した点にあります。重要なのは、この技術が「システムの内部構造を知らずに実行できる」ことです。これは量子コンピュータのエラー修正において革命的な意味を持ちます。

現在の量子コンピュータは、外部からのノイズや相互作用によってデータが容易に破損してしまうという課題を抱えています。従来のエラー修正手法では、エラーの詳細を把握し、複雑な修正プロセスを実行する必要がありました。しかし今回の技術により、「何が起こったか分からなくても、システムを以前の正常な状態に戻せる」という画期的な能力が実現しました。

この技術のユニークな点は、1秒の量子進化を巻き戻すのに正確に1秒しかかからない「リアルタイム処理」である点です。これは従来手法と比較して3倍の高速化を実現しており、実用的な量子コンピュータの運用において極めて重要な改善となります。

実験では、単一光子の偏光状態を利用し、「量子スイッチ」と呼ばれる装置を通じて2つの異なる進化パターンの重ね合わせ状態を作り出しました。これにより、光子は「2つの時間経路を同時に辿る」という量子力学特有の現象を活用して、元の状態への復帰を可能にしています。

研究は理論チームを率いるMiguel Navascuésと実験チームを率いるPhilip Waltherの協力により実現され、実験論文の筆頭著者はPeter Schianskyです。50の異なる進化パターン、4つの初期状態、3つの時間ステップで1,800回の実験を実施し、93-97%の忠実度を達成しました。この高い成功率は、実用的な量子エラー修正技術としての可能性を強く示唆しています。

将来的な応用範囲も注目すべき点です。現在は光子を使用していますが、理論上は冷却原子やイオントラップなど他の量子システムにも適用可能とされています。また、同じ研究チームは時間を「早送り」する手法についても理論的な開発を進めています。

この技術の意義は、量子コンピュータの商用化において最大の障壁であるエラー率の改善に直結することです。現在の量子プロセッサは約0.1-1%のエラー率を持ちますが、実用的な量子コンピュータには10^-15レベルの精度が必要とされています。今回の巧妙な「巻き戻し」機能が統合されれば、この巨大なギャップを埋める重要な技術的基盤となる可能性があります。

人間レベルでの時間巻き戻しについては、研究者は現実的な評価を示しています。人間一人の量子情報を1秒分巻き戻すのに数百万年が必要とされており、実用性はありません。しかし量子プロセッサのような制御された環境では、この技術は極めて強力なツールとなるでしょう。

この研究は、量子コンピュータが実験室から実世界へと飛躍する上で欠かせない「信頼性」という要素に革新的なアプローチを提供しています。まさに「未来のコンピューティング」を支える基盤技術として、我々の注目に値する発展と言えるでしょう。

【用語解説】

量子スイッチ(Quantum Switch)
量子システムにおいて2つ以上の量子チャンネルが作用する順序を制御する装置。重ね合わせ状態により、複数の進化経路を同時に処理できる。

サニャック干渉計(Sagnac Interferometer)
光子を2つの異なる経路で伝播させ、その干渉パターンを観測する光学装置。量子実験では量子状態の精密制御に使用される。

忠実度(Fidelity)
量子状態がどの程度正確に目標状態と一致しているかを示す指標。1(100%)に近いほど精度が高い。

クビット(Qubit)
量子ビット。量子コンピュータの基本情報単位で、0と1の重ね合わせ状態を取ることができる。

重ね合わせ状態(Superposition State)
量子粒子が複数の状態を同時に存在できる量子力学特有の現象。観測するまで全ての可能性が共存する。

量子エラー修正(Quantum Error Correction)
量子システムにおいて外部ノイズや干渉によって生じるエラーを検出・修正する技術。

【参考リンク】

オーストリア科学アカデミー(外部)
1847年設立の国立アカデミー。量子光学・量子情報研究所を運営し、基礎研究から応用研究まで幅広い分野をカバー

ウィーン大学(外部)
1365年創立のヨーロッパ最古級の大学。9万人以上の学生を擁し、20の学部で186の学位プログラムを提供

Optica出版グループ(外部)
光学・フォトニクス分野の世界的学術団体。本研究が掲載されたOptica誌を含む権威ある学術出版事業を展開

【参考記事】

Reversing Unknown Quantum Transformations(外部)
2023年にOptica誌発表の原著論文。量子変換の逆操作理論と実験結果を詳述

We have made science fiction come true(外部)
Miguel Navascués研究者による量子時間制御技術のEl País紙インタビュー記事

【編集部後記】

量子時間逆行技術のニュースを読んで、どのような感想を抱かれたでしょうか。SFの世界だと思っていた「時間の巻き戻し」が、実験室レベルとはいえ現実になりつつあります。

この技術が量子コンピュータの実用化を加速し、私たちの日常にどのような変化をもたらすのか、一緒に想像してみませんか。量子エラー修正の革新は、暗号化技術や創薬研究、金融計算など、あらゆる分野に波及効果を与える可能性があります。皆さんは、どの分野での応用に最も期待されますか?

また、このような基礎研究の進歩が社会実装されるまでのプロセスについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか。
ぜひ、未来への期待と不安を共有していただければと思います。

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量子コンピューターニュース

量子エンジニア資格認定試験(ゲート型)エントリー:解説講座(1/2:理論編)【JQCA公認】

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量子産業元年として迎える2025年

2025年は「国際量子科学技術年(International Year of Quantum Science and Technology:IYQ)」として国連により制定されています。これは、1925年にハイゼンベルクが行列力学と呼ばれる量子力学の定式化を完成させた論文が出版されてから100年という記念すべき節目を迎えるためです。

国連による宣言では、この1年間にわたる世界規模の取り組みは「量子科学とその応用の重要性に対する一般の認識を高めることを目的としたあらゆるレベルの活動を通じて実施される」とされており、量子技術の社会実装に向けた大きな転換点となることが期待されています。

日本においても、大阪大学QIQBが国内初のIYQ公式パートナーに就任するなど、量子技術の発展において重要な役割を担う体制が整いつつあります。2025年は、まさに日本にとっても「量子産業元年」と呼ぶべき年になるでしょう。

ゲート型量子コンピュータとは何か

量子コンピュータは、量子力学の原理を計算に応用した革新的な計算機です。特に「ゲート型量子コンピュータ」は、従来のコンピュータとは根本的に異なる動作原理を持っています。

従来のコンピューターはバイナリ・ビット(0と1)を使用してデータを保管および処理しますが、量子コンピューターは量子ビット(またはキュービット)を重ね合わせて使用することで、さらに多くのデータを一度にエンコードできます。

この「重ね合わせ」という量子力学の現象により、2量子ビットは4ビットの情報を保管でき、3量子ビットは8ビット、4量子ビットは12ビットの情報を保管できます。つまり、量子

ビット数が増えるにつれて、処理可能な情報量が指数関数的に増大するのです。

技術の歴史的発展

量子コンピュータの歴史は1980年代に遡ります。1980年にポール・ベニオフが量子系においてエネルギーを消費せず計算が行えることを示し、1982年にはファインマンも量子計算が古典計算に対し指数関数的に有効ではないかと推測しています。

理論的な発展から実用化への大きな転換点となったのは、1994年にピーター・ショアが実用的なアルゴリズム『ショアのアルゴリズム』を考案し、量子コンピュータの研究に火をつけたことでした。このアルゴリズムにより、従来のコンピュータでは現実的な時間では解けないとされる素因数分解問題が、量子コンピュータでは極めて短時間で解けることが示されました。

近年の企業間競争も激化しています。2016年、グーグルは9量子ビットの量子コンピューターで水素分子をシミュレートしました。2017年、インテルは17量子ビットの量子コンピューターを、IBMは90マイクロ秒にわたって量子状態を維持できる50量子ビットのチップを開発しました。そして2019年、Googleが量子超越性の実証を発表するなど、技術的ブレイクスルーが相次いでいます。

本講座での目的

本講座ではJQCAの「量子エンジニア認定講座(ゲート型エントリー)」の検定問題や解説に基づいて、ゲート型量子コンピュータの基本的な考え方について学ぶ、

なお、本講座では量子ビットを二次元空間上の矢印として扱うが、現実の量子ビットには量子力学特有の「位相」と呼ばれるパラメータがあるため厳密には1量子ビットはブロッホ球上の3次元で表現されることを留意いただきたい。

本講座が量子コンピューティングの考え方や基礎的な演算を学ぶ上で読者の力になれれば幸いです。

なお、本講座の対象者は「中学生以上」となっているが、量子ビットは一般的にベクトルによって表現され、量子ゲートは量子状態に対するユニタリ演算子であることが一般に知られているため、適宜、厳密な理解に基づいた説明を知りたい方は各章ごとにコラムを用意したため、解説本文で物足りなかった人は是非読んでみてください。

1.量子コンピュータと古典コンピュータ

1.1 古典ビットと量子ビット
 ビットとは情報の最小単位のことであり、古典コンピュータ上では例えば、「トランジスター上に電気が流れているか流れていないか」のように0と1どちらかの状態を作りその「列」として情報を作り出しています。

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古典ビットの模式図

古典ビットの取りうる状態の数はビット数nに対して2^n個となります。例えば2古典ビット系を考えれば次のような4つの状態をとることができます。(下の図を参照)

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2古典ビットの模式図、古典2ビットでは4つの状態をとりうる。

量子ビットとは何か?

1.1 重ね合わせの状態

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量子ビットの模式図

量子ビットは翻って、あくまでイメージですがボールに矢印が刺さっている描像で書くことができる矢印が上を向いている状態を「0」下を向ている状態を「1」と表現すると、そのほかにも矢印が真横を向いている場合や斜めを向いている状態も量子ビットはとることができる。例えば下図右から3番目の矢印が真横を向いている場合は「0」が50 % 「1」が50%の状態(重ね合わせの状態)と解釈できる。このような状態を「重ね合わせの状態」と呼ぶ。

なお量子ビットの「0」と「1」は古典ビットと分けて考えるために|0>と|1>と表現する。これは「ゼロケット」と呼ぶ。この書き方は量子力学におけるディラックが提案した「ブラケット表記」に由来します。(「コラム1:線形結合」を参照されたし)

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量子ビットは矢印の傾きによって無限の状態をとることができる!

ここで重要なのはこれらがすべて異なる状態であるということです。先ほどは「→が真横を向いている状態は|0>が50 %|1>が50%の状態であると表現しましたが、これはあくまで|0>と|1>とは全く異なる

「|0>が50 %で、|1>が50%の状態0」

という状態です。少しまどろっこしいですね。

この矢印が横向きの状態は一つ例を挙げると

1/√2( |0> + |1> )と書き表せます。言ってしまえば2x+3yという数式には確かにxとyが含まれていますが数式自体はxとyとも全く異なるものを表していますね。このようなイメージです。

1.2 量子もつれ
量子もつれ(quantum entanglement)は、2つ以上の量子ビットが強い相関を持ち、個別に記述できない状態になる現象です。

一方の量子ビットを測定すると、もう一方の状態が瞬時に決まります。もつれた量子ビットは強い相関を持つため、例えば2量子ビット系で考えると、1つの量子ビットのみを操作すると2量子ビット全体に影響があります。(2.3 量子もつれとベルの不等式)

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量子もつれの模式図
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1.3 量子ビットの観測

量子ビットを観測するときに実際に得られるのは|0>か|1>の必ずどちらかです。

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量子ビットは重ね合わせの状態を直接得られず必ず「0」か「1」として手元に来る。

例えば、次のように|0>でも|1>でもない状態を観測すると、それぞれ量子ビットの状態に対応してある一定の確率で「0」または「1」が観測される。例えば先ほど用いた。矢印が真横を向いている量子状態では「0」が50% 「1」が50 %観測される。つまり、1000回観測したら500回「0」が500回は「1」が観測されて。矢印が真横を向いている状態そのものは観測できません。矢印が真上を向いている場合は1000回すべてが「0」が出力されて、真下の場合は1000回すべて「1」が出力されます。

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2.量子ゲート

2.1量子ゲートと論理回路

古典コンピュータでは、AND回路やOR回路のような「論理回路」を使って計算を行います。たとえばAND回路は、入力が両方とも1のときにだけ1を出力します。

量子コンピュータでも、これに相当する「量子ゲート(quantum gate)」という操作を用いて計算を行います。量子ゲートとは、量子ビットの状態を変える操作のことです。

この量子ゲートをどのように組み合わせて使うかという設計図のようなものが、「量子アルゴリズム」と呼ばれます。

2.1Xゲート

|0⟩ を |1⟩ に、|1⟩ を |0⟩ に変えるゲート。古典のNOTと同じ動作。言ってしまえば、矢印を右周りに180度傾ける操作になる。

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2.2Hゲート

さっきの話でいうところの量子ビットを右回りに90度傾ける操作をしてくれる量子ビット。|0>を90ど傾けると重ね合わせ状態を作ることができるため、このゲートを使って量子特有の性質である重ね合わせ状態を作ってうまく計算を行う。

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2.3CXゲート

1つ目の量子ビット(制御ビット)が|1⟩のときだけ、2つ目のビット(ターゲット)にXゲートを適用。この時「ある量子ビットの結果によってもう片方の状態を変える」ということを行っていますね。前者を「制御ビット、後者を「ターゲットビット」と呼びます。

例として実際の量子回路を組んで計算をしてみましょう。

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提供:DEVEL

XとM0と書かれている間に挟まれている2量子ビットにかかっているゲートがCXゲートです。ここでは上の量子ビットが制御ビット、下の量子ビットがターゲットビットです。今回は2つの量子ビットとも初期値は|0>ですが、上の量子ビットはXゲートがかかっているのでCXゲートを通る前に、値は|1>になっています。右側が計算結果で、1000回計算して(画面左上のshotsの値が何回計算したかを表している)、1000回とも両方の量子ビットはともに|1>でした。

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提供:DEVEL

二つとも1だった場合は、ターゲットビットが反転するので、1→0になりました。

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提供:DEVEL

次回は具体的にこれらの量子ゲートを用いて様々な計算を一緒に実装していきましょう。

コラム

コラム1:ボルンの確率解釈
量子子ビットの状態 (1/√2)(|0⟩ + |1⟩) を見て、「なんで係数が 1/√2 なの?」と疑問に思ったことはありませんか?直感的には、|0⟩と|1⟩が「半々」なら係数は 1/2 でもよさそうなものです。でも実際に測定すると、確かに50%ずつの確率で観測される。この不思議な関係を説明するのが、ボルンの確率解釈です。
ボルンが1926年に提唱したこの解釈によると、量子状態の係数(確率振幅)の絶対値の二乗が、その状態が観測される確率になります。
例えば (1/√2)(|0⟩ + |1⟩) の場合:

  • |0⟩が観測される確率:|1/√2|² = 1/2
  • |1⟩が観測される確率:|1/√2|² = 1/2

だから係数は 1/√2 なのです!
この「二乗則」は単なる数学的便宜ではありません。量子力学の干渉現象を正しく記述するために必要なのです。
確率振幅は複素数で、位相という情報も持っています。例えば (1/√2)(|0⟩ – |1⟩) という状態では、|1⟩の係数は -1/√2 ですが、観測確率は同じく50%です((-1/√2)² = 1/2)。

・コラム2:量子もつれとノーベル物理学賞
2つの量子ビットが量子もつれ状態にあるとき、片方を測定すると、もう片方の状態が瞬時に決まります。たとえ両者が宇宙の端と端にあってもです。この「不気味な遠隔作用」を嫌ったアインシュタインと、それを実験で証明した科学者たちの壮大な物語が、2022年のノーベル物理学賞の背景にあります。

まず、2量子ビット系の表記について説明しましょう。|00⟩という記号は、「1つ目の量子ビットが0、2つ目の量子ビットも0」という状態を表します。同様に|01⟩は「1つ目が0、2つ目が1」、|10⟩は「1つ目が1、2つ目が0」、|11⟩は「1つ目が1、2つ目が1」です。

典型的な量子もつれ状態:
(1/√2)(|00⟩ + |11⟩)

この状態では、測定すると50%の確率で両方とも0、50%の確率で両方とも1になります。しかし測定前は、どちらになるかは決まっていません。

EPRパラドクス
1935年、アインシュタインはポドルスキー、ローゼンと共に「物理的実在についての量子力学の記述は完全だと考えられるか?」という論文を発表しました。彼らの主張は明快でした:

「物理的性質は測定する前から決まっているはずだ。量子もつれなど、単に私たちが知らない『隠れた変数』があるだけではないか。」

つまり、量子が生成された瞬間に既に「この量子は白、あの量子は黒」と決まっており、観測によって「瞬時に影響が伝わる」わけではない、というのです。

ベルの不等式の発見
1964年、ベルは驚くべき発見をしました。もし隠れた変数が存在するなら、実験結果は「ベルの不等式」という数学的制約を満たすはずだと証明したのです。逆に、この不等式が破れれば、量子もつれは本物だということになります。

2022年のノーベル物理学賞のテーマは「もつれ」?

ジョン・クラウザー(1972年):初めてベルの不等式の破れを実験で確認。量子もつれの存在を世界で初めて実証しました。

アラン・アスペ(1982年):クラウザーの実験の「抜け穴」を塞ぎ、より厳密な条件で量子もつれを証明。光子の偏光フィルターを測定中にランダムに変更することで、測定手法の影響を排除しました。

アントン・ツァイリンガー(近年):最終的な「抜け穴」も塞ぎました。なんと遠い銀河からの信号を使って測定器を制御し、あらゆる古典的説明を不可能にしたのです。

・コラム3:ブラケット表記
量子ビットを|0⟩や|1⟩と書くのを見て、「なぜこんな変わった記号を使うの?」と思ったことはありませんか?この縦線と山括弧の組み合わせは、実は物理学史上最も美しく実用的な記号の一つなのです。このブラケット表記(Dirac記法)の誕生には、量子力学の黎明期を彩る天才たちの知的格闘が隠されています。

ハイゼンベルグの行列力学
1925年、24歳のハイゼンベルクは革命的なアイデアを発表しました。原子内の電子の軌道を「行列」で表現するという、当時としては極めて抽象的な理論でした。

ハイゼンベルクの着想:
物理量(位置、運動量など)を数の表ではなく、無限次元の行列として扱う

例:位置 x → 行列 X、運動量 p → 行列 P
そして XP – PX = iℏ (交換関係)

これは物理学者たちを困惑させました。なぜなら、従来の物理学では「位置×運動量」と「運動量×位置」は同じ値になるはずだったからです。しかしハイゼンベルクは、量子の世界では測定の順序が結果を変えることを数学的に表現したのです。

もっと言えば、今までの物理学は微積分で書かれており、線形代数は馴染みがあまりなかったという話も聞いたことがあります。

ディラックの天才的統合

1930年、ポール・ディラックは行列力学と波動力学を統一する美しい記法を考案しました。それがブラケット表記です。

ディラックの発明:

  • ⟨ψ|:「ブラ」(bra)
  • |φ⟩:「ケット」(ket)
  • ⟨ψ|φ⟩:「ブラケット」(bracket)

この記法の天才的な点は、抽象的な量子状態を具体的な数学操作と直結させたことです。|0⟩は「量子ビットが0の状態」という抽象概念を表しながら、同時に具体的な計算にも使える数学的対象なのです。

ディラックは内積(二つのベクトルの「重なり具合」)を ⟨ψ|φ⟩ と表現しました。これは英語の “bracket”(括弧)に似ているため、彼は左半分を “bra”、右半分を “ket” と名付けたのです。

“bra” + “ket” = “bracket”

おしゃれですね。

現代への影響

ディラックの記法は、今や量子コンピューターや量子情報科学の標準言語となっています。IBMの量子コンピューター「Qiskit」でも、Googleの「Cirq」でも、この記法が使われています。

ハイゼンベルクの抽象的な行列力学から始まり、ディラックの美しい記法によって完成された数学的枠組み。それは単なる記号以上の意味を持ち、量子の不思議な世界を人間が理解するための「言語」そのものなのです。|0⟩と|1⟩という素朴な記号の背後には、20世紀物理学の最も深遠な洞察が込められているのです。

【information】
日本量子コンピューティング協会(JQCA)は「量子エンジニア認定講座」を開催しています。是非皆さんもご参加ください。

https://jqca.org (JQCA公式HP)

検定試験の情報については下記URLを参考にお願いします。

https://connpass.com/user/jqca2023/open

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