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量子コンピューターニュース

南カリフォルニア大学、量子センサーの宿敵「デコヒーレンス」を克服する新技術を発表。従来比1.65倍の感度向上を実現し、医療から物理学研究まで革新を加速か

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 - innovaTopia - (イノベトピア)

南カリフォルニア大学(USC)の研究チームは、量子センサーの性能を著しく制限してきた「デコヒーレンス」と呼ばれる現象を効果的に抑制する新たな量子センシング技術を開発した。この成果は学術誌「Nature Communications」に掲載された 。  

本研究で開発された「コヒーレンス安定化プロトコル」は、量子ビット(量子情報の基本単位)の特定の量子状態を能動的に安定化させることにより、環境ノイズによる量子情報の損失を防ぐ 。この手法は、超伝導量子ビットを用いた実験において、標準的な測定法であるラムゼー干渉法と比較して最大1.65倍の測定効率向上を達成した 。  

特筆すべきは、この新プロトコルが追加のフィードバック制御や複雑な測定リソースを必要としない点であり、既存の多様な量子コンピュータや量子センサー技術への即時応用が可能であると研究チームは述べている 。これにより、医療用画像診断、基礎物理学研究、精密計測など、極微細な信号検出が求められる広範な分野での技術革新が期待される 。  

from:https://phys.org/news/2025-04-quantum-barrier-protocol-counteracts-limitation.html

【編集部解説】

量子センシングとは
量子センシングは、原子や光の粒子といった、目に見えないミクロな世界の量子現象を利用して、従来のセンサーでは捉えきれなかった極めて微弱な信号や変化を検出する技術です 。この技術の根幹には、量子が持つ「重ね合わせ」や「もつれ」といった、古典物理学の世界観では説明がつかない特異な振る舞いがあります。これらの性質を巧みに利用することで、これまでの計測技術の限界を打ち破る高精度な測定が可能になります。  

例えば、非常に騒がしいコンサート会場の中で、隣の人の小さなつぶやきを聞き取ろうとする状況を想像してみてください。従来のセンサーでは、周囲の大きな音(ノイズ)にかき消されてしまい、そのつぶやき(微弱な信号)を捉えることは困難です。しかし、量子センサーは、まるで特殊なフィルターを通してそのつぶやきだけをクリアに聞き分けるかのように、ノイズに埋もれた微細な情報を検出する能力を持っています 。この驚異的な感度こそが、量子センシングが「究極のセンサー」と期待される所以です。  

この技術が拓く未来は広大です。医療分野では、脳の活動をより詳細にマッピングすることで、てんかんの診断やアルツハイマー病の早期発見に貢献するかもしれません。また、超高精度な原子時計は、現在のGPSシステムを遥かに凌駕する測位技術や、金融取引の同期精度向上に繋がります。さらに、重力波のような宇宙からの微弱な信号を捉えたり、地球内部の微細な変動を検知したりすることで、基礎科学の未解決問題に迫る手がかりを与えてくれる可能性も秘めています 。このように、量子センシングは、私たちの知覚能力を拡張し、これまで見えなかった世界を可視化することで、科学技術の新たな地平を切り開く可能性を秘めているのです。  

デコヒーレンスを解決することはなぜ重要か
しかし、この有望な量子センシング技術の行く手には、「デコヒーレンス」という避けては通れない大きな障害が存在します 。量子状態は、その名の通り量子の世界特有の非常にデリケートな状態です。まるで水面に描いた精密な模様のように、周囲の環境からのほんのわずかな「揺らぎ」―例えば、熱の振動、迷い込んだ電磁波、あるいは観測装置自体からの微細な干渉―によって、その量子的な性質(重ね合わせやもつれなど)はいとも簡単に崩れ去ってしまいます 。  

この現象を、精密に回転しているコマに例えてみましょう。完璧にバランスの取れたコマは、滑らかに回転し続けます。しかし、ほんの少しの風が吹いたり、床がわずかに振動したりするだけで、コマの回転軸はブレ始め、やがては勢いを失って倒れてしまいます。デコヒーレンスもこれと似ており、量子ビットが保持していた貴重な量子情報が、環境ノイズという「外乱」によってかき消され、古典的な情報へと変質してしまうのです。一度このデコヒーレンスが起きてしまうと、量子センサーは測定対象からの信号を正確に読み取ることができなくなり、その性能は著しく低下します。

このデコヒーレンスこそが、長年にわたり量子コンピュータや量子センサーの開発において、その性能向上や実用化を阻んできた最大の「壁」の一つと言えるでしょう 。研究者たちは、この壁を乗り越えるために、量子ビットを極低温に冷却したり、外部からのノイズを徹底的に遮断したり、あるいは量子誤り訂正という複雑な手法を開発したりと、様々なアプローチで挑み続けてきました。  

USCの新技術
今回、南カリフォルニア大学のイーライ・レベンソンファルク准教授、マリーダ・ヘクト博士課程学生、ダニエル・リダー教授、クマール・サウラブ博士課程学生らの研究チームは、このデコヒーレンスという難攻不落の課題に対し、新たな視点から画期的な解決策を提示しました 。彼らが開発した「コヒーレンス安定化プロトコル」(学術論文では「決定論的量子ビット制御」とも呼ばれています)は、デコヒーレンスによって量子情報が失われるのを、いわば「力ずく」で抑え込むのではなく、量子ビットの状態を巧みに「操縦」することで、その影響を最小限に食い止めるという独創的なアプローチです 。  

このプロトコルの核心を理解するためには、「ブロッホ球」という量子ビットの状態を視覚的に表現する概念が役立ちます 。ブロッホ球は、地球儀のような球体を想像してください。この球の表面上の一点が、量子ビットが取りうる様々な状態(例えば、0と1の重ね合わせの度合いや位相)を表します。通常、デコヒーレンスが起こると、この球上の点は予測不可能な形でランダムに動き回り、最終的には特定の安定な状態(例えば、球の北極や南極)へと崩れてしまい、量子情報が失われてしまいます 。  

USCチームの新プロトコルでは、量子ビットに対して特殊な連続的駆動(例えば、精密に制御されたマイクロ波パルス)を印加します 。この駆動は、ブロッホ球上のある特定方向の成分(論文ではx成分とされています)を強制的に安定化させる働きをします。先ほどのコマの例えで言えば、回転が不安定になりかけたコマの軸に対して、外から絶妙な力で支え続けることで、倒れるのを防ぐようなイメージです。このように量子ビットの状態がデコヒーレンスによって乱されるのを一時的に防ぐことで、量子ビットはより長い時間、その量子的な性質を保ち続けることができるのです。  

この「状態の安定化」がもたらす直接的な恩恵は、測定したい信号(これは量子ビットのエネルギー準位の微細な周波数変化として現れます)を蓄積するための時間を稼げることです 。信号を蓄積する時間が長ければ長いほど、より微弱な信号でもノイズに埋もれることなく検出できるようになり、結果としてセンサーの感度が向上するのです。  

従来技術の比較
これまで、量子ビットの周波数を精密に測定する標準的な手法として、「ラムゼー干渉法」が広く用いられてきました 。この方法は、1949年にノーマン・ラムゼー博士によって考案され、原子時計の精度を飛躍的に向上させたことでノーベル物理学賞の対象ともなった、量子計測の分野における金字塔的な技術です。ラムゼー干渉法では、量子ビットを特定の重ね合わせ状態に準備した後、一定時間自由に進化させ(この間に外部環境との相互作用によって位相が変化します)、最後に再び操作を加えてその位相変化を読み取ります。  

しかし、この優れたラムゼー干渉法も、やはりデコヒーレンスという壁からは逃れられませんでした 。量子ビットが自由に進化している間にデコヒーレンスが起こると、蓄積されるべき位相情報が失われ、測定精度が低下してしまうのです。  

今回USCの研究チームが開発した「コヒーレンス安定化プロトコル」は、このラムゼー干渉法が抱えるデコヒーレンスによる限界を正面から克服するものです。実験結果によれば、超伝導量子ビットを用いた測定において、1回の測定あたりの効率(感度)を、ラムゼー干渉法と比較して最大で1.65倍向上させることに成功しました。さらに理論的な解析では、特定の条件下で最大1.96倍の改善も可能であると示されています 。これは、同じ測定時間でより微弱な信号を捉えられること、あるいは同じ感度をより短時間で達成できることを意味し、量子センシングの応用範囲を大きく広げる可能性を秘めています。  

新プロトコルとラムゼー干渉法の主な違いを以下の表にまとめます。

特徴 (Feature)新コヒーレンス安定化プロトコル (New Coherence-Stabilized Protocol)標準ラムゼー干渉法 (Standard Ramsey Interferometry)
感度 (Sensitivity)大幅に向上 (実験で最大1.65倍、理論上最大1.96倍) 標準
デコヒーレンス耐性 (Decoherence Robustness)高い (デコヒーレンスを能動的に抑制し、信号蓄積時間を延長) デコヒーレンスにより測定時間が制限
追加リソース (Additional Resources)原則不要 (フィードバック制御や追加の複雑な測定装置は不要)
即時適用性 (Immediate Applicability)高い (既存の多くの量子プラットフォームへ応用可能)
信号成長 (Signal Growth)測定中に信号が増大 (ブロッホベクトルの特定成分を安定化させ、直交成分を成長させる) 自由歳差運動による位相蓄積
制御方法 (Control Method)決定論的な連続駆動による量子ビット制御 初期化パルス、自由発展、読み出しパルス

この表が示すように、新プロトコルの最大の強みの一つは、感度向上を実現しつつも、追加の複雑な装置や制御を必要としない点です。これは、既存の量子センサーシステムへの導入を容易にし、実用化へのハードルを大きく下げる要因となります。

将来への展望
この「コヒーレンス安定化プロトコル」による量子センサーの感度向上は、基礎科学から産業応用に至るまで、実に多岐にわたる分野で大きな進展をもたらす可能性を秘めています 。  

まず医療分野では、より微弱な生体信号の検出が可能になることで、病気の超早期発見や診断精度の飛躍的な向上が期待されます。例えば、脳磁図(MEG)や心磁図(MCG)といった、脳や心臓が発する微弱な磁場を捉える技術において、これまでノイズに埋もれて検出が困難だった初期の異常パターンを捉えられるようになるかもしれません。これにより、てんかんの焦点のより正確な特定、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の初期兆候の検出、あるいは胎児の心機能評価など、新たな診断・治療法の開発へと繋がる道が開かれます。

基礎物理学の分野では、宇宙の根源的な謎に迫る研究が加速されるでしょう。例えば、未だ正体不明の暗黒物質(ダークマター)の探索実験では、極めて稀にしか起こらないとされる暗黒物質粒子と通常物質との相互作用を捉えるために、究極の感度を持つ検出器が求められています。今回の新技術は、そうした検出器の感度をさらに高め、暗黒物質の正体解明への重要な一歩となるかもしれません。また、重力波のより精密な観測や、ニュートリノ物理学、さらには量子力学の基本原理そのものを検証する実験などにおいても、その威力を発揮することが期待されます。

さらに、材料科学においては、新素材の内部構造や電子状態をナノスケールで分析する手段として、量子センサーが注目されています。より高感度なセンサーは、材料の欠陥や特性の不均一性をより詳細に評価することを可能にし、高性能な半導体デバイス、高効率な太陽電池、あるいは革新的な触媒などの開発を加速させるでしょう。環境モニタリングの分野でも、大気中や水中の超微量な汚染物質や有害物質をリアルタイムで検出する高感度センサーの開発に貢献し、より安全で持続可能な社会の実現に寄与することが考えられます。

これらの例はほんの一端に過ぎず、精密な磁場計測が求められる地中探査や非破壊検査、超高精度な時間基準が必要とされる次世代通信システムや金融取引、あるいは量子コンピュータ自体の性能向上など、その応用範囲は想像を超える広がりを見せるでしょう。この技術は、単に「より良く測れる」というだけでなく、「これまで測れなかったものが測れるようになる」という質的な変化をもたらし、それが新たな発見やイノベーションの連鎖を生み出す原動力となるのです。

今回のUSCの研究成果において、科学的な新規性や感度向上という側面に加えて、実用化という観点から特に注目すべきは、この新プロトコルが「フィードバック制御や追加の測定リソースを必要としない」という点です 。これは、量子技術を実験室から実社会へと展開する上で、非常に大きな意味を持ちます。  

従来の量子制御技術やエラー抑制技術の多くは、量子ビットの状態をリアルタイムで精密に監視し、デコヒーレンスなどによる望ましくない変化が生じた場合に、それを補正するための複雑なフィードバックループを必要とすることがありました。また、量子状態を安定化させるために、追加の強力なレーザー光を照射したり、極めて精密なタイミングで多数の制御パルスを印加したりする必要がある場合もありました。これらの手法は、原理的には有効であっても、システム全体を非常に複雑にし、消費電力の増大、装置の大型化、そして何よりもコストの高騰を招くため、実用的な量子デバイスへの搭載には大きな障壁となっていました。

それに対し、USCのチームが開発した「コヒーレンス安定化プロトコル」は、あらかじめ理論的に計算され最適化された、決定論的な連続駆動パルスを用います 。つまり、量子ビットの状態をリアルタイムで監視して逐次補正を行うのではなく、「こうすれば安定するはずだ」という設計に基づいて、計画的に量子ビットを操作するのです。これにより、複雑なフィードバック機構や追加の高度な測定・制御リソースが原理的に不要になります。  

この「シンプルさ」は、量子センサーシステムの設計を大幅に簡素化し、より小型で、より安価で、より堅牢(外部環境の変化に強い)なセンサーの開発に道を開きます。例えば、ポータブルな医療診断装置や、過酷な環境下で使用されるフィールドセンサーなど、これまで量子技術の導入が難しかった領域への応用も視野に入ってきます。実験室レベルでの高性能な成果を、広く社会で利用可能な技術へと昇華させるためには、このようなシステムの簡素化とコスト削減が不可欠であり、今回のUSCの成果は、その方向性における重要な一歩と言えるでしょう。この「使いやすさ」こそが、量子センシング技術の普及を加速し、多くの分野でその恩恵を享受するための鍵となるのです。

【用語解説】

  • 量子センシング (Quantum Sensing): 量子の重ね合わせやもつれといった特有の性質を利用し、磁場、電場、温度、時間、加速度などの物理量を極めて高い精度で計測する技術。従来のセンサーの限界を超える精密測定を可能にし、医療、通信、ナビゲーション、基礎科学など多岐にわたる分野での応用が期待される 。  
  • デコヒーレンス (Decoherence): 量子ビットが持つ重ね合わせ状態などの量子的な性質が、周囲の環境(ノイズ、熱、電磁場など)との相互作用によって失われる現象。量子コンピュータや量子センサーの性能を著しく低下させる主要因であり、量子技術実用化における最大の課題の一つ 。  
  • 量子ビット (Qubit): 量子コンピュータにおける情報の基本単位。「0」と「1」の状態だけでなく、それらが同時に存在する「重ね合わせ状態」も取ることができる。これにより、従来のビットに比べて遥かに多くの情報を処理でき、特定の問題に対して指数関数的な計算速度向上が期待される 。  
  • ブロッホ球 (Bloch Sphere): 単一の量子ビットが取りうる純粋状態を視覚的に表現するための幾何学的な球体モデル。球の表面上の一点が量子ビットの一つの状態に対応し、北極と南極がそれぞれ計算基底状態|0⟩と|1⟩に対応することが多い。量子ゲート操作は球上の回転として表現される 。  
  • ラムゼー干渉法 (Ramsey Interferometry): 量子系のエネルギー準位間の遷移周波数を精密に測定するための分光学的技法。2つの分離した相互作用領域(または時間的に分離した2つのパルス)を用いて原子や量子ビットの位相進化を観測し、干渉縞から周波数を決定する。原子時計や量子センサーの基本原理 。  
  • 超伝導量子ビット (Superconducting Qubit): 超伝導材料(極低温で電気抵抗がゼロになる物質)を用いて作製される人工的な量子ビット。ジョセフソン接合を含むLC回路などで構成され、マイクロ波パルスによって量子状態を制御・測定する。現在の量子コンピュータ開発における主要な方式の一つ 。  
  • コヒーレンス安定化プロトコル (Coherence-Stabilized Protocol) / 決定論的量子ビット制御 (Deterministic Qubit Control): 本記事で紹介されたUSCの研究チームが開発した新技術。量子ビットに連続的な駆動を加え、ブロッホ球上の一成分を安定させることでデコヒーレンスを抑制し、信号の蓄積効率を高める。フィードバック制御なしで量子センサーの感度を向上させる 。  

【参考リンク】

  • Nature Communications
    • 説明: 本研究成果が掲載された国際的な学術雑誌。多岐にわたる科学分野の質の高い研究論文をオープンアクセスで公開。
    • URL: https://www.nature.com/ncomms/ (論文DOI: 10.1038/s41467-025-58947-4 )  
  • University of Southern California (USC)
    • 説明: 本研究を行った研究者が所属する米国の名門私立大学。多様な分野で先進的な研究活動を展開。
    • URL: https://www.usc.edu/

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大阪大学「純国産」量子コンピュータが稼働開始、万博で一般体験も可能に

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2025年7月28日、大阪大学の研究室で静かに稼働を始めた一台の量子コンピュータが、日本の技術的未来を大きく塗り替える可能性を秘めています。それは世界で初めて、ハードウェアからソフトウェアまで完全に「Made in Japan」で構築された純国産量子マシンです。

-273℃の極低温世界で踊る28個の量子ビット。アルバックの希釈冷凍機、キュエルの制御装置、そして世界初の完全オープンソース量子OS「OQTOPUS」——これら全てが日本の技術力の結晶として一つのシステムに統合されました。

しかし、この量子コンピュータの真の革新性は技術仕様だけにあるのではありません。8月14日から始まる大阪・関西万博では、来場者が手持ちのiPadから直接この量子マシンにアクセスし、量子もつれという宇宙の神秘を自らの指先で操作できるのです。

科学の最前線が、ついに私たちの手の届く場所にやってきました。


大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)は2025年7月28日、主要部品・パーツやソフトウェアが全て日本製となる「純国産」超伝導量子コンピュータの稼働を開始した。開発は根来誠副センター長、理化学研究所の中村泰信センター長、アルバック、アルバック・クライオ、イーツリーズ・ジャパン、キュエル、QunaSys、セック、TIS、富士通量子研究所らの共同研究グループが担当した。

希釈冷凍機、制御装置、超伝導量子ビットチップ、量子クラウドソフトOQTOPUSなどの主要パーツとソフトウェアを全て国産化した。7月28日時点で28量子ビット以上の制御が可能である。8月14日から20日まで大阪・関西万博で開催される企画展「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」では、来場者がiPadを通じてクラウド経由で本システムにアクセスし、最大4量子ビットの量子プログラムを体験できる。本システムは全てのソフトウェアスタックがオープンソースで構成されており、世界でも類を見ない特徴を持つ。

From:  - innovaTopia - (イノベトピア)「純国産」量子コンピュータ、7月28日稼働! 万博会場からクラウド接続し、来場者に新しい”量子体験”も予定!

【編集部解説】

大阪大学の「純国産」量子コンピュータが稼働開始したというニュースは、実は日本の量子技術戦略における極めて重要な転換点を示しています。

確認された事実として、この量子コンピュータは28量子ビット以上の制御が可能で、システム全体のソフトウェアスタックが世界で初めて完全にオープンソースで構築されている点が画期的です。従来、IBMやGoogleなどの海外大手企業の量子クラウドサービスでは、中核ソフトウェアはブラックボックス化されており、この完全オープンソース化は世界でも前例がありません。

この純国産システムの最大の意義は、技術的自立性の確保にあります。これまでの理研初号機では希釈冷凍機など重要部品の一部を海外製品に依存していましたが、今回は-273℃の極低温を実現する希釈冷凍機もアルバック製の国産品を使用しています。量子コンピュータは将来の基幹産業になる可能性が高く、サプライチェーンの安全保障の観点から自製技術の保有は戦略的に重要です。

技術的な側面から見ると、この純国産機の性能は既に実用レベルに達しています。1量子ビットゲート忠実度の中央値が99.9%、2量子ビットゲート忠実度が最大98%という数値は、国際的にも競争力のある水準です。また、3号機での稼働率86%という実績は、システムの安定性を証明しています。

万博での一般公開が持つ意味も看過できません。来場者がiPadからクラウド経由で実際の量子コンピュータにアクセスできる体験は、量子技術の社会的普及において重要な役割を果たします。これは単なるデモンストレーションではなく、量子ソフトウェアコンソーシアムの40機関という産学連携のエコシステムの成果でもあります。

将来への影響を考えると、この純国産化により日本は量子技術分野でのアジア地域のハブとしての地位を確立する可能性があります。特に、OQTOPUS(Open Quantum Toolchain for OPerators and USers)の完全オープンソース化は、世界中の研究者や企業が利用可能であり、日本発の量子ソフトウェア標準として普及する可能性を秘めています。

一方で、この純国産システムが直面する課題も存在します。現在の28量子ビットから、実用的な量子優位性を実現するには少なくとも数百から数千量子ビットが必要とされます。富士通とRIKENが既に256量子ビット機を発表しており、さらなる大規模化競争が激化することは確実です。

また、量子エラー訂正の実現という技術的難題も残されています。現在のシステムでは10月末までに100量子ビット弱への拡張が予定されていますが、フォルトトレラント量子コンピュータの実現には論理量子ビットあたり数千から数万の物理量子ビットが必要とされています。

しかし、この純国産システムの成功は、日本が量子技術の全スタックを自製できる技術力を証明した点で歴史的意義を持ちます。2025年が国際量子科学技術年として宣言された今、日本発の量子技術が世界標準となる可能性を秘めた重要な一歩と言えるでしょう。

【用語解説】

量子コンピュータ:量子力学の原理に従って動作する量子ビットを情報の最小単位として計算を行うコンピュータ。従来のコンピュータにはない量子重ね合わせや量子もつれを利用することで、分子中の電子状態などの量子的な振る舞いを効率的にシミュレーションできる。

希釈冷凍機:質量数が異なる2種類のヘリウム(液体ヘリウム4と液体ヘリウム3)を混合するときに生じる吸熱効果を利用して、約-273℃(10mK)まで温度を下げる冷凍機。超伝導量子ビットの動作に必要な極低温環境を実現する。

量子もつれ(エンタングル):二つの量子ビットのうちの一方の状態を観測した際に、もう片方がその量子ビットの状態と必ず逆の状態が現れるような強く相関した状態のこと。古典力学や古典電磁気学では説明できない量子力学特有の現象である。

国際量子科学技術年(IYQ):1925年にハイゼンベルグが発見した量子力学の理論誕生から100年を迎えた2025年を、国連が宣言したユネスコの記念年。量子科学技術の普及と理解促進を目的とする。

オープンソースソフトウェア(OSS):ソースコードが公開されており、誰でも自由に利用、改良、再配布できるソフトウェア。従来のコンピュータではLinuxを初めとして様々なOSSが根幹を支えている。

【参考リンク】

大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)(外部)大阪大学の量子技術研究拠点。国際量子科学技術年の日本初の公式パートナーに就任

OQTOPUS公式サイト(外部)世界最大規模のオープンソース量子コンピュータクラウド基盤ソフトウェア

TIS株式会社(外部)量子コンピュータクラウドサービス基盤ソフトウェア開発に参画

エンタングル・モーメント公式サイト(外部)大阪・関西万博での量子・海・宇宙をテーマとした企画展

【参考記事】

TIS、QunaSys、阪大らによるオープンソース量子コンピュータクラウド基盤の研究開発(外部)OQTOPUS開発チームの正式な役職・組織体制の詳細情報

OQTOPUS: Researchers launch open-source quantum computer operating system(外部)世界最大規模のオープンソース量子ソフトウェアイニシアチブとして評価

量子コンピュータクラウドサービスの基盤ソフトウェア「OQTOPUS」を公開(外部)ITメディアによるシステムアーキテクチャの技術的特徴解説

富士通 上小田中に量子棟を建設 次世代コンピュータ設置(外部)2026年度中に1000量子ビットコンピュータ設置予定の報道

【編集部後記】

今回の純国産量子コンピュータの稼働開始は、日本の技術的自立という観点で非常に興味深い出来事です。特に注目したいのは、全てのソフトウェアがオープンソースで構築されている点です。これは従来の「クローズドな量子クラウド」の常識を覆す試みと言えるでしょう。

皆さんは、なぜ日本がこのタイミングで「純国産」にこだわったと思われますか?また、万博での一般公開体験は量子技術の社会実装にどのような影響をもたらすでしょうか?量子技術が私たちの日常にどう浸透していくのか、ぜひ一緒に考えてみませんか。

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オーストリア科学アカデミーが95%精度で量子時間逆行に成功、量子コンピュータのエラー修正技術に革命

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オーストリア科学アカデミーが95%精度で量子時間逆行に成功、量子コンピュータのエラー修正技術に革命 - innovaTopia - (イノベトピア)

オーストリア科学アカデミーとウィーン大学の研究チームが、量子システムにおいて時間を逆行させる手法を開発し、平均95%以上の忠実度を達成した。

研究はMiguel NavascuésとPhilip Waltherが主導し、成果はOptica誌に発表された。実験では単一光子の偏光にクビットを符号化し、サニャック干渉計を通してUとVという2つの進化パターンを重ね合わせ状態で実行した。

量子スイッチという装置を使用し、システムの内部構造や初期状態の詳細な知識なしに量子粒子を以前の状態に復元することに成功した。テストは50の異なる進化の組み合わせ、4つの初期状態、3つの時間ステップ長で実施され、3週間で1800回の実験を行った結果、忠実度は93%以上を維持し、一部は97%に達した。

この技術は量子コンピュータのエラー修正への応用が期待され、1秒の量子進化を1秒で巻き戻すリアルタイム処理が可能である。

From:文献リンクUsing Quantum Physics, Researcher Have Succeeded to “Reverse Time” With Astonishing Precision

【編集部解説】

オーストリア科学アカデミーとウィーン大学による「量子時間逆行」技術は、一見SFのような響きですが、実は極めて実用的な技術革新です。

この研究の核心は、量子システムにおいて95%以上の精度で粒子を「以前の状態」に戻すことに成功した点にあります。重要なのは、この技術が「システムの内部構造を知らずに実行できる」ことです。これは量子コンピュータのエラー修正において革命的な意味を持ちます。

現在の量子コンピュータは、外部からのノイズや相互作用によってデータが容易に破損してしまうという課題を抱えています。従来のエラー修正手法では、エラーの詳細を把握し、複雑な修正プロセスを実行する必要がありました。しかし今回の技術により、「何が起こったか分からなくても、システムを以前の正常な状態に戻せる」という画期的な能力が実現しました。

この技術のユニークな点は、1秒の量子進化を巻き戻すのに正確に1秒しかかからない「リアルタイム処理」である点です。これは従来手法と比較して3倍の高速化を実現しており、実用的な量子コンピュータの運用において極めて重要な改善となります。

実験では、単一光子の偏光状態を利用し、「量子スイッチ」と呼ばれる装置を通じて2つの異なる進化パターンの重ね合わせ状態を作り出しました。これにより、光子は「2つの時間経路を同時に辿る」という量子力学特有の現象を活用して、元の状態への復帰を可能にしています。

研究は理論チームを率いるMiguel Navascuésと実験チームを率いるPhilip Waltherの協力により実現され、実験論文の筆頭著者はPeter Schianskyです。50の異なる進化パターン、4つの初期状態、3つの時間ステップで1,800回の実験を実施し、93-97%の忠実度を達成しました。この高い成功率は、実用的な量子エラー修正技術としての可能性を強く示唆しています。

将来的な応用範囲も注目すべき点です。現在は光子を使用していますが、理論上は冷却原子やイオントラップなど他の量子システムにも適用可能とされています。また、同じ研究チームは時間を「早送り」する手法についても理論的な開発を進めています。

この技術の意義は、量子コンピュータの商用化において最大の障壁であるエラー率の改善に直結することです。現在の量子プロセッサは約0.1-1%のエラー率を持ちますが、実用的な量子コンピュータには10^-15レベルの精度が必要とされています。今回の巧妙な「巻き戻し」機能が統合されれば、この巨大なギャップを埋める重要な技術的基盤となる可能性があります。

人間レベルでの時間巻き戻しについては、研究者は現実的な評価を示しています。人間一人の量子情報を1秒分巻き戻すのに数百万年が必要とされており、実用性はありません。しかし量子プロセッサのような制御された環境では、この技術は極めて強力なツールとなるでしょう。

この研究は、量子コンピュータが実験室から実世界へと飛躍する上で欠かせない「信頼性」という要素に革新的なアプローチを提供しています。まさに「未来のコンピューティング」を支える基盤技術として、我々の注目に値する発展と言えるでしょう。

【用語解説】

量子スイッチ(Quantum Switch)
量子システムにおいて2つ以上の量子チャンネルが作用する順序を制御する装置。重ね合わせ状態により、複数の進化経路を同時に処理できる。

サニャック干渉計(Sagnac Interferometer)
光子を2つの異なる経路で伝播させ、その干渉パターンを観測する光学装置。量子実験では量子状態の精密制御に使用される。

忠実度(Fidelity)
量子状態がどの程度正確に目標状態と一致しているかを示す指標。1(100%)に近いほど精度が高い。

クビット(Qubit)
量子ビット。量子コンピュータの基本情報単位で、0と1の重ね合わせ状態を取ることができる。

重ね合わせ状態(Superposition State)
量子粒子が複数の状態を同時に存在できる量子力学特有の現象。観測するまで全ての可能性が共存する。

量子エラー修正(Quantum Error Correction)
量子システムにおいて外部ノイズや干渉によって生じるエラーを検出・修正する技術。

【参考リンク】

オーストリア科学アカデミー(外部)
1847年設立の国立アカデミー。量子光学・量子情報研究所を運営し、基礎研究から応用研究まで幅広い分野をカバー

ウィーン大学(外部)
1365年創立のヨーロッパ最古級の大学。9万人以上の学生を擁し、20の学部で186の学位プログラムを提供

Optica出版グループ(外部)
光学・フォトニクス分野の世界的学術団体。本研究が掲載されたOptica誌を含む権威ある学術出版事業を展開

【参考記事】

Reversing Unknown Quantum Transformations(外部)
2023年にOptica誌発表の原著論文。量子変換の逆操作理論と実験結果を詳述

We have made science fiction come true(外部)
Miguel Navascués研究者による量子時間制御技術のEl País紙インタビュー記事

【編集部後記】

量子時間逆行技術のニュースを読んで、どのような感想を抱かれたでしょうか。SFの世界だと思っていた「時間の巻き戻し」が、実験室レベルとはいえ現実になりつつあります。

この技術が量子コンピュータの実用化を加速し、私たちの日常にどのような変化をもたらすのか、一緒に想像してみませんか。量子エラー修正の革新は、暗号化技術や創薬研究、金融計算など、あらゆる分野に波及効果を与える可能性があります。皆さんは、どの分野での応用に最も期待されますか?

また、このような基礎研究の進歩が社会実装されるまでのプロセスについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか。
ぜひ、未来への期待と不安を共有していただければと思います。

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量子エンジニア資格認定試験(ゲート型)エントリー:解説講座(1/2:理論編)【JQCA公認】

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量子産業元年として迎える2025年

2025年は「国際量子科学技術年(International Year of Quantum Science and Technology:IYQ)」として国連により制定されています。これは、1925年にハイゼンベルクが行列力学と呼ばれる量子力学の定式化を完成させた論文が出版されてから100年という記念すべき節目を迎えるためです。

国連による宣言では、この1年間にわたる世界規模の取り組みは「量子科学とその応用の重要性に対する一般の認識を高めることを目的としたあらゆるレベルの活動を通じて実施される」とされており、量子技術の社会実装に向けた大きな転換点となることが期待されています。

日本においても、大阪大学QIQBが国内初のIYQ公式パートナーに就任するなど、量子技術の発展において重要な役割を担う体制が整いつつあります。2025年は、まさに日本にとっても「量子産業元年」と呼ぶべき年になるでしょう。

ゲート型量子コンピュータとは何か

量子コンピュータは、量子力学の原理を計算に応用した革新的な計算機です。特に「ゲート型量子コンピュータ」は、従来のコンピュータとは根本的に異なる動作原理を持っています。

従来のコンピューターはバイナリ・ビット(0と1)を使用してデータを保管および処理しますが、量子コンピューターは量子ビット(またはキュービット)を重ね合わせて使用することで、さらに多くのデータを一度にエンコードできます。

この「重ね合わせ」という量子力学の現象により、2量子ビットは4ビットの情報を保管でき、3量子ビットは8ビット、4量子ビットは12ビットの情報を保管できます。つまり、量子

ビット数が増えるにつれて、処理可能な情報量が指数関数的に増大するのです。

技術の歴史的発展

量子コンピュータの歴史は1980年代に遡ります。1980年にポール・ベニオフが量子系においてエネルギーを消費せず計算が行えることを示し、1982年にはファインマンも量子計算が古典計算に対し指数関数的に有効ではないかと推測しています。

理論的な発展から実用化への大きな転換点となったのは、1994年にピーター・ショアが実用的なアルゴリズム『ショアのアルゴリズム』を考案し、量子コンピュータの研究に火をつけたことでした。このアルゴリズムにより、従来のコンピュータでは現実的な時間では解けないとされる素因数分解問題が、量子コンピュータでは極めて短時間で解けることが示されました。

近年の企業間競争も激化しています。2016年、グーグルは9量子ビットの量子コンピューターで水素分子をシミュレートしました。2017年、インテルは17量子ビットの量子コンピューターを、IBMは90マイクロ秒にわたって量子状態を維持できる50量子ビットのチップを開発しました。そして2019年、Googleが量子超越性の実証を発表するなど、技術的ブレイクスルーが相次いでいます。

本講座での目的

本講座ではJQCAの「量子エンジニア認定講座(ゲート型エントリー)」の検定問題や解説に基づいて、ゲート型量子コンピュータの基本的な考え方について学ぶ、

なお、本講座では量子ビットを二次元空間上の矢印として扱うが、現実の量子ビットには量子力学特有の「位相」と呼ばれるパラメータがあるため厳密には1量子ビットはブロッホ球上の3次元で表現されることを留意いただきたい。

本講座が量子コンピューティングの考え方や基礎的な演算を学ぶ上で読者の力になれれば幸いです。

なお、本講座の対象者は「中学生以上」となっているが、量子ビットは一般的にベクトルによって表現され、量子ゲートは量子状態に対するユニタリ演算子であることが一般に知られているため、適宜、厳密な理解に基づいた説明を知りたい方は各章ごとにコラムを用意したため、解説本文で物足りなかった人は是非読んでみてください。

1.量子コンピュータと古典コンピュータ

1.1 古典ビットと量子ビット
 ビットとは情報の最小単位のことであり、古典コンピュータ上では例えば、「トランジスター上に電気が流れているか流れていないか」のように0と1どちらかの状態を作りその「列」として情報を作り出しています。

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古典ビットの模式図

古典ビットの取りうる状態の数はビット数nに対して2^n個となります。例えば2古典ビット系を考えれば次のような4つの状態をとることができます。(下の図を参照)

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2古典ビットの模式図、古典2ビットでは4つの状態をとりうる。

量子ビットとは何か?

1.1 重ね合わせの状態

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量子ビットの模式図

量子ビットは翻って、あくまでイメージですがボールに矢印が刺さっている描像で書くことができる矢印が上を向いている状態を「0」下を向ている状態を「1」と表現すると、そのほかにも矢印が真横を向いている場合や斜めを向いている状態も量子ビットはとることができる。例えば下図右から3番目の矢印が真横を向いている場合は「0」が50 % 「1」が50%の状態(重ね合わせの状態)と解釈できる。このような状態を「重ね合わせの状態」と呼ぶ。

なお量子ビットの「0」と「1」は古典ビットと分けて考えるために|0>と|1>と表現する。これは「ゼロケット」と呼ぶ。この書き方は量子力学におけるディラックが提案した「ブラケット表記」に由来します。(「コラム1:線形結合」を参照されたし)

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量子ビットは矢印の傾きによって無限の状態をとることができる!

ここで重要なのはこれらがすべて異なる状態であるということです。先ほどは「→が真横を向いている状態は|0>が50 %|1>が50%の状態であると表現しましたが、これはあくまで|0>と|1>とは全く異なる

「|0>が50 %で、|1>が50%の状態0」

という状態です。少しまどろっこしいですね。

この矢印が横向きの状態は一つ例を挙げると

1/√2( |0> + |1> )と書き表せます。言ってしまえば2x+3yという数式には確かにxとyが含まれていますが数式自体はxとyとも全く異なるものを表していますね。このようなイメージです。

1.2 量子もつれ
量子もつれ(quantum entanglement)は、2つ以上の量子ビットが強い相関を持ち、個別に記述できない状態になる現象です。

一方の量子ビットを測定すると、もう一方の状態が瞬時に決まります。もつれた量子ビットは強い相関を持つため、例えば2量子ビット系で考えると、1つの量子ビットのみを操作すると2量子ビット全体に影響があります。(2.3 量子もつれとベルの不等式)

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量子もつれの模式図
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1.3 量子ビットの観測

量子ビットを観測するときに実際に得られるのは|0>か|1>の必ずどちらかです。

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量子ビットは重ね合わせの状態を直接得られず必ず「0」か「1」として手元に来る。

例えば、次のように|0>でも|1>でもない状態を観測すると、それぞれ量子ビットの状態に対応してある一定の確率で「0」または「1」が観測される。例えば先ほど用いた。矢印が真横を向いている量子状態では「0」が50% 「1」が50 %観測される。つまり、1000回観測したら500回「0」が500回は「1」が観測されて。矢印が真横を向いている状態そのものは観測できません。矢印が真上を向いている場合は1000回すべてが「0」が出力されて、真下の場合は1000回すべて「1」が出力されます。

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2.量子ゲート

2.1量子ゲートと論理回路

古典コンピュータでは、AND回路やOR回路のような「論理回路」を使って計算を行います。たとえばAND回路は、入力が両方とも1のときにだけ1を出力します。

量子コンピュータでも、これに相当する「量子ゲート(quantum gate)」という操作を用いて計算を行います。量子ゲートとは、量子ビットの状態を変える操作のことです。

この量子ゲートをどのように組み合わせて使うかという設計図のようなものが、「量子アルゴリズム」と呼ばれます。

2.1Xゲート

|0⟩ を |1⟩ に、|1⟩ を |0⟩ に変えるゲート。古典のNOTと同じ動作。言ってしまえば、矢印を右周りに180度傾ける操作になる。

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2.2Hゲート

さっきの話でいうところの量子ビットを右回りに90度傾ける操作をしてくれる量子ビット。|0>を90ど傾けると重ね合わせ状態を作ることができるため、このゲートを使って量子特有の性質である重ね合わせ状態を作ってうまく計算を行う。

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2.3CXゲート

1つ目の量子ビット(制御ビット)が|1⟩のときだけ、2つ目のビット(ターゲット)にXゲートを適用。この時「ある量子ビットの結果によってもう片方の状態を変える」ということを行っていますね。前者を「制御ビット、後者を「ターゲットビット」と呼びます。

例として実際の量子回路を組んで計算をしてみましょう。

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提供:DEVEL

XとM0と書かれている間に挟まれている2量子ビットにかかっているゲートがCXゲートです。ここでは上の量子ビットが制御ビット、下の量子ビットがターゲットビットです。今回は2つの量子ビットとも初期値は|0>ですが、上の量子ビットはXゲートがかかっているのでCXゲートを通る前に、値は|1>になっています。右側が計算結果で、1000回計算して(画面左上のshotsの値が何回計算したかを表している)、1000回とも両方の量子ビットはともに|1>でした。

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提供:DEVEL

二つとも1だった場合は、ターゲットビットが反転するので、1→0になりました。

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提供:DEVEL

次回は具体的にこれらの量子ゲートを用いて様々な計算を一緒に実装していきましょう。

コラム

コラム1:ボルンの確率解釈
量子子ビットの状態 (1/√2)(|0⟩ + |1⟩) を見て、「なんで係数が 1/√2 なの?」と疑問に思ったことはありませんか?直感的には、|0⟩と|1⟩が「半々」なら係数は 1/2 でもよさそうなものです。でも実際に測定すると、確かに50%ずつの確率で観測される。この不思議な関係を説明するのが、ボルンの確率解釈です。
ボルンが1926年に提唱したこの解釈によると、量子状態の係数(確率振幅)の絶対値の二乗が、その状態が観測される確率になります。
例えば (1/√2)(|0⟩ + |1⟩) の場合:

  • |0⟩が観測される確率:|1/√2|² = 1/2
  • |1⟩が観測される確率:|1/√2|² = 1/2

だから係数は 1/√2 なのです!
この「二乗則」は単なる数学的便宜ではありません。量子力学の干渉現象を正しく記述するために必要なのです。
確率振幅は複素数で、位相という情報も持っています。例えば (1/√2)(|0⟩ – |1⟩) という状態では、|1⟩の係数は -1/√2 ですが、観測確率は同じく50%です((-1/√2)² = 1/2)。

・コラム2:量子もつれとノーベル物理学賞
2つの量子ビットが量子もつれ状態にあるとき、片方を測定すると、もう片方の状態が瞬時に決まります。たとえ両者が宇宙の端と端にあってもです。この「不気味な遠隔作用」を嫌ったアインシュタインと、それを実験で証明した科学者たちの壮大な物語が、2022年のノーベル物理学賞の背景にあります。

まず、2量子ビット系の表記について説明しましょう。|00⟩という記号は、「1つ目の量子ビットが0、2つ目の量子ビットも0」という状態を表します。同様に|01⟩は「1つ目が0、2つ目が1」、|10⟩は「1つ目が1、2つ目が0」、|11⟩は「1つ目が1、2つ目が1」です。

典型的な量子もつれ状態:
(1/√2)(|00⟩ + |11⟩)

この状態では、測定すると50%の確率で両方とも0、50%の確率で両方とも1になります。しかし測定前は、どちらになるかは決まっていません。

EPRパラドクス
1935年、アインシュタインはポドルスキー、ローゼンと共に「物理的実在についての量子力学の記述は完全だと考えられるか?」という論文を発表しました。彼らの主張は明快でした:

「物理的性質は測定する前から決まっているはずだ。量子もつれなど、単に私たちが知らない『隠れた変数』があるだけではないか。」

つまり、量子が生成された瞬間に既に「この量子は白、あの量子は黒」と決まっており、観測によって「瞬時に影響が伝わる」わけではない、というのです。

ベルの不等式の発見
1964年、ベルは驚くべき発見をしました。もし隠れた変数が存在するなら、実験結果は「ベルの不等式」という数学的制約を満たすはずだと証明したのです。逆に、この不等式が破れれば、量子もつれは本物だということになります。

2022年のノーベル物理学賞のテーマは「もつれ」?

ジョン・クラウザー(1972年):初めてベルの不等式の破れを実験で確認。量子もつれの存在を世界で初めて実証しました。

アラン・アスペ(1982年):クラウザーの実験の「抜け穴」を塞ぎ、より厳密な条件で量子もつれを証明。光子の偏光フィルターを測定中にランダムに変更することで、測定手法の影響を排除しました。

アントン・ツァイリンガー(近年):最終的な「抜け穴」も塞ぎました。なんと遠い銀河からの信号を使って測定器を制御し、あらゆる古典的説明を不可能にしたのです。

・コラム3:ブラケット表記
量子ビットを|0⟩や|1⟩と書くのを見て、「なぜこんな変わった記号を使うの?」と思ったことはありませんか?この縦線と山括弧の組み合わせは、実は物理学史上最も美しく実用的な記号の一つなのです。このブラケット表記(Dirac記法)の誕生には、量子力学の黎明期を彩る天才たちの知的格闘が隠されています。

ハイゼンベルグの行列力学
1925年、24歳のハイゼンベルクは革命的なアイデアを発表しました。原子内の電子の軌道を「行列」で表現するという、当時としては極めて抽象的な理論でした。

ハイゼンベルクの着想:
物理量(位置、運動量など)を数の表ではなく、無限次元の行列として扱う

例:位置 x → 行列 X、運動量 p → 行列 P
そして XP – PX = iℏ (交換関係)

これは物理学者たちを困惑させました。なぜなら、従来の物理学では「位置×運動量」と「運動量×位置」は同じ値になるはずだったからです。しかしハイゼンベルクは、量子の世界では測定の順序が結果を変えることを数学的に表現したのです。

もっと言えば、今までの物理学は微積分で書かれており、線形代数は馴染みがあまりなかったという話も聞いたことがあります。

ディラックの天才的統合

1930年、ポール・ディラックは行列力学と波動力学を統一する美しい記法を考案しました。それがブラケット表記です。

ディラックの発明:

  • ⟨ψ|:「ブラ」(bra)
  • |φ⟩:「ケット」(ket)
  • ⟨ψ|φ⟩:「ブラケット」(bracket)

この記法の天才的な点は、抽象的な量子状態を具体的な数学操作と直結させたことです。|0⟩は「量子ビットが0の状態」という抽象概念を表しながら、同時に具体的な計算にも使える数学的対象なのです。

ディラックは内積(二つのベクトルの「重なり具合」)を ⟨ψ|φ⟩ と表現しました。これは英語の “bracket”(括弧)に似ているため、彼は左半分を “bra”、右半分を “ket” と名付けたのです。

“bra” + “ket” = “bracket”

おしゃれですね。

現代への影響

ディラックの記法は、今や量子コンピューターや量子情報科学の標準言語となっています。IBMの量子コンピューター「Qiskit」でも、Googleの「Cirq」でも、この記法が使われています。

ハイゼンベルクの抽象的な行列力学から始まり、ディラックの美しい記法によって完成された数学的枠組み。それは単なる記号以上の意味を持ち、量子の不思議な世界を人間が理解するための「言語」そのものなのです。|0⟩と|1⟩という素朴な記号の背後には、20世紀物理学の最も深遠な洞察が込められているのです。

【information】
日本量子コンピューティング協会(JQCA)は「量子エンジニア認定講座」を開催しています。是非皆さんもご参加ください。

https://jqca.org (JQCA公式HP)

検定試験の情報については下記URLを参考にお願いします。

https://connpass.com/user/jqca2023/open

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