セルシスが開発する「CLIP STUDIO PAINT」 は、イラスト、マンガ、Webtoon、アニメーションを制作するためのソフトウェアとして、30年以上セルシスが自社技術にこだわって進化させてきた代表的なプロダクトです。2025年4月時点で全世界のユーザーは5,000万人を超え、80%以上が海外ユーザーとなっています。
今回のLOT(License on Transfer)契約は、こうしたNPEリスクに対する防御策です。LOT契約は、契約企業が保有している特許がNPEなど会員外に譲渡された際、他のLOT会員には自動的かつ無償で利用できるライセンスを与えるというルールです。これにより、たとえ特許が第三者へ移転しても、LOTネットワーク内の企業は訴訟や不当なライセンス請求を受けるリスクを著しく減らすことができます。
この枠組みへの加入は、セルシスのビジネスモデルだけでなく、CLIP STUDIO PAINTを利用するクリエイターや教育現場にとっても、安心して創作活動を続けられる環境を下支えします。知財トラブルや訴訟リスクが下がれば、本質的な価値である「創作活動そのもの」へリソースを集中でき、パテントトロールの標的となりやすい中小企業や個人制作者もグローバルに挑戦しやすくなります。
改めて現在のクリエイターの就業実態に目を向けると、必ずしも全員が大手企業で安定した職に就いているわけではありません。デジタル領域のクリエイターにはフリーランスや個人事業主が非常に多く、中には年間の収入が200万円台に留まる層も少なくありません。雇用の持続性や収入の安定性に関する不安は、多くの調査で顕在化しています。クリエイター人口の裾野が広がる一方で、その多くを占めるのは、余裕を持ってリスクに備えられる立場ではない人々です。仮にある日突然、CLIP STUDIO PAINTのソフトや、データが使えなくなるかもしれないというリスクは極めて大きな心理的・経済的負担になるでしょう。
こうした構造の中で、知財リスクを「ネットワーク型」で減らすLOT契約の意義は、仕事目的のプロユーザーはもちろん、趣味レベルで創作を楽しむ一般ユーザーにとっても決して遠い話ではありません。CLIP STUDIO PAINTの多くのユーザーは、「趣味」と「職業」を自由に行き来する境界領域で活動しており、知財トラブルの抑制環境が無ければ新たな挑戦のハードルも上がってしまうかもしれません。