2026年4月29日、Cointelegraphが報じたインタビューで、Flying Tulip創設者のアンドレ・クロニエ氏は、Flying Tulipを含む現在のDeFiの多くは厳密な意味で「もはやDeFiではない」と述べた。
多くのプロトコルがアップグレード可能なコントラクトやオフチェーンインフラを備えた営利ビジネスへ変質しているためだという。Flying Tulipは木曜日、異常な出金時に出金を遅延させる出金サーキットブレーカーを導入した。チームに与えられる対応時間は約6時間である。背景には、Drift Protocolで約2億8,000万ドル、Kelpで約2億9,300万ドルの損失を出した4月のインシデントがある。Curve FinanceおよびYield Basis創設者のマイケル・エゴロフ氏は、サーキットブレーカーは人間に制御されるため脆弱性となりうると指摘した。Standard Charteredは水曜日のリサーチノートで、DeFi Unitedが3億ドル超を調達したことやAave V4、Ethereum Economic Zoneといった変化に言及した。
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Andre Cronje says DeFi is ‘no longer DeFi’ as builders debate circuit breakers
【編集部解説】
今回のクロニエ氏の発言は、単なるDeFi業界の内輪話ではなく、「分散型金融とは何か」という根源的な問いを、当事者自身が改めて投げかけた事件として捉える必要があります。
Yearn Financeの創設者として知られるアンドレ・クロニエ氏は、DeFi黎明期から思想と実装の両面を牽引してきた人物です。その彼が、自ら立ち上げたFlying Tulipすらも含めて「もはやDeFiではない」と語ったことの重みは小さくありません。これは敗北宣言ではなく、「現実と理念の乖離を直視したうえで、次の設計思想を探そう」という問題提起として読むべきでしょう。
初期のDeFiは、コードがデプロイされたら誰にも書き換えられない「不変のコード」を理想としていました。しかし、ユーザー資産を預かる以上、バグが見つかったときに修正できないことはむしろ危険です。そのため近年のプロトコルは、プロキシアップグレード、マルチシグ、タイムロック、人的対応チームといった「運用統制」を備えるようになりました。クロニエ氏が指摘するのは、こうした統制が積み重なった結果、もはやそれは「分散型金融」というよりも「ブロックチェーン上で営利ビジネスを運営するチーム」に近いという現実です。
4月に発生したDrift Protocol(約2億8,000万ドル、約448億円)とKelp(約2億9,300万ドル、約468億8,000万円)のエクスプロイトは、合計約5億7,300万ドル(約916億8,000万円)規模の損失を生みました。注目すべきは、エゴロフ氏が指摘するように、これらの被害の多くがスマートコントラクトのコードバグではなく、オフチェーンインフラの侵害から発生した点です。Aave、Kelp、LayerZeroのスマートコントラクト自体はハッキングされていないにもかかわらず、被害が発生したという事実は、DeFiのセキュリティの主戦場が明らかにシフトしていることを示しています。
Flying Tulipが導入したサーキットブレーカーは、出金を恒久的に止める仕組みではなく、異常な流出を検知してから約6時間(小規模・地理分散の弱いチームでは12〜24時間以上)の「対応猶予」を作るためのものです。クロニエ氏は「これさえあれば無敵という防御は存在しない」と述べ、監査・分散型マルチシグ・タイムロックなどと並ぶ「層状の防御(layered security)」の一枚として位置付けています。これはWeb2のセキュリティ思想の流入とも言える、極めて現実的なアプローチです。
一方、Curve Finance創設者のマイケル・エゴロフ氏は、まったく異なる方向から鋭い警鐘を鳴らしています。サーキットブレーカーは人間が制御するため、署名者が侵害されればその安全装置自体が「資金抜き取り装置(ドレイナー)」や「中央集権的凍結メカニズム」に転じうるという指摘です。エゴロフ氏が掲げる「DeFi設計の目標は、人間中心の単一障害点を最小化することであり、増やすことではない」という命題は、初期DeFiの理念をいまも保持し続ける思想として、極めて重要な対極を形成しています。
この対立は、単なる技術論ではありません。「ユーザーを守るために介入できる仕組みを持つべき」という現実主義と、「介入できる仕組みそのものが脆弱性を生む」という原理主義の対立であり、これはAIの安全性議論やインターネットインフラのガバナンス議論とも共通する、現代テクノロジーの普遍的な構造を持っています。
Standard Charteredの位置付けも興味深いところです。同行はKelp事件を「成長痛」と評価し、DeFi Unitedが集めた3億ドル超(約480億円超、最新では3億2,100万ドル超=約513億6,000万円超)の救済資金や、Aave V4、Ethereum Economic Zoneといった構造改革を、業界が自己治癒力を獲得しつつある証と見ています。伝統的金融機関がDeFiの強靭性を肯定的に評価しているという事実は、DeFiの位置付けが「実験的サブカルチャー」から「金融システムの一部」へと移行しつつあることを示唆しています。
日本の読者にとって、この議論は遠い海外の話ではありません。リキッドステーキングやリステーキング、クロスチェーンブリッジは、すでに日本のWeb3コミュニティでも当たり前の選択肢になりつつあります。「自己責任で動かせる金融」という理想を、どこまでの統制と引き換えに維持するのかという問いは、DeFiを使う私たち全員に突きつけられているものです。
Flying TulipとCurveの分岐は、いずれが正解とまだ決まったわけではありません。しかし、この二つの設計思想がどう発展していくかを観察することは、DeFiという領域、ひいてはあらゆるオープンプロトコルが「自由」と「安全」をどう両立するのかを考えるうえで、極めて貴重な「現在進行形の実験」を見ることに他なりません。
【用語解説】
DeFi(分散型金融)
ブロックチェーン上のスマートコントラクトによって金融サービスを提供する仕組みである。中央管理者を介さず、貸借・取引・利回り運用などをコード上で自律的に実行できる点が本来の特徴である。
サーキットブレーカー
本来は伝統的金融市場で価格急変動時に取引を一時停止する仕組みを指す。DeFi文脈では、異常な出金や流出が検知された際に出金を遅延・キューイングし、開発チームが対応するための時間を確保するための安全装置である。
エクスプロイト
プロトコルやシステムの脆弱性を悪用した攻撃のことだ。DeFiでは資金流出を伴う事案が多く、コードのバグだけでなくオフチェーンインフラへの侵入やソーシャルエンジニアリングも含まれる。
スマートコントラクト
ブロックチェーン上で自動実行される契約コードである。あらかじめ定められた条件を満たすと自動的に処理が実行される。
イミュータブル(不変)コード
一度デプロイされた後、誰も書き換えられないスマートコントラクトを指す。初期DeFiの理念的な特徴とされてきた。
アップグレード可能なコントラクト/プロキシアップグレード
プロキシ(代理)パターンを使い、後からロジックを差し替えられる設計のことだ。バグ修正には便利だが、書き換え権限を持つ主体が新たな攻撃面となる。
マルチシグ(マルチシグネチャ)
取引の実行に複数の署名者の承認を必要とする仕組みである。1人の権限では動かせないため安全性が増すが、署名者が侵害されればリスクとなる。
タイムロック
コントラクト変更や重要操作を、一定時間が経過するまで実行できないようにする仕組みだ。コミュニティに異変を察知し抵抗する時間を与える役割がある。
オフチェーン
ブロックチェーン外の領域を指す。サーバー、API、運用ダッシュボード、署名管理ツールなどが含まれ、近年のDeFiインシデントの多くはここを起点としている。
リステーキング
イーサリアムなどでステーキング済みの資産を、別のプロトコルでも担保として再利用する仕組みである。資本効率が高い反面、リスクが多層化しやすい。
rsETH
Kelpが発行するリキッドリステーキングトークンの一つだ。ステーキング済みETHを再活用できるが、複数プロトコルにまたがるためインシデント時の影響範囲も広い。
Aave V4
DeFi貸借プロトコルAaveの次期バージョンを指す。流動性ハブの統合などにより、ブリッジ依存の縮小と耐障害性の向上が期待されている。
Ethereum Economic Zone
Ethereum関連エコシステムにおける、共通の経済的・技術的レイヤーを指す概念である。クロスチェーンの安全性強化と分断の解消を目指す動きの文脈で言及される。
DeFi United
DeFi主要プロトコルやエコシステム参加者による連合的な取り組みのことだ。Kelpインシデントの被害補填に向けて、Standard Charteredのリサーチノート時点で3億ドル超、DeFi Unitedサイト最新表示では3億2,100万ドル超を調達したと報じられている。
TradFi(伝統的金融)
銀行や証券会社など、既存の中央集権的な金融システムを指す略語である。DeFiと対比して用いられる。
【参考リンク】
Flying Tulip 公式サイト(外部)
アンドレ・クロニエ氏率いる、現物・デリバティブ・レンディング・ステーブルコインを統合したフルスタックDeFiプロトコル。
Curve Finance 公式サイト(外部)
2020年ローンチの分散型取引所で、ステーブルコインの低スリッページ取引を支える主要DeFiインフラの一つ。
Yield Basis 公式サイト(外部)
マイケル・エゴロフ氏が立ち上げた、AMMにおけるインパーマネントロスの解消を目指すBitcoinイールドプロトコル。
Aave 公式サイト(外部)
分散型レンディング市場の代表的プロトコル。担保預入と借入をスマートコントラクトで行えるDeFi中核サービス。
Kelp(Kelp DAO)公式サイト(外部)
リキッドリステーキングプロトコル。ETHを再ステーキング可能なrsETHを発行している。
LayerZero 公式サイト(外部)
複数のブロックチェーンをまたぐメッセージング・相互運用プロトコル。クロスチェーン通信の基盤として広く採用されている。
Drift Protocol 公式サイト(外部)
Solana上で稼働する分散型デリバティブ取引プラットフォーム。永続先物などの取引を提供する。
Standard Chartered 公式サイト(外部)
ロンドンに本拠を置く国際銀行グループ。デジタル資産関連のリサーチも積極的に発信している。
【参考記事】
Andre Cronje: most DeFi protocols “No Longer Truly DeFi”(外部)
4月のDrift・Kelpなどで合計約6億ドル規模の被害発生、Flying Tulipのフェイルオープン型サーキットブレーカーの仕組みを伝える関連報道。
Andre Cronje’s Flying Tulip Raises $200M, Plans Ambitious DeFi Platform(外部)
Flying Tulipの2億ドル調達と10億ドルFDV、機関投資家の参加、ftUSDなど独自構造を解説した背景資料記事。
Flying Tulip (FT) Launches At $0.10: Andre Cronje’s $1B DeFi Super App Goes Live(外部)
2026年2月のTGE時点で1億2,600万ドル超のTVL、5チェーン展開を伝えるローンチ詳細記事。
Curve Finance Founder Michael Egorov Launches Bitcoin Yield Protocol(外部)
エゴロフ氏のYield Basisローンチを伝えるCoinDesk報道。同氏の技術的背景と思想を理解する基礎資料。
Curve Finance’s Michael Egorov: There Is Nothing ‘Particularly Special’ About L2s In 2025(外部)
エゴロフ氏のDeFi哲学を伝えるインタビュー。「分散性こそが安全性を生む」という主張の背景理解に有用。
【編集部後記】
DeFiの世界は、コードと哲学が同じ重みで議論される、極めて稀有な領域です。「もはやDeFiではない」という言葉に立ち止まったあなたは、おそらく単なる利回りや価格以上のものを、この技術に見ているのではないでしょうか。みなさんがいま預けている、あるいは興味を持っているプロトコルは、不変のコードに近いタイプですか、それともチームによる運用に支えられたタイプでしょうか。同じDeFiという名前でも、設計思想によって安全性の本質はまったく異なります。Flying TulipとCurveの議論を、ぜひご自身の関心領域と重ね合わせて眺めてみてください。私たちもまた、この変化の只中で観察を続けていきたいと思います。

