株式会社LDH JAPANとソフトバンク株式会社は、骨格推定技術と生成AIを活用したダンス学習支援アプリ「AI DANCE LAB Supported by SoftBank」を2026年5月28日に提供開始すると、2026年4月17日に発表した。
提供元はLDHで、ソフトバンクはスポーツ支援サービス「AIスマートコーチ」で培った技術の提供と開発支援を担う。利用者がスマホで撮影したダンス動画から関節の座標データを抽出し、お手本動画との差分を解析、生成AIがテキストでアドバイスを提示する。お手本動画にはLDH所属のアーティストなどが出演し、指導データはLDHが監修する。動画データはクラウドに保存せず処理され、AIの学習にも利用されない。これらの解析技術とセキュリティー構成技術はソフトバンクが特許を取得している。利用料金は月額1,480円で、対応機種はAndroid 14以上およびiOS 16以上のスマホである。
From: LDHとソフトバンクが協力し、生成AIでダンスの上達を支援する「AI DANCE LAB Supported by SoftBank」を提供開始
【編集部解説】
まず押さえておきたいのは、このサービスが「ゼロから生まれた新技術」ではなく、ソフトバンクが2022年から提供してきた「AIスマートコーチ」の系譜にあるという点です。AIスマートコーチは筑波大学との産学連携で開発され、野球・バスケットボール・ダンスなど約20種目に対応する骨格解析アプリとして蓄積を重ねてきました。その指導監修には既にLDHやD.LEAGUEが関わっており、今回の「AI DANCE LAB」はそこでの協業を深化させ、ダンスに特化した単独プロダクトとして独立させたものと位置付けられます。
サービスの中核となる「骨格推定(Pose Estimation)」は、映像に映る人間の関節位置をAIが座標データとして抽出する画像認識技術です。抽出された数値をお手本の骨格データと比較することで、「右肘の角度が浅い」「重心の移動が遅い」といった、映像を見ただけでは言語化しにくい差分を可視化できます。ここに生成AIを接続することで、数値データを人間が理解できる「アドバイス文」へ変換している点が、従来のマッチ度スコア表示から一歩踏み込んだ進化と言えるでしょう。
なぜ今、LDHとソフトバンクがこの領域で組むのかを考える上で、日本の社会背景は見逃せません。2012年度から中学校の保健体育でダンスが必修化されたものの、現場では指導経験を持たない教員が多く、必修化直後の調査では男性教員の9割がダンス授業の実施に不安を示したという記録もあります。学校や地域にダンスの専門指導者が絶対的に不足しているという構造的な課題に対し、プロの暗黙知をAI経由で届ける仕組みは、教育インフラの補完として大きな意味を持ち得ます。
LDH側の文脈も重要です。同社が運営するEXPG STUDIOは2003年の開校から20年以上の歴史を持ち、国内外に複数校を展開していますが、物理校舎に通えない層へのリーチには限界があります。既存のオンラインレッスン「EXPG ONLINE STUDIO」は動画視聴型であり、「見せる」までが中心でした。今回のアプリは「踊らせ、評価し、返す」という双方向の学習ループを提供する点で、LDHの教育事業全体のデジタル化戦略の新しい一手と読み解けます。
プライバシー設計にも注目したいポイントがあります。動画データをクラウドに保存せず、AIの学習にも転用しない仕組みは、国際的にも姿勢推定アプリの先端トレンドと一致しており、QuickPoseのような海外のPose Estimation SDKや、Dance Helperといった競合アプリも、同様の「オンデバイス処理」を打ち出しています。身体を撮影するアプリは肖像や生体情報に極めて近い情報を扱うため、「撮った動画がどこへ行くか」はUXと同等の重みを持つ設計課題です。ソフトバンクがこの構成技術を特許として押さえている点は、今後このアーキテクチャが同社のエッジAI戦略の基盤資産になることを示唆しています。
一方で、潜在的な論点もあります。お手本はLDH所属のプロダンサーの動きですが、身長・骨格・可動域・障害の有無によって「正解」は本来一つではありません。AIが「差分」を機械的にアドバイスとして返す設計は、身体の多様性を平均化してしまうリスクを内包します。学習データの多様性や、「正解に近づく」以外の評価軸(個性、表現力)をどう取り扱うかは、今後のアップデートで問われ続けるテーマになるでしょう。
対応OSがAndroid 14以上、iOS 16以上と比較的新しい世代に絞られている点も注視すべきです。姿勢推定処理はスマホ内蔵のNeural EngineやNPUの性能に依存するため、端末の新しさがサービス体験の均質性に直結します。プロ級の指導をスマホで民主化するというコンセプトと、端末の経済格差との間には、なお小さからぬギャップが残ります。
より長期的な視点で見れば、この取り組みは「身体運動のデジタル可視化」という潮流の中に位置付けられます。フィットネス、リハビリ、スポーツ指導、ダンス、武道——身体を扱うあらゆるドメインで、骨格推定と生成AIの組み合わせは共通の基盤技術になりつつあります。innovaTopiaとして関心を寄せたいのは、AIがプロの「暗黙知」を言語化して一般に届ける媒介になったとき、人間の技術伝承の在り方そのものがどう変質していくか、という問いです。AI DANCE LABは、その変化を日常レベルで観察できる興味深い社会実験になりそうです。
なお、ケータイWatchおよびITmedia Mobileの報道によれば、ソフトバンク・ワイモバイル・LINEMOの契約者は初月無料で利用できるとされており、自社通信サービスの付加価値化という意図も透けて見えます。ただし、公式プレスリリースには明記されていないため、確定情報として扱う場合は別途公式発表の確認が必要です。
【参考情報】
骨格推定(Pose Estimation)
人物が写った画像や動画から、AIが関節位置(頭、肩、肘、膝など)をリアルタイムで特定し、座標データとして抽出する画像認識技術である。マーカーを身体に貼る必要がないため「マーカーレス姿勢推定」とも呼ばれ、スポーツ、医療、リハビリ、エンタメなど幅広い領域で応用が進む。
関節の座標データ
骨格推定によって抽出される、各関節の位置情報(通常はx, y座標、3D推定ではz座標も含む)。この点の集合を時系列で追跡することで、動きの軌跡や速度、角度を数値として分析できる。動画そのものではなく数値データであるため、個人の特定性は大きく低減される。
生成AI(Generative AI)
大量のデータから学習し、テキストや画像、音声などを新たに生成する人工知能の総称である。本サービスでは、骨格の差分という数値データを「上達のためのアドバイス文」という自然な日本語に変換する役割を担う。
AIガバナンス
AIシステムの開発・運用にあたり、倫理、透明性、説明責任、プライバシー保護などを担保するためのルールや体制のこと。近年、日本を含む各国で企業に求められる責務として重視されつつある。
オンデバイス処理(エッジAI)
データをクラウドサーバーに送信せず、スマートフォンなどの端末上で直接AI処理を行う方式のこと。通信遅延がなく、動画など機微な情報を外部に出さずに済むため、プライバシー保護の観点から国際的にも姿勢推定アプリの主流となりつつある。
D.LEAGUE(Dリーグ)
2021年に開幕した日本発・世界初のプロダンスリーグである。AIスマートコーチの指導監修にも関わっており、本サービスの前身となる技術基盤を共に育ててきた存在と言える。
【参考リンク】
ソフトバンク株式会社 公式サイト(外部)
日本の大手通信事業者。成長戦略「Beyond Carrier」の下、AI、IoT、ロボティクス分野にも積極的に事業を展開している。
株式会社LDH JAPAN 公式サイト(外部)
EXILEやGENERATIONSなどのアーティストマネジメントを軸に、ダンススクール、映像、出版、飲食まで手掛ける総合エンタテインメント企業である。
AI DANCE LAB Supported by SoftBank サービス詳細ページ(外部)
本記事で取り上げたダンス学習支援アプリの公式紹介ページ。提供開始予定の機能や料金、対応機種などの詳細が掲載されている。
AIスマートコーチ 公式サイト(外部)
ソフトバンクが2022年から提供するスポーツ支援サービス。筑波大学、B.LEAGUE、D.LEAGUEなどとの連携による骨格解析アプリである。
EXPG STUDIO 公式サイト(外部)
LDHが運営するダンス・ボーカルスクール。2003年東京校の開校以来、プロのアーティストを数多く輩出している教育機関である。
D.LEAGUE 公式サイト(外部)
2021年に開幕した日本発・世界初のプロダンスリーグ。ダンスを職業として確立し、社会実装する取り組みを進めている。
筑波大学体育スポーツ局(旧・アスレチックデパートメント)(外部)
AIスマートコーチの開発段階から産学連携パートナーとして指導監修を担ってきた筑波大学の横断組織である。
ソフトバンク AI倫理・ガバナンス(外部)
ソフトバンク社内で定められるAIの倫理・ガバナンス方針の公式ページである。
【参考記事】
ソフトバンク、AIがアドバイスするダンス練習アプリ LDHと連携(ケータイ Watch)(外部)
月額1,480円、5月28日提供開始に加え、ソフトバンク系ユーザーの初月無料特典に言及した第三者報道である。
ソフトバンクとLDK、ダンスの上達に骨格推定技術と生成AIを活用(ITmedia Mobile)(外部)
AIスマートコーチで培った技術の活用、対応OS、プライバシー配慮設計などが整理された報道である。
スポーツ支援サービス「AIスマートコーチ」を提供開始(2022年3月31日)(外部)
筑波大学との産学連携、骨格推定AI活用の3機能構成の原点が確認できるソフトバンクの公式リリースである。
LDHの教育・育成事業 次世代スター発掘とダンス人口拡大を両立(日経クロストレンド)(外部)
EXPG STUDIOの20年の歩みと、国内11校・海外3校の計14校展開などを解説した記事である。
ダンス必修化ってどういうこと?中学校の授業事情をまとめてみました!(note)(外部)
男性教員の90%、女性教員の58%がダンス授業の実施に不安を示した調査結果に言及した解説記事である。
AIスマートコーチアプリ(App Store)(外部)
筑波大学、LDH、D.LEAGUEの指導監修下で全20種目に対応する事実が明記された公式ストアページである。
国立大学法人 筑波大学体育スポーツ局(つくばSDGsパートナーズ)(外部)
旧「アスレチックデパートメント」が現「体育スポーツ局」へ改称された事実とソフトバンクとの協業が記載された公式ページである。
【編集部後記】
身体を動かすことの楽しさは、うまくいかない時間の中にもあります。そこにAIという第三者の視線が加わったとき、私たちは自分の動きをどう受け取るようになるのでしょうか。鏡の前で練習してきた時代から、骨格データが語りかけてくる時代へ。ダンスに限らず、スポーツ、武道、リハビリ、あるいは楽器の演奏まで、同じ技術はきっと広がっていきます。皆さんの「身につけたい動き」に、もしAIの目が寄り添うとしたら、何をどう練習してみたいですか。innovaTopia編集部も、この変化を一緒に観察していけたら嬉しく思います。

