米インド太平洋軍司令官のサミュエル・パパロ大将は水曜日、下院軍事委員会の公聴会で、米軍がBitcoinネットワーク上でノードを稼働させていることを明らかにした。
テキサス州選出のランス・グッデン下院議員からの質問への回答であり、現職の米統合軍司令官がBitcoinネットワークへの直接参加を公に認めたのは初である。パパロ大将は、ノードはマイニングではなく、ネットワーク活動の監視とBitcoinプロトコルを用いたネットワーク保護の運用テストに使用されていると説明した。前日には上院軍事委員会で、Bitcoinはアメリカのパワー・プロジェクションの手段として「途方もない潜在能力」を持つと述べていた。関心は金融ではなくコンピューターサイエンスの応用にあるとし、GENIUS Actにも言及した。2026年初頭時点で公にアクセス可能なフルノードは15,000から20,000と推定される。
From:
US Admiral Tells Congress Military Is Running Live Bitcoin Node
【編集部解説】
このニュースが持つ意味は、単に「米軍がBitcoinを使い始めた」というレベルにとどまりません。米軍の現職統合軍司令官が、議会の場で公にBitcoinネットワークへの参加を認めたのは、これが史上初の出来事です。歴史の節目として記録されるべき発言と言えるでしょう。
注目すべきは、パパロ大将がBitcoinを徹底して「コンピューターサイエンスのツール」として位置づけた点です。準備資産でも、決済手段でも、投機商品でもない。暗号技術、ブロックチェーン、再利用可能なプルーフ・オブ・ワーク(PoW)の組み合わせを、「ネットワークを守り、敵対者にコストを課すための仕組み」として捉えているのです。
この発想の源流には、ジェイソン・ロウリー米宇宙軍少佐が2023年にMITの修士論文として発表した著書『Softwar(ソフトウォー)』があります。ロウリー氏は、PoWを「物理的な力を使わない、サイバー空間における軍事的な力の投射」と論じました。アカデミックな議論にとどまっていたこの理論を、四つ星の現役司令官が議会証言で事実上採用したことになります。
特筆すべきは、パパロ大将自身の論調の変化です。2024年2月、同大将はエリザベス・ウォーレン上院議員に対し、暗号資産の「不透明性」が大量破壊兵器の拡散やテロ、違法取引を助長していると証言していました。それからわずか2年で、語り口は「病理(pathology)」から「プロトコル」へと完全に転換した格好です。
背景には、米国の暗号資産政策の急速な構造変化があります。2025年3月のStrategic Bitcoin Reserve(戦略的Bitcoin準備)設立に関する大統領令、同年7月のGENIUS Act(ステーブルコイン規制法)成立、そして2026年4月のINDOPACOMによるノード稼働開示——一連の動きは、Bitcoinを「資産クラス」から「戦略的インフラ」へと格上げする一貫した流れとして読み取れます。
技術的な観点から補足すると、フルノードの稼働それ自体は、ハードウェア要件もマイニング報酬もない、いわば「ネットワークの監視員」としての役割です。世界に15,000〜20,000ある公開ノードの1つを米軍が運用したところで、Bitcoinの分散性が損なわれる構造的な脅威にはなりません。
ただし、議論の対象は数の問題ではなく、象徴の問題です。Bitcoinはもともと、いかなる単一の政府や機関にも支配されないよう設計されたプロトコルでした。その思想的源流に対して、世界最強の軍事組織が「敬意ある参加者」として現れたという事実は、Bitcoinコミュニティの一部に複雑な感情を呼び起こすはずです。
日本の読者にとって、このニュースが他人事ではない理由は明確です。INDOPACOMの管轄領域は、台湾、南シナ海、そして日本を含むインド太平洋地域全域。中国との戦略的競争の最前線です。グッデン下院議員が引用したBitcoin Policy Instituteの調査によれば、中国は約194,000 BTC、米国は約328,000 BTCを保有しているとされます。デジタル資産をめぐる米中の角逐は、地政学のリアリティそのものです。
イランがホルムズ海峡の通行料金にBitcoinを受け入れ、台湾の政策担当者が中国による侵攻時の資産防衛策としてBitcoinを準備資産化する議論を進めている——こうした周辺事情を踏まえれば、パパロ大将の証言は「国家によるBitcoin採用フェーズ」への移行を象徴する出来事と評価できます。
潜在的なリスクにも目を向けるべきでしょう。今後、他国の軍や情報機関も同様の動きを見せれば、「公開ブロックチェーンの軍事利用」が常態化します。これは検閲耐性という当初の設計思想にとって、長期的な圧力となりかねません。また、PoWを「敵対者にコストを課す仕組み」として軍事ドクトリンに組み込む発想は、サイバー空間の軍備競争を新しい次元に引き上げる可能性があります。
innovaTopiaが「Tech for Human Evolution」の視点でこのニュースに注目する理由は、ここにあります。ナカモト・サトシが2008年に発表したホワイトペーパーから、およそ18年。一個人の哲学から始まった分散型のプロトコルが、いま大国の安全保障ドクトリンに組み込まれようとしています。技術が社会を変える瞬間とは、まさにこういう光景なのではないでしょうか。
【参考情報】
米インド太平洋軍(INDOPACOM)司令官
米軍の統合軍(Combatant Command)の一つで、インド太平洋地域全域を管轄する司令部のトップ。約38万人の人員を統括し、対中国の戦略的競争の最前線に位置する。司令官は四つ星の大将(Admiral / General)が務めるのが通例である。
下院軍事委員会/上院軍事委員会
米連邦議会において、国防予算(NDAA:国防授権法)や軍事政策を所管する常任委員会。軍司令官は、毎年の予算審議サイクルの中でこれら委員会に出席し、戦略的姿勢(posture)を証言する義務を負う。
ノード(フルノード)
ブロックチェーンの全履歴を保持し、ネットワークのルールに従って取引を検証・中継するコンピューターのこと。マイニング報酬は得ない。「ネットワークの監視員」としての役割を担い、特別なハードウェアを必要としない。
マイニング(採掘)
新しいブロックを生成し、その対価としてBitcoinの新規発行分を獲得する作業。専用のハードウェア(ASIC)と大量の電力を消費する。今回のINDOPACOMの活動はマイニングではない。
ピアツーピア・ネットワーク
中央のサーバーを介さず、参加者同士が直接つながる分散型のネットワーク構造のこと。Bitcoinの根本的な設計思想である。
プルーフ・オブ・ワーク(PoW/再利用可能なPoW)
取引を検証する際に、計算機資源を消費させる仕組み。改ざんに膨大なコストを要求することで、ネットワークの安全性を確保する。「再利用可能な」とは、この仕組みを金融以外の用途(ネットワーク防御など)にも転用できるという考え方を指す。
パワー・プロジェクション(軍事力投射)
自国から離れた地域へ軍事力を展開し、影響力を行使する能力。米軍ドクトリンの中核概念であり、伝統的には空母打撃群や前方展開基地などを指してきた。
GENIUS Act
2025年7月18日にトランプ大統領が署名し成立した、米国初のステーブルコインに関する連邦法。発行体に米ドルや短期米国債による100%の準備資産を義務づけ、ドル覇権の強化を狙う。
ステーブルコイン
法定通貨や商品など、安定した価値を持つ資産に価値を連動させた暗号資産。決済や暗号資産取引のハブとして急速に普及している。
戦略的Bitcoin準備(Strategic Bitcoin Reserve)
2025年3月6日にトランプ大統領の大統領令で設立された、連邦政府保有のBitcoinを集約・長期保有する制度。原資は刑事事件で押収されたBitcoinが中心で、原則として売却されない。
『Softwar(ソフトウォー)』
ジェイソン・ロウリー米宇宙軍少佐が、MIT(マサチューセッツ工科大学)の米国防フェローとして2023年に発表した修士論文および著書。プルーフ・オブ・ワークを「物理力を伴わないサイバー空間での軍事的な力の投射手段」と位置づけ、Bitcoinに国家安全保障上の意義があると論じた。
ナカモト・サトシ
2008年にBitcoinのホワイトペーパーを公開し、2009年にネットワークを稼働させた、Bitcoinの匿名の創始者。正体は現在も特定されていない。
【参考リンク】
U.S. Indo-Pacific Command(米インド太平洋軍)公式サイト(外部)
パパロ大将が指揮する統合軍の公式サイト。指揮系統、管轄地域、戦略的姿勢に関する公式情報を掲載している。
House Armed Services Committee(下院軍事委員会)公式サイト(外部)
パパロ大将が今回証言した下院の常任委員会の公式サイト。公聴会の動画やプレスリリースが公開されている。
Lance Gooden下院議員 公式サイト(外部)
今回パパロ大将に質問したテキサス州選出の下院議員の公式サイト。本件のプレスリリースと質疑応答全文が公開されている。
The White House: Fact Sheet on the GENIUS Act(外部)
ホワイトハウスが公開しているGENIUS Actの公式ファクトシート。法案の目的、規制内容、ドル覇権との関連が整理されている。
Bitcoin Policy Institute(BPI)公式サイト(外部)
Bitcoinに関する政策提言を行う米国のシンクタンク。今回の証言で言及された推計値の出典元である。
Bitcoin.org(外部)
Bitcoinの基本情報、ノードの稼働方法、ホワイトペーパーなどを公開する公式コミュニティサイト。
【参考記事】
The U.S. Military Is Running A Bitcoin Node, Admiral Says(Bitcoin Magazine)(外部)
パパロ大将の発言全文を引用し、INDOPACOMの研究方針を「金融資産ではなくコンピューターサイエンスのツール」と位置づけた点を解説している。
Gooden Reveals Historic U.S. Military Use of Bitcoin Node(グッデン下院議員 公式)(外部)
質問者本人による一次情報。質疑応答の完全な書き起こしを掲載しており、推計値の議会記録である。
US Military Running Bitcoin Node to Test National Security Applications(The Block)(外部)
The Blockによる解説記事。「実験段階」発言、フルノード数、GENIUS Actとの関連を整理している。
US military operates Bitcoin node in the Indo-Pacific(Bitget News)(外部)
INDOPACOMが約380,000人の人員を擁する司令部であることを軍事的文脈で詳述している。
Indo-Pacific Commander Calls Bitcoin A Tool For U.S. ‘Power Projection'(Bitcoin Policy Institute)(外部)
イランのホルムズ海峡通行料、台湾の準備資産化議論など、地政学的文脈を提示している。
US Military Is Running a Live Bitcoin Node for Cybersecurity Research(Unchained)(外部)
INDOPACOMの研究の一部が機密扱いとなる可能性、研究の焦点が技術面にあることを明確化している。
US Military Runs Bitcoin Node, Conducts Operational Tests(news.bitcoin.com)(外部)
PoWを「敵対者にコストを課す仕組み」として軍事的に応用する論理を、構造的に解説している。
Softwar: A Novel Theory on Power Projection(Internet Archive)(外部)
ジェイソン・ロウリー米宇宙軍少佐がMITで2023年に発表した修士論文の原本。本記事の一次情報源。
【編集部後記】
ナカモト・サトシが描いた「誰のものでもないお金」というビジョンが、いま大国の安全保障ドクトリンに組み込まれようとしています。技術が社会に受け入れられる過程で、当初の理念とは異なる文脈に取り込まれていく——これは多くのテクノロジーが辿ってきた道でもあります。
みなさんは、Bitcoinが国家の道具になっていくこの流れを、どう受け止めますか。プロトコルの普及として歓迎すべきか、それとも分散性という思想の変質として警戒すべきか。私たちinnovaTopia編集部も、答えを持ち合わせているわけではありません。ただ、この問いを共に考え続けたいと願っています。

