AI導入で従業員の仕事量が増加|UCバークレー研究が明かす生産性のパラドックス

AI導入で従業員の仕事量が増加|UCバークレー研究が明かす生産性のパラドックス

アルナ・ランガナサンとシンチー・マギー・イェは、米国拠点のテクノロジー企業(従業員約200人)を対象に、2025年4月から12月まで8ヶ月間にわたり生成AIが仕事の習慣に与える影響を研究した。

研究は週2日の対面観察、社内コミュニケーションチャネルの追跡、エンジニアリング、プロダクト、デザイン、リサーチ、オペレーションにわたる40回以上のインタビューを通じて実施された。企業はAI使用を義務付けなかったが、商業的に利用可能なAIツールへのエンタープライズサブスクリプションを提供した。研究の結果、AIツールは仕事を減らすのではなく増加させることが判明した。

具体的には、タスクの拡大、仕事と非仕事の境界の曖昧化、マルチタスキングの増加という3つの形態が特定された。研究成果は2026年2月9日にHarvard Business Reviewで発表された。

From: 文献リンクAI Doesn’t Reduce Work—It Intensifies It

【編集部解説】

今回のHarvard Business Reviewの研究は、AI導入の「隠れたコスト」を可視化した点で重要です。UCバークレーのアルナ・ランガナサン准教授とシンチー・マギー・イェ博士課程学生による8ヶ月間の現場調査は、企業が見落としがちな問題を浮き彫りにしています。

この現象は実は歴史的に繰り返されてきました。1865年、イギリスの経済学者ウィリアム・スタンリー・ジェヴォンズは、蒸気機関の効率が向上すると石炭の消費量が減少するどころか、むしろ急増することを発見しました。効率化によってコストが下がり、利用が拡大するという「ジェヴォンズのパラドックス」です。AIツールの導入にも、このパラドックスと似た構造が見られます。

2025年のデータによれば、米国では従業員の45%が年に数回以上AIを使用し、毎日使用する割合は10%に達しています。テクノロジー業界では76%、金融では58%が業務でAIを活用しているという統計もあります。

しかし、今回の研究が明らかにしたのは、AIによる効率化が必ずしも労働者の負担軽減につながっていないという事実です。具体的には、プロダクトマネージャーがコーディングを始め、リサーチャーがエンジニアリング業務を引き受けるなど、職域の境界が曖昧になっています。また、昼食中や会議中にもAIにプロンプトを送るようになり、仕事と休息の境界線が消失しつつあります。

興味深いのは、これが強制されたものではなく、従業員が自発的に行っている点です。AIが「パートナー」のように感じられ、「もっとできる」という感覚が働くためです。この自発性が、かえって問題を見えにくくしています。

一方で、2025年のDORA Report(DevOps Research and Assessment)は、AI採用が直接燃え尽き症候群と結びついているという明確な証拠は示されていないと報告しています。また一部の分析では、AIが定型作業(いわゆるボイラープレートコード)を補助することで、複雑性の増加とバランスを取っている可能性があると指摘されている。この矛盾は、業種や導入方法によって影響が異なることを示唆しています。

企業にとっての教訓は明確です。AI導入は単なる技術の問題ではなく、働き方の設計の問題だということです。研究者たちが提案する「AIプラクティス」—意図的な休止、シーケンシング、人間的基盤—は、持続可能なAI活用のための実践的な枠組みを提供しています。

短期的には生産性が向上したように見えても、長期的には判断力の低下、品質の劣化、離職率の上昇につながる可能性があります。これは特に日本企業にとって重要な視点です。日本の労働文化では「頑張ること」が美徳とされがちですが、AIによって「頑張りすぎる」ことが容易になった今、組織としての境界線の設定がこれまで以上に重要になっています。

2026年以降、AIツールはさらに高度化し、より多くの業務で「できること」が増えていきます。しかし、「できること」と「すべきこと」は別物です。人類の進化を技術で支援するというinnovaTopiaの理念に照らせば、AIは人間を解放する道具であるべきで、新たな束縛の源になってはなりません。

【用語解説】

ジェヴォンズのパラドックス
1865年にイギリスの経済学者ウィリアム・スタンリー・ジェヴォンズが発見した経済現象。技術の効率化により資源の使用量が減少するのではなく、むしろ増加するという逆説的な現象を指す。

AIプラクティス
AIツールをいつ、どのように使用し、いつ停止すべきかを定めた意図的な規範とルーチンのこと。本研究では、持続可能なAI活用のために「意図的な休止」「シーケンシング(作業の段階的進行)」「人間的基盤(対話の時間確保)」という3つの要素を提案している。

ボイラープレートコード
プログラミングにおいて、ほとんど変更せずに繰り返し使用される定型的なコード。エラーチェックや初期設定など、機能的には必要だが創造性を要しない記述のこと。AIツールによって自動生成されることで、開発者の認知的負担が軽減される。

DORA Report
DevOps Research and Assessmentによる年次報告書。ソフトウェア開発チームのパフォーマンスとウェルビーイングを測定する業界標準のレポート。デプロイ頻度、変更のリードタイム、変更失敗率、復旧時間などの指標を追跡している。

エンタープライズサブスクリプション
企業向けに提供されるサブスクリプション(定額制)サービス。個人向けプランと異なり、複数ユーザーのライセンス管理、セキュリティ強化、優先サポートなどの機能が含まれる。本研究の対象企業は、商業的に利用可能なAIツールへの企業版サブスクリプションを従業員に提供していた。

【参考リンク】

Harvard Business Review(外部)
世界的に権威あるビジネス誌。経営学、リーダーシップ、イノベーション、戦略に関する学術的かつ実践的な記事を掲載する。

UC Berkeley Haas School of Business(外部)
カリフォルニア大学バークレー校の経営大学院。本研究を主導したアルナ・ランガナサン准教授が所属する。

Gallup Workplace(外部)
職場に関する調査・分析を専門とする世界的な調査機関。AI使用率、従業員エンゲージメント、組織文化などのデータを発表。

DORA (DevOps Research and Assessment)(外部)
Google Cloudが支援する研究プログラム。ソフトウェア開発チームのパフォーマンス測定基準を確立し、年次レポートを提供。

【参考記事】

AI Use at Work Rises – Gallup(外部)
2025年第3四半期時点で、米国従業員の45%が年に数回以上AIを使用。テクノロジー業界76%、金融58%が業務でAI活用。

The Paradox of Productivity(外部)
AIツールが知識労働者の仕事を強化し、燃え尽き症候群を引き起こしている現象を分析。長時間労働と認知的負荷の増加を指摘。

DORA Report 2025 Key Takeaways(外部)
2025年のDORAレポート。AI採用と開発者の燃え尽き症候群の間に相関関係は見られず、認知的軽減がバランスを取っている。

2025 Benchmarks: AI Tools Weekly Usage(外部)
組織によってはグローバル知識労働者の週次利用率が75%前後に達しているケースもあるという。最高レベルの組織では80%以上の採用率を達成している。

25 Surprising Statistics on AI in the Workplace (2026)(外部)
将来予測として2025年までにAIは全世界で9700万の新規雇用を創出、8500万を消失、正味1200万の雇用増加をもたらすとした推計値。

【編集部後記】

あなたの職場では、AIツールを使い始めてから「楽になった」と感じていますか。それとも、気づけば以前より忙しくなっていませんか。この研究が興味深いのは、多くの人が薄々感じていた違和感に名前を与えてくれた点です。AIが「できること」を増やしてくれるのは確かですが、「すべきこと」まで自動的に整理してくれるわけではありません。もしあなたの周りでも、休憩時間にプロンプトを送ったり、夜遅くまでAIと作業したりする人が増えているなら、今が立ち止まって考えるタイミングかもしれません。あなたの組織では、AIとどう付き合っていくべきだと思いますか。

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