2026年3月23日、CoinDeskはEthereumが2026年初頭からL2スケーリング、量子コンピュータ、AIという三つの課題に同時に直面していると報じた。共同創設者のヴィタリック・ブテリンはL2ネットワークに対し「Ethereumをスケーリングしていない」と指摘し、フラグメンテーションや中央集権的コンポーネントへの依存を構造的リスクとして示した。
2025年12月のFusakaハードフォークでベースレイヤーのデータ容量と効率は向上した。21sharesはL2の統合が進むと予測した。Ethereum FoundationはLeanVMおよび耐量子署名スキームの開発を加速し、耐量子セキュリティ専任チームを設立した。ブテリンは量子対策のロードマップも公表した。組織面ではトマシュ・スタンチャクがEthereum Foundationの共同エグゼクティブディレクターを離脱した。Ethereum Foundationは分散型AI研究ユニット(dAI)を設立しており、EthereumをAIの「トラストレイヤー」として位置づける方針を示している。今年予定のGlamsterdamアップグレードがこれらの課題への対応力を測る試金石となる。
【編集部解説】
2026年のEthereumは、スケーリング・量子・AIという三つの構造的課題が同時に噴き出した年として記憶されるかもしれません。これらは互いに無関係に見えて、実は「Ethereumが何であるか」という一つの根本的な問いに収束しています。
L2論争の本質
ヴィタリック・ブテリンの「あなたたちはEthereumをスケーリングしていない」という発言は、暗号資産コミュニティに広く衝撃を与えました。ここで押さえておきたいのは、ブテリンがL2の存在そのものを否定したのではないという点です。問題の核心は、多くのL2が中央集権的なコンポーネントや独立したサイロ環境に依存しており、Ethereumのベースレイヤーが持つセキュリティ保証を本質的に引き継いでいないことにあります。ユーザーが「安い・速い」と感じていても、その裏側では信頼の前提が変質している可能性があります。
一方で、2025年12月に実施されたFusakaハードフォークはベースレイヤーのデータ容量と処理効率を着実に向上させました。L2が乱立する時代において、投資会社の21sharesは「ETHに連携した、取引所が支援する高パフォーマンスなネットワーク」を軸としたL2統合が進むと予測しています。つまり今後は量より質への移行、つまりL2の「選別」が始まる可能性があります。
量子リスクは「遠い未来」ではない
量子コンピュータによる暗号解読は、現時点ではまだ実用的な脅威ではありません。しかし問題の本質は「解読される瞬間」ではなく、「安全な移行を完了するまでの時間」にあります。数億人規模のユーザーが使うネットワークで、暗号方式をアップグレードし、すべてのウォレットを新フォーマットへ移行させるには、何年もかかる可能性があります。Ethereum FoundationがLeanVMや耐量子署名スキームをいま着手しているのは、まさにそのリードタイムを確保するためです。
スタンチャク離脱の実像
原記事は「驚きをもって受け止められた」と表現していますが、複数の情報源を照合すると、実態は異なります。スタンチャク自身はEthereum Foundationの公式ブログで、意思決定の加速・報酬体系の整備・L1–L2関係の明確化など、就任時に掲げた主要目標が完了または軌道に乗ったことを離脱の理由として挙げています。後任のバスティアン・アウエがシャオウェイ・ワンとともに体制を引き継いでおり、組織の継続性は保たれています。スタンチャク本人は「Ethereumにおけるエージェント型AIシステムの開発」という実装フェーズに自ら戻ることを望んでいると述べており、これは組織崩壊の兆候ではなく、むしろ役割の進化と見るのが適切です。
「トラストレイヤー」構想の可能性とリスク
EthereumをAIの「トラストレイヤー」として位置づける構想は、野心的ですが論理的な必然性もあります。AIエージェントが自律的に経済活動を行う世界では、「誰がその判断を信頼できるか」を検証する仕組みが不可欠になります。Ethereumの持つ分散性・検閲耐性・透明性は、中央集権的なAIプラットフォームにはない価値を提供できます。Ethereum FoundationはすでにdAIユニットを通じてAIエージェント向け標準規格(ERC-8004)の策定を進めています。
ただし潜在的なリスクも存在します。AIエージェントの大規模なオンチェーン活動がベースレイヤーに集中すれば、スケーリング問題を悪化させる可能性があります。また規制面では、自律型エージェントによる経済活動をどう扱うかについて、各国当局が明確な基準を持っておらず、法的グレーゾーンが長期間続くことも予想されます。
Glamsterdamが担う「試金石」の意味
今年前半の実施が見込まれるGlamsterdamアップグレードは、ePBS(Enshrined Proposer-Builder Separation)とBAL(Block-Level Access Lists)を主軸とし、ブロック構築の分散化とMEV(最大抽出可能価値)問題への対処を目指しています。Ethereumが抱える全ての課題——スケーリング・量子対策・AIインフラ化——は最終的にベースレイヤーの信頼性に依拠しており、このアップグレードの成否が中長期的な評価の分岐点となります。
【用語解説】
ロールアップ(Rollup)
トランザクションをEthereumのメインチェーン外で処理し、まとめてベースレイヤーに書き戻すことでスケーリングを図る技術。処理速度の向上とガス代の低減が主な目的だ。L2ネットワークの中心的な実装方式である。
フラグメンテーション(断片化)
複数のL2ネットワークが独立して乱立し、資産や流動性、セキュリティ前提がバラバラになってしまう状態を指す。Ethereumがシームレスな共有基盤としての役割を果たしにくくなるリスクをはらんでいる。
ハードフォーク
ブロックチェーンのプロトコル(規約)を大幅に変更するアップグレードの総称。過去のバージョンとの後方互換性を持たないため、すべてのノードが一斉に新バージョンへ移行する必要がある。
MEV(Maximal Extractable Value/最大抽出可能価値)
ブロックを構築するバリデータやビルダーが、トランザクションの並び替えや挿入・除外を操作することで得られる利益のこと。ユーザーが気づかないうちに不利な取引条件を押し付けられる「フロントランニング」などの手法が代表的。
ePBS(Enshrined Proposer-Builder Separation)
ブロックの「提案者(Proposer)」と「構築者(Builder)」の役割をプロトコルレベルで分離する仕組み。現状はFlashbotsなど外部リレーへの依存が中央集権リスクを生んでいるが、ePBSはこれをEthereum本体に組み込むことで透明性と分散性を高める。GlamsterdamアップグレードにおけるEIP-7732として実装予定。
BAL(Block-Level Access Lists)
ブロック実行前に、そのブロックがアクセスするアカウントやストレージ領域を事前に宣言する仕組み(EIP-7928)。これによりノードが並列処理の準備を行えるようになり、将来的なトランザクションの並列実行の基盤となる。
LeanVM
Ethereum Foundationが耐量子セキュリティへの移行を見据えて研究・開発を進めている次世代の暗号処理基盤。ポスト量子暗号(耐量子署名)の実装に対応することを目的としており、専任チームのトーマス・コラトジェ(Thomas Coratger)が主導している。
耐量子署名スキーム(Post-Quantum Signature Scheme)
量子コンピュータによる解読を前提とした暗号方式に対しても安全性を保てる電子署名方式の総称。現在の楕円曲線暗号(ECDSA)は将来の量子コンピュータに破られる可能性があるため、その代替として研究が加速している。
dAI(分散型AI研究ユニット)
Ethereum Foundation内に設置された、AIとブロックチェーンの融合を探る専任研究チーム。自律型AIエージェント同士がEthereum上で経済活動を行う「マシン間経済」の実現を目指している。
ERC-8004
AIエージェントがEthereum上で互いを識別し、信頼関係を構築するための標準規格の提案。エージェントが異なるシステムやチェーンをまたいで連携するための「共通言語」を提供するものである。
プロトダンクシャーディング(Proto-Danksharding)
2024年のDencunアップグレードで導入されたL2コスト削減技術。トランザクションデータを「blob」と呼ばれる形式で一時的にEthereumに格納することで、L2ネットワークのデータ送信コストを大幅に引き下げた。
【参考リンク】
Ethereum Foundation 公式サイト(外部)
Ethereumプロトコルの研究・開発を支援する非営利組織。ロードマップや技術仕様の策定に中心的な役割を果たしている。
Ethereum Foundation Blog(外部)
アップグレード詳細・ロードマップ更新・組織に関する公式発表が掲載されるEthereum Foundationの公式ブログ。
Etherscan(外部)
Ethereumブロックチェーンのデータをリアルタイムでモニタリングできるオープンなブロックエクスプローラー。ネットワークの透明性を支える重要インフラ。
21shares(外部)
スイスを拠点とするクリプト資産運用会社。定期的にリサーチレポートを発行し、今回の記事でL2統合予測のソースとして引用された。
【参考記事】
Ethereum Glamsterdam Upgrade 2026: What Changes and Why ETH Traders Should Care(外部)
ガス代78.6%削減・10,000 TPS目標・ガスリミット60Mから200Mへの引き上げなど、具体的な数値でGlamsterdamの全貌を解説。
Ethereum’s Glamsterdam Upgrade: What’s Coming in H1 2026(外部)
ePBS(EIP-7732)とBAL(EIP-7928)の技術的な仕組みをエンジニア視点から深掘り。ブロック構築プロセスの変化を具体的に解説している。
An update from Tomasz | Ethereum Foundation Blog(外部)
スタンチャク本人による離任声明文。主要目標の完了・組織の健全性・今後の方向性が本人の言葉で記された一次情報。
Tomasz Stańczak Steps Down as Ethereum Foundation Co-Executive Director(外部)
スタンチャク離脱の背景と後継体制を詳報。「トリアージフェーズの終了」という表現で組織の転換点を的確に捉えた記事。
Ethereum Foundation makes post-quantum security a top priority as new team forms(外部)
耐量子セキュリティ専任チームの設立を報じたCoinDesk記事。LeanVMやポスト量子コンセンサステストネットの取り組みを詳述。
Ethereum Foundation sets three new tracks for 2026(外部)
Ethereum Foundationが2026年のロードマップを3トラックに再編したことを報告。GlamsterdamとHegotáの位置付けを明確に整理している。
【編集部後記】
Ethereumが「見えないインフラ」として社会に溶け込んでいく未来、みなさんはどう感じますか?
スケーリング、量子、AI——三つの波が重なるこの瞬間は、ブロックチェーンの歴史の中でも特異な転換点かもしれません。私たちも一緒に、その行方を追いかけていきたいと思っています。


