NECは2026年4月6日、明治大学商学部の加藤拓巳准教授と共同で、ファッションの持続性が消費者心理に与える影響を研究した結果を発表した。日本人女性600名を対象としたオンライン調査(Study 1)では、共分散構造分析により、ファッションのロイヤルティ要因として快適性・デザイン性・経済性が正の効果を持つ一方、耐久性およびサステナビリティは有意な正の効果を示さないことが判明した。
続くStudy 2では、20〜60歳の日本人3,000名を対象にランダム化比較試験を実施。「快適性の持続」「ファストファッション」「従来型サステナビリティ」の3コンセプトを各1,000名に提示した結果、「快適性の持続」の魅力度が50.5%と最も高く、ファストファッション(46.2%)および従来型サステナビリティ(34.5%)を上回った。本研究成果は2026 International Conference on Management, Tourism and Technologiesで採択され、Business and Economics(Springer)に掲載される。
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NEC、明治大学と共同でファッションの持続性を高める効果について研究 −ファッションは”消耗品”という消費者の認識を”半耐久財”に引き戻すために有効なコンセプトは「快適性の持続」
【編集部解説】
「環境のために良いものを買いたい」と思いながら、気づけばいつものブランドを手に取っている——そんな経験、私たちにも覚えがあります。世界中の研究者が長年指摘してきた「バリュー・アクション・ギャップ(価値と行動の乖離)」、すなわち環境意識が高いと答えながらも実際の購買行動に結びつかない現象は、ファッション業界においても根深い課題として横たわっています。
今回のNECと明治大学の共同研究が際立っているのは、この難題に対して「消費者を説得する」という従来の発想を捨てた点にあります。環境・人権への訴求という「利他的動機」への訴えかけが、実際の購買ロイヤルティに対して負の効果すらもたらすというStudy 1の結果は、多くのブランドがこれまで展開してきたサステナビリティマーケティングの根本的な再考を迫るものです。
研究が提案する「快適性の持続」というコンセプトの核心は、「利己的動機をエシカル消費の入口にする」という発想の転換にあります。肌触りや着心地といった、消費者が本来ファッションに求める感覚的価値を長期間維持できる衣服であれば、結果として長く使い続けられ、廃棄量の削減につながる——この因果関係の「組み替え」は非常にクレバーな戦略です。消費者に我慢や犠牲を求めるのではなく、快適さという報酬を軸に据えることで、持続可能な消費行動を自然に引き出そうという設計です。
この研究がテクノロジーの観点から見て特に興味深いのは、NECというITインフラ企業が主導している点です。NECはGX(グリーントランスフォーメーション)事業において、データ活用・科学的検証・トレーサビリティ技術を軸に、サーキュラーエコノミーの実装を推進しています。「快適性の持続」を実証するためには、素材の耐久性・洗濯後の品質変化・繊維劣化のデータなどを定量化・可視化する技術が不可欠になります。つまりこの研究は、消費者心理の解明にとどまらず、ウェアラブルセンサーや素材分析AI、デジタル製品パスポート(DPP)といった技術実装の布石とも読み取れます。
ポジティブな側面として、このアプローチが普及すれば、企業は「環境配慮」を義務感からではなく、商品力の中核として訴求できるようになります。消費者も罪悪感なく、純粋に「良い買い物」として長持ちする衣服を選べるようになる。この構図が定着すれば、サステナビリティは一部の意識高い層だけのものではなく、マジョリティの日常的な選択肢になり得ます。
一方で、いくつかの留意点も見逃せません。Study 1の調査対象が日本人女性600名に限定されており、年代・地域・性別の多様性という点では今後の検証が待たれます。また、「快適性の持続」は商品コンセプトとしての魅力度を測定したものであり、実際の購買行動や長期的な廃棄量削減への効果は、別途追跡調査が必要です。さらに、「快適性を維持する素材・製法」が製造コストの上昇を招く場合、それをどう価格設計に反映するかという現実的な課題も残ります。
規制の観点では、EU圏でデジタル製品パスポート(DPP)の義務化が進み、素材の耐久性や環境負荷をデータとして開示することが求められる時代が近づいています。「快適性の持続」を客観的に証明・開示できる仕組みが整えば、この研究知見は規制対応のフレームワークとしても機能する可能性があります。
長期的に見れば、この研究が示す方向性は「消費の量から質へ」というシフトを、消費者の自発的な意思決定として実現するための設計論です。大量生産・大量廃棄の構造を変えるには、規制や罰則だけでなく、消費者の内発的動機に働きかけるデザインが鍵になる——そのことをデータと行動科学で裏付けたという点で、この研究はファッション業界のみならず、あらゆる製品カテゴリーのサステナビリティ戦略に波及しうる普遍的な示唆を持っています。
【用語解説】
共分散構造分析(SEM:Structural Equation Modeling)
複数の変数間の因果関係や相関関係を同時に分析する統計手法。アンケートデータなど、直接観測しにくい「潜在変数」の影響を数値で可視化できる。マーケティングや心理学の研究で広く用いられる。
ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)
被験者を無作為に複数のグループに分け、異なる条件を提示して結果を比較する実験手法。医療分野で発展した科学的エビデンス収集の「ゴールドスタンダード」とされ、近年マーケティング・行動科学にも応用が広がっている。
エシカル消費
環境保護・人権・地域社会への配慮を基準に商品やサービスを選択する消費行動のこと。「倫理的消費」とも呼ばれる。消費者の意識は高まる一方で、実際の購買行動に結びつきにくい「バリュー・アクション・ギャップ」が世界共通の課題となっており、本研究はその解消を目指すアプローチの一つとして位置づけられる。
バリュー・アクション・ギャップ(Value-Action Gap)
「環境に配慮したい」という意識(価値観)と、実際の購買・行動との間に生じる乖離のこと。「態度と行動のギャップ」とも呼ばれ、エシカル消費が普及しない根本的な要因として行動科学・マーケティング研究の中心的テーマとなっている。
半耐久財
耐久財(家電・自動車など)と消耗品(食品・日用品など)の中間に位置する製品カテゴリー。衣服・靴・バッグなどが該当し、一般的に数年の使用を前提として設計されている。ファストファッションの普及により、消費者の認識が「消耗品化」しつつある点が本研究の出発点となっている。
デジタル製品パスポート(DPP:Digital Product Passport)
製品の素材成分・製造履歴・リサイクル情報などをデジタルデータとして製品に紐付け、サプライチェーン全体で共有・追跡する仕組み。EUでは繊維・ファッション分野への義務化が進んでおり、日本企業にも対応が求められつつある。
【参考リンク】
日本電気株式会社(NEC)公式サイト(外部)
AI・データ活用・セキュリティなど幅広い領域でソリューションを提供する日本を代表するITインフラ企業。GX事業でサーキュラーエコノミーの実装を推進している。
NEC GX(グリーントランスフォーメーション)事業ページ(外部)
環境価値情報化・資源循環・適応の3事業を軸に、環境保護と経済成長の両立を目指すNECのGX事業公式ページ。本研究の発信母体となる事業部門。
明治大学 加藤拓巳准教授 公式Webサイト(外部)
消費者行動・マーケティング・サステナビリティを専門とする本研究の共同研究者。企業との共同研究実績を掲載している明治大学商学部の准教授公式サイト。
NEC サーキュラーエコノミー ブランドサイト(外部)
データと科学的検証を通じた資源循環ビジネスの事例・知見を公開する、NECが運営するサーキュラーエコノミー関連の情報発信サイト。
Springer(シュプリンガー)(外部)
本研究の学術論文掲載先。自然科学・工学・医学・社会科学など幅広い分野の査読済み論文・書籍を出版する、世界的に認知された国際学術出版社。
【参考記事】
Environmental Impact of Fast Fashion Statistics (2025)(外部)
ファストファッション市場の急成長と環境破壊の実態を、繊維廃棄量・炭素排出量・マイクロファイバー放出数などの具体的な数値で示した統計まとめ記事。
Fast fashion fuelling global waste crisis, UN chief warns | UN News(外部)
国連事務総長がファッション産業の環境負荷を警告した2025年3月の記事。毎秒1台分のトラック相当の衣服が廃棄されている実態を報告している。
10 Concerning Fast Fashion Waste Statistics | Earth.Org(外部)
年間9,200万トンの繊維廃棄物や衣服の平均着用回数の激減など、消費の使い捨て化が加速している実態をデータで示した記事。
Understanding Consumer Perception of Sustainable Fashion in Japan | MDPI(外部)
日本の消費者を対象としたサステナブルファッション研究。消費者セグメントごとに購買動機が異なることを示し、日本市場の比較参照として活用。
Environmental Sustainability in the Fashion Industry | Geneva Environment Network(外部)
消費者が毎年約4,600億ドル相当の価値を廃棄している実態など、国際機関の視点からファッション産業の課題と循環型経済への転換の必要性を示したページ。
【編集部後記】
「環境のために良いものを買いたい」と思いながら、気づけばいつものブランドを手に取っている——そんな経験、私たちにも覚えがあります。
今回の研究が示す「快適性の持続」という切り口は、私たちの無意識の購買行動を、あらためて見つめ直すきっかけをくれるように感じました。あなたにとって、長く手放せない一着の条件とは何でしょうか?

