細菌×λ-MnO2で電極いらず──海水から数時間でリチウム95%回収|NIMS・東北大・東大

NIMS、東北大学、東京大学らの共同研究チームは、電源や電極を用いずにリチウムを回収する技術を開発した。

リチウムイオン電池の正極材料であるλ-MnO2のナノ粒子と、細菌 Shewanella oneidensis MR-1 を組み合わせると、両者が自発的にミリメートル規模の凝集体を形成し、微生物が正極材料へ電子を供給する三次元的な反応場として機能する。これにより配線も電源供給もなくリチウムイオンを結晶構造内に取り込むことに成功した。従来の電気化学的システムに匹敵する速度を示し、蒸発法やイオン交換法が数日から数週間を要するのに対し、本手法は数時間で処理する。研究は下川航平助教、岡本章玄グループリーダー、菊池康紀教授らが担った。成果は2026年6月29日にNature Communicationsオンライン版へ掲載された。

From: 細菌をマイクロ電源とした高効率リチウム回収を実現 ~「電気化学方式に匹敵する効率と速度」と「細菌と材料の自己組織化」で大スケール化を可能に~

【編集部解説】

まず押さえておきたいのは、この研究が「なぜ2026年のいま」報じるに値するのか、という点です。リチウム需要は電気自動車と定置用蓄電池の拡大に牽引され、2030年には年間およそ300万トン(炭酸リチウム換算)と、2022年の約65万トンの3倍を超える水準に達すると予測されています。2024年の需要だけでも前年比で約30%増えました。供給が追いつくかどうかが、電動化社会全体のボトルネックになりつつあるのです。

その供給を握ってきたのが、南米の塩湖に代表される「蒸発法」です。塩水を広大な池に汲み上げ、天日で数か月かけて水を飛ばす――この方法は大量の水を消費し、乾燥地帯の水ストレスを悪化させます。だからこそ、水を蒸発させずにリチウムだけを直接取り出す「直接リチウム抽出法(DLE)」が期待されてきました。それでもDLEの世界シェアは2024年時点で約11%にとどまり、2030年でも約17%と見込まれています。普及が進まない理由の一つが、今回の研究が突破口を開いた「電極の壁」です。

ここが技術的に少しわかりにくいところなので、かみ砕いて説明します。電池の正極材料(今回はλ-MnO2)は、結晶のすき間にリチウムだけをきれいに取り込む「ふるい」のような性質を持っています。ただし、その取り込みを進めるには電子を外から流し込む必要があり、従来は金属の電極板を通じて電気を供給していました。処理量を増やすには電極板を増やすしかなく、面積・配線・電源のコストが規模拡大を阻んでいたわけです。

研究チームの発想の転換は、この「電極」そのものを取り払った点にあります。細菌 Shewanella oneidensis MR-1 は、呼吸の過程で体の外へ電子を吐き出す「細胞外電子伝達」という珍しい能力を持ちます。この細菌に電子の供給役を任せ、正極材料のナノ粒子とただ混ぜる。すると両者が自発的にミリメートル大の塊へと集まり、細菌のナノワイヤーでつながった導電性ネットワーク――いわば「生きた立体電極」――が容器の中に自然発生するのです。金属電極を一枚も使わずに、電気化学方式と同等の速度でリチウムを回収できます。

見逃せないのは、日本語のプレスリリースがやや控えめに触れている性能の中身です。原論文の要旨によれば、海水を用いた実験で数時間のうちに95%を超えるリチウムを回収し、競合する他の金属イオンの取り込みは1%未満に抑えられたとされています。つまりこれは机上の原理実証ではなく、地球上でもっとも身近で、もっとも希薄なリチウム資源である「海水」を相手に成立した数字だという点に、本成果の射程の広さがあります。

インパクトはリチウムだけにとどまりません。同じ「インターカレーション(結晶へのイオン挿入)」の原理は、ナトリウムやマグネシウムなど他の金属にも応用が利きます。資源回収の枠を超えて、機能性材料を微生物に「組み立てさせる」合成プロセスへと発展する可能性もあり、材料科学とバイオテクノロジーの境界が溶けていく象徴的な事例と言えるでしょう。

一方で、期待を冷静に見積もるための留保も必要です。生き物を反応装置の中心に据える以上、温度管理や雑菌の混入、細菌の活性維持といった、化学プロセスにはない運用上の難しさが伴います。現時点で純粋なDLEプラントが商用規模で実証された例はまだなく、実際の海水やかん水には油分や不純物が混じるため、ラボの成績がそのまま現場で再現される保証はありません。「原理的に大規模化が可能」という主張の検証は、これからが本番です。

規制と地政学の観点も無視できません。リチウム市場は2024年のおよそ374億ドルから、2030年には965.3億ドルへ拡大すると予測されており、多くの国がリチウムを「重要鉱物」に指定して資源の囲い込みを強めています。新しい鉱山を立ち上げるには16年を超える年月がかかるとされるなか、海水や排水からの回収は、資源を持たない国が供給網を組み替えるための現実的な一手になり得ます。国内にリチウム鉱床を持たない一方で電池材料の技術基盤を持つ日本にとって、この技術が持つ戦略的な意味は小さくありません。

長期的に見れば、この研究が示したのは「電極という構造物を、増殖し自己組織化する生命に置き換える」という、インフラの考え方そのものの転換です。装置を作り込むのではなく、条件を整えて生態系に働いてもらう。Tech for Human Evolution を掲げる私たちにとって、これはテクノロジーが自然を模倣する段階から、自然そのものを機能単位として社会に組み込む段階へと踏み出す、静かで重要な一歩に見えます。

【用語解説】

直接リチウム抽出法(DLE)
塩水(かん水や海水)から、水を蒸発させずにリチウムだけを直接取り出す技術の総称である。吸着・イオン交換・溶媒抽出・膜分離などの方式がある。従来の蒸発法に比べ、処理が速く水消費や土地負荷が小さい一方、商用規模での実証はまだ発展途上にある。

塩湖蒸発法
リチウムを含む塩水を広大な池に汲み上げ、天日で数か月かけて水分を蒸発させて濃縮する方法である。南米などで主流だが、大量の水を消費し、乾燥地帯の水資源に負荷をかける点が課題とされる。

電気化学的リチウム回収法/「電極の壁」
電池の正極材料に電気を流し、結晶のすき間にリチウムを取り込ませる方式である。選択性と速度に優れるが、反応が電極表面で起こるため、処理量を増やすには膨大な電極面積と電源供給が必要になる。この規模拡大上の制約を、本記事では「電極の壁」と表現している。

λ-MnO2(ラムダ型二酸化マンガン)
リチウムイオン電池の正極にも使われるマンガン酸化物の一種である。結晶構造のすき間にリチウムイオンだけを選択的に取り込む「ふるい」のような性質を持ち、リチウム回収材料として注目されている。

Shewanella oneidensis MR-1(シャワネラ・オネイデンシス MR-1)
自然界に広く生息する細菌で、呼吸で生じた電子を体の外へ受け渡す能力を持つ「金属還元菌」の代表格である。微生物燃料電池や環境浄化の研究で長く用いられてきたモデル生物である。

細胞外電子伝達(EET)
細菌が代謝で得た電子を、細胞の外にある金属や電極へ受け渡す働きを指す。Shewanella はこの能力を使い、酸素の乏しい環境でも「呼吸」を続けることができる。本研究では、この電子が正極材料へ供給される。

ナノワイヤー/導電性ネットワーク
Shewanella が細胞外へ伸ばす、電子を運ぶ極細の突起がナノワイヤーである。細菌と材料粒子が集まると、このナノワイヤーで電気的につながった網目状の構造(導電性ネットワーク)が生まれ、電極なしで電子が流れる。

インターカレーション
物質の結晶構造のすき間に、別のイオンや分子を可逆的に出し入れする現象である。リチウムイオン電池の充放電もこの原理による。ナトリウムやマグネシウムなど他の金属にも応用でき、本手法の展開可能性の土台となる。

正極材料
電池のプラス極を構成し、充放電の際にリチウムイオンを出し入れする材料である。本研究では、この材料の「リチウムを取り込む性質」を、電池ではなく資源回収に転用している。

炭酸リチウム換算(LCE)
リチウム需要や供給量を比較する際の共通単位で、リチウムを炭酸リチウム(Li2CO3)の量に換算して表す。市場統計や需要予測で標準的に用いられる。

重要鉱物(クリティカルミネラル)
経済安全保障やエネルギー転換に不可欠でありながら、供給が特定地域に偏るなどのリスクを抱える鉱物を指す。リチウムは各国が指定する代表例であり、資源の囲い込みが進んでいる。

【参考リンク】

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)(外部) 物質・材料分野の国立研究開発法人。本研究を主導した岡本章玄グループリーダーが所属する高分子・バイオ材料研究センターを擁する。

東北大学(外部) 下川航平助教が所属する国立大学で、学際科学フロンティア研究所と金属材料研究所が本研究に参画した。今回の発表の発信元である。

東京大学(外部) 菊池康紀教授が所属する未来ビジョン研究センターを擁する国立大学。ライフサイクル評価など持続可能性の観点から本研究に加わった。

Nature Communications(外部) シュプリンガー・ネイチャーが刊行する国際的なオープンアクセス学術誌。本研究の原著論文が2026年6月29日に掲載された。

原著論文(Nature Communications 掲載ページ)(外部) 海水から数時間で95%超のリチウムを回収した実験結果を報告する原著論文の掲載ページである。競合イオンの取り込みは1%未満とされる。

東京大学プレスリリース(外部) 共同研究チームの一員である東京大学による発表ページ。持続可能性評価を担った同大の視点から研究成果の概要が紹介されている。

【参考記事】

Lithium Demand Surges as EV Growth Pressures Global Supply(Mining Digital)(外部) WEFの予測を引用し、リチウム需要が2030年に約300万トン(LCE)へと2022年比で3倍超に拡大すると報じる海外記事である。

Lithium Supply Outpaces Demand—for Now: What’s Ahead?(Carbon Credits)(外部) IEAのデータを基に、2024年の需要が前年比約30%増となり、供給過剰で価格が1トン約1万2000ドルに下落したと伝える記事である。

Scoping the Market Viability of Direct Lithium Extraction in the United States(RFF)(外部) BloombergNEFの推計として、DLEの世界需要シェアを2024年の約11%から2030年に約17%へ拡大すると見込む米シンクタンクの分析である。

Lithium Market Outlook, 2030(Research and Markets)(外部) 世界のリチウム市場が2024年の約374億ドルから2030年に965.3億ドルへ、年平均17.49%で拡大すると予測する市場調査レポートである。

The Future of Lithium – Trends and Forecast(Lithium Harvest)(外部) リチウム需要が2030年に3倍、2035年に4.2倍へ拡大すると示しつつ、DLEを万能ではなく統合プロセスの一部と位置づける解説記事である。

【編集部後記】

この研究のいちばん静かな衝撃は、「装置をつくらない」という選択にあると感じています。私たちはこれまで、性能を上げるために構造を精密に組み上げてきました。けれど今回は、細菌という生きた存在に条件を整え、あとは自ら集まって働いてもらう。制御ではなく共生に近い発想です。もちろん実用化までの道のりは平坦ではありません。それでも、資源を「掘る」時代から「育てて回収する」時代への入り口を、私たちはいま見ているのかもしれません。みなさんの目に、この技術はどんな未来の兆しとして映るでしょうか。

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