株式会社 日立ソリューションズ・クリエイト(本社:東京都品川区、取締役社長:南 章一)は2026年7月23日、「サイバーセキュリティトレーニング」のラインアップに上級「サイバーセキュリティ実践演習」を追加し、同日提供を開始した。講師は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が主催する実践的サイバー防御演習「CYDER」や実践サイバー演習「RPCI」で講師実績を持つ専門家、およびCEH(Certified Ethical Hacker)保有のホワイトハットハッカーが務める。
演習では講師が攻撃者となり、社内環境(Active Directory)や公開サーバー(Webサーバー)を標的に仮想攻撃を実施する。受講者はログ分析やサーバー・端末の調査を通じ、攻撃の検出・防御に取り組む。対象は全業種のCSIRTメンバーやSOCメンバーなど、セキュリティ知識を持つ担当者である。同社のトレーニングは初級・中級・上級で体系化されている。価格は個別見積もりで、受講人数や実施場所により変動し、1グループ3名から受講可能である。
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“プロの攻撃”に耐えられるか? プロフェッショナル人材を交えた実機演習で、対応の死角を可視化するトレーニングを提供開始
【編集部解説】
サイバー攻撃の演習には、シナリオをもとに議論する机上形式と、実際に機器を操作する実機形式があります。今回のメニューは後者の、さらに踏み込んだ位置にあります。講師が実際に攻撃を仕掛け、受講者はそれを検知できるかどうかを試される。攻撃の痕跡をログから追い、対応の結果を検証する演習です。
注目したいのは「何を測るのか」です。脆弱性診断の主要な成果物は、基本的に脆弱性の一覧になります。対してこの演習が生み得るのは、自組織が攻撃に気づけなかった瞬間の記録です。同社の説明では、検知力や判断速度に加え、導入済み対策の実効性、体制、対応手順の妥当性までが検証の対象に置かれています。攻撃を再現するという点は共通していても、そこから何を持ち帰るかが異なります。
ラインアップの空白が、ちょうど埋まった
日立ソリューションズ・クリエイトは2020年11月17日、このトレーニングの販売を開始しました。当時の発表では、サービスの提供開始日は同年12月1日予定とされています。セキュリティやハッキングに関する高度な知識を持ち、EC-Councilの認定資格CEHを保有する自社のホワイトハットハッカーが講師を務める形は、開始時と現在の公開資料の双方で確認できます。
そこからの拡充は速く進みました。2025年10月には、組織強化を目的とする入門編「セキュリティリテラシー教育」と、「脆弱性分析とペネトレーションテスト演習」「マルウェアフォレンジック演習」「ハードニングとログ分析演習」という中級の実機演習3コースが追加されています。この2025年10月の追加分については、NICTのサイバーセキュリティネクサス Co-Nexus Cの演習基盤・人材育成教材を活用した演習である旨が、発表に注記されていました。なお、今回の上級演習について同様の記載は7月23日の発表にはありません。
続く2025年12月23日には、金融機関の経営層を対象とした「サイバーセキュリティ危機管理研修(金融機関編)」が加わりました。そして2026年6月25日に発表された「サイバー脅威トレンド研修(フロンティアAI編)」が、7月から提供に入っています。
そして今回の上級です。組織のインシデント対応力を扱うセキュリティ組織強化トレーニングの側では、上級帯が「カスタマイズにて提案」という扱いで、個別案件として組み立てられてきました。公開資料上で確認できる範囲では、上級帯に個別のコース名が並んだのは今回が初めてとみられます。経営層の入口と現場の最深部が、発表ベースで28日のうちに相次いで埋まった格好です。
なぜ今なのか——10月に控える制度の節目
今回の投入時期は偶然ではない、というのが編集部の見立てです。
2025年5月16日にサイバー対処能力強化法が成立し、同月23日に公布されました。一部の規定を除き、2026年10月1日に施行されます。いわゆる能動的サイバー防御法です。
この法律で報告・届出の義務を負うのは、基幹インフラ事業者の全般ではありません。経済安全保障推進法に基づく特定社会基盤事業者のうち、特定重要電子計算機を使用する事業者が「特別社会基盤事業者」として義務の主体となり、届出対象となる特定重要電子計算機を導入した際に製品名等を届け出て、これに関する「特定侵害事象」等を認知した際に報告するという組み立てです。対象は限定されており、電気やガス、鉄道、金融、通信といった分野の全事業者・全IT資産が一律に含まれるわけではありません。2026年7月24日時点では、届出・報告制度の解説案などが意見募集の段階にあります。
それでも、対象となる事業者にとっての意味は小さくありません。制度解説案では、単にアラートを受け取った時点ではなく、事象への該当性を合理的に判断した時点が「認知」と整理されています。「いつ認知したか」が報告期限の起点になる以上、自組織の検知力を事前に測っておきたいという需要は、立ち上がりやすい状況にあります。施行まで、残り2か月あまりです。
機械速度の攻撃に、なぜ人間の講師なのか
やや逆説的に映るかもしれません。同社は6月の発表で、数千件のゼロデイ脆弱性を、その多くが重大なものとして自律的に発見するフロンティアAIが登場したことに言及しています。同社の発表によれば、経済産業省による重要インフラ事業者との意見交換や、内閣総理大臣による対策の早期具体化の指示など、この問題は国家レベルの課題として急浮上しています。攻撃側がAIで加速しているのに、演習は生身のプロが攻める——一見、時代に逆行しているようにも見えます。
ここは編集部の解釈ですが、狙いは攻撃の再現度ではなく、防御側の反応を引き出す精度にあるのではないかと考えています。固定的な手順で動く自動化ツールは、受講者の対応を見て手口を変えることはしません。人間の攻撃者は、相手が慌てて遮断した経路を避け、見落としている穴を突けます。ただし、この対比は自律型のAIエージェントには当てはまりません。人の誘導なしに脆弱性を探索し、攻撃手順を組み立てるモデルの存在は、すでに報告されています。人間の講師が持つ優位は、恒久的なものではないという前提で見ておく必要があります。
留意しておきたいこと
いくつか、冷静に見ておくべき点もあります。
実演型の教育は、講師個人の力量に依存しやすい構造を持ちます。同社は情報処理安全確保支援士やCEH、CISSPなどの保有者を複数擁していますが、この形式のサービスは規模を拡大するほど品質の平準化が課題になります。これは当該サービスで確認された問題ではなく、形態そのものに内在する論点です。
価格は個別見積もりで、1グループ3名からという条件のみが公開されています。上限人数や標準的な実施日数は示されておらず、相見積もりや予算化の判断材料としては情報が限られます。
そして最も重要なのは、演習環境と本番環境のずれです。標的となるのは模擬環境のActive Directoryや公開サーバーであり、自社そのものではありません。ログの設定、監視製品の構成、権限の設計などには、本番環境との差異が生じる可能性があります。ここで検知できたことが、実際の自社ネットワークで検知できることを保証するわけではない——この距離感は押さえておく必要があります。
もう一点、これは製品の問題ではなく組織の問題ですが、「対応できなかった」という結果が正直に共有されるかどうか。失敗が握りつぶされれば、演習の価値は大きく削がれます。
国が土台を敷き、民間が上を積む
視野を広げると、日本のセキュリティ人材育成は二層の構造として捉えられそうです。ここからは編集部の見立てです。
土台にあるのは国の演習基盤です。NICTのCYDERは2026年度、全国47都道府県で合計100回程度の集合演習を予定しており、最大4人のチームで実施されます。情報処理安全確保支援士向けのRPCIも、実際に起きた攻撃事例に基づき、4人一組のCSIRTチームとして実機で攻撃の痕跡を調査する演習として提供されています。同社の発表によれば、今回の講師陣にはCYDERやRPCIで講師実績を持つ専門家が含まれます。
国が広く底上げし、その基盤で教える側に回った人材が民間側でより先鋭的なメニューを組み立てる。今回はその一例にあたります。業界全体の人材移動を示す統計があるわけではありませんが、公的演習だけでは埋まらない領域が輪郭を持ち始めた、とは言えそうです。
セキュリティ人材の評価が「どの研修を受けたか」から「実際に攻撃を検知できたか」へ移っていく——市場全体の評価基準が変わったことを示すデータはまだありませんが、その方向を示す一断面が、今回のニュースだと捉えています。
【用語解説】
ホワイトハットハッカー
攻撃者と同等の技術を、正当な権限と許可の下で、防御や検証の目的に用いる技術者。侵入手法を熟知したうえで、その知識を脆弱性の発見や人材育成に使う立場を指す。
CEH(Certified Ethical Hacker)
EC-Council(電子商取引コンサルタント国際評議会)が認定する、ホワイトハットハッカー向けの国際資格。攻撃手法や攻撃ベクトル、それに対する防御策を扱う。
情報処理安全確保支援士
国家資格。通称は登録セキスペ。資格の維持には、原則として毎年1回のオンライン講習と、3年間に1回の実践講習の受講が必要である。なお、IPAの「実務経験者に対する講習制度」の認定を受けた者は、実践講習が免除される。
CISSP
ISC2が認定する情報セキュリティの国際資格。8つの知識領域を対象とし、認定には原則として2領域以上で累積5年の実務経験が求められる。
CSIRT(シーサート)
Computer Security Incident Response Teamの略。組織内でセキュリティインシデントの検知・対応・復旧を担う専門チームを指す。
SOC(ソック)
Security Operations Centerの略。ログや通信を継続的に監視し、脅威の検知、分析、初動対応などを担う組織・機能を指す。一般にCSIRTがインシデント対応全体、SOCが監視・検知を中心に担うと整理されるが、実際の役割分担は組織によって重なる。
Active Directory
Microsoftが提供する、企業内のユーザーアカウントやコンピューターを一元管理する仕組み。認証やアクセス制御の基盤を担うため、掌握されると広範な権限の悪用につながりやすく、攻撃者の主要な標的となる。
ログ分析
サーバーや端末に記録された動作履歴を精査し、攻撃の痕跡や侵入経路を特定する作業。
ペネトレーションテスト
実際に攻撃を試みて、システムへの侵入可能性を検証する手法。個々の欠陥を洗い出す脆弱性診断に対し、攻撃経路、複数の脆弱性の組み合わせ、到達し得る影響までを確かめる点に特徴がある。
インシデントハンドリング
インシデントに対する一連の対処プロセス。準備、検知と分析、封じ込めと根絶、復旧、事後対応までを含む。
サイバーレジリエンス
NISTは、サイバー資源に関わる不利な状況や攻撃に対して、予見し、耐え、回復し、適応する能力として整理している。
ゼロデイ脆弱性
開発者や利用者に認識されていない、あるいは修正プログラムがまだ提供されていない脆弱性。パッチが存在しない場合でも、対象機能の停止、通信制限、ネットワーク分離、挙動監視といった緩和策を取れる場合があり、深刻度は脆弱性ごとに異なる。
フロンティアAI
最先端かつ高度な能力を持つAIモデルの総称。国際的に固定された定義はなく、日立ソリューションズ・クリエイトは高度な推論能力と汎用性を備えた最先端モデルの総称としている。
サイバー対処能力強化法(能動的サイバー防御法)
正式名称は「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」(令和7年法律第42号)。特別社会基盤事業者の届出・報告、官民協定、通信情報の取得・分析などを定める。なお、警察や自衛隊によるアクセス・無害化措置に関する権限は、同時に成立した関係法律整備法(令和7年法律第43号)により整備された。
特別社会基盤事業者
経済安全保障推進法に基づく特定社会基盤事業者のうち、特定重要電子計算機を使用する事業者。サイバー対処能力強化法による届出・報告義務の主体となる。重要インフラ分野の事業者すべてが該当するわけではない。
特定重要電子計算機
特定社会基盤事業者が使用する電子計算機のうち、侵害された場合に特定重要設備の機能を停止または低下させるおそれがあるものとして、政令で定められるもの。事業者が保有する全IT資産を指すものではない。
Co-Nexus C
NICTのサイバーセキュリティネクサス(CYNEX)が提供する演習基盤・人材育成教材。民間事業者が自社の研修に組み込んで活用できる。
実機演習/机上演習
実機演習は、実際の機器やソフトウェアを操作して手を動かす形式。机上演習は、シナリオをもとに議論や意思決定を行う形式を指す。
【参考リンク】
株式会社 日立ソリューションズ・クリエイト(外部)
日立ソリューションズグループのシステム開発会社の公式サイト。企業情報やニュースリリース、提供中のソリューション一覧を掲載。
サイバーセキュリティトレーニング(外部)
今回の上級メニューが加わったサービスの紹介ページ。講師陣のプロフィールや保有資格、トレーニング体系図、よくある質問を確認できる。
トレーニングコース一覧(外部)
人材強化と組織強化という2系統について、入門から上級までの各コースの対象者と内容を掲載。パック構成も確認できる。
日立ソリューションズグループ(外部)
同社が属するグループの構成会社を紹介するページ。中核会社である日立ソリューションズや、東日本、西日本、テクノロジー各社との関係を確認できる。
国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)(外部)
情報通信分野を専門とする公的研究機関。サイバーセキュリティ研究に加え、CYDERやRPCIなどの人材育成事業も担っている。
実践的サイバー防御演習 CYDER(外部)
NICTが運営する公式サイト。国の機関や地方公共団体、重要社会基盤事業者などを対象とした演習の概要とコース構成、受講申込情報を掲載。
実践サイバー演習 RPCI(リプシィ)(外部)
情報処理安全確保支援士向け実践講習の紹介ページ。4人一組のCSIRTチームとして実機で攻撃の痕跡を調査する演習内容が説明されている。
NICT サイバーセキュリティネクサス Co-Nexus C(外部)
演習基盤と人材育成教材を民間等へ展開する取り組みの紹介ページ。2025年追加の中級実機演習が活用した基盤にあたる。
IPA 情報処理安全確保支援士 講習制度の概要(外部)
登録セキスペの資格維持に必要な講習の種類と頻度、実務経験者に対する講習制度による免除の扱いを確認できる。
NIST CSRC Glossary: Security Operations Center(外部)
米国国立標準技術研究所によるSOCの正式名称と定義。用語解説の記述はこの登録に基づいて整理した。
NIST CSRC Glossary: Zero Day Attack(外部)
米国国立標準技術研究所によるゼロデイ攻撃の定義。用語解説の記述はこの定義に基づいて整理した。
【参考動画】
【参考記事】
2026年度 実践的サイバー防御演習「CYDER」の受講申込受付を開始(外部)
2026年度の受講受付開始を告知。全国47都道府県で合計100回程度、最大4人のチーム単位で集合演習を実施すると明記されている。
重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律案(衆議院・本文)(外部)
法律案の条文。特別社会基盤事業者と特定重要電子計算機の定義、届出および報告義務の枠組みを確認した。
重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律(e-Gov法令検索)(外部)
令和7年法律第42号の条文と施行情報。2025年5月の成立・公布と2026年10月1日施行という日付の根拠。
特定侵害事象等の報告等に関する制度の解説(案)意見募集(外部)
2026年7月15日開始、8月19日締切の意見募集。届出対象の限定や、「認知」の判断時点が報告期限の起点となる整理を確認した。
フロンティアAI時代のサイバーリスクに備える経営層向け防御研修を提供開始(外部)
経営層向け研修の告知。数千件のゼロデイを自律的に発見するフロンティアAIの登場と、国家レベルの対応の動きに言及している。
オンラインサービス「サイバーセキュリティトレーニング」を販売開始(外部)
2020年11月17日の販売開始告知。提供開始は同年12月1日予定とされ、CEH保有の自社ホワイトハットハッカーが講師を務めると明記。
サイバー攻撃に即応!実機演習で学べる実践的なトレーニング講座を新設(外部)
入門編と中級の実機演習を追加した際の発表。NICTのCo-Nexus Cの演習基盤・人材育成教材を活用している旨が注記されている。
【編集部後記】
NICTのCYDER申込サイトでは、2026年度の集合演習Aコース10月以降開催分とBコースの受付が、国の機関・地方公共団体は7月28日9時から、民間企業は8月25日9時から始まります。開いてみると、自組織がどの区分に置かれ、どのコースまで手が届くのかが線引きとして見えてきます。
では、10月1日にサイバー対処能力強化法が施行された後、特別社会基盤事業者が「特定侵害事象を認知した」と判断する起点は、こうした演習で測られるような検知能力の水準と、どこで結び付けられるのでしょうか。