IQM Radiance、日本企業初の量子コンピューター購入は東陽テクニカ──オンプレ運用で2030年「50兆円」戦略を加速

IQM Radiance、日本企業初の量子コンピューター購入は東陽テクニカ──オンプレ運用で2030年「50兆円」戦略を加速

株式会社東陽テクニカ(英文名:TOYO Corporation)は、フィンランドの IQM Quantum Computers から、フルスタックの20量子ビット量子コンピューター「Radiance」を購入した。

日本における企業向け量子コンピューターシステム導入の初事例となる。同システムは2026年末までに納入され、オンプレミスおよびクラウドの両環境で利用可能となる。本件は IQM にとって、韓国、台湾に続くアジア太平洋地域での3例目の設置となる。東京に拠点を置く東陽テクニカは、本システムを HPC インフラと統合し、日本の企業および研究者によるユースケース開発を支援する。日本は2030年までに量子技術の国内ユーザー1000万人、生産価値50兆円を目標として掲げている。IQM の CEO 兼共同創業者ヤン・ゲッツ氏、および東陽テクニカ代表取締役 社長執行役員の高野俊也氏が、本件についてコメントを発表した。

From: 文献リンクIQM Quantum Computers To Deploy 20-Qubit System To TOYO Corporation In First Enterprise Quantum Computer Purchase In Japan

【編集部解説】

「日本初」の重みは、一企業による量子ハードウェアの「所有」という事実にこそあります。今回、東京の株式会社東陽テクニカ(英文名:TOYO Corporation)が、フィンランドの IQM Quantum Computers から Radiance 20量子ビット機を購入したと発表されました。これまで日本で稼働してきた量子コンピューターは、富士通と理化学研究所が共同開発した国産機や、川崎の IBM Quantum System One など、研究機関や大学コンソーシアムを介した運用が中心でした。商業企業が自社の意思決定でハードウェアそのものを購入する事例は、国内で初となります。

ここで鍵となるのが、「クラウドアクセス」と「所有」の質的な差です。IQM の CEO 兼共同創業者であるヤン・ゲッツ氏は、「インフラを所有し、運用し、ともに成長する」ことの意義を繰り返し強調しています。クラウド経由で量子計算資源を借りる現在主流の利用形態では、課金体系・キュー待ち・ベンダーロックインといった制約から逃れられません。一方、オンプレミス導入は、企業が自社の業務時間軸で実機を使い倒し、独自のキャリブレーションやノウハウを蓄積することを可能にします。半世紀前、メインフレームを所有することが企業の競争力に直結した構図と、どこか似た景色を呈しているといえるでしょう。

技術仕様の面にも触れておきます。Radiance は20、54、150量子ビットの3構成で展開されており、今回導入されるのはエントリーモデルに当たる20量子ビット版です。IQM が公開しているベンチマークでは、2量子ビットゲート(CZ)の中央値忠実度は99.51%、最高で99.8%に達するとされています。誤り訂正を持たない NISQ(ノイズあり中規模量子)領域でユースケースを試行するには、十分実用的な水準といえます。

数値の読み解きには、慎重さも求められます。原文にある「50兆円」という目標値は、内閣府が2022年4月に決定した『量子未来社会ビジョン』に由来し、量子技術が「寄与し得る」産業の生産額を指す数字です。同ビジョン自体は、量子技術の純粋な付加価値額を約1.3兆円と試算しており、50兆円はあくまで関連産業全体を含む広義の指標として位置づけられています。海外メディアでは「量子産業の市場規模」と短絡的に紹介されがちですが、定義の幅を踏まえて読む必要があります。

東陽テクニカの立ち位置についても、補足したい点があります。同社は2025年7月に IQM の日本国内販売代理店契約を締結しており、今回の購入は「販売パートナー自身が実機を保有し、国内向けに PoC・教育・人材育成の場を整える」という意味合いが強いものです。代表取締役 社長執行役員である高野俊也氏(こうの としや)のコメントにある「社会実装の競争」も、この実機を国内のエンドユーザー企業や大学が触れられる環境にする、という文脈で読むと腑に落ちるはずです。

ポジティブな波及効果として、人材育成面が挙げられます。量子コンピューターでは、「実機を目の前で見て触れた」経験が研究者・エンジニアの初期形成において極めて重要であり、クラウド越しのアクセスだけでは得がたい学びがあります。日本の量子分野は、論文数や政府投資では世界上位にあるものの、産業実装で先行する米欧との差を指摘されてきました。実機がエンドユーザーに近い場所で稼働することは、その差を埋める一手となり得ます。

一方、構造的なリスクも見逃せません。20量子ビットでは、現在の暗号を破るような大規模計算や明確な「量子優位」の実証には到底届かず、当面のユースケースは最適化問題や材料・化学シミュレーションの一部に限られる見通しです。「いま何ができて、何ができないのか」を冷静に伝える責務が、メディアにも企業にも問われます。また、超伝導方式である以上、希釈冷凍機による極低温運用が前提となり、運用コストや電力(IQM の公開資料では起動時のピークで約30kW)を継続的に支える体制も論点となるでしょう。

長期的な視座でこの動きを位置づけるなら、日本の量子コンピューティングは「実験」のフェーズから「実装」のフェーズへと、ようやく踏み出したと捉えられそうです。IQM 自身も、Real Asset Acquisition Corp.(Nasdaq: RAAQ)との合併を通じて米国市場への上場を計画しており、欧州の量子産業が資本市場との接続を本格化させる局面にあります。フィンランドのスタートアップが、東京の老舗計測機器商社を介し、日本のものづくりに食い込んでいく――。この構図そのものが、量子技術が国境と業種を越えて再編されていく現状を、象徴的に映し出しているのではないでしょうか。

【用語解説】

量子ビット(qubit)
古典コンピューターのビットが「0」または「1」の状態しか取れないのに対し、量子ビットは「0と1の重ね合わせ」を扱える計算単位だ。重ね合わせと量子もつれを利用することで、特定の問題に対し古典計算機より飛躍的に効率的な処理が可能になる。

フルスタック量子コンピューター
ハードウェア(量子プロセッサ・冷却装置・制御エレクトロニクス)からソフトウェア(制御スタック・コンパイラ・SDK)までを一体提供する形態を指す。利用者は個別部品の統合作業を要さず、計算機として運用できる。

オンプレミス
利用者が自社・自組織の施設内に機器を設置・所有して運用する形態である。クラウド経由でサービスを利用する形態と対比される。

HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)
スーパーコンピューターに代表される高性能計算環境の総称だ。気象予測、材料設計、創薬シミュレーションなど、大規模な数値計算に用いられる。近年は量子コンピューターと組み合わせる「量子・古典ハイブリッド」のアーキテクチャが研究の中心となっている。

超伝導方式(量子コンピューター)
ジョセフソン接合を持つ超伝導回路で量子ビットを構成する方式である。極低温(絶対零度近傍)で動作させる必要がある一方、半導体プロセスとの親和性が高く、IBM、Google、IQM、富士通などが採用している。

希釈冷凍機
ヘリウム3とヘリウム4の混合相を用い、絶対零度付近(数十ミリケルビン)まで冷却する装置だ。超伝導量子コンピューターの動作環境を支える基盤設備である。

NISQ(ノイズあり中規模量子)
“Noisy Intermediate-Scale Quantum”の略で、誤り訂正を持たず、量子ビット数が数十〜数百規模の現世代量子コンピューターを指す概念だ。物理学者ジョン・プレスキルが2018年に提唱した。

2量子ビットゲート/CZゲート
2つの量子ビット間に作用する量子ゲート(演算)の一種で、CZ(Controlled-Z)は代表的なゲート種だ。量子計算の品質を測る上で、2量子ビットゲートの忠実度が重要指標となる。

忠実度(fidelity)
量子操作が理想動作にどれだけ近いかを示す指標である。1に近いほどノイズが少ないことを意味する。実用的な量子計算には99%以上の高い忠実度が求められる。

量子優位(quantum advantage)
古典コンピューターでは現実的な時間で解けない問題を、量子コンピューターが解いてみせる状態を指す。実用的な意義のある量子優位の達成は、量子コンピューティング業界の中長期的な目標だ。

ベンダーロックイン
特定の供給業者の製品やサービスに依存し、他社製品への切り替えが困難になる状態を指す。クラウド型の量子計算サービスでは、SDK や API の差異により発生しやすい構造的課題である。

PoC(概念実証)
“Proof of Concept”の略で、新技術の実用可能性を小規模に検証する取り組みを指す。本格導入の前段階として位置づけられる。

IBM Quantum System One
IBM が提供する商用量子コンピューターのブランドだ。日本では2021年、神奈川県川崎市の「新川崎・創造のもり」内に設置され、東京大学を中心とする「Quantum Innovation Initiative Consortium」が運用している。

【参考リンク】

IQM Quantum Computers 公式サイト(外部)
フィンランド・エスポーに本社を置く超伝導量子コンピューター企業の公式サイトです。製品・技術情報・最新ニュースを掲載しています。

IQM Radiance 製品ページ(外部)
20、54、150量子ビット構成の量子コンピューター製品の公式ページです。技術仕様とベンチマーク値を確認できます。

株式会社東陽テクニカ 公式サイト(外部)
東京・中央区に本社を置く計測機器の専門商社・メーカーです。1953年創業。脱炭素、自動運転、量子など先端分野の計測を扱います。

株式会社東陽テクニカ 会社概要ページ(外部)
代表取締役 社長執行役員「高野 俊也」氏をはじめとする経営体制、本社所在地、グループ会社一覧などの公式情報を掲載しています。

東陽テクニカ 量子コンピューティング・カンパニー(外部)
東陽テクニカの量子技術専門組織のページです。IQM 製品の販売、ユースケース開発、人材育成の取り組みを紹介しています。

内閣府 量子技術イノベーション(外部)
日本政府による量子技術関連戦略の一次情報源です。『量子未来社会ビジョン』『量子未来産業創出戦略』などの公式文書が公開されています。

Real Asset Acquisition Corp.(Nasdaq: RAAQ)(外部)
IQM Quantum Computers との合併を予定するSPAC(特別買収目的会社)の公式サイトです。Nasdaqに上場するシェルカンパニーです。

【参考記事】

First Enterprise Quantum Computer Purchase in Japan: IQM to Deploy System to TOYO Corporation(外部)
IQM 社の一次プレスリリースです。納入時期、IQM の従業員数、創業年、Nasdaq RAAQ との合併計画など本件の公式数値の根拠が示されています。

未来社会ビジョンに向けた 2030年に目指すべき状況(内閣府 量子技術イノベーション会議資料)(外部)
日本の量子戦略における「50兆円」目標の算出根拠を示す政府資料で、生産額50兆円や付加価値額1.3兆円試算が明記されています。

IQM Radiance 製品ページ(IQM公式)(外部)
20量子ビット機の2量子ビットゲート(CZ)中央値忠実度99.51%、最高99.8%、CLOPS 2600などの公開ベンチマーク数値の出典です。

Toward a Blueprint for Quantum Supercomputer Co-Deployments(Open Compute Project)(外部)
独LRZ への IQM Radiance 20量子ビット機の HPC 統合事例レポートで、起動時ピーク電力約30kW などの運用面データが記載されています。

IQM sells 20-qubit Radiance quantum computer to Japan’s Toyo(BeBeez International)(外部)
本件を伝える海外メディア記事です。日本の量子戦略目標である50兆円を「$315bn」(約3,150億ドル)と米ドル換算で示しています。

東陽テクニカ、「オンプレ型」量子コンピューターを日本で販売(PR TIMES)(外部)
2025年8月公開の販売代理店契約発表リリースです。同社が IQM の日本国内総代理店であること、世界での納入実績10件超などが示されています。

株式会社東陽テクニカ 会社概要(公式サイト)(外部)
本記事における代表取締役名「高野 俊也」氏の正確性確認に用いた一次情報源です。経営体制と本社所在地などの公式情報が掲載されています。

【編集部後記】

フィンランド発の量子コンピューターが、日本のものづくりの現場に溶け込んでいく――。みなさんが普段向き合っている問いの中に、量子の力を借りて解いてみたいテーマはあるでしょうか。最適化、創薬、材料設計、暗号。一夜で答えが出る領域ではないものの、「実機が国内に存在する」という事実は、思考の手触りを少し変えるかもしれません。私たちも、この一歩を、みなさんと並走しながら追いかけてまいります。

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