中国科学院青海塩湖研究所の研究チームが、海水中からウランイオンを能動的に捕獲する光駆動型マイクロモーターを開発した。South China Morning Post紙が報じた。
海水中には推定45億トンのウランが溶存するが、低濃度のため抽出は困難とされてきた。開発された粒子は金属有機構造体(MOF)を基盤とし、直径約2マイクロメートルの多孔質スポンジ状で、過酸化水素により毎秒約7マイクロメートルで移動、光照射下では速度が約2倍に上昇する。実験室試験では1グラムあたり最大406ミリグラムのウランを捕獲した。研究はヨンクァン・ジョウ氏が率い、実験作業の多くはイクラム・ムハンマド氏が主導した。ジョウ氏はルビジウムやセシウム回収への応用可能性に言及する一方、高塩分環境での動作制限などの課題を指摘した。
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Chinese-led team creates self-propelling material for uranium extraction from seawater
【編集部解説】
今回の研究のポイントは、ウラン抽出材料が「待つ」ものから「狩る」ものへとパラダイムシフトを果たした点にあります。従来の海水ウラン回収技術は、アミドキシム基を付与した繊維やヒドロゲルにウランイオンが偶然ぶつかってくるのを受動的に待ち続けるアプローチが主流でした。中国科学院青海塩湖研究所のチームが開発したのは、自ら泳いでイオンを探しに行く能動的なマイクロマシンであり、これは材料科学が「機械」の領域に足を踏み入れたことを意味します。
技術の核となるのが、金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)と呼ばれる多孔質材料です。MOFは金属イオンと有機分子を組み合わせて構築される、ナノレベルで規則正しい孔(あな)を持つ結晶で、ジャングルジムのような構造に膨大な内部表面積を持つことが特徴です。今回の粒子はこのMOFをスポンジ状に成形し、過酸化水素を分解する際の反応で推進力を得る「化学エンジン」と、光を吸収して動力に変える「光エンジン」を併せ持つハイブリッド設計となっています。
注目すべき性能指標は、1グラムあたり406ミリグラムというウラン捕獲量です。比較対象として、米オークリッジ国立研究所(ORNL)系のアミドキシム吸着材を実際の海水に8週間浸した場合の捕獲量は、1グラムあたり最大3.3ミリグラムというのが過去の代表的な実績でした。今回の数値は実験室の条件下(ウラン濃度を高めた水溶液)での値であるため単純比較はできないものの、能動運動による接触効率の向上が桁違いの可能性を秘めていることを示唆しています。
なぜ中国がここに巨額の研究投資を行っているのか。背景には深刻な原子燃料の輸入依存があります。中国は世界第2位の原子炉保有国でありながら、国内のウラン生産量は年間2000トン弱にとどまり、年間消費量1万トン超の大半をカザフスタン、カナダ、オーストラリア、ナミビアなどからの輸入に頼っています。2050年までに原子力発電容量500GWを目指す長期計画が実現すれば、累積で400万トン超のウランが必要との試算もあり、海水という「無尽蔵の鉱床」は単なる学術ロマンではなく国家戦略の対象なのです。
応用範囲はウランに限定されません。ジョウ氏自身が言及しているように、ルビジウムやセシウムといった戦略元素の回収にも同じ原理を転用できる可能性があります。ルビジウムは原子時計や次世代の量子センシング、セシウムはGPSや宇宙通信の基準時計に不可欠な希少元素であり、塩湖から低コストで回収できれば、半導体や量子技術のサプライチェーンにも波及します。
一方で、技術的なハードルは率直に語られています。塩湖のような高塩分環境では電気二重層が崩壊してマイクロモーターの推進が阻害されるため、現状の実装では性能が落ちます。また、過酸化水素を燃料とする方式は屋内実験では有効ですが、外洋での連続運用にはコストや環境負荷の観点から、より持続可能な駆動原理(純粋な太陽光駆動や生体適合的な燃料)への移行が必要となるでしょう。
倫理面・安全保障面でも目を向けるべき論点があります。ウランは原子力発電の燃料であると同時に核拡散の懸念物質でもあり、海水からの抽出技術が成熟すれば、原子力資源の地政学的バランスや既存の核物質管理レジーム(IAEAの保障措置など)にも長期的な影響を及ぼし得ます。経済性のブレークスルーが起きた瞬間、それは産業のニュースであると同時に外交のニュースになる、という構造的な性質を帯びた技術領域です。
広い視座で見れば、これは「人類が海というラスト・フロンティアから、自走する分子機械を通じて資源を引き上げる」という、技術史における新しい章の書き出しです。光や微量の化学燃料を動力に、戦略物質を能動的に捕獲する仕組みは、まだ揺籃期にありながら、エネルギー、環境浄化、廃水処理、レアメタル回収まで応用が広がる潜在力を持っています。実験室の数値が外洋のスケールへ翻訳されるまでには長い工学的研鑽が必要ですが、その方向性自体は、私たちが「未来を知り、触り、関わる」ための重要な指標となるはずです。
【用語解説】
金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)
金属イオンと有機分子を組み合わせて構築される多孔質結晶材料である。ナノレベルで規則正しい孔(あな)を持ち、極めて大きな内部表面積を備えるため、ガス貯蔵、分子分離、触媒、吸着剤として注目されている。
マイクロモーター
マイクロメートル(千分の1ミリメートル)スケールの微小な自走粒子のこと。化学反応や光、磁場などのエネルギーを推進力に変換し、液体中を能動的に移動する。薬物送達や環境浄化への応用研究が進んでいる。
光駆動型(光触媒駆動)
光のエネルギーを吸収して粒子表面で化学反応を起こし、その反応の非対称性によって推進力を生み出す方式である。外部から燃料を投入し続ける必要が少なく、太陽光を動力源にできる点で持続可能性に優れる。
過酸化水素(H₂O₂)
マイクロモーター研究で広く用いられる化学燃料である。粒子の表面で水と酸素に分解される際に発生する圧力差や気泡が推進力となる。実験室では一般的だが、自然環境への大規模散布には適さない。
ウランイオン
水中ではウランは主にウラニルイオン(UO₂²⁺)の形で存在する。海水中の濃度は約3.3ppb(10億分の3.3)と極めて低く、これが海水ウラン抽出を経済的に困難にしてきた最大の要因である。
アミドキシム基
従来の海水ウラン回収材料に最も広く使われてきた官能基である。ウラニルイオンと選択的に結合する性質を持ち、繊維やヒドロゲルに付与した受動型吸着材が標準的なベンチマークとなってきた。
電気二重層
固体表面が水中のイオンと相互作用して形成する微小な電荷層のこと。電気泳動型マイクロモーターの推進原理を支えるが、塩分濃度が高い環境ではこの層が崩壊し、推進力が大きく低下する。
ルビジウム(Rb)/セシウム(Cs)
いずれもアルカリ金属に属する希少元素である。原子時計、量子センシング、衛星測位、特殊ガラスなどに用いられ、半導体や量子技術の戦略物資としての重要性が高まっている。
【参考リンク】
Chinese Academy of Sciences(中国科学院/CAS)(外部)
中国の国立総合研究機関。100以上の研究所を傘下に持ち、本研究を実施した青海塩湖研究所もその一つ。
Qinghai Institute of Salt Lakes, CAS(中国科学院青海塩湖研究所)(外部)
青海省西寧市に拠点を置く塩湖科学の専門研究機関。塩湖資源回収技術を主要研究テーマとしている。
Nano Research(学術誌)(外部)
ナノ材料・ナノサイエンス分野の査読付き国際学術誌。本研究の論文が2026年3月24日に受理された。
South China Morning Post(外部)
香港を拠点とする英字日刊紙。本研究の第一報を伝え、ジョウ氏への独自インタビューを掲載している。
Interesting Engineering(外部)
工学・技術ニュースを扱う国際メディア。本研究を英語圏向けに広く報じた媒体である。
Oak Ridge National Laboratory(米オークリッジ国立研究所)(外部)
米エネルギー省傘下の国立研究所。アミドキシム系海水ウラン吸着材の代表的な開発機関である。
International Atomic Energy Agency(IAEA/国際原子力機関)(外部)
原子力の平和利用と核物質保障措置を所管する国連機関である。
【参考記事】
Scientists in China create a predator-like material to hunt for uranium in the ocean(外部)
South China Morning Post紙による第一報。論文が2026年3月24日にNano Research誌に受理されたことなどを伝えている。
Chinese researchers create active material for targeted uranium recovery(外部)
Interesting Engineering誌の詳細記事。粒子サイズや移動速度、406mg/gの捕獲量など中核数値を整理している。
Uptake of Uranium from Seawater by Amidoxime-Based Polymeric Adsorbent(外部)
ORNL開発のアミドキシム系吸着材で実海水8週間試験、1グラムあたり最大3.3ミリグラム捕獲を報告した査読論文。
China’s Advanced Nuclear Efforts Are Pushing Frontiers(外部)
Power誌の総説記事。2026年初頭時点で中国が58基の原子炉を運転中、33基以上を建設中と報じている。
How Long Will it Take for China’s Nuclear Power to Replace Coal?(外部)
ライス大ベイカー研の分析。中国の年間ウラン消費1万トン超、国内生産1900トンの構造を解説している。
500 GW By 2050? Inside China’s Massive Nuclear Expansion(外部)
原子力業界専門メディアの分析。2050年500GW達成には累積425万トン超のウランが必要との試算を示している。
Tiny Light-Powered Motors Could Be ‘Hunting’ for Uranium(外部)
Brightcast誌の解説記事。粒子サイズの比較や塩湖採掘の現状など、技術の社会的文脈を補足している。
【編集部後記】
捕食者のように能動的に動く分子サイズの機械が、海水から戦略物資を引き上げる――SF的にも聞こえるこの研究を、みなさんはどう受け止められたでしょうか。光と微量の化学燃料だけで動く微小ロボットは、ウランに留まらず、リチウムや希少金属の回収、さらには水質浄化や医療への応用も視野に入る技術です。エネルギー安全保障、海洋資源、量子素材のサプライチェーン――それぞれの関心の入り口から、この小さな粒子が拓く未来をぜひ一緒に追いかけていけたらと思います。

