東証上場のゲーム開発企業enish(東証:3667)は、2026年6月9日に保有するビットコインを全量売却した。
売却したのは8.063 BTCで、売却額は7927万円だった。同社は2025年4月にこの8.063 BTCを約1億400万円で取得しており、2026年3月31日時点の簿価8549万円に対し622万円の損失を計上した。この損失は2026年12月期第2四半期に営業外費用として計上される。
enishは売却の6日前に「DAT 2.0」(Digital Asset Treasury 2.0)を発表しており、ステーキング報酬、委任収入、Solanaネットワーク上のバリデータ運用による収益を狙う。想定するアクティブトレジャリーの規模は約7億2000万円である。同社は東京拠点のSOLプラネット(2025年11月設立)と協議に入った。
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Japan’s Enish Sells All Bitcoin Holdings, Pivots to Solana-Focused Treasury Strategy
【編集部解説】
今回の一件で注目すべきは、enishが暗号資産との向き合い方そのものを、保有から運用へと組み替えた点にあります。同社はこの新方針を「DAT 2.0」と名づけました。DATとはDigital Asset Treasury、すなわち企業が財務戦略の一環として暗号資産を保有する取り組みを指します。従来の「1.0」が、ビットコインを買って値上がりを待つ受動的なモデルだったのに対し、「2.0」はSolanaのネットワークに参加し、そこから継続的な収益を生み出す能動的なモデルへと舵を切るものです。
ここで鍵になるのが「ステーキング」と「バリデータ」という二つの言葉でしょう。Solanaのようなプルーフ・オブ・ステーク型のブロックチェーンでは、トークンを預け入れてネットワークの維持に貢献すると、報酬が支払われます。これがステーキングです。さらに進んで、取引を検証する「バリデータ」と呼ばれる役割を自ら担えば、運営者として手数料収入も得られます。複数の調査によれば、SOLのステーキング利回りは年6〜8%程度とされます(時期やバリデータ、手数料によって変動するため、確定した数字ではありません)。いずれにせよ、利回りを生まないビットコインとは性格が大きく異なります。
つまりenishは、暗号資産を「金庫にしまう金(ゴールド)」から「働いて稼ぐインフラ」へと位置づけ直したわけです。SOLを単に買い増す企業は世界に数多くありますが、保有していたビットコインを損切りしてまで運用型へ乗り換えた点は目を引き、そこに同社の明確な意思が表れています。
ただし、損失額については読者に補助線を引いておきたいと思います。各社が報じる「売却損 約622万円」は、2026年3月末の簿価8549万円に対する会計上の数字にすぎません。取得時の約1億400万円を起点に見れば、実際の持ち出しは約2470万円(約16万ドル)に及びます。「622万円の損で済んだ」という印象は、実態よりやや軽く見えることに留意が必要です。
それでも同社が踏み切れた背景には、日本特有の制度変更があります。2023年度・2024年度の税制改正で、法人が保有する暗号資産の「期末時価評価課税」が段階的に見直されました。かつては売っていない含み益にも課税され、これが企業の暗号資産保有を阻む壁となっていたのです。この見直しによって、一定の要件を満たせば期末の時価評価課税を避けられる道が開けました。enishが税制改正を売却の直接の理由として挙げているわけではありませんが、こうした制度変更も、日本でトレジャリー戦略が広がりつつある背景の一つと考えられます。
提携先のSOLプラネットが提供する「ホワイトラベル・バリデーション・プログラム」も、この文脈で理解できます。バリデータの構築や監視には専門的な運用力が要りますが、それを外部の技術で肩代わりし、企業は自社ブランドのまま運営者になれる——いわば「バリデータ運営の業務委託」です。技術的ハードルを下げ、事業会社のネットワーク参加を後押しする仕組みと言えるでしょう。
では、この流れはどこまで広がるのでしょうか。世界では2025年以降、上場企業によるSOLトレジャリーが急増しました。その保有量は、本稿が参照した2025年末時点の集計で合計約1600万SOL、足元ではさらに増え、約1800万SOLを超える規模に達したとの集計もあります。最大手のForward Industriesは約690万SOLを抱えます。日本でもSBI VC TradeがWIZEとソラナの取引・保管・運用面で連携するなど、金融機関を巻き込んだ動きが始まっており、enishはその国内勢の一角に位置づけられます。
一方で、楽観は禁物です。最大のリスクはSOL価格そのものの変動性にあります。SOLは一時300ドル近辺で取引されていましたが、本稿が参照した時点では60ドル台まで下落していました。利回りが年6〜8%あっても、原資産が半値以下になれば収益は吹き飛びます。
市場の評価も手厳しいのが実情です。海外のSOLトレジャリー銘柄の中には、株価が保有資産の価値(NAV)を下回って取引される例も見られます。「暗号資産を抱える会社」というだけでは、もはや株式市場のプレミアムは得られにくくなっているのです。運用規模7.2億円というenishの目標も、本業のゲーム事業に対しては副次的であり、バリデータ収益が損益に効いてくるかは、まだ十分に集まっていない委任ボリュームやネットワークの状況次第であり、不確実性を抱えています。
それでも、私たちがこのニュースを今報じる理由は明確です。企業の暗号資産保有が「デジタル・ゴールドを積む」段階を越え、「収益を生むインフラを運営する」段階へと分化し始めた——その転換点を、日本の中堅企業が体現してみせたからです。成否はこれからですが、テクノロジーが財務や事業のかたちをどう書き換えていくのかを占う、興味深い試金石になることは間違いないでしょう。
【用語解説】
DAT(Digital Asset Treasury)/DAT 2.0
企業が財務戦略の一環として暗号資産を保有・運用する取り組みを指す。enishは、値上がり益に依存する従来型を「DAT 1.0」、ステーキングやネットワーク運営による継続収益を重視する新型を「DAT 2.0」と整理している。
プルーフ・オブ・ステーク(PoS)
トークンの預け入れ量に応じて取引の検証役を選ぶ合意形成方式。計算競争で消費電力の大きいプルーフ・オブ・ワーク(ビットコインが採用)とは異なり、省電力で高速な処理に向くとされる。Solanaはこの方式を基盤とする。
ホワイトラベル・バリデーション・プログラム
SOLプラネットが提供する法人向けサービス。バリデータの設計・構築・運用を外部が担い、企業は自社ブランドのまま運営者になれる。バリデータ運用の専門性という参入障壁を下げる役割を持つ。
アクティブ・トレジャリー事業
enishが新たに掲げる事業区分。暗号資産を保有して値上がりを待つのではなく、SOLの保有・運用・ステーキングなどを通じて能動的に収益機会を生み出すことを指す。想定運用規模は約7億2000万円。
【参考リンク】
株式会社enish 公式サイト(外部)
『ゆるキャン△』などを手がける東証スタンダード上場のモバイルゲーム開発企業。今回、保有ビットコインを全売却した当事者である。
Solana 公式サイト(外部)
高速・低コストを特長とするプルーフ・オブ・ステーク型ブロックチェーン。ステーキングやバリデータの技術情報も公開している。
株式会社SOLプラネット(SOLPLANET)公式サイト(外部)
2025年11月設立の東京拠点のSolana特化型戦略企業。enishと協議入りし、DAT戦略やインフラ構築をワンストップで支援する。
SBI VC Trade 公式サイト(外部)
SBIホールディングス傘下の暗号資産交換業者。WIZEとソラナの取引・保管・運用面で連携するほか、法人向けの期末時価評価課税の適用除外サービスなども手がける。
Forward Industries 公式サイト(外部)
世界最大級のSOLトレジャリーを構築する米ナスダック上場企業。約690万SOLを保有し、ステーキングやDeFiで能動運用する。
【参考記事】
Solana Company adds $20 million in SOL, touts 7% yield as institutional staking funds hit the market(The Block)(外部)
HSDTが約10万SOLを買い増し7%超の利回りを示す一方、株価は1カ月で50%超下落。上場企業のSOL保有は合計約1600万SOLに達した。
Solana Treasuries: SOL Holdings of Public Companies & Governments(CoinGecko)(外部)
SOLのステーキング利回りは年6〜8%で、イーサリアムやビットコインを上回ると整理。「保有」と「運用」の違いを数値で示す資料。
日本のゲーム会社EnishがBitcoinを売り抜け、Solanaに賭ける(Cryptopolitan)(外部)
取得約1億400万円に対し約7927万円で売却し、保有期間で約2470万円(16万ドル)の損失と指摘。会計上の622万円とは別の実損を示す。
Upexi targets higher-yield Solana treasury strategy for 2026 as holdings near 2.2 million SOL(The Block)(外部)
Upexiが2026年に新たな利回り戦略を導入する方針。保有は約217万SOL。SOL価格は約136ドルと前年比約54%下落したと伝える。
The Rise of Solana Digital Asset Treasury Companies(Helius)(外部)
ステーキング利回り年7〜8%を基準に、バリデータ運営が報酬や手数料で上積みを狙える一方、運用コストも伴う構造を解説する。
暗号資産の評価方法の改正と届出(PwC Japan)(外部)
法人の暗号資産の期末時価評価課税について2023〜2024年度税制改正による見直しを解説。日本企業の参入を後押しした制度背景がわかる。
暗号資産(仮想通貨)の法人税、期末評価の含み益にかかる税金の節税方法について解説(SBI VC Trade)(外部)
対象の暗号資産に移転制限をかけ期末時価評価課税の適用を回避できるサービスを説明。課税除外が一定要件付きである実務を裏づける。
【SBI VCトレード×WIZE】ソラナ取引・保管・運用における連携開始のお知らせ(SBIホールディングス)(外部)
SBI VCトレードが、SOL保有戦略を進めるWIZEと連携し、大口向け「SBIVC for Prime」を通じてソラナの取引・保管・運用を支援すると発表。「運用代行」ではなく連携・支援である点を確認するために参照した。
【関連記事】
SOLプラネット、Solana特化型戦略企業が日本で設立/高速ブロックチェーンの新潮流 今回enishが協議に入った提携相手「SOLプラネット」の設立を伝えた記事。バリデータ運用やDAT支援の体制がわかる。
Solana Company、アジア太平洋4都市を結ぶ高速インフラ「Pacific Backbone」構築を発表 米ナスダック上場のSOLトレジャリー企業による先行事例。海外の大型DATと今回の国内事例を比較する視点が得られる。
ビットコイン・イーサリアムが金融商品に―日本が2026年税制改革で暗号通貨市場の大転換 今回の動きの制度的背景にあたる、日本の暗号資産税制・規制の大転換を解説した記事。
【編集部後記】
ビットコインの全売却という見出しは、ともすれば「失敗」や「撤退」の物語として消費されがちです。けれど一歩引いて眺めると、そこには資産を静かに眠らせるのではなく、ネットワークの一員として働かせようとする、新しい企業のかたちが見え隠れします。enishの挑戦が実を結ぶかは、まだ誰にもわかりません。それでも、テクノロジーが財務という固い領域にまで変化を持ち込み始めた事実は、確かに記録に値すると私たちは考えています。この小さな一歩の続きを、これからも丁寧に追いかけていきます。
