NASAは2026年7月15日、Katalyst Spaceのロボット式軌道上サービス機LINKの初期運用が順調に進行していると公表した。
LINKは、Neil Gehrels Swift Observatoryをより高い高度へ押し上げるために設計された機体で、7月3日に打ち上げられた。打ち上げ後の初期シーケンスを完了してシステムのチェックアウトに入り、太陽電池アレイの展開と通信確立を終えたのち、電力系統とアビオニクスの立ち上げを完了し、推進系のチェックアウトも実施した。この過程でキセノン燃料スラスタの噴射も行った。太陽電池アレイ全体の幅は約6メートル(20フィート)である。
飛行運用中に生じた通信と姿勢制御の問題、およびリアクションホイール3基のうち1基の不具合には、飛行ソフトウェアのパッチと運用面の更新で対処した。初期運用は全体の約半分まで進んでおり、今後数週間継続したのち、LINKはSwiftと合流する遷移フェーズに入る。高度の引き上げは数か月をかけて行われる。
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Spacecraft Commissioning On Track for Mission to Boost NASA’s Swift
【編集部解説】
「コミッショニングが半分まで来た」という一文は、宇宙開発の記事のなかでもとりわけ地味な部類に入ります。けれどもこの進捗報告は、天文台1機の延命という話に収まりません。軌道上の機械を「使い捨てる」のか「整備する」のか——その分岐点に、いま人類が立っているという報せです。
技術的に前例がないのは、LINKが掴もうとしている相手の性質にあります。商業軌道上サービスの代表例であるNorthrop GrummanのMEV-1は、2020年に静止軌道上でIntelsat 901と結合しました。ただしIntelsat 901も、サービスを受けることを想定して設計された衛星ではありません。MEV-1が使ったのは、Northrop Grummanが静止軌道衛星の約8割に共通すると説明する既存の構造——軌道投入を終えたあとは通常使われない液体アポジエンジンのノズルと、その周囲の打ち上げアダプターリングでした。ノズルの最も狭い喉部にドッキングプローブを差し込み、内側で爪を開いて壁アンカーのように引き寄せ、3本の支柱をアダプターリングに当てて固定する。設計されたインターフェースではなく、業界に広く共通していた既存構造を掴み所として転用したわけです。
Swiftには、MEV-1が利用した液体アポジエンジンのノズルがありません。低軌道の科学衛星に静止軌道衛星のような画一性はなく、軌道上サービス用に設計された専用の把持機構も備えていません。しかもSwiftは2004年の打ち上げ、自前の推進系すら持たない設計です。掴む場所をあらかじめ決めておける「共通の作法」が存在しない相手に、3本のロボットアームで挑むことになります。NASA自身、成功すれば「無人で、かつ軌道上サービスを想定して設計されていないNASAの宇宙機を、商業ロボットミッションが捕獲する初の事例になる」と位置づけています。Katalystは地上でSwiftの実物大モデルを使ったロボットテストベッドでランデブーを検証していますが、実際にどこを掴むかは、LINKが到着してから数週間かけて機体を観測し、候補を評価したうえで判断することになります。
今回の報告で最も示唆に富むのは、リアクションホイール1基の不具合への対処法だと編集部は考えています。原因を特定したうえで、チームが打った手は飛行ソフトウェアのパッチと運用手順の更新でした。ここで回復したと発表されているのは、通信の信頼性と姿勢制御の安定です。ホイール本体が正常な状態に戻ったのか、それとも残る2基と推進系で機能を補う運用へ切り替えたのかは、公表されていません。いずれにせよ、部品を交換できない場所で、ソフトウェアの書き換えによって機体の挙動を成立させ直した。軌道上サービス機に求められる能力の少なくとも一部は、ハードウェアの完成度ではなくソフトウェアの可塑性にあるのではないか——今回の一件は、編集部にそう読ませます。契約から打ち上げまで9か月という異例の速度との関係については、NASAもKatalystも因果を説明していません。
コスト構造も見逃せません。NASAが2025年9月にKatalystと結んだ契約は3000万ドル(約49億円、1ドル=163円換算、2026年7月23日時点)。一方Swift自身の費用について、NASAは2004年の公式プレスキットに「英国とイタリアの拠出を含め2億5000万ドル」と明記しています。現在の為替なら約408億円。打ち上げから20年以上の運用費を加えた累計を5億ドルとする報道もありますが、その内訳を示した一次資料は確認できません。
それでも桁の比較は成立します。NASAは今回の判断を「新しいミッションを設計・製造するのに比べて、はるかに小さいコストでSwift固有の能力を保持できる」と説明しました。資産を作り直すより、直したほうが安い。宇宙という領域でもこの計算が成立し始めたことは、業界の構造変化を示唆しています。
同時に、これは時間との勝負でもあります。ブースト成功の条件として、Swiftの平均高度は約300キロメートル(185マイル)以上を保っている必要があります。Swiftの運用チームは2025年12月以降、観測ターゲットの約25%を空気抵抗の小さい姿勢が取れる方向へ差し替え、2026年2月には紫外線・可視光望遠鏡とX線望遠鏡による観測を停止、4月にはバースト警報望遠鏡も一時停止しました。科学観測を犠牲にして高度の低下を遅らせた結果、ブーストの前提となる高度185マイルを上回る期間は2026年秋まで延びています。ただしSpace.comは、Swiftが10月までに高度186マイル(300キロメートル)を下回る見通しであり、それ以下ではLINKが到達できなくなる可能性があると報じました。LINKのコミッショニングに「必要なら一時停止できる柔軟性」が組み込まれているのは慎重さの表れですが、その柔軟性を使える残り時間は多くありません。
リスクの側面にも触れておきます。非協力物体の把持は、失敗すれば接触によって双方が損傷し、破片を生む可能性を孕みます。KatalystのLINK主任研究員キーラン・ウィルソン氏は、20年以上宇宙に晒されたSwiftの断熱材がガラスのように脆くなっており、アームで掴んだ際に破損する恐れがあるとSpace.comに語っています。低軌道の混雑が年々進むなかで、救出作戦がデブリ発生源に転じる筋書きは理論上あり得ます。NASAのSwiftミッションディレクター、ジョン・ヴァン・イーポール氏がこの試みを「速く、リスクが高く、リターンも大きい」と表現しているのは、そうした前提を踏まえたものと読めます。
日本の読者にとって、この話は決して対岸の出来事ではありません。非協力物体への接近・近傍運用(RPO)という領域で、日本はADRAS-Jによって、実在する大型スペースデブリへの接近と近傍観測という世界初級の実績を築いています。ADRAS-Jは、JAXAの商業デブリ除去実証(CRD2)フェーズIの実証衛星として2024年2月に打ち上げられ、同年11月にはH-IIAロケット15号機の上段という「15年以上宇宙に晒された非協力物体」の約15メートルまで接近しました。続くフェーズIIでは、ロボットアームによる捕獲と軌道離脱までを実証するADRAS-J2が、約132億円(税込)の契約のもと2027年度の打ち上げを目指しています。つまり日米は、同じ技術的難所に、それぞれ別のルートから挑んでいる最中です。
もうひとつ、日本とSwiftの縁を挙げておきます。NASAが2004年に公表したプレスキットは、Swiftのハードウェアが米国・英国・イタリアのチームによって開発され、「ドイツ、日本、フランスからも科学面での参加があった」と記しています。当時の公式な協力機関はイタリア宇宙機関と英国のPPARC(Particle Physics and Astronomy Research Council。2007年にCCLRCなどと統合されSTFCへ移行。現在NASAが挙げる協力機関は英国宇宙庁)でした。その枠組みとは別に、中核装置であるバースト警報望遠鏡(BAT)の開発には、2000年から当時のJAXA宇宙科学研究本部(現・宇宙科学研究所)や埼玉大学、東京大学の研究室が加わってきました。Swiftが撒くガンマ線バーストの警報は、すばる望遠鏡をはじめとする世界中の望遠鏡による追観測の起点にもなっています。将来計画であるHiZ-GUNDAMが目指すのも、この「見つけて、すぐ追う」という体系の高度化です。Swiftが失われれば、その連鎖の入口が一つ消えることになります。
最後に、技術史の余白として。LINKを軌道へ運んだPegasus XLは、1990年の初飛行から36年、通算46回目の打ち上げでした。Northrop Grummanはこれが在庫の最後の機体だとしており、新造や追加飛行の具体的な計画は公表されていません。恒久的な退役が確定したとまでは言えませんが、36年の運用がひとつの区切りを迎えたことは確かです。世界で初めて民間が開発した軌道投入ロケットが、現時点で最後となる飛行で、軌道上サービスという次世代の民間能力を実証する機体を運んだ。偶然の巡り合わせではありますが、宇宙開発における民間の役割がどこから始まり、どこへ向かおうとしているのかを、これ以上なく端的に示す一場面だったと言えるでしょう。
【用語解説】
アビオニクス
宇宙機や航空機に搭載される電子機器の総称。搭載計算機、姿勢決定、電力制御、通信処理などを担う中枢系統を指す。
キセノン燃料スラスタ(イオンスラスタ)
キセノンガスを電離し、電場で加速して噴射する電気推進装置。化学推進に比べて推力は小さいものの燃費(比推力)が桁違いに高く、少ない推進剤で長時間の加速を継続できる。数か月をかけて軌道を徐々に持ち上げる今回の運用は、この特性を前提としている。
太陽電池アレイ
太陽電池セルを平面状に並べたパネル群。LINKのように打ち上げ時は機体側面に折り畳み、軌道投入後に展開して発電を開始する方式が広く用いられる。展開の成否は初期運用における最初の関門となる。
把持用構造(グラップルフィクスチャ)
ロボットアームが確実に掴めるよう、あらかじめ機体に取り付けられた標準的な機械インターフェース。国際宇宙ステーションやハッブル宇宙望遠鏡は当初から備えているが、多くの衛星には存在しない。NASAは2021年からAltius Space Machines、Honeybee Robotics、Orbit Fabの3社の製品を自らの試験設備で評価しており、こうしたインターフェースの標準化は軌道上サービス分野の重要課題となっている。
MEV-1(Mission Extension Vehicle-1)
Northrop Grummanが開発した軌道上サービス機。2020年に静止軌道上で通信衛星Intelsat 901と結合し、姿勢制御と軌道保持を肩代わりして運用寿命を延長した。Intelsat 901もサービスを想定した設計ではなかったが、Northrop Grummanが静止軌道衛星の約8割に共通すると説明する液体アポジエンジンのノズルと、その周囲の打ち上げアダプターリングを掴み所として利用できた。低軌道の科学衛星にはこの構造がなく、その点でSwiftとは前提が異なる。
HiZ-GUNDAM
ガンマ線バーストを用いて初期宇宙と重力波天体を探査する、日本主導の将来天文衛星計画。広視野X線モニターで突発天体を捉え、搭載の可視光・近赤外線望遠鏡で即座に追観測する構想である。JAXAの解説によれば、X線検出器は従来のガンマ線バースト検出器に対して約30倍の感度が目標とされている。
【参考リンク】
NASA – Swift Boost Mission(外部)
ブーストミッションの公式ハブ。ミッション目標や機体諸元、打ち上げまでの時系列、プレスキットが集約されている。
NASA – Neil Gehrels Swift Observatory(外部)
Swift本体の公式ミッションページ。2004年の打ち上げ以降の観測成果、搭載する3つの観測装置の解説がまとめられている。
Katalyst Space Technologies(外部)
LINKを開発・運用する米アリゾナ州フラッグスタッフ拠点の企業サイト。軌道上サービスを軸とした事業構想が示されている。
Northrop Grumman – Pegasus(外部)
LINKを軌道へ運んだ空中発射ロケットPegasusの公式ページ。機体構成や性能諸元、これまでの運用実績が掲載されている。
Northrop Grumman – Satellite Services in Space(外部)
MEVによる衛星寿命延長サービスの公式ページ。静止軌道での結合方式と、対象衛星に共通する構造の説明がある。
株式会社アストロスケール – ADRAS-J2(外部)
JAXAの商業デブリ除去実証フェーズIIを担うミッションの公式ページ。ロボットアームによる捕獲と軌道離脱の計画を解説する。
JAXA – 商業デブリ除去実証(CRD2)(外部)
日本由来の大型デブリ除去を2段階で実証するJAXAのプログラム公式サイト。各フェーズの進捗が公開されている。
CONFERS(外部)
軌道上サービス分野の国際業界団体。2017年にDARPAの事業として創設され、現在は独立した非営利団体として自主的な合意標準を策定している。
JAXA宇宙科学研究所 – HiZ-GUNDAM(外部)
HiZ-GUNDAM計画の狙いを研究者自身が解説した記事。ガンマ線バーストと重力波天文学の接点が論じられている。
すばる望遠鏡 – ガンマ線バーストの起源(外部)
衛星が検出したガンマ線バーストへの可視光追観測の成果を紹介するページ。衛星と地上望遠鏡の連携が具体的に分かる。
【参考動画】
LINKがSwiftへ接近し、把持して軌道を持ち上げるまでの流れをCGで示したNASA Goddardの公式紹介映像。Katalyst Space、Northrop Grummanとの共同制作である。
打ち上げ前の公式記者説明会の記録。Swiftの主任研究者ブラッド・センコ氏、KatalystのLINK主任研究員キーラン・ウィルソン氏らが登壇し、ミッションの狙いとリスクを説明している。
【参考記事】
Timeline – Swift Boost Mission(NASA)(外部)
契約額3000万ドル、観測ターゲット25%差し替え、高度185マイルの分水嶺など主要数値の一次的な出典となる公式時系列資料。
Swift Explorer News Media Kit(NASA、2004年11月)(外部)
打ち上げ前の公式プレスキット。費用を英伊拠出込み2億5000万ドルと明記し、日本の科学面での参加にも触れている。
Swift Boost Media Resources(NASA)(外部)
公式プレスキット。サービス非対応の無人NASA機を商業ロボットが捕獲する初の事例という位置づけが記されている。
NASA awards Katalyst Space contract to reboost Swift spacecraft(SpaceNews)(外部)
3000万ドルのSBIRフェーズIII契約決定を報じた記事。落選したAstroscale U.S.との連合案の存在も記録されている。
Katalyst Wraps Testing at NASA Goddard for Swift Boost Mission(NASA)(外部)
環境試験完了の報告。ヴァン・イーポール氏とウィルソン氏の発言が原文で確認できる一次資料である。
‘No one thought it was going to be possible.’(Space.com)(外部)
リスクを最も具体的に扱った記事。Swiftの断熱材が脆化し、把持時に破損する恐れがあると技術者が語っている。
Northrop Grumman makes history, Mission Extension Vehicle docks to target satellite(NASASpaceflight.com)(外部)
MEV-1の結合手順を詳述した記事。ノズル喉部へのプローブ挿入と3本の支柱による固定方式が具体的に分かる。
Pegasus XL Final Flight Delivers $30M Rescue for $500M Swift Observatory(TechTimes)(外部)
Pegasusの36年を整理した記事。Swiftを5億ドルと記すが根拠は示されず、NASA公式値との差を確認できる。
【関連記事】
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【編集部後記】
NASAのSwiftブログ(science.nasa.gov/blogs/swift)は、進捗を随時更新しています。コミッショニング、遷移、サーベイ、把持——数か月の工程が、短報として刻まれていきます。同じNASAサイト内のTimelineページには、2025年12月に観測ターゲットの約25%を差し替えて空気抵抗を減らした記録も残っています。Swiftには、軌道上での把持を想定して設計された専用構造がありません。これから打ち上がる衛星に「掴みしろ」を残す要件を課すのは、NASAの調達仕様なのか、2017年にDARPAが立ち上げた業界団体CONFERSの自主基準なのでしょうか。
