株式会社スペースシフトは、千葉県の新規事業「令和8年度遊休農地リモートセンシング導入モデル事業」において、千葉県農林水産部農地・農村振興課と連携し、衛星データとAIを活用した遊休農地調査の実証事業を開始する。
SAR衛星と光学衛星の2種類を組み合わせ、独自のAI解析技術により、モデル地区となる市原市・成田市の遊休農地を検出・可視化する。AI解析は遊休農地確率を10段階で判定する。実施期間は2026年5月から2027年3月まで。対象地域の耕地面積は合計約12,000haである。千葉県の令和6年の遊休農地面積は約8,800haに上る。本事業では農業委員会の農地調査業務の効率化・省力化を実証し、農地所有者と耕作者のマッチング支援、令和9年度以降の千葉県内への広域展開を目指す。
From: 【プレスリリース】スペースシフト、千葉県にて衛星データとAIを活用した遊休農地調査のモデル実証を開始
【編集部解説】
このニュースを「単なる自治体DXの一例」として読むと、本質を見落とします。注目すべきは、衛星とAIが農政の現場にもたらすのが「省力化」だけではなく、「判断の継続性」だという点です。
農業委員の任期は原則3年とされ、委員の交代に伴って調査判断の属人化や引き継ぎの困難さが生じやすいことが、現場の構造的な課題として指摘されています。誰が見ても同じ基準で、過去にさかのぼって農地の状態を判定できる衛星データは、人の交代に左右されない「記録の層」を地域に残すことになります。技術が労働を肩代わりするのではなく、組織の記憶を支える。ここに今回の実証の射程の広さがあります。
技術面の鍵は、光学衛星とSAR(合成開口レーダー)衛星の組み合わせにあります。光学衛星は人間の目に近い画像を撮れる一方、雲があると地表を捉えられません。雨や曇りの多い日本の気候では、これは運用上の大きな制約になります。SAR衛星は自ら電波を照射して地表を観測するため、天候や時間帯に左右されず、対象物の変化の検出に適しているとされます。スペースシフトは、解析が難しいとされてきたこのSARデータをAIで読み解く技術に強みを持つ企業です。
このアプローチは、すでに先行実証で手応えを得ています。広島県福山市での実証では、調査対象農地を約50%削減し、現場の負荷軽減と効率化に寄与したと報告されています。また同社のサービス資料では、福山市の実証でAI解析と農地パトロール結果の一致度が約80%だったとされています。今回の千葉県の事業は、この実績を県内広域での導入可能性検証へと広げる試みと位置づけられます。
なお、課題の規模感について一点補足します。プレスリリースが示す千葉県の令和6年の遊休農地面積「約8,800ha」は、農林水産省の統計でいう1号遊休農地8,132haと2号遊休農地682haを合算した約8,814haを丸めた数字とみられます。これは、千葉県が公表する令和6年の荒廃農地面積11,908ha(再生可能なA分類8,132ha+復元困難なB分類3,776ha)とは集計の枠組みが異なります。遊休農地は農地法上の用語、荒廃農地は調査上の用語であり、定義が違えば対象も数字も変わります。混同しやすい数字ですが、いずれを取っても、県内に広大な遊休農地が存在する事実は揺らぎません。
実は、より未来志向の論点はその先にあります。今回の事業が目指すのは、遊休農地を「見つける」ことだけではなく、見つけたデータを農地所有者と耕作者の「マッチング」につなげることです。衰退を検知して終わるのではなく、再活用への入り口をつくる。検出から再生までを一本の流れにしようとしている点に、持続可能な農地管理という長期の意図が表れています。
影響の範囲は千葉県内にとどまりません。同社のサービスは国も推奨する農業委員会サポートシステムやeMAFFと連携できる設計になっており、千葉県も令和9年度以降の県内広域展開を見込んでいます。全国の自治体が共通基盤の上で同じ手法を使えるようになれば、これは一社の事業というより、農政インフラの更新という意味を帯びてきます。
一方で、冷静に見ておくべきリスクもあります。AIが弾き出すのはあくまで「遊休農地である確率」を10段階で示したスコアであり、法的な遊休農地の認定そのものではありません。農地法上の認定には通知や公告といった手続きが必要であり、AIは現地調査の優先順位を決める「ふるい」として働きます。
ここで一致度約80%という数字は、裏を返せば一定の割合で不一致が残ることを示しています。ただし、この一致度がどのように測られたのか、偽陽性と偽陰性の内訳までは公表情報からは読み取れません。それでも、本来耕作されている農地が遊休と疑われたり、その逆が起きたりする可能性は残ります。遊休農地には課税強化の制度的措置も存在するため、判定の精度と公平性は、土地所有者の権利に直結する慎重な論点になります。
だからこそ、innovaTopia のハンドブックが掲げる「思考と判断の主体は常に人間」という原則は、この事業にもそのまま当てはまります。AIは現場の負担を劇的に軽くしますが、最終判断を人から奪うものであってはならない。技術への過度な依存を避け、人とAIの役割をどう線引きするかが、横展開のなかで問われ続けるでしょう。
長期的に見れば、この取り組みの価値は毎年のデータが積み重なることで増していきます。一度きりの調査ではなく、経年変化を継続的に観測できれば、遊休化の兆候を早い段階で捉え、荒廃が進む前に手を打てるようになります。農業従事者の高齢化が避けられない日本で、宇宙から日々の農地を見守る仕組みは、食料生産の足元を支える静かな基盤になっていくはずです。
【用語解説】
SAR衛星(合成開口レーダー衛星)
衛星自らがマイクロ波(電波)を地表に照射し、跳ね返ってきた反射を捉えて地表を観測する衛星である。太陽光に依存しないため、夜間でも、雲や雨に覆われていても観測できる。雨や曇りの多い日本では、安定して農地を監視できる点が大きな利点となる。
光学衛星
人間の目に近い形で、地表が反射する太陽光を捉えて画像化する衛星である。植生の活性度などを把握しやすい一方、雲があると地表を撮影できない弱点を持つ。本事業ではSAR衛星と組み合わせ、互いの弱点を補い合う形で用いられる。
遊休農地
農地法で定義される用語で、現に耕作されておらず今後も耕作される見込みがない農地などを指す。農業委員会による年1回の利用状況調査で判断される。法律上の認定には通知・公告などの手続きが必要であり、AIによる検出はあくまでその前段の絞り込みにあたる。
荒廃農地(A分類・B分類)
耕作が放棄され、通常の農作業では作付けが困難になった農地を指す調査上の用語である。再生して耕作可能と見込まれるものをA分類(1号遊休農地に該当)、森林化するなどして復元困難なものをB分類と区分する。遊休農地と近い概念だが、調査の枠組みや定義が異なるため、数字を比べる際は注意が必要だ。
農業委員会・農地利用最適化推進委員
農業委員会は、市町村に置かれ農地法に基づく農地の利用状況調査などを担う行政委員会である。農地利用最適化推進委員は、その下で農地の集積や遊休農地の発生防止などを現場で進める委員を指す。農業委員の任期は原則3年で、委員の交代に伴って調査基準の引き継ぎが課題となりやすい。
遊休農地確率の10段階判定
農地の区画ごとに、遊休農地である可能性をAIが10段階のスコアで色分け表示する仕組みである。現地調査の優先順位づけに用いられ、調査範囲の絞り込みを支援する。
eMAFF・農業委員会サポートシステム
eMAFFは農林水産省が運用する行政手続きのオンライン基盤、農業委員会サポートシステムは農地情報を管理する国の共通システムである。本サービスはこれらと連携でき、検出結果を既存の業務フローに取り込める設計になっている。
【参考リンク】
株式会社スペースシフト 公式サイト(外部)
SAR衛星データのAI解析を手がける宇宙ベンチャーの公式サイト。提供する各種サービスや独自技術、最新ニュースを確認できる。
遊休農地探索AI サービスページ(外部)
本事業で使われる遊休農地探索AIの概要や活用例、福山市の実証成果、導入の流れまでをわかりやすく紹介する公式ページ。
千葉県「令和8年度遊休農地リモートセンシング導入モデル事業 選定結果」(外部)
本事業の委託先を決定した企画提案の選定結果を掲載する千葉県の公式ページ。事業の正式名称や応募の経緯を確認できる。
千葉県「遊休農地・荒廃農地(耕作放棄地)とは」(外部)
遊休農地と荒廃農地の違いや定義、千葉県内の最新の面積データを解説する公式ページ。本記事の数値補足の根拠とした。
農林水産省「遊休農地対策について」(外部)
遊休農地に関する国の制度や調査の枠組み、課税強化の適用状況などを幅広くまとめた農林水産省の公式ページ。
【参考動画】
Space Shift Inc.(公式YouTubeチャンネル)(外部)
スペースシフトの公式チャンネル。企業紹介ムービー(日英2言語)で、衛星データとAIによる社会課題解決の取り組みを紹介している。
【参考記事】
マイナビニュース「スペースシフト、衛星データから遊休農地や建物の変化を検出するAI」(外部)
サービスの標準パッケージ化を報じる記事。福山市の実証で調査対象を約50%削減した点や料金体系など、具体的な数値を含む。
スペースシフト「遊休農地探索AI」サービスページ(外部)
公式の説明。福山市の実証でパトロール結果との一致度が約80%だった点や、10段階でスコア化する仕組みを記載している。
千葉県「遊休農地・荒廃農地(耕作放棄地)とは」(外部)
県内の最新統計。令和6年の荒廃農地は11,908haで、うち1号遊休農地が8,132haなど、本記事の数値補足の根拠とした。
農林水産省「遊休農地対策について(令和6年度 調査結果)」(外部)
都道府県別の遊休農地統計を掲載。千葉県の1号遊休農地8,132ha・2号遊休農地682haなど、本記事の数値補足の根拠とした。
農林水産省「第2節 農地の確保と有効利用」(令和6年度食料・農業・農村白書)(外部)
全国の農地動向を示す白書。農地面積427万haや荒廃農地25.7万ha、相続登記義務化など本事業の背景を裏づける。
ひろしまサンドボックス(公式note)「衛星データとAI解析による遊休農地判定(福山市)」(外部)
先行事例の福山市の取り組みを当事者目線で紹介。SAR衛星の特性や精度を高める実証の過程が具体的に語られる。
PR TIMES(スペースシフト)「衛星データとAIを用いた『遊休農地』管理で自治体のDXを推進」(外部)
サービスの全体像を伝える企業発表。10段階表示やサポートシステム連携、福山市での調査半減などがまとまっている。
RESTEC「SAR衛星データの民間利用の可能性について」(外部)
同社CEO金本成生氏の講演コラム。2009年設立の経緯やSAR解析の独自性など、企業の背景と技術思想を把握できる。
【編集部後記】
宇宙から農地を見守る技術が、私たちの食卓の足元を静かに支え始めています。みなさんのお住まいの地域にも、いつの間にか使われなくなった畑や田んぼはないでしょうか。もしその一枚が衛星とAIによって早く見つけ出され、再び誰かの手で耕されるとしたら、地域の風景はどう変わっていくでしょう。
今回の実証で印象的だったのは、技術が人の仕事を置き換えるのではなく、人の判断を支える「記録の層」を地域に残そうとしている点でした。SAR衛星という耳慣れない技術が、農業や防災、まちづくりへと広がっていく可能性も含めて、これからもみなさんと一緒に見つめていけたらと思います。