DNP「本人確認アプリ」2026年8月提供開始——犯収法改正が変えるeKYCの常識

大日本印刷株式会社(DNP)は2026年4月14日、2027年4月1日施行予定の犯罪収益移転防止法(犯収法)改正に対応した「スマートフォン用本人確認アプリ」の提供を2026年8月に開始すると発表した。

本アプリは、マイナンバーカード・運転免許証・在留カード等のICチップを読み取ることで、対面・非対面の本人確認をスマートフォン1台で完結させるものだ。公的個人認証サービス(JPKI)にも対応し、読み取り結果を銀行等の事業者と安全に連携できる。事業者は最短1カ月でシステムを導入可能だ。DNPはアプリのほか、SDK・ICカードリーダー等の関連機器も一括提供する。対象は銀行・証券・クレジットカード・不動産・宝石・貴金属等取扱事業者で、2028年度までに累計売上30億円を目指す。

From: 文献リンク犯罪収益移転防止法改正に対応した「本人確認アプリ」の提供を8月に開始 | ニュース | DNP 大日本印刷

【編集部解説】

2027年4月という期限は、金融業界にとって決して遠い話ではありません。システム開発・テスト・導入にかかる時間を逆算すれば、今から動き出さなければ間に合わない企業が続出する、そんなタイムラインの中でDNPはこのアプリを2026年8月に投入します。

そもそも今回の犯収法改正は、なぜ必要になったのでしょうか。日本国内では近年、特殊詐欺や投資詐欺の被害が急増しています。2024年の詐欺被害総額は3,075億円にのぼり、前年比89.1%増という驚異的な伸び率を記録しました。こうした詐欺の多くは、偽造または不正に入手した身分証を使って開設された銀行口座を経由しています。犯収法違反として摘発された不正口座の件数は、2024年に4,513件と2023年比30%増、2019年比でほぼ倍増しています。

現行の非対面eKYCでは、スマートフォンで撮影した身分証の画像を送信する方法が主流でしたが、AI技術の進化により偽造身分証の検出が困難になっていることを理由に、写真や複写による本人確認は今後禁止される方向です。ICチップに記録された電子署名は物理的・電子的に改ざんが極めて困難であり、この技術的な堅牢さこそが法改正の核心です。

2027年4月の犯収法改正により、銀行・証券・不動産・宝石・貴金属等取扱事業者などにおける対面・非対面の取引では、マイナンバーカードや運転免許証等のICチップを活用した本人確認への移行が義務付けられます。

DNPが提供するアプリの最大の特徴は、対面と非対面を「1つのシステム」で完結させる点です。これまで企業は、店頭用と非対面用でそれぞれ異なるシステムを構築しなければならず、コストと運用の複雑さが課題でした。共通基盤への統合は、業務効率化の観点から見ても大きな前進といえます。

ビジネス面でも注目すべき点があります。ホワイトラベル機能とSDKの提供により、DNPは「インフラ提供者」として業界全体に深く組み込まれる戦略を取っています。個々の銀行や証券会社が自社ブランドで展開できるため、エンドユーザーにはDNPの存在が見えないまま、DNPが認証基盤を握るという構造です。

一方でリスクも見逃せません。ICチップ読み取りという高精度な仕組みであっても、端末への不正アクセスやフィッシングによるアプリ誘導、あるいは本人の「なりすまし」への対策が引き続き課題となります。また、マイナンバーカードや運転免許証を持たない外国籍居住者や高齢者への対応も、社会的な包摂という観点から無視できない論点です。

市場全体の動向を見ると、日本のeKYC市場は2023年度に前年比130%(30%増)の89億9,300万円規模に拡大しており、法改正を追い風に今後さらなる成長が見込まれます。DNPが掲げる2028年度までの累計売上30億円という目標は、この成長市場の一角を確実に取りにいく、現実的かつ保守的な数字ともいえます。

長期的な視点では、本人確認の厳格化は金融業界にとどまらず、不動産・宝石・貴金属業界にも波及します。さらに、法改正の対象外の分野——フリマアプリやマッチングサービス——においても、ICチップを活用した高精度な本人確認の導入が進む可能性があります。DNPが目指す「本人確認を起点とした業務全体のデジタル化」は、今回の法改正を単なるコンプライアンス対応と捉えるのではなく、社会インフラのアップグレードとして位置づけたものです。

【用語解説】

犯罪収益移転防止法(犯収法)
マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与を防ぐために制定された日本の法律。銀行・証券・不動産など特定の事業者に対し、取引時の本人確認・疑わしい取引の届出などを義務付けている。2027年4月1日に施行規則が改正され、オンライン本人確認の手法がICチップ読み取りに原則一本化される。

JPKI(公的個人認証サービス:Japanese Public Key Infrastructure)
マイナンバーカードのICチップに搭載された電子証明書を使い、インターネット上で本人確認を行う国の認証基盤。地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が運営する。改ざんが極めて困難な電子署名技術に基づいており、今回の法改正で非対面本人確認の中心的な手段として位置づけられる。

ICチップ
マイナンバーカードや運転免許証などに内蔵された集積回路。電子証明書や個人情報を暗号化した形で記録しており、専用のリーダーやNFC対応スマートフォンで読み取ることができる。画像送信と異なり、物理的・電子的な偽造が極めて困難なため、本人確認の信頼性が飛躍的に高まる。

eKYC(electronic Know Your Customer)
スマートフォンやPCを通じてオンラインで完結する本人確認手続きの総称。従来は身分証の撮影画像と顔写真を照合する「ホ方式」が主流だったが、偽造技術の高度化を受け、ICチップ読み取り方式への移行が進んでいる。

SDK(Software Development Kit:ソフトウェア開発キット)
特定の機能をアプリに組み込むための開発ツール一式。今回のDNP製SDKを使えば、企業は本人確認機能をゼロから開発せずに自社アプリへ短期間で実装できる。DNPが定期的にアップデートするため、法改正や新しい書類への対応も自動的に反映される。

ホワイトラベル
製品やサービスの中身はそのままに、導入企業が自社のブランド名・ロゴ・デザインで展開できる仕組み。開発コストを抑えながら自社ブランドを維持できるため、金融機関など顧客接点を重視する業界で広く採用されている。

NFC(Near Field Communication:近距離無線通信)
数センチ以内の距離でデータを無線通信する技術。交通系ICカードや電子マネーにも使われており、NFC対応スマートフォンをマイナンバーカードや運転免許証にかざすことでICチップの情報を読み取れる。

特殊詐欺
電話やSNSを使って被害者を騙し、銀行口座への振り込みや現金の手渡しで金銭をだまし取る詐欺の総称。オレオレ詐欺・架空請求詐欺・還付金詐欺などが含まれる。不正に開設された口座が犯罪収益の受け皿として多用されており、今回の法改正の直接的な契機となっている。

【参考リンク】

大日本印刷株式会社(DNP)公式サイト(外部)
1876年創業の総合印刷会社。情報セキュリティ・認証・DX支援など幅広い事業を展開し、eKYC分野でも金融機関を中心に豊富な導入実績を持つ。

DNP オンライン本人確認(eKYC)総合サービス(外部)
スマートフォン用本人確認アプリ・SDK・ICカードリーダーなど、対面・非対面に対応したDNPの本人確認ソリューション群の製品詳細ページ。

DNP個人情報管理・データ配信サービス Dpost®(外部)
口座開設アプリや電子交付サービスなどを提供するDNPのデジタルプラットフォーム。本人確認サービスと連動し、業務全体のデジタル化をトータルに支援する。

警察庁(National Police Agency)(外部)
今回の犯収法改正を主導する日本の行政機関。2025年2月に改正命令案のパブリックコメントを実施し、2027年4月施行に向けた制度設計を推進している。

【参考記事】

Japan will require IC chip-based identity verification for bank accounts in 2027(外部)
The Japan Times(2025年6月)。警察庁が2027年4月からICチップによる本人確認への移行を義務付ける方針を発表。画像・複写による本人確認の禁止と、その背景を詳述している。

Japan tightens rules for remote bank account openings, mandates IC chip-based IDV(外部)
Biometric Update(2025年6月)。生体認証・デジタルID専門メディアによる解説。偽造身分証対策の技術的意義とグローバルなeKYC動向との関係を論じている。

Fraud on the Rise as Japan’s Reported Crimes Increase for Third Successive Year(外部)
Nippon.com(2026年1月)。2024年の詐欺被害総額が3,075億円(前年比89.1%増)に達したことを警察庁統計をもとに報じ、法改正の緊急性を裏付けるデータを提供している。

Victims in Japan lost record US$833 million to romance, investment scams in 2024(外部)
South China Morning Post(2025年2月)。2024年の特殊詐欺・SNS型詐欺被害が過去最高を記録したことを国際的視点で報道。特殊詐欺件数20,987件・前年比10.2%増などの数値を参照した。

The eKYC Market Expanded by 30% YoY in FY2023 to 8,993 million yen(外部)
矢野経済研究所(2025年5月)。日本のeKYC市場が2023年度に前年比130%(30%増)の89億9,300万円規模に拡大したことを示すプレスリリース。市場規模の根拠として活用した。

【編集部後記】

口座開設や契約のたびに、身分証を撮影して送る——そんな当たり前の光景が、2027年を境に大きく変わろうとしています。

「面倒が増えるだけでは?」と感じる方もいるかもしれません。ただ、その不便さの裏側に、詐欺被害や個人情報の悪用を減らすための技術的な仕掛けがあるとしたら、少し見方が変わるでしょうか。みなさんはこの変化を、どう受け止めますか?

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