2026年7月20日、XはAndroidアプリを全面的に再構築して公開した。旧コードベースを破棄し、KotlinとJetpack Composeで書き直したもので、プロダクト責任者のニキータ・ビアー氏は開発期間を「1年をかなり超える」とし、11名のエンジニアに謝辞を述べた。
発表は@Engineeringアカウントの投稿で行われ、読み込み速度、スクロール、通知の改善が挙げられた。ビアー氏は2025年8月に再構築チームの編成を公表し、同年10月にAndroidのダウンロード数が過去最大級の週を記録したと報告している。今回のリリースでキャッシュタグとカスタムタイムラインが利用可能になった一方、Spacesのホスト機能、動画エディタ、React with Video、旧世代端末の最適化は今後の対応とされた。ビアー氏は今後は多くの機能をAndroidに先行搭載すると述べた。AIの関与を問われたGrokは、直接の貢献はないと答えつつ、社内コードベースへの可視性はゼロだとも述べている。
From: X relaunches a rebuilt Android app after year-long effort(TechCrunch)
【編集部解説】
今回のリリースを「アプリのアップデート」として読むと、本質を取り逃がします。X が7月20日に出したのは、既存アプリの改良版ではありません。旧コードベースを捨て、Kotlin と Jetpack Compose で一から書き直した別物です。
ビアー氏は謝辞のなかで11名のエンジニアの名を挙げており、専任チームの規模はおよそ12名だったことがうかがえます。開発期間についての本人の表現は「1年をかなり超える」。2025年8月のチーム編成公表からは約11か月ですが、着手はそれ以前に遡ると読むのが自然でしょう。
象徴的なのが、X の Android ユーザーを悩ませていた不具合でした。他のアプリから X の投稿リンクをタップすると、アプリは起動するのに投稿が表示されない。ビアー氏自身が公の場で認めていた症状です。この不具合の原因分析は公開されていませんが、段階的な改修ではなく全面書き直しという、コスト面では異常な判断が選ばれたこと自体が、基盤の状態を物語っていると編集部は考えます。
見落とされている一文——「今後は Android が先」
多くの報道は「未対応機能が残っている」という点を強調しました。しかし、ビアー氏がリリース当日に投稿した続報には、それより重要な一文が含まれています。
今後、多くの機能は Android に先に載る。これが本人の言葉です。実際、TechCrunch の記事が「今後対応」として挙げたキャッシュタグとカスタムタイムラインは、同日の続報時点ですでに提供済みとされました。今後の対応として残っているのは、Spaces のホスト機能、動画エディタ、React with Video、そして旧世代端末での性能改善です。
スマートフォンの歴史において、新機能は iOS から降りてくるのが長らく既定路線でした。X はいま、その順序を自ら反転させると宣言しています。これが実際に守られるかは今後の出荷実績が答えを出しますが、宣言そのものが、Android を「二番目の市場」として扱ってきた業界慣行への異議申し立てになっています。
なぜ Kotlin と Jetpack Compose なのか
Compose は Google が2021年7月に正式版を公開した宣言的 UI ツールキットです。Google は2025年5月、Play ストア上位1000アプリのうち60%が Compose を採用していると公表しました。2026年の Android 開発において、事実上の標準と呼べる位置にあります。
Google 自身が Play ストアアプリを Compose で書き直した際には、画面やコンポーネントによっては UI コードが約50%少なくなったと報告しています。ある一覧表の実装が Java と XML の約405行から Kotlin の約210行になった、という具体例も公開されています。
ここで注意が必要です。Compose は Android 専用の技術であり、iOS 側の実装を共通化するものではありません。「Compose を採用したから両OS同時リリースが可能になる」という因果は成立しません。成立するのは、より地味な話です。Android 側の実装・保守コストが下がれば、その分の開発余力が生まれ、両OS間のリリース時期の差を縮める余地ができる。ビアー氏の「電光石火の速さで」という表現が指しているのは、この範囲でしょう。
Grok の発言は、思われているほど強い証拠ではない
このニュースで最も引用されているのは、Grok の返答です。「AI はどれくらい貢献したのか」という問いに、Grok は「まったく貢献していない。人間のエンジニアリングによる偉業だ」と答えました。AI 支援と AI 生成の線引きを、当のAI自身が引いた——そう受け取られています。
ただ、編集部としてはここに留保を置きたいと考えます。同じ返答の中で Grok は、社内コードベースの統計や貢献度への可視性は「ゼロ」だとも述べています。つまり Grok は「貢献していない」と断言した直後に「自分にはそれを知る手段がない」と認めている。この2つは論理的に噛み合いません。
これは Grok を貶める話ではありません。公開タイムライン上で質問に応答する言語モデルは、その企業の開発プロセスに関する一次情報源ではない、という当たり前の事実の確認です。AI が語る AI の役割を、内部データの代わりに使うことはできません。実際にどれだけ AI 支援が使われたのかは、公開情報からは判断できないというのが正確なところです。
では確かな材料は何か。人間の当事者であるビアー氏が、これを人間のエンジニアリングによる成果として提示し、12名規模のチームが1年以上を要したと述べていることです。
そこから読み取れる示唆は、あくまで編集部の解釈として次のように整理できます。高性能な AI コーディング支援を日常的に使える環境でも、プラットフォーム規模の書き直しには1年超を要した。AI が短縮しうるのは主にコードを書く時間であり、設計合意・レビュー・QA・段階的ロールアウトといった組織的な工程がどれだけ圧縮されたかは、この事例からは分かりません。ただ、少なくとも「AI があれば数か月で終わる」という見積もりの反例にはなっています。
日本の読者にとって、この話は少し「他人事」に見える
X にとって日本は重要な市場です。ただし X は国別の月間利用者数を体系的に公開しておらず、よく引用される7000万前後という数字は、X の広告ツールが示す「広告到達可能人数」の推計です。実利用者数と同一ではない点に注意が必要です。
それでも、日本のユーザーの多くがこの Android の劣化を実感しなかっただろうという推測には根拠があります。端末構成が世界標準から外れているためです。MMD研究所が2026年2月、18〜69歳4万人を対象に実施し、メイン端末を把握している3万4867人を集計した調査では、iPhone 49.0%、Android 50.8%、その他0.3%でした。世界全体では Android が約7割を占めることを踏まえると、日本の iPhone 比率は突出しています。
なお、Web のページビューを集計する StatCounter では日本の iOS 比率はこれより高く出ますが、集計月や参照する二次資料によって数値の振れが大きく、編集部では特定の月の値を確定的に示すことは避けます。アンケートによる保有端末調査と、Web アクセスの集計は、そもそも測っている対象が異なります。
ここから、日本の開発者にとって反転した教訓が引き出せます。日本市場は世界平均より iOS 比率が高いため、Android 側の品質劣化が国内の数字に現れるまでに時間差が生じやすい。Android が9割を超えるインドや東南アジアへ展開した瞬間、国内では表面化していなかった負債が一気に効いてきます。X が国際市場で経験したことを、日本発のサービスは逆方向から辿るリスクを抱えています。
「速くなった」は、まだ誰も測っていない
慎重に扱うべき点もあります。読み込み・スクロール・通知が「あらゆる面で」改善したという主張は、X の @Engineering アカウントによる自己申告です。旧ビルドと新ビルドを同一条件で比較した第三者ベンチマークは、本稿執筆時点では確認できていません。
Compose が従来の XML View より常に速い、という一般化にも根拠はありません。Google の現行の説明でも、Compose がスクロール性能などで Views と同等水準に達したとされる段階です。再コンポジションの範囲設計や状態の読み取り位置を誤れば、Compose でも描画は詰まります。性能はアプリ構造・端末・実装品質に依存します。
実際、リリース直後には折りたたみ端末での表示崩れや、画像選択トレイの使い勝手の後退を指摘する声も出ています。基盤を入れ替えた直後に細部の粗さが残るのは自然なことですが、「あらゆる面で改善」という表現とは距離があります。
この書き直しが本当に効いてくる場所
X の周辺サービスの展開状況を並べると、今回の位置づけが見えてきます。XChat は2026年4月24日に iOS 版、6月29日に Android 版が公開されました。スマートキャッシュタグは4月14日に iPhone 限定・米国とカナダ向けで始まり、7月20日の本体刷新でようやく Android に載りました。X Money は4月の開始が予告されたものの実際には遅れ、6月25日から米国 Premium+ 利用者の一部に限定的に展開されている段階です。約40州の送金業免許を取得済みと報じられていますが、免許取得州数と提供州数は同義ではありません。
つまり「エブリシングアプリ」構想の部品は、Android と米国外へ向けて、いままさに順次降りている途中です。今回の Android 再構築は、その配送経路を敷き直す工事にあたります。
この見方に立つなら、評価すべき指標はストア評価でも起動速度でもありません。ビアー氏が宣言した「Android 先行」が、次の四半期に実際の出荷順序として現れるかどうか。それが、今回の1年が投資だったのか単なる修繕だったのかを分けます。
今回のリリースが取り除いたのは障害物であって、失われた時間そのものではありません。数年分の離脱ユーザーが戻るかどうかは、アプリの品質だけでは決まらない問題です。土台は据え直された。その上に何が建つのかは、これから測られます。
【用語解説】
技術的負債(Technical Debt)
短期的な速度を優先して選んだ実装が、後から返済コストとして積み上がる状態を指す。返済手段は全面再構築だけではなく、段階的移行、モジュール単位の置換、互換レイヤーの導入など複数あり、どれを選ぶかは負債の性質と組織の体力による。
Kotlin ファースト
Google が2019年の Google I/O で、Android 開発の第一言語を Kotlin と位置づけ、新規プロジェクトへの採用を推奨した方針を指す。Java のサポートは継続しているが、新しい Jetpack API は Kotlin を優先して設計される。
宣言的 UI(Declarative UI)
「どういう状態のときに画面がどう見えるか」を記述し、状態が変われば描画を自動的に追従させる方式である。従来の Android は XML でレイアウトを定義し、コードから逐一操作する命令的な方式だった。
XML View 実装
Jetpack Compose 以前の Android における標準的な UI 実装方式である。レイアウトを XML ファイルで定義し、findViewById などを用いてコード側から要素を取得・操作する。定型コードが多くなる傾向があり、Google 自身も Compose では記述量が減ると説明している。
再コンポジション(Recomposition)
Compose において、状態変化に応じて UI の該当部分を再構築する処理を指す。Google のパフォーマンス指針でも、再コンポジションの回数、状態の読み取り位置、型の安定性が性能上の重要事項として挙げられている。
ベンチマーク(Benchmark)
定義された条件下で性能を測定し、比較可能な数値として提示する手法である。開発元による自己申告と、第三者が同一条件で測定した結果は、証拠としての重みが異なる。
ニキータ・ビアー(Nikita Bier)
2025年6月30日に X の Head of Product(プロダクト責任者)就任を自ら公表した人物である。匿名投票アプリ「tbh」(2017年に Facebook〈現 Meta〉が買収、金額は非公表)と、匿名褒め合いアプリ「Gas」(2023年に Discord が買収)の共同創業者として知られる。
Spaces
X が提供するライブ音声配信機能である。今回の Android 版で今後の対応とされているのは、ルームを開設するホスト機能であり、機能全体が存在しないわけではない。
キャッシュタグ/スマートキャッシュタグ(Cashtag / Smart Cashtags)
キャッシュタグは「$AAPL」のように、ドル記号と銘柄コードを組み合わせて金融銘柄への言及を示す記法である。X は2026年4月14日、実時間の株価・暗号資産チャートと関連投稿を紐づけたスマートキャッシュタグを、iPhone 限定・米国とカナダ向けに投入した。カナダでは証券会社 Wealthsimple への取引導線を備えるが、約定は Wealthsimple 側で行われる。Android には7月20日の本体刷新で提供された。
React with Video
他者の投稿に対して動画で反応を返す機能である。今回の Android 版では未対応で、後続アップデートでの提供が予告されている。
XChat
X が展開する独立型メッセージングアプリである。2026年4月24日に iOS 版、6月29日に Android 版が公開された。エンドツーエンド暗号化、消える메시지、スクリーンショットのブロック、音声・ビデオ通話、大容量ファイル共有、グループチャットに対応する。X アカウントでサインインし、電話番号の交換を必要としない。
X Money
X が展開する金融サービスである。2026年4月の開始が予告されたが遅れ、6月25日から米国 Premium+ 利用者の一部に限定展開されている。個人間送金、預入残高、Visa デビットカード、銀行連携を備える。約40州の送金業免許を取得済みと報じられている。
エブリシングアプリ(Everything App)
単一のサービス圏内で、SNS・メッセージング・決済・商取引などを完結させる設計思想を指す。中国の WeChat が代表例とされ、イーロン・マスク氏が X の目標として繰り返し掲げてきた。
@Engineering アカウント
X 社のエンジニアリング部門が運用する公式アカウントである。今回の Android 版全面刷新もこのアカウントから告知された。
【参考リンク】
X(公式サイト)(外部) 旧Twitter。2025年3月にxAIが取得し、2026年2月にはSpaceXがxAIを取得したと発表されている。
X — Google Play ストア(外部) 今回全面刷新されたAndroid版Xの配信ページ。既存ユーザーはここから更新することで、新しいバージョンへ移行できる。
XChat — Google Play ストア(外部) 2026年6月29日に公開されたXChatのAndroid版。X Corp.名義で配信され、利用者レビューも確認できる。
@Engineering(X 公式エンジニアリングアカウント)(外部) X社エンジニアリング部門の公式アカウント。今回のAndroid版全面刷新の告知も、このアカウントから発信された。
ニキータ・ビアー(@nikitabier)(外部) Xのプロダクト責任者の公式アカウント。開発体制や機能の提供状況に関する続報が本人から発信されている。
Grok(xAI)(外部) イーロン・マスク氏が設立したxAIが開発する対話型AI。X上のアカウントを通じて一般利用者の質問に応答する。
Jetpack Compose(Android Developers)(外部) GoogleによるAndroid向け宣言的UIツールキットの公式ドキュメント。設計思想と実装ガイド、性能最適化の指針を収める。
Kotlin(公式サイト)(外部) JetBrainsが開発する言語の公式サイト。2019年以降、GoogleはAndroid開発の第一言語としてKotlinを位置づける。
StatCounter Global Stats(日本のモバイルOSシェア)(外部) Webページビューに基づくOSシェアの集計。端末の保有率ではなくアクセス比率である点に注意が必要。
MMD研究所 2026年2月スマートフォンOSシェア調査(外部) 18〜69歳4万人を対象に実施。メイン端末を把握する3万4867人でiPhone49.0%、Android50.8%という結果。
【参考記事】
X launches new Android app built from scratch, some features still pending(Neowin)(外部) ビアー氏の続報を反映。Cashtagsなどは提供済みで、今後は機能がAndroidに先行搭載されると伝える。
X relaunches a rebuilt Android app after year-long effort(TechCrunch)(外部) 本件の一次報道。リリース日、開発経緯、Grokの返答を当事者の投稿へのリンク付きで伝える。
XChat finally lands on Android(Digital Trends)(外部) XChatのAndroid版が2026年6月29日に公開されたことを、X公式アカウントの投稿とともに報じる。
X Opens X Money to Premium Subscribers(PYMNTS)(外部) X Money責任者の投稿を引用し、6月25日に米国Premium+の一部へ限定展開されたことを伝える。
What’s new in Jetpack Compose(Android Developers Blog)(外部) Google公式発表。Playストア上位1000アプリの60%がJetpack Composeを採用済みと明示する。
Musk’s X Crypto Move Sparks Bitcoin Buzz(Forbes)(外部) スマートキャッシュタグが4月14日、iPhone限定かつ米国・カナダのみで提供開始したことを報じる。
X Rebuilt Its Android App From Scratch(iPhone in Canada)(外部) ビアー氏の「今後は多くの機能がAndroidに先に載る」という発言を、原文とともに紹介している。
【編集部後記】
Google Play の X アプリページの URL に &hl=hi&gl=IN や &hl=id&gl=ID を足して開くと、日本語で読んでいたときとは違う不満が並びます。読み込み失敗や通知の取りこぼしを訴える声がどの言語に集中しているか。そこに、iPhone 比率の高い日本からは見えにくかった数年分が残っています。ビアー氏が言う「今後は Android が先」は、React with Video と動画エディタと Spaces のホスト機能、どれから証明されるのか。