Sony Music Entertainmentは2026年7月20日、AI音楽企業Udioを相手取る2件目の著作権侵害訴訟をニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に提起した。
対象は生成AIの学習に無断複製されたとする音源30,117件で、原告にはArista Records、LaFaceなど傘下9レーベルが加わる。同裁判所は6月29日、2024年6月提起の当初訴訟へ30,442件を追加する申し立てを、審理の遅延とUdio側への不利益を理由に退けていた。訴状はUdioがYT-DLPを用いてYouTubeから音源を取得したと主張する。請求は1972年2月15日以降の録音物の侵害、同日より前の録音物の侵害、DMCA上の技術的保護手段回避の3件。1作品あたり最大150,000ドル、回避行為1件あたり最大2,500ドルの法定損害賠償と差止命令を求める。UdioはUniversal Music GroupやWarner Music Groupとライセンス契約を結ぶ一方、未締結のメジャーはソニーのみである。
【編集部解説】
今回の提訴で注目すべきは、ソニーが何を主張したかよりも、訴訟という手段そのものの使われ方が変わった点です。
裁判所が6月29日に退けたのは、旧訴訟へ30,442件を追加するという申し立てでした。内容を否定したわけではありません。文書開示の終盤で3万件超を加えれば、追加の開示作業と審査、紛争、遅延が生じ、Udio側の防御が著しく損なわれる——手続き上の判断です。そのうえで裁判所は、権利者がすべての著作物について権利を行使できること自体は認めたうえで、それを「この訴訟の中で行う必要はない」と付け加えました。新訴訟はこの直後に提起され、訴状もその文言を引用しています。ソニーがこの一文を道案内として受け取ったと読むのが自然でしょう。
規模の変化は、そのまま金額の変化です。2024年の当初訴訟は12社が原告となり1,670作品を対象としていましたが、UniversalとWarnerの離脱を経て、ソニー系の原告に関して残っていた対象は333件でした。法定損害賠償の上限を機械的に掛け合わせれば約5,000万ドル(約82億円、1ドル=163円換算、2026年7月22日時点)。これが30,117件になると、約45億ドル(約7,400億円)に跳ね上がります。ただしこれは、全件について故意侵害の最高額が認定されると仮定した理論上の上限であり、予想される賠償額ではありません。対象音源の一覧を収めた文書は1,102ページに及んだと報じられています。
それでも、著作権訴訟の損害賠償が「作品数×上限額」で積み上がる構造は、AI企業にとって交渉テーブルの価格表として機能します。編集部としては、この数字は判決で支払われる額の予想としてではなく、和解へ向かわせる圧力として読むべきものと考えています。
では、なぜソニーだけが法廷に残っているのか。UniversalとWarnerが選んだのは、訴訟を解決したうえで新プラットフォームの共同事業者になる道でした。Udioが準備中のライセンス版アプリは「Starstruck」の名称で報じられており、Merlinが2026年1月、KobaltとBelieveが4月、NMPAが6月と、権利者側の合流は続いています。彼らは「未来の取り分」を取りに行ったわけです。
一方のソニーは、判例を取りに行っているように見えます。ただし同社はAI一般に背を向けているわけではありません。3メジャーはいずれもKLAY Visionと個別にライセンス契約を結んでおり、ソニー・ミュージックグループのロブ・スティンガー会長は、Spotifyおよび他のメジャーとのAI製品提携を発表した際に、製品を出す前に直接ライセンスを結ぶことこそが唯一適切な方法だと述べています。争点は「AIか否か」ではなく、「順番」なのです。
技術的にもっと重要なのは、DMCAの回避主張が生きている点です。Udioは学習が公正利用(フェアユース)に当たると主張していますが、仮にその主張が通ったとしても、YouTubeの保護技術を迂回して音源を取得したこと自体は別の違反として残りうる。同じ裁判所は4月15日、この請求を退けるUdio側の申し立てを認めませんでした。ただし裁判所は、YouTubeの仕組みが法的に「アクセス制御」に当たるかは事実関係の解明が必要だとして、判断を留保しています。回避が認定されたわけではありません。
ここから読み取れるのは、「何を学習したか」に加えて「どうやって手に入れたか」が、独立した争点として立ち上がってきたということです。これは音楽に限りません。スクレイピングでデータセットを組んだすべての領域に、同じ問いが跳ね返ります。
そしてもう一つ、Udioに限らずAI開発全体に効いてくる変化があります。ソニーが30,117件を特定できたのは、証拠開示手続きで学習データそのものにアクセスし、音声フィンガープリントで照合できたからです。並行するSuno訴訟では、2025年11月3日以降、専門家がSuno側の外部弁護士事務所の保護された環境に立ち入り、2回の訪問で延べ2週間をかけて学習データの指紋を作成したと原告側が説明しています。「学習データはブラックボックスだ」という前提は、少なくとも音声の領域では崩れ始めています。すべてのモデルやデータ形式で同じ監査が成立するとは限りませんが、監査可能性が確保された領域では、無許諾の学習は隠せるリスクではなく、算定できる負債に変わります。
日本の読者にとって、この事件は他人事の域を出ないように見えるかもしれません。日本の著作権法第30条の4は、非享受目的の利用として機械学習を原則許容しており、米国のフェアユース論争とは前提が異なるためです。しかしJASRACは以前から同条の見直しを主張しており、2026年6月11日には、これまでの取り組みを集約したページを公開しました。フリーライドを許さず、許諾と対価の仕組みを整えるべきだという立場です。「学習は原則自由」という設計が、いつまで自明でいられるか。ここは動きうる論点だと編集部は考えています。
当面の焦点は米国ではなく欧州にあります。マサチューセッツのSuno訴訟は、6月30日のスケジュール変更で終局判断の申立期限が2027年4月9日に設定されました。これは判決の予定日ではなく書面の提出期限ですが、少なくとも主要な判断がそれ以降になる可能性は高いということです。SDNYのUdio訴訟も、文書提出の完了期限が8月25日に置かれています。一方、ドイツのミュンヘン地方裁判所は7月31日午前9時、GEMAがSunoを訴えた事件で決定を言い渡す予定です。学習に許諾が必要かという問いに、欧州の裁判所が先に踏み込む可能性があります。ただしその判断が学習行為一般を包括的に扱うとは限らず、生成結果や特定作品の利用に限定される展開も考えられます。
もう一点、見落とされがちな論点を挙げておきます。2026年6月5日、米国のミュージシャン組合AFMが、UniversalとWarnerをマンハッタンの連邦地裁に提訴しました。組合員が演奏した音源をSunoやUdioにAI学習用として利用可能にする際、労働協約が求める補償と同意を欠いていたという主張です。レーベルとAI企業が合意しても、実際に演奏した人に届くとは限らない。誰にいくら支払われるのかという配分の設計は、いま係争の対象になっています。
Udioの共同創業者兼CEOアンドリュー・サンチェス氏は、音楽業界との協業は付随的なものではなく根幹だと語っています。その言葉が本気であるほど、ライセンスの前に学習を済ませたという事実の重みは増していきます。ソニーの訴状も、事後的なライセンスが当初の無許諾利用を正当化するものではないと主張しています。
【用語解説】
法定損害賠償(statutory damages)
米国著作権法が定める制度で、実際の損害額を立証しなくても、侵害された著作物1件ごとに一定範囲の賠償額を請求できる。通常は1作品750~3万ドルで、故意侵害と認められた場合に裁判所の裁量で最大15万ドルまで増額されうる。侵害対象の作品数がそのまま請求規模に直結する。
ディスカバリー(証拠開示手続き)
米国の民事訴訟で、当事者が互いに証拠を開示し合う手続き。訴訟提起後に行われるため、原告は提訴時点では知り得なかった事実を後から把握できる。本件でソニーが学習データの中身を確認できたのも、この手続きを経たためである。
音声フィンガープリンティング
楽曲の知覚的な特徴から固有の識別データを生成し、参照データベースと照合する技術。どの特徴量を用いるかは方式ごとに異なる。もともとは違法アップロードの検出や権利処理に使われてきたが、AIの学習データに特定の音源が含まれているかを立証する手段としても機能し始めている。
フェアユース(公正利用)
米国著作権法上の抗弁で、利用目的や市場への影響などを総合考慮し、権利者の許諾がなくても著作物の利用を適法とする法理。生成AI各社が学習の適法性を主張する際の主要な根拠だが、音楽分野では司法判断がまだ確定していない。
DMCA第1201条(技術的保護手段の回避)
デジタルミレニアム著作権法が定める規定で、著作物へのアクセスを制御する技術を迂回する行為そのものを違法とする。著作権侵害の成否とは別の請求として成立しうるため、学習がフェアユースと認められた場合でも独立して残る可能性がある。本件でYouTubeの仕組みがこの「アクセス制御」に当たるかは、まだ確定していない。
ストリームリッピング/YT-DLP
動画・音楽配信サービスのストリームから音声ファイルを抽出・保存する行為と、それを可能にするオープンソースツールの一つ。訴状では、この手法によるYouTubeからの取得が技術的保護手段の回避に当たると主張されている。ツールの存在自体と、本件での使用が違法かどうかは別の問題である。
Music Modernization Act(音楽近代化法)
2018年に成立した米国の法律。それまで州法の保護下にあった1972年2月15日より前に固定された録音物について、連邦法上の保護と救済手段を整備した。本件でこの区分の音源が別立ての請求になっているのはこのためである。
著作権法第30条の4
日本の著作権法の規定。著作物に表現された思想・感情の「享受を目的としない利用」であれば、原則として権利者の許諾なく利用できると定める。機械学習はこれに該当すると整理されており、日本が学習データの取り扱いについて米欧と異なる前提に立つ理由となっている。ただし享受目的が併存する場合や、著作権者の利益を不当に害する場合は適用されない。また、これは著作権の権利制限規定であり、取得過程における他の法令上の問題まで免責するものではない。
労働協約(CBA)
労働組合と使用者が労働条件について結ぶ協約。米国の音楽産業では、セッションミュージシャンの録音参加について報酬や二次利用の条件を定めており、AFMがUniversalとWarnerに対して主張しているのは、この協約が求める補償と同意を欠いたままAI学習用の利用が許されたという点である。
アルビン・K・ヘラースタイン判事
ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所の判事。2024年に提起されたUdioをめぐる訴訟を担当し、2026年4月15日にDMCA請求の却下を認めず、6月29日には音源追加の申し立てを退けた。7月に提起された新訴訟の担当は、本稿執筆時点では確認できていない。
Starstruck
Udioが準備しているライセンス版アプリの名称として、2026年5月に報じられたもの。ファンが4種類のモードで楽曲を再構成できる設計とされる。Udioからの公式発表ではなく、権利者向け説明会の内容として伝えられた段階であり、名称が変わる可能性もある。
【参考リンク】
Udio(外部)
テキストプロンプトから楽曲を生成するAI音楽サービス。運営はUncharted Labsで、ライセンス版への移行を進めている。
Sony Music Entertainment(外部)
本件の原告。Arista RecordsやLaFaceなど多数のレーベルを傘下に持つ米国のメジャーレコード会社。
Universal Music Group(外部)
2025年10月にUdioとの訴訟を解決し、ライセンス済み音源で学習する新プラットフォームの共同開発を発表した。
Warner Music Group(外部)
2025年11月、UdioおよびSunoとの訴訟を相次いで解決し、それぞれとライセンス契約を締結した米メジャー。
Suno(外部)
Udioの競合にあたるAI音楽生成サービス。米国のほかドイツ、デンマークでも権利者団体との係争を抱える。
Merlin(外部)
会員が所有する非営利型の団体。世界のインディペンデントレーベルのデジタル権利をまとめて許諾する。
Kobalt Music(外部)
権利管理と出版管理を主力とし、作家自身が権利を保持するモデルを掲げる独立系の音楽企業である。
Believe(外部)
パリに本拠を置くデジタル音楽企業。TuneCoreなどを傘下に持ち、2026年4月にUdioとの契約を確認した。
National Music Publishers’ Association(外部)
米国の音楽出版社を代表する業界団体。2026年6月10日、Udioと業界横断のライセンス契約を発表した。
Recording Industry Association of America(外部)
米国レコード協会。2024年6月、メジャー各社を代表してUdioとSunoへの提訴を取りまとめた団体である。
GEMA(外部)
ドイツの音楽著作権管理団体。2025年1月にSunoを提訴し、2026年7月31日に決定言渡しが予定されている。
JASRAC 著作権法第30条の4の改正に向けた取り組み(外部)
JASRACが2026年6月11日に公開したページ。同条の改正を求めるこれまでの取り組みが集約されている。
KLAY Vision(外部)
ライセンス済み音源のみで学習したモデルを掲げる米企業。2025年11月に3メジャーと個別に契約した。
Audible Magic(外部)
自動コンテンツ認識と音声フィンガープリンティングの技術を提供する米企業。Suno訴訟で照合に用いられた。
American Federation of Musicians(外部)
米国とカナダのミュージシャンが加盟する労働組合。2026年6月5日、UniversalとWarnerを提訴した。
【参考記事】
Sony Music sues Udio for a second time, with the extra 30,000 recordings that could result in $4.5 billion damages(外部)
当初訴訟の333件から30,442件への拡張申立てと、理論上の請求額が45億ドルを超える構図を整理している。
Sony Music Escalates Copyright Fight With Second Udio Suit(外部)
請求規模が約5,000万ドルから最大45億ドルへ拡大した意味を、訴訟の交渉力という観点から論じている。
Judge denies Sony Music bid to add over 30,000 recordings to Udio lawsuit(外部)
6月の却下決定に加え、権利者側の合流時期とロブ・スティンガー会長の発言を伝えた記事である。
Why a fight over 61,000 recordings could shape the future of AI music licensing(外部)
並行するSuno訴訟の61,026件と、2027年4月9日に置かれた申立期限を含む審理日程を解説している。
CLIENT ALERT: For AI Companies, How You Get Your Training Data Matters(外部)
2026年4月のDMCA請求却下判断を、法律事務所の立場から論点ごとに解説したものである。
Sony Music files new Udio lawsuit citing over 30k recordings(外部)
対象音源の一覧を収めた文書が1,102ページに及ぶことと、その位置づけを伝えている。
Udio’s licensed AI music app will be called Starstruck, with four creation modes for fans(外部)
ライセンス版アプリの名称と設計、およびアンドリュー・サンチェス氏の発言を報じた記事である。
Music Industry AI Lawsuits Tracker 2026: Live Status(外部)
音楽業界のAI関連訴訟を横断的に追跡した資料。個別報道では拾いにくい進行状況を整理している。
【編集部後記】
JASRACが6月11日に公開した「創造のサイクルとの調和がとれたAI利活用の実現に向けて」のページには、著作権法第30条の4の改正に向けたこれまでの取り組みが集約されています。一方、米国のUdio訴訟が問うているのは、学習そのものの適法性と、YouTubeの保護技術を迂回して音源を集めた行為の適法性という、別々の二つでした。30条の4は前者について権利を制限する規定であり、後者に相当する取得過程の問題は、そもそも著作権法の外側で処理されるべきものかもしれません。日本でその線引きは、どの法律のどの条文が引き受けることになるのか。
