JPYC株式会社は2026年5月15日、日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行・償還プラットフォームであるJPYC EXの大型アップデートを実施したと発表した。
今回のアップデートで、新たにKaiaチェーンに対応した。発行上限ルールも変更し、従来の「1日あたり100万円」から「1回あたり100万円」に改めた。この発行上限の変更は、JPYCが発行される全てのチェーンに適用される。償還時の条件も一部緩和し、償還予約時のネットワークおよびウォレットアドレスの選択を不要とした。
JPYCはAvalanche、Ethereum、Polygon、Kaiaの4つのチェーンで発行されている。JPYC社の本社は東京都千代田区にあり、代表取締役は岡部典孝。同社は2025年8月に資金移動業者の登録を取得し、同年10月27日に、国内資金移動業者として初めて、日本円建て電子決済手段であるステーブルコイン「JPYC」の正式発行を開始した。
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JPYC EX大型アップデートのお知らせ – 発行ルールの変更、Kaiaチェーン対応など
【編集部解説】
今回のリリースは「JPYC EXの利便性向上」という穏当な表現でまとめられていますが、これは単なる機能改善ではなく日本円ステーブルコインが「実証段階」から「インフラ段階」へと移行しつつあることを示す、構造的な一手であると捉えることができます。
まず注目したいのが、発行上限ルールの変更です。「1日あたり100万円」から「1回あたり100万円」への変更は、一見すると小さな文言の差に思えます。しかし実質的な意味は大きく異なります。従来は1日に合計100万円までしか発行できませんでしたが、今後は(連続申請の制限はあるものの)1日に複数回の発行が可能になります。日々の運転資金を扱う法人や、まとまった金額を動かす利用者にとって、実用上の「天井」が引き上げられたことになります。
この変更が「JPYCが発行される全てのチェーンに適用される」と明記されている点も見逃せません。JPYC社は今後3年間で発行残高10兆円という目標を掲げています。1回100万円という制度上限のなかで流通量を最大化するには、発行の「回数」を妨げない設計が不可欠でした。今回の変更は、その目標から逆算された運用最適化と読み解くことができます。
ここで一点、誤解を避けるために補足します。「1回あたり100万円」という上限自体が撤廃されたわけではありません。JPYC社は第二種資金移動業者として登録されており、1回の発行・償還額が100万円までという制度上の制約はそのまま残っています。仮に数十億円規模の大口決済まで視野に入れるなら、第一種資金移動業の取得が課題となるでしょう。今回の更新は、あくまで現行ライセンスの枠内で実需に応える調整です。
次に、本リリースで最も「未来」を感じさせるのが、Kaiaチェーンへの対応です。Kaiaは、韓国Kakao系の「Klaytn」とLINE系の「Finschia」が統合して誕生した、EVM互換のレイヤー1ブロックチェーンです。単に新しいチェーンが1つ増えた、という話ではありません。
Kaiaは、アジア圏のステーブルコイン決済を中心的な用途として設計されたチェーンです。LINE NEXTが進めてきた構想「Unify Project」は、2026年3月に「Unifi」として正式に始動しました。Unifiの正式ローンチ時点での対応はテザー(USD₮)からで、JPYCを含む各国通貨建てステーブルコインへは順次対応していく計画です。この構想では、将来的に米ドルや日本円に加え、韓国ウォン、タイバーツ、インドネシアルピア、フィリピンペソなど、アジア各国通貨建てのステーブルコインを1つのアプリ上に集約することが掲げられています。海外報道によればLINEのMini Dappエコシステムは登録ユーザー1億3000万人規模に達しており、JPYCがKaiaに乗ることは、この巨大な生活者接点に「円」を接続する布石になり得ます。
つまり今回のKaia対応は、JPYCがアジアの多通貨ステーブルコイン網に参加するための「入り口」だと位置づけられます。多通貨網そのものはまだ発展途上ですが、世界のステーブルコイン市場が依然として米ドル建て中心であるなかで、アジア域内の決済・送金においては、現地通貨と並んで円建てが選択肢になり得る。リリースが韓国・インドネシア・タイ・台湾を名指ししているのは、そうした流通経路を具体的に見据えているからでしょう。
償還条件の緩和も、地味ですが思想が表れた変更です。償還予約時にネットワークとウォレットアドレスの選択が不要になったことで、利用者は「どのチェーンのJPYCか」を意識せずに円へ戻せるようになります。これは、JPYCを「どこにあっても等しく1円のJPYC」として扱う、チェーン抽象化への一歩です。お金として滑らかであるほど、決済手段としての完成度は高まります。
潜在的なリスクにも触れておきます。対応チェーンが4つに増えることは選択肢の拡大である一方、利用者にとっては「送り先のチェーンを間違える」リスクや、コントラクトアドレスの確認負担が増える可能性があります。JPYCは各チェーンでネイティブに発行される設計のため、ブリッジ特有の脆弱性は回避しやすいと考えられますが、それでも全てのリスクが消えるわけではなく、利用者側のリテラシーは引き続き重要です。加えて、非カストディ型ゆえの秘密鍵管理、ペッグ維持、規制変更といった構造的なリスクは変わらず存在します。
規制と長期的な視点で言えば、JPYCの拡大は日本国債の需要にも接続し得ます。裏付け資産に国債を組み入れる設計上、ステーブルコインの発行残高が伸びれば、発行体が国債の買い手として存在感を増す可能性があります。決済インフラの進化が金融政策の周辺領域にまで波及し得るという論点は、今後さらに重みを増すはずです。
【用語解説】
ペッグ
ステーブルコインの価格を「1JPYC=1円」のように特定の価値へ固定すること。これが崩れる現象をペッグ割れと呼ぶ。
レイヤー1ブロックチェーン
他のチェーンに依存せず単独で取引を確定・記録する基盤となるブロックチェーン。Kaiaやイーサリアムがこれにあたる。
EVM互換
イーサリアムの実行環境(Ethereum Virtual Machine)と互換性を持つこと。イーサリアム向けに開発された技術や資産を移植しやすくなる。
Klaytn/Finschia
Klaytnは韓国Kakao系、FinschiaはLINE系のブロックチェーン。両者の統合によってKaiaが誕生した。
Mini Dapp(ミニDApp)
LINEメッセンジャー内で動作する小型のブロックチェーンアプリ。アプリの追加インストールなしにWeb3サービスへ触れられる。
Unify Project
KaiaとLINE NEXTが進める、アジア各国通貨建てのステーブルコインを1つのアプリに集約する構想。2026年に「Unifi」として正式提供が始まった。
LINE NEXT
LINEのWeb3事業を担う米国法人。Mini DappやステーブルコインウォレットなどWeb3サービスを展開する。
非カストディ型
事業者が利用者の資産を預からず、利用者自身がウォレットで資産を管理する方式。JPYC EXはこの方式を採用する。
コントラクトアドレス
各ブロックチェーン上でトークンの実体を示す識別番号。同じJPYCでもチェーンごとに異なるアドレスを持つ。
ブリッジ
あるチェーンの資産を別のチェーンへ移すための仕組み。攻撃対象になりやすいが、JPYCは各チェーンでネイティブに発行されるためブリッジを介さない。
【参考リンク】
JPYC EX(外部)
日本円ステーブルコインJPYCの発行と償還を行う公式プラットフォーム。サービスの利用方法や対応ネットワークを確認できる。
JPYC株式会社(外部)
JPYC社の会社情報やプレスリリース、メディア掲載をまとめた公式サイト。事業の沿革と最新の取り組みを把握できる。
Kaia(Kaia DLT Foundation)(外部)
KlaytnとFinschiaの統合で誕生したレイヤー1ブロックチェーンの公式サイト。ステーブルコイン戦略やエコシステムを掲載する。
Ethereum(外部)
スマートコントラクトの代表的な基盤であるイーサリアムの公式サイト。仕組みや用途、開発者向け情報を解説している。
Polygon(外部)
低コストかつ高速な取引を特徴とするブロックチェーンの公式サイト。JPYCが発行に対応する4チェーンのうちの1つである。
Avalanche(外部)
高速な取引確定を特徴とするブロックチェーンの公式サイト。JPYCが発行に対応する4チェーンのうちの1つである。
【参考記事】
Kaia Blockchain Partners With LINE for Asian Stablecoin Superapp(外部)
【海外】KaiaとLINE NEXTのUnify Projectを伝える記事。Mini Dappの登録ユーザー数や対応構想を報じている。
Kaia and Line Next Plan Asia-Focused Stablecoin Platform(外部)
【海外】Kaiaのウォレット基盤の規模やアクティブ数、Unify対応通貨の構想を伝える記事である。
国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」発行開始 次世代の“通貨”目指す(外部)
3年で発行残高10兆円、その1%にあたる約1000億円の利益を見込むとJPYC発行開始時に報じた詳報。
Kaia and LINE NEXT to Launch Asia-Focused Stablecoin Web3 Super-App(外部)
【海外】米ドルや日本円、韓国ウォンなどアジア各国通貨建てコインの統合構想を整理した記事。
LINE NEXT Launches Stablecoin Platform ‘Unifi’ Globally(外部)
【海外】Unify Projectを「Unifi」として2026年3月にグローバル提供開始したと伝える公式発表。
web3ウォレット「Unifi」にて日本円ステーブルコイン「JPYC」の採用が正式決定(外部)
LINE NEXTのウォレットUnifiにJPYCが正式採用されたことを伝えるJPYC社のリリースである。
【関連記事】
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今回のKaia対応の前段にあたるLINE NEXTとのMOU締結を報じた記事。協業「検討」段階から実装段階への流れを追える。
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JPYCの発行開始そのものを報じた起点記事。10兆円目標や当初の対応3チェーンなど、本記事の前提を確認できる。
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発行体自身の機能拡張に対し、行政側からの普及支援策を扱った記事。社会実装を後押しする動きとして対比できる。
【編集部後記】
ステーブルコインのニュースは、専門用語の壁もあって「自分には縁遠い話」と感じられがちです。けれども今回のような一見地味なアップデートの積み重ねこそが、数年後の「当たり前」を静かに形づくっていきます。発行上限の文言が変わり、対応するチェーンが1つ増える。その一つひとつが、円というお金の使われ方を少しずつ書き換えています。こうした地続きの変化を、これからも丁寧に追いかけていきます。

