Mastercardは2026年6月3日、決済(セトルメント)機能を拡張すると発表した。日中・週末・祝日のカード決済に対応し、法定通貨に加えて規制対象のステーブルコインを用いたオンチェーン決済をサポートする。対応するステーブルコインは、CircleのUSDC、Paxos発行のPYUSD・USDG・USDP、RippleのRLUSD、SoFiのSoFiUSDである。
これらはArbitrum、Base、Canton、Ethereum、Polygon、Solana、Tempo、XRPLのブロックチェーンネットワークで利用可能になる。米国およびラテンアメリカでは、ARQ(旧称DolarApp)、CBW Bank、Cross River、Lead Bank、Nuveiが最初に対応する見込みで、2026年を通じて拡大が計画されている。Mastercardのブロックチェーン・デジタル資産担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントはラージ・ダモダランである。
【編集部解説】
今回のニュースを一言で言えば、世界有数の決済ネットワークが、カード取引の「裏側」である決済(セトルメント)レイヤーにステーブルコインを正式に取り込む計画を発表したという話です。普段あまり光が当たらない部分ですが、ここが変わる意味は小さくありません。
そもそも「セトルメント」とは、私たちが店頭でカードを切った後に起こる、銀行間でのお金の最終的な清算プロセスを指します。消費者から見える「決済」とは別物で、イシュアー(カード発行体)とアクワイアラー(加盟店契約会社)の間で資金を突き合わせる作業です。一般に、この清算は銀行の営業時間に縛られ、週末や祝日には動きが止まりやすい構造でした。
ここに今回の本質があります。「銀行が閉まっている時間帯の空白」を埋めることが狙いで、Mastercardの新しいオンチェーン清算は、日中・週末・祝日の清算に対応し、常時稼働(オールウェイズオン)の経済を志向する設計だと説明されています。ただし全世界で即座に24時間365日稼働するわけではなく、対象地域・規制・参加金融機関に応じて段階的に広がる点には注意が必要です。
注目すべきは、これがゼロからの実験ではない点です。CircleのUSDCはすでに一部市場で初期のオンチェーン清算フローを支えており、Mastercard自身も過去のパイロットと初期の実稼働導入を土台にしていると述べています。規制対応ステーブルコインを既存のカードインフラに「置き換え」ではなく「並走」させる設計が、金融機関にとって導入のハードルを下げています。
この動きを理解する鍵は、Mastercardの直近の布石です。同社は2026年3月、ステーブルコイン基盤企業BVNKを最大18億ドル(うち3億ドルは業績連動)で買収すると発表しました。複数の報道は、これを同社にとって最大級の暗号資産関連の取引と位置づけています。さらに2026年5月27日にはニューヨーク州金融サービス局からBitLicenseを取得し、デジタル通貨を扱うためのコンプライアンス基盤を整えました。今回の発表は、これら一連の準備の延長線上にある一手だと、私たち編集部は見ています。
競争環境も見逃せません。VisaやStripeも同様の動きを示しています。Stripeが2025年2月にBridgeの買収を完了し(買収額は報道ベースで約11億ドル)、VisaはそのBridgeとの提携でステーブルコイン連動カードを年内に100カ国超へ拡大する計画を示しています。巨大プレイヤーが同じ方向に走り出しているわけです。
ポジティブな側面は明快です。国際送金やトレジャリー(資金管理)、ペイアウトといった「タイミングと透明性が鍵」となる領域で、企業は週明けを待たずに資金を動かしやすくなります。バッチ処理による流動性の滞留が減れば、資金効率の改善が期待できます。
一方で潜在的なリスクも冷静に見ておくべきです。銀行業界には依然として慎重な姿勢もあり、ニューヨークのBitLicenseは厳格ですが、州ごとにルールが分断されれば普及が停滞する恐れも指摘されています。規制の地域差、ステーブルコイン発行体の信用リスク、オンチェーン特有のセキュリティ課題は依然として残ります。
規制面では、2025年7月に米国でステーブルコインの連邦法(GENIUS法)が成立し、法的枠組みが整いつつあります。「規制対象(regulated)」という言葉が今回のリリースで繰り返されているのは、こうした米国の連邦ステーブルコイン法制が整った流れとも重なる動きと言えるでしょう。
長期的に見れば、これは暗号資産が「投機の対象」から「金融の配管(プランビング)」へと役割を変えていく流れを象徴する一歩だと捉えられます。私たちが日々使うカードの裏側で、いつの間にかブロックチェーンが資金を動かしている——そんな「見えないインフラ化」が、静かに、しかし着実に進み始めています。
【用語解説】
セトルメント(決済・清算)
カード取引が成立した後に、イシュアーとアクワイアラーの間で資金を最終的に突き合わせ、清算するプロセス。消費者が店頭で行う「支払い」とは別の、ネットワークの裏側で動く工程である。
ステーブルコイン
米ドルなどの法定通貨に価値が連動するよう設計された暗号資産。価格変動が小さいため、投機ではなく決済や送金の手段として使われる。
イシュアー/アクワイアラー
イシュアーはカードを発行する金融機関、アクワイアラーは加盟店とカードネットワークをつなぐ会社。両者の間で資金清算が行われる。
オンチェーン
取引がブロックチェーン上で記録・実行されること。従来の銀行システムを介さず、ネットワークが常時稼働する点が特徴である。
日中(イントラデイ)決済
一日の終わりにまとめて処理する従来方式ではなく、営業日の途中でも複数回にわたって清算を行う仕組み。
トークン化預金
銀行預金をブロックチェーン上で扱えるデジタル化した形態。ステーブルコインと並び、規制対応のデジタル資産として位置づけられる。
BitLicense
ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)が発行する仮想通貨事業のための許認可。世界でも特に厳格な規制枠組みとして知られる。
GENIUS法
2025年に米国で成立したステーブルコインの法的枠組み。発行体への規制を定め、大手企業の本格参入を後押しした。
【参考リンク】
Circle(外部)(外部)
規制対応ステーブルコインUSDCを発行する企業。仕組みや対応ネットワークの情報を提供している。
Paxos(外部)(外部)
規制対応のステーブルコイン基盤を手がける企業。複数のドル連動ステーブルコインを発行・管理している。
Ripple(外部)(外部)
XRP Ledgerを基盤とする決済技術企業。規制対応ステーブルコインRLUSDを提供している。
SoFi(外部)(外部)
米国のオンライン金融サービス企業。決済・銀行サービスとともにSoFiUSDの清算活用を進めている。
Polygon(外部)(外部)
スケーラブルなブロックチェーン。今回のオンチェーン決済を支える基盤の一つに選ばれた。
BVNK(外部)(外部)
法定通貨とステーブルコインをつなぐインフラ企業。2026年3月にMastercardが買収を発表した。
【参考記事】
Mastercard expands on-chain settlement in bet on stablecoins and always-on finance(CoinDesk)(外部)
規制対応の米ドルステーブルコインでの決済開始と、複数チェーンでの日中・週末・祝日清算を報じた。
Mastercard expands stablecoin settlement options with USDC, PYUSD and RLUSD(The Block)(外部)
対応コイン・8チェーン・初期参加企業を整理し、BVNK買収やBitLicense取得との連続性を解説。
Mastercard says it’s acquiring stablecoin startup BVNK in $1.8 billion bet on future of payments(CNBC)(外部)
最大18億ドル(うち3億ドル業績連動)のBVNK買収を報道。同社過去最大の暗号資産関連取引と伝えた。
Mastercard secures New York BitLicense to support stablecoin and digital payment infrastructure(CoinDesk)(外部)
2026年5月のBitLicense取得を報道。ステーブルコインが主流の金融インフラへ移行する兆候と分析。
Stablecoin startup Rain is worth $1.95 billion and plans to issue cards with Mastercard(Fortune)(外部)
評価額19.5億ドルのRainとの提携を報道。Stripeによる11億ドルのBridge買収にも言及している。
【編集部後記】
取材を進めるなかで印象的だったのは、Mastercardが今回の発表で示した「置き換えではなく並走」という姿勢でした。革命的な転換を声高に叫ぶのではなく、既存の信頼の上に新しいレールを静かに敷いていく——この慎重さこそが、巨大インフラ企業が暗号資産に踏み込むときのリアルな作法なのかもしれません。
私たちが普段意識することのない決済の「裏側」が、どのテクノロジーを選ぶかで、暮らしのスピード感までも左右する時代が近づいています。次にカードを使うとき、その先で何が動いているのか。innovaTopiaは引き続き、この「見えないインフラ」の変化を追いかけていきます。

