NECとぎょうせい、生成AIで選挙事務を効率化|横浜市・仙台市の実証で7割超が効果実感

2026年7月6日、NECと株式会社ぎょうせいは、自治体の選挙事務における市民応対業務を効率化する生成AIを共同開発し、横浜市選挙管理委員会事務局と仙台市選挙管理委員会事務局の協力のもと、両市で実証実験を実施したと発表した。実証は2026年5月から6月末まで行われた。

このシステムは、NECの「NEC自治体支援生成AIサービス」上にぎょうせいの選挙専門書籍のデータを取り込み、自治体のFAQも参照して関連情報を検索・表示する。公職選挙法に関する質問などをチャットに入力すると、書籍に基づく回答と根拠となる法令や文献を提示する。ハルシネーションチェック機能やe-Gov法令検索との連携も実装した。実証後のアンケートでは、両市併せて利用者の9割以上が回答精度を「正確」と評価し、7割以上が「業務効率化に寄与する」と回答した。

From: 文献リンクNECとぎょうせい、横浜市と仙台市の協力のもと生成AIを活用した選挙事務効率化の実証実験を実施

【編集部解説】

まず押さえておきたいのは、今回の取り組みが「NECの単発の思いつき」ではなく、同社が積み上げてきた自治体特化型AIの系譜の最新形だという点です。NECは2026年2月に仙台市・日本加除出版と組んで戸籍事務でほぼ同じ手法の実証を開始しており、今回の選挙事務版はその「横展開」にあたると見られます。専門書籍を持つ出版社と組み、実務書のデータをAIに参照させるという型がすでに確立しつつあることが見て取れます。

技術の核にあると考えられるのは、リリース本文では明示されていませんが、RAG(検索拡張生成)と呼ばれる仕組みです。指定した信頼できる資料を参照してから回答を組み立てるこの方式は、「根拠となる法令や文献を提示する」という説明とよく符合します。今回であればぎょうせいの選挙専門書籍やe-Gov法令検索が、その参照先にあたります。

なぜ選挙事務なのか。ここが読者に伝えたい肝です。選挙は不定期に実施され、繁忙期も限られるため、担当職員が経験を積む前に異動してしまうという構造的な弱点を抱えています。加えて公職選挙法は解釈が難解で、挨拶や寄付の可否など一つ判断を誤れば市民の権利行使に直結します。つまり「専門性が高いのにノウハウが定着しない」という、AIが最も価値を発揮しやすい領域だったわけです。

興味深いのは、横浜市がこの分野ですでに前史を持っていることです。各種資料によれば、同市は2024年11月から2025年3月にかけて民間企業(NTT東日本)と組み、公職選挙法などの法令・選挙関連データ(PDF約4,500ページ)をデータ化してRAG環境を構築しました。選挙管理委員会の問い合わせ業務では、昭和46年以降に蓄積した約3,000件の質疑応答記録を連携させ、回答精度約9割を達成したと報告されています。今回のNEC版で示された「9割以上が正確と評価」という数字は、この先行実証の水準と近い印象です。ただし、横浜市の先行実証は「あらかじめ用意した質問への回答」を評価したものである一方、今回のNEC版は利用者アンケートによる主観評価であり、評価方法が異なる点には留意が必要です。数字が近いからといって、単純に同一視はできません。

この点をさらに掘り下げると、数字の読み方には慎重さが要ります。「9割以上が正確」「7割以上が効率化に寄与」はいずれも利用者アンケートに基づく主観評価であり、AIの回答が客観的に9割正しかったという意味ではありません。母数となった職員数や誤答の中身は公表されておらず、ここは各メディアが誇張して伝えやすいポイントです。innovaTopiaとしては「体感値として高評価だった」という枠を超えないよう線引きしておきます。

ポジティブな側面は明快です。ベテラン職員への依存から脱し、若手でも根拠付きの一次回答へ即座にたどり着けるようになれば、応対品質のばらつきが減ることが期待されます。なお、同種の戸籍事務の実証では住民の待ち時間短縮も見込めるとされており、選挙事務でも同様の効果が波及する可能性があります。総務省のガイドブックでも、自治体における生成AIやRAGの活用事例や導入時の留意事項が整理されており、専門人材の不足などの課題への対応策として、こうした技術に期待が寄せられています。

潜在的なリスクは、ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成する現象)です。選挙事務では誤答が市民の権利に直結するため、NECはハルシネーションチェック機能とe-Gov法令検索との連携で「職員がダブルチェックできる仕組み」を組み込みました。裏を返せば、AIはあくまで下書きであり、最終判断は人間が担うという設計思想がうかがえます。これは、公共領域での生成AI活用の現実的な落としどころを示していると言えるでしょう。

規制・制度面では、著作権の扱いが一つの試金石になります。今回は書籍利用について著作権者から個別許諾を得たと明記されました。専門出版社のコンテンツをAIに読ませるビジネスモデルが広がるなか、この「許諾を取ってから使う」という手続きの明示は、後続する自治体・企業にとっての実務的な前例になり得ます。

長期的に見れば、この動きは「出版社×IT企業×自治体」という三者連携モデルの定着を予感させます。戸籍に続き選挙、その先には税務や福祉といった専門事務への広がりも考えられます。未来を先取りするなら、行政の窓口対応が「ベテランの記憶」から「検証可能なデータ」へと静かに置き換わっていく——その転換点の一つを、私たちは今まさに目撃していると言えるのかもしれません。

【用語解説】

RAG(検索拡張生成/Retrieval-Augmented Generation)
生成AIが自身の記憶だけで答えるのではなく、指定された信頼できる資料を都度検索してから回答を組み立てる方式のことである。今回のシステムで「根拠となる法令や文献を提示する」という振る舞いは、このRAGによって実現されていると考えられる。参照先を限定できるため、ハルシネーションを抑えやすいという利点がある。

ハルシネーション(幻覚)
人工知能が事実に基づかない情報を、あたかも正しいかのように生成してしまう現象を指す。選挙事務のように誤答が市民の権利行使に直結する領域では特に警戒される。今回の実証では、これを検知するチェック機能が組み込まれた。

公職選挙法
選挙の公正を確保するため、選挙運動の方法や寄付・挨拶の制限などを定めた日本の法律である。解釈が難解で判断を誤りやすいため、選挙管理の現場で問い合わせが集中する対象となっている。

選挙管理委員会事務局
各自治体に置かれる選挙管理委員会の実務を担う組織である。市民や立候補者からの多様な問い合わせに、法令や判例を参照しながら対応する役割を負う。今回は横浜市・仙台市の両事務局が実証に協力した。

LLM(大規模言語モデル)
大量のテキストを学習し、人間が書いたような自然な文章を生成できるAIの基盤技術である。NECの「NEC自治体支援生成AIサービス」も、こうしたLLMを活用しているとみられる。

【参考リンク】

NEC 自治体での生成AI活用(外部)
自治体向け生成AIソリューションの公式ページ。特長や事例、選挙・戸籍事務の実証情報がまとまっている。

株式会社ぎょうせい(外部)
1893年創業の法令出版社の公式サイト。加除式法規集や実務書、法情報のデジタル化事業を紹介している。

e-Gov法令検索(デジタル庁)(外部)
デジタル庁が運営する法令の検索・閲覧システム。今回のシステムが根拠確認のため連携する情報源である。

NEC(日本電気株式会社)(外部)
125年以上の歴史を持つグローバルテクノロジー企業。ITサービスと社会インフラの両事業を展開している。

【参考動画】

【参考記事】

NEC、生成AI活用で戸籍事務作業を効率化 仙台市で実証実験(日本経済新聞)(外部)
NECが仙台市・日本加除出版と組み、2026年2〜3月に戸籍事務でほぼ同じ手法の実証を開始したと報じた記事。

横浜市が挑む、行政サービスにおける生成AIとRAGの活用(NTT東日本)(外部)
横浜市の選挙業務で法令データ約4,500ページと質疑応答約3,000件を連携し、精度約9割を得た先行事例。

横浜市が取り組む、生成AIとRAGを活用した業務効率化(自治体通信Online)(外部)
選挙業務で精度約9割に達する一方、構造化されない文書や暗黙知に課題が残ったと報じている。

自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>(総務省)(外部)
自治体の生成AI・RAG活用事例や導入時の留意事項を整理した公式ガイドブック(第4版)。

【編集部後記】

「AIが選挙にかかわる」と聞くと身構える方もいるかもしれませんが、今回の主役は投票そのものではなく、その裏側で膨大な問い合わせをさばく職員の方々です。数年に一度しか回ってこない専門業務で、ベテランの記憶だけが頼り——そんな属人化した現場は、実は行政のあちこちに眠っています。

私たちが注目したいのは、AIが人を置き換えるのではなく、「下書きはAI、確認は人」という役割分担が静かに形になり始めた点です。この控えめな設計思想こそ、公共領域で生成AIが根付いていく鍵になるのかもしれません。戸籍、選挙の次に、どの窓口が変わっていくのか。引き続き追いかけていきます。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です