空港施設株式会社(本社:東京都大田区、代表取締役社長:笹岡修)は2026年6月26日、兵庫県が実施する補助事業「空飛ぶクルマ事業化準備事業」に協力事業者として参画したと発表した。
兵庫県は令和11年度(2029年度)の県内での空飛ぶクルマ商用運航開始を目指しており、空港施設は商用運航および離着陸場の整備に向けた事業を推進する。本取組みは、同社グループが中長期経営計画(FY2022-FY2028)【見直し2025】の重点施策IIIとして掲げる「事業領域拡大・成長投資の実行」の一環である。
From:
空港施設、兵庫県内での空飛ぶクルマ商用運航開始を目指して兵庫県が実施する補助事業に協力事業者として参画
【編集部解説】
まず押さえておきたいのは、この発表が日経の分類で「建設・不動産」に置かれている点です。空飛ぶクルマというと機体メーカーや航空会社の話題が先行しがちですが、今回の主役は「機体」でも「運航」でもありません。eVTOL(電動垂直離着陸機)が離着陸する場所、すなわちバーティポート(離着陸場)という”地上側のインフラ”です。
空港施設は、羽田をはじめとする空港の建物や施設を整備・管理してきた企業です。その同社が兵庫県の補助事業に名を連ねたという事実に、業界の重心が静かに移りつつある兆しが読み取れます。
ただし、ここは冷静に位置づけを確認しておきましょう。兵庫県の制度設計上、「協力事業者」とは経費を負担せず、技術支援などで協力する立場を指します。今回の参画は巨額を投じる段階ではなく、新領域への足がかりを確保する”布石”と理解するのが正確です。同社が中長期計画の重点施策III「事業領域拡大・成長投資の実行」に置いたのも、この文脈なら腑に落ちます。
では、なぜ「今」なのか。兵庫県の支援フェーズが切り替わったことが背景にあります。同県は令和7年度までの「実証等の支援」から、令和8年度(2026年度)に「事業化準備等の支援」へと段階を進めました。実験で飛ばす時期から、事業として成り立たせる準備の時期へ。県の関心は明確に”次”へ向かっています。
その象徴が、2026年6月25日の採択発表でした。兵庫県は4事業者・9事業を支援対象に選びました。オリックスは淡路市夢舞台とTOTTEIの離着陸場整備、兼松は洲本・城崎・神戸ウォーターフロントの整備などを担い、県内の離着陸場整備は計5件にのぼります。1カ所あたり3千万円を上限として整備費の2分の1が補助されます。
JALと住友商事の共同出資会社「ソラクル」や、岡山県の一般社団法人「MASC」も採択されました。空港施設は、このうちMASCが手がける淡路での商用運航準備や姫路での離着陸場候補地調査に、協力事業者として加わる立場です。主導するのではなく、技術面で支える役回りと理解するのが正確でしょう。
ここで時期の表現には注意が要ります。兵庫県の事業全体としては令和10年度(2028年度)以降の早期実装が掲げられており、「2029年度」は一律の目標ではありません。空港施設のリリースが記す令和11年度(2029年度)は、同社が協力するMASCの淡路案件で示された商用運航開始の目標年度にあたります。同じ「兵庫県の目標」でも、案件によって時期が異なる点は、読む側として押さえておきたいところです。
ここで一度、過熱した期待を補正しておきましょう。2025年の大阪・関西万博では、複数の空飛ぶクルマ関連機体や模型の展示、デモ飛行が行われましたが、当初期待された本格的な二地点間運航や来場者輸送の実現には課題が残り、社会実装に向けた実証・展示の色合いが強いものとなりました。機体開発や制度整備の面で、なお越えるべき壁があることが見えてきた段階といえます。
その流れを踏まえ、経済産業省と国土交通省は2026年3月にロードマップを改訂し、商用運航の開始時期を「2027年から2028年」と明記しました。「いつか」だった目標が「期限付き」へと書き換えられたわけで、今回の兵庫県の動きは、この国全体のスケジュール再設定と歩調を合わせています。
技術的な難所は、実は機体よりも地上側に多く残っています。バーティポートは「ヘリポートのうち空飛ぶクルマ専用のもの」として整理され、安全区域・消火設備・充電設備などの要件が問われます。準拠すべき国際的な基準づくりはなお進行中で、国内では国土交通省の整備指針などを参照しながら、基準の確立と並行して整備を進める”走りながら設計する”局面にあります。
実現すれば、何が変わるのでしょうか。渋滞を回避した都市内移動、離島や山間部のアクセス改善、災害時の救急搬送や物資輸送──地上の制約から解き放たれた移動は、観光や防災のかたちを組み替える可能性を秘めています。施設運営者にとっては、空港や商業施設の屋上が”新しい玄関口”となり、不動産の価値そのものを再定義しうるテーマでもあります。
もっとも、楽観だけで語れる話ではありません。関西経済連合会の報告書は、運航が低密度にとどまる2030年までは規模の経済が働きにくいと指摘しています。補助金が支える初期段階を抜け、自立した事業として黒字化できるか。騒音や安全性をめぐる社会受容性、そして「降りる場所」を面でどれだけ確保できるかが、普及の速度を左右するでしょう。華やかな機体のニュースの陰で、「どこに降りるのか」というインフラの主導権争いは、もう動き出しています。空を制するのは、必ずしも空を飛ぶ者だけではないのかもしれません。
【用語解説】
eVTOL(電動垂直離着陸機)
電気を動力に、ヘリコプターのように垂直に離着陸できる航空機。「空飛ぶクルマ」を指す技術的な呼称。国土交通省は厳密な定義はないとしつつ、「電動」「自動(操縦)」「垂直離着陸」をイメージとして挙げており、海外ではeVTOLやUAM/AAMと呼ばれる。
バーティポート(離着陸場)
eVTOL専用の離着陸場。「ヘリポートのうち空飛ぶクルマ専用のもの」として整理される。離着陸面のほか、安全区域・消火救難設備・充電設備などの整備が求められ、ビルの屋上などに設ける高架型と地上型がある。今回の補助事業の中核となるインフラだ。
中長期経営計画/重点施策III
空港施設が掲げる経営の中期計画(FY2022-FY2028)と、その柱の一つ。重点施策IIIは「事業領域拡大・成長投資の実行」を指し、今回の参画はこの枠で位置づけられている。
【参考リンク】
空港施設株式会社(AFC)(外部)
羽田を拠点に空港内外の不動産・インフラ事業を展開する東証上場企業。今回のリリースの発表元。
Soracle(ソラクル)(外部)
JALと住友商事が折半出資するeVTOL運航会社。兵庫県の補助事業に採択された4事業者の一つ。
オリックス株式会社(外部)
金融・不動産・事業投資を幅広く展開。淡路・神戸で離着陸場整備を予定する採択事業者。
兼松株式会社(外部)
次世代モビリティにも取り組む総合商社。洲本・城崎などで離着陸場整備を予定する採択事業者。
兵庫県「空飛ぶクルマ事業化準備事業」採択事業者の決定(外部)
2026年6月25日付の採択発表。4事業者・9事業の内訳を一覧で示す一次情報。
兵庫県「空飛ぶクルマの社会実装に向けた取組み」(外部)
補助事業の主体である兵庫県の公式ページ。公募要領や関連会議の資料を掲載する。
経済産業省「空の移動革命に向けた官民協議会」(外部)
国の制度設計とロードマップを議論する協議会。eVTOL社会実装の公式情報を確認できる。
国土交通省「バーティポートの機能や分類について整理」(外部)
離着陸場の機能・分類を整理した中間とりまとめの発表資料。制度設計の一次情報である。
【参考記事】
空飛ぶクルマ運航、兵庫県がオリックスなど支援 離着陸場の整備補助(日本経済新聞)(外部)
兵庫県が4事業者を採択。5カ所の離着陸場整備に1カ所3千万円上限・2分の1を補助。
関西における空飛ぶクルマの将来ビジョン(関西経済連合会)(外部)
2040年に世界約1.5兆ドル市場と予測。国内の商用運航は2027〜2028年開始の見通し。
空飛ぶクルマが変える地方経済の未来(ビジネスジャーナル)(外部)
万博での実証・展示から、商用運航2027〜2028年明記に至る経緯を解説。
経産省と国交省、空飛ぶクルマのロードマップ改訂(Sustainable Japan)(外部)
2026年3月の改訂を報道。制度・運用・インフラ面の課題が顕在化したと整理する。
我が国のバーティポートの機能や分類について整理しました(国土交通省)(外部)
バーティポートの社会的役割7つ・施設4分類を整理した中間とりまとめの発表。
【関連記事】
2027年、空が変わる。国が「空飛ぶクルマ」商用運航の開始時期を明記―ロードマップ改訂で見えた未来の交通地図
本記事が引用した「2027〜2028年」の出所となる国のロードマップ改訂を解説。”官”の制度設計と、今回の”地方自治体+民間”の動きを対で読める一本。
JAL・住友商事・Soracle、東京都「空飛ぶクルマ」2030年市街地実装に挑む
自治体×民間コンソーシアム×離着陸場整備という、兵庫県と同じ構図の東京都版。Soracleが両方に関わる点も含め、地域間の比較に最適。
空飛ぶタクシーが現実に、Joby Aviationがドバイで2026年サービス開始―4か所のバーティポート建設
バーティポート整備を軸に商用化を進める海外の先行事例。日本の「降りる場所」づくりを国際的な文脈に位置づけて読める。
「動く」から「働く」へ|GMO、空港ヒューマノイドの実証現場をJapan Drone 2026で公開
「空の社会実装の最大の障壁は、空ではなく地上にある」という本記事と同じ問題意識を、空港の地上業務という別角度から掘り下げた記事。
【編集部後記】
「空飛ぶクルマ」と聞くと、つい機体の姿に目がいきますよね。でも今回の一報が教えてくれるのは、「どこに降りるのか」というインフラ側の物語でした。みなさんがふだん使う駅やショッピングモールの屋上が、いつか”空の玄関口”になるかもしれません。もし自分の街にバーティポートができるとしたら、どんな移動に使ってみたいでしょうか。観光、通勤、それとも災害時の備え──。みなさんの暮らしに引き寄せて想像してみると、この技術の手触りがぐっと近づく気がします。私たちも一緒に、その未来を追いかけていきます。
