筑波大・JAMSTEC・農研機構、温泉から自己複製する未知の環状RNAを発見

筑波大・JAMSTEC・農研機構、温泉から自己複製する未知の環状RNAを発見

筑波大学生命環境系の浦山俊一教授と海洋研究開発機構生命地球科学研究部門の布浦拓郎上席研究員らの研究チームは、高温の温泉環境から自己複製する未知の環状RNAを発見した。

研究チームはこれまでに70〜80℃の高温の温泉環境から新奇な直鎖型ゲノムを持つRNAウイルスを発見しており、今回は同様の高温環境において、温泉中の微生物群集から環状構造を持つ新しいタイプのRNA複製体を発見した。

この環状RNAは、既知の環状RNAとは塩基配列が大きく異なる一方、高次構造上共通した特徴を持つ新たな系統の環状RNA複製体に属することが示された。さらに公開データベース上のRNA配列を解析した結果、環状RNA複製体の多様性が従来の想定より大きく広がることも明らかになった。

本研究には筑波大学、海洋研究開発機構、農業・食品産業技術総合研究機構が参画しており、研究成果は2026年4月20日にNature Communicationsに掲載された。

From: 文献リンク温泉から自己複製する未知の環状RNAを発見

【編集部解説】

今回の発見でぜひ注目していただきたいのは、研究チームが論文の英語タイトルに掲げている「Obelisk(オベリスク)様RNAレプリコン」という言葉です。実はこのオベリスクこそ、2024年にスタンフォード大学のアンドリュー・ファイアー教授(2006年ノーベル生理学・医学賞受賞者)の研究室が発表し、世界の生命科学界を驚かせた新しい遺伝因子のクラスを指します。今回の研究は、その潮流に日本の研究チームが大きく踏み込んだ成果と位置づけられます。

オベリスクは2024年初頭、ヒトの腸内や口腔内の微生物叢から最初に見つかりました。約1,000塩基ほどの環状RNAで、ロッド(棒)状の二次構造を持ち、これまで知られていたいかなる生命由来の塩基配列とも似ていない「Oblin(オブリン)」と呼ばれる新規タンパク質をコードしています。スタンフォード大学チームの初期解析だけで約3万種が同定され、研究者たちはオベリスクを、ウイルスやウイロイドとは異なる特徴を持つ新しい系統のRNA因子として報告しました。

今回の日本チームの貢献は、このオベリスクが70〜80℃の高温・酸性温泉という極限環境にも存在することを実証した点にあります。これまでオベリスクが報告されていたのは、ヒトの体内や常温の環境サンプルが中心でした。今回の研究では、好熱好酸性細菌に関連する新しいオベリスク科「Hot spring Obelisks(HsObs)」が同定されており、オベリスク様RNA複製体が、ヒト関連の微生物叢だけでなく、高温温泉のような極限環境にも存在することが示され、その分布は従来考えられていたより広い可能性があります。

この発見は、RNAワールド仮説を含む生命起源研究に新たな視点を与える可能性があります。「最初の生命はDNAではなくRNAから始まった」とするRNAワールド仮説では、初期地球の高温熱水環境が生命誕生の舞台と考えられてきました。自己複製する環状RNAが、そのような原始地球を模した高温・酸性環境で見つかったことは、RNAを基盤とする複製システムがいかに頑健で多様性に富むかを示しており、生命の起源や初期進化に関する議論に新たな知見を加える可能性があります。

応用面では、環状RNAは安定性の高い分子として注目されており、将来的には医療や合成生物学への応用が期待されます。高温で機能するRNA複製機構の解明は、より熱安定性の高いRNA医薬品や、合成生物学のツール開発につながる可能性があります。

一方で潜在的なリスクや課題もあります。オベリスクの宿主や生物学的機能はまだほとんど分かっておらず、それが微生物群集の挙動にどう影響しているかは未解明です。今後、温泉地の微生物生態系の保全や、極限環境バイオテクノロジーの規制枠組みを議論する際、こうした「ウイルスでも細菌でもない自己複製因子」をどう位置づけるかが新たな論点として浮上してくるでしょう。

私たち日本人にとって身近な「温泉」が、生命の根源をめぐる世界最先端の議論の現場になっている――これは、innovaTopiaが伝えたい「Tech for Human Evolution」の好例ではないでしょうか。足元のフィールドから、人類の自己理解を更新する発見が生まれている時代に、私たちは立ち会っています。

【用語解説】

ウイロイド
タンパク質の殻を持たず、裸の環状RNAだけで構成される最小の感染性病原体。1971年に植物病原体として発見された。ゲノムサイズはおよそ200〜400塩基と極めて小さく、生命の起源を考えるうえで重要な存在とされる。

レプリコン(RNA複製体)
自己複製を行う最小単位の核酸分子のこと。ウイルス、ウイロイド、プラスミドなどが含まれ、宿主細胞の機構を借りて自分自身のコピーを作り出す。

高次構造(二次構造)
RNAやタンパク質が、塩基配列やアミノ酸配列に従って自発的に折りたたまれてできる立体的な形。

ローリングサークル複製
環状RNAやDNAが、輪を回転させながら長い直鎖状コピーを連続的に作り出す複製様式。既知の環状RNAレプリコンの多くがこの仕組みを採用しているとされる。

オベリスク(Obelisk)
2024年1月にスタンフォード大学のチームが発表した、ウイロイドにもウイルスにも分類されない新しいRNA因子のクラス。約1,000塩基の環状RNAで、棒状の高次構造を取り、独自のタンパク質「オブリン(Oblin)」をコードする。既知のいかなる生命の塩基配列とも相同性がない。

Hot spring Obelisks(HsObs)
今回の研究で同定された、温泉由来のオベリスク科。好熱好酸性細菌に関連すると考えられる。

メタトランスクリプトーム
ある環境中に存在するすべての生物のRNA(転写産物)をまとめて読み取るアプローチ。培養が困難な微生物の遺伝子発現も網羅的に調べられる。

mRNAワクチン
メッセンジャーRNAを直接体内に投与し、抗原タンパク質を合成させて免疫応答を引き出すワクチン技術。新型コロナウイルス感染症対応で実用化が一気に進んだ。

【参考リンク】

筑波大学 公式サイト(外部)
本研究の代表機関である国立大学法人。生命環境系の浦山俊一助教が研究を主導し、ウイルス学の立場から環状RNA探索を進めた。

筑波大学 生命環境系 浦山研究室ページ(外部)
浦山俊一助教(ウイルス担当)と萩原大祐准教授(糸状菌担当)による「ウイルス生態学featuring糸状菌」研究室の紹介。

TSUKUBA JOURNAL「温泉から自己複製する未知の環状RNAを発見」(外部)
今回の研究成果に関する筑波大学公式の詳細プレスリリース。論文題名・DOI・著者一覧など、研究の一次情報を網羅的に確認できる。

JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)公式サイト(外部)
本研究の共同機関。布浦拓郎上席研究員が所属する生命地球科学研究部門を抱え、海洋と地球の研究を幅広く担う国立研究開発法人。

農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)公式サイト(外部)
本研究の共同機関。松下陽介上級研究員が所属する、農業と食品産業に関する基礎・応用研究を幅広く統括する国立研究開発法人。

【参考記事】

Nature Communications 掲載論文ページ(外部)
本研究の原著論文ページ。日本の温泉から発見されたオベリスク様RNAレプリコンの解析結果や手法を確認できる、研究の一次情報。

‘It’s insane’: New viruslike entities found in human gut microbes(Science)(外部)
スタンフォードチームによる約3万個のオベリスク発見を伝えた科学誌の速報記事。腸内7%・口腔50%という検出率も報じている。

Viroid-like colonists of human microbiomes(Cell)(外部)
オベリスクを最初に記載した原著論文の情報ページ。著者7名による29,959のオベリスク同定とOblinタンパク質スーパーファミリー定義の概要を掲載。

A new virus-like entity has just been discovered – ‘obelisks’ explained(The Conversation)(外部)
オベリスクが何者かを一般読者向けに整理した解説記事。ウイルスとウイロイドの中間的性質や検出率、約3万種という数値を伝えている。

A novel viroid-like RNA element “Obelisks”: a major breakthrough in the RNA World(PMC)(外部)
オベリスク発見の科学的意義をRNAワールド仮説の文脈で位置づけたレビュー論文。VNom解析手法やOblinタンパク質の特徴を整理。

【編集部後記】

身近な温泉の湯けむりの中に、ウイルスでもウイロイドでもない、未知の自己複製RNAが息づいている――そんな事実に、ふと足を止めたくなりませんか。私たちが「生命とは何か」と問うとき、その答えは試験管の中ではなく、案外、週末に訪れた温泉地の足元にあるのかもしれません。みなさんがよく訪れる温泉地の湯にも、もしかしたら世界初の「オベリスク」がひっそり眠っている可能性があります。次に温泉に浸かるとき、湯の中で起こっている分子レベルのドラマに、少しだけ思いを馳せてみていただけたら嬉しいです。

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