JPYC、ウォレット向け「JPYC EX連携API」提供開始──シンプレクスが開発支援、HashPort Walletが導入事例に

シンプレクス株式会社(本社:東京都港区、代表取締役:金子英樹)は2026年7月13日、JPYC株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役:岡部典孝)が提供する日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」において、ウォレット事業者およびJPYC活用サービス事業者向けの「JPYC EX連携API」の開発を支援したと発表した。

同APIは、事業者のウォレットアプリや各種サービス画面から、JPYC EX上の発行・償還手続画面へ利用者を遷移させる連携機能である。主な機能は、JPYC EXへのログイン・アカウント連携、発行・償還手続画面への導線提供、ウォレットアドレス登録補助、手続後の画面制御に必要なステータス連携の4点。連携先事業者がJPYC社に代わって申込み受付や取引可否・予約内容の確定を行うものではなく、審査、追加認証、申込みの最終受付および確定はJPYC社が実施する。シンプレクスはJPYC EXの構築時から開発支援を継続している。

From: 文献リンクシンプレクス、JPYCの「JPYC EX連携API」の開発を支援

【編集部解説】

ステーブルコインの話題は、これまで「発行できるか」「どのチェーンに載るか」という上流の議論に集中してきました。今回のニュースは、そこから一段下りた場所——ユーザーがアプリの中で指を動かす、その数タップ分の話です。地味に見えますが、普及の分かれ目はむしろここにあります。

JPYCは2025年8月18日に第二種資金移動業者として登録され(関東財務局長第00099号)、同年10月27日に発行を開始しました。累計発行額は2026年2月2日時点で10億円、4月15日時点で21億円、5月30日時点で30億円を突破しています。ただしこれらは累計発行額であり、その時点でオンチェーン上に流通している残高とは異なる指標です。流通額については、JPYC社が2026年7月10日に20億円を突破したと発表しています。数字は伸びていますが、日本円ステーブルコイン市場全体としてはまだ立ち上がりの段階と言えるでしょう。

そのうえで普及の課題と考えられてきたのが、オンランプ/オフランプの「断絶」です。ウォレットでJPYCを使いたいのに、円をJPYCに換える(発行)にはウォレットを一度離れてJPYC EXへ行き、手続きを終えてまた戻ってくる。JPYC社もHashPort社も、この画面の往復をUX上の課題として明示しています。web3に慣れた人には些事でも、はじめての人にとっては離脱ポイントになり得る部分です。

今回のAPIは、この往復の分断を小さくします。ただし、認証も申請そのものもJPYC EX上で行われる点は変わりません。

このAPIが「やらないこと」にこそ設計思想がある

注目したいのは、機能リストではなく、その直後に置かれた但し書きのほうです。連携先の事業者は、JPYC社に代わって申込みを受け付けたり、取引の可否を確定したりはしない。審査も、追加認証も、最終受付も、すべてJPYC社が行う——と明記されています。

これは単なる免責文言ではなく、制度設計と正面から向き合った結果の線引きだと編集部は見ています。JPYCは資金移動業者として、犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認やAML/CFT態勢の整備を求められる立場にあります。加えて、2025年6月に成立した改正資金決済法では、利用者資産を預からず「媒介のみ」を行う「電子決済手段・暗号資産サービス仲介業」が新設され、関連する政令・内閣府令が2026年6月1日に施行されました。つまり今の日本では、どの行為が登録を要する「媒介」に当たり、どの行為が単なる画面遷移や情報提供にとどまるのかが、以前にも増して具体的に問われる局面に入っています。

このAPIは、認証も申込確定もJPYC社側に残したまま、UXだけを事業者側に開放する。連携事業者が規制上の「媒介」に該当するリスクを抑えやすい設計とみられます。ただし、登録の要否は画面設計だけで決まるものではなく、勧誘の有無、取引条件の説明、注文情報の伝達、契約・委託関係といった業務実態から個別に判断されるものです。ここは「これで登録不要」と読み替えてはいけない部分でしょう。

それでも、規制の壁を壊すのではなく、壁の手前で体験だけを滑らかにするという解き方であることは、ステーブルコインを自社サービスに組み込みたい企業にとって実務上いちばん知りたかった部分のはずです。

導入事例はHashPort Wallet

導入事例として名前が挙がっているのは、HashPortのweb3ウォレット「HashPort Wallet」です。大阪・関西万博の「EXPO2025デジタルウォレット」の後継として展開されたアプリで、ダウンロード数は115万を超え、JPYCユーザーの8割超が利用しているとHashPortは説明しています(2026年3月時点、同社調べ)。ノンカストディアルウォレット内に日本円ステーブルコインの発行・償還を組み込むのは国内初としていますが、これも同社の自社調査に基づく主張です。

ここで押さえておきたいのは、ウォレットが発行主体になるわけではないという点です。アプリ内ブラウザでJPYC EXのログイン・申請画面を開く形であり、事前にJPYCアカウントの開設、本人確認、出金口座の登録が必要になります。

JPYC側は活用先として、ノンカストディアルウォレット事業者、ステーブルコイン決済を導入するアプリ・サービス事業者、地域通貨・ポイント・会員基盤との連携事業者、web3・デジタルコンテンツ事業者の4分野を想定しています。ウォレットの外側——ポイント、会員基盤、デジタルコンテンツ——にまで導線が伸びていく可能性を示している点は、読み落としたくないところです。

「黒衣」がシンプレクスであること

今回の発表がJPYC社に加え、開発を担ったシンプレクス側からも出ているのは興味深い点です。1997年創業、メガバンクや大手証券のシステムを長年支えてきた金融ITの企業が、JPYC EXの構築時から継続して手を動かしている。

オンチェーン金融という新しい建物は、既存の金融システム開発で積み上げられた実装力の上に建っている。この構図こそ、web3を「既存金融のオルタナティブ」として語る物語よりも、はるかに現実に近いのではないでしょうか。シンプレクス自身も、オンチェーン金融の発展には活用するサービス側の拡大が不可欠であり、環境整備とオンチェーン前提のビジネスモデル設計が関連企業に求められる、と述べています。

見落としてはいけないリスク(編集部の見立て)

ここから先は実証データのある話ではなく、編集部が想定するリスク仮説として読んでいただければと思います。

ひとつは、フィッシングへの警戒が薄れる可能性です。アプリ内ブラウザでJPYC側の認証画面を開く体験が当たり前になったとき、「どのドメインで、誰に認証情報を渡しているか」を確認する習慣は保てるでしょうか。偽アプリが同じ体験を模倣したとき、見分ける手がかりは減るかもしれません。JPYC社自身もフィッシングへの注意喚起を行っています。

もうひとつは、摩擦の減少とAMLの緊張関係です。JPYCの発行・償還には1回あたり100万円という上限があり(2026年5月15日のJPYC EXアップデートで「1日あたり」から「1回あたり」へ変更)、不正利用防止の観点から短時間の連続した発行申請は認められていません。導線が滑らかになるほど、この種のブレーキが体験上どう機能するかは注視すべきポイントになるはずです。

長期的に何が起きるか

信託型ステーブルコインの動きはすでに始まっています。SBIホールディングスとStartale Groupが共同開発し、SBI新生信託銀行が発行する「JPYSC」は2026年6月24日に提供が開始され、当初はSBI VCトレードの口座内に限って取り扱われています。第二種資金移動業に適用される100万円上限を受けない一方、現時点では外部への入出庫には対応していません。さらに、みずほ・三菱UFJ・三井住友の3行は2026年度中の実取引開始を目指すと表明しています。

発行体は今後、増える可能性が高いと見てよいでしょう。そのとき問われるのは、コインそのものの性能だけではありません。信用力、償還性、流動性、手数料、対応チェーン——競争要因は複数ありますが、どれだけ多くのウォレットやサービスに「刺さっている」かは、重要な軸のひとつになると編集部は考えます。

JPYCが今このタイミングで事業者向けの接続仕様を用意したことに、業界標準を先に押さえる意図があるのかどうかは公表されていません。ただ、ステーブルコインが「使えるもの」から「気づかないうちに使っているもの」へ変わる境目は、こうしたAPIの層で決まる——私たちが今この記事を書くのは、そこが未来の分岐点だと考えるからです。

【用語解説】

ステーブルコイン
法定通貨などの資産に価値を連動させ、価格の安定を図るよう設計されたデジタル通貨。JPYCは1JPYC=1円で日本円に連動するよう設計されている。法定通貨そのものではない点に注意が必要である。

電子決済手段
2023年6月1日施行の改正資金決済法で定義された法的カテゴリ。法定通貨と連動し、額面での償還を約束するステーブルコインが典型例として該当する。ビットコインなどの「暗号資産」とは別の法的区分として扱われる。

資金移動業者/第二種資金移動業
銀行以外で為替取引(送金)を業として行うために、財務局の登録を受けた事業者。第一種(送金上限なし)、第二種(1件あたり100万円まで)、第三種(同5万円まで)に分かれる。JPYC株式会社は第二種として登録されており(関東財務局長第00099号、2025年8月18日登録)、発行・償還が1回あたり100万円までに制限されるのはこの区分に由来する。

累計発行額とオンチェーン流通額
累計発行額は、これまでに発行された総量であり、後に償還された分も含まれる。オンチェーン流通額は、その時点でブロックチェーン上に存在している残高を指す。両者は別の指標である。

発行(オンランプ)/償還(オフランプ)
日本円を預けてJPYCを受け取ることを「発行」、JPYCを返して日本円の振込を受けることを「償還」と呼ぶ。法定通貨とデジタル通貨を行き来する出入口にあたる。

ノンカストディアルウォレット
秘密鍵を事業者ではなく利用者自身が管理するタイプのウォレット。HashPort Walletでは、秘密鍵を保護するために利用者が設定した6桁のパスコードを使用する。運営側はパスコードの確認・リセット・復元を行えず、これを失うとウォレット内の資産へアクセスできなくなる可能性がある。

電子決済手段・暗号資産サービス仲介業
2025年6月に成立した改正資金決済法で新設された登録業種。暗号資産交換業者や電子決済手段等取引業者から委託を受け、利用者資産を預からずに売買・交換の「媒介のみ」を行う事業者を対象とする。関連する政令・内閣府令は2026年6月1日に施行された。

API
ソフトウェア同士を接続するための取り決め。今回のJPYC EX連携APIは、外部サービスの画面からJPYC EXの手続き画面へ利用者を橋渡しするための仕様群を指す。

信託型ステーブルコイン(特定信託受益権)
信託の仕組みを使って発行されるステーブルコイン。第二種資金移動業に適用される1回100万円の上限を受けず、大口決済に向くとされる。SBI新生信託銀行が発行する「JPYSC」や、3メガバンクが検討する共同発行分がこの類型にあたる。ただし、各サービスが独自の上限を設ける可能性はある。

【参考リンク】

JPYC EX(JPYC株式会社サービスサイト)(外部)
日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行・償還を行う公式プラットフォーム。対応ウォレットや手順、FAQを掲載。

JPYC株式会社(コーポレートサイト)(外部)
2019年11月設立。電子決済手段の発行・償還を主業とし、資金移動業型の日本円ステーブルコインを発行する。

シンプレクス株式会社(外部)
1997年創業の金融システム開発企業。web3・AI・クラウド領域にも展開し、JPYC EXを構築時から支援する。

HashPort Wallet(外部)
HashPortが提供するノンカストディアル型web3ウォレット。JPYC EX連携APIの導入事例として紹介された。

株式会社HashPort(外部)
2018年7月設立、東京都港区のweb3企業。代表取締役CEOは吉田世博氏。ウォレット事業を中核に展開する。

金融庁「資金移動業者登録一覧」(外部)
登録済み資金移動業者と業務種別を確認できる一次資料。JPYCの登録番号と登録日も記載されている。

金融庁「電子決済手段・暗号資産サービス仲介業を行うみなさまへ」(外部)
2026年6月1日開始の仲介業制度の案内。媒介のみを行う者の登録要件や制度趣旨を確認できる。

JPYC 利用規約(資金移動業)(外部)
発行・償還が1回あたり100万円を上限とすることなど、現行の利用条件を定めた公式文書である。

【参考動画】

※JPYC EXとHashPort Walletの接続方法を解説した参考動画です。今回発表されたJPYC EX連携APIの機能を直接解説する動画とは限りません。

【参考記事】

JPYC株式会社、ウォレット・JPYC利用サービス向け「JPYC EX連携API」を提供開始(外部)
JPYC社の一次発表。APIの4機能、申込受付や取引可否確定を委ねない線引き、想定活用先4分野を明記。

HashPort Wallet、アプリ内でのJPYC発行・償還が可能となる連携機能の提供を開始(外部)
7月13日提供開始予定と発表。DL115万超、JPYCユーザーの8割超という数値は同社調べによる。

日本円ステーブルコインJPYC、オンチェーン流通額20億円を突破(外部)
2026年7月10日発表。累計発行額とは別指標である流通残高の最新値と、UX改善の狙いを示している。

JPYC EXの累計口座開設数が19,000件、累計発行額が30億円を突破(外部)
2026年5月30日時点の公式実績。発行の伸びを時系列で押さえる基準点のひとつとなる。

JPYC EXの累計口座開設数が13,000件、累計発行額が10億円を突破(外部)
2026年2月2日時点の公式実績。半年足らずで発行額が3倍に伸びた推移を確認できる。

JPYC EX大型アップデートのお知らせ – 発行ルールの変更、Kaiaチェーン対応など(外部)
2026年5月15日発表。発行上限を「1日あたり」から「1回あたり100万円」へ変更し、Kaiaに対応した。

SBIグループおよびStartale Groupによる、信託型円建てステーブルコイン「JPYSC」の提供開始(外部)
2026年6月24日提供開始。SBI新生信託銀行が発行者。100万円制限を受けず、口座内限定で先行提供。

3行共同発行ステーブルコインの2026年度中の実取引の開始について(外部)
みずほ・三菱UFJ・三井住友が信託型ステーブルコインの2026年度中の実取引開始を目指すと発表した。

【編集部後記】

もし普段お使いのウォレットに、円をJPYCに換えるボタンが現れたら——押してみたいと思われるでしょうか。それとも、押す前に一度立ち止まるでしょうか。

今回のニュースは「便利になった」という話であると同時に、「便利さの手前で何を確かめるか」を私たち自身に問い返す出来事でもあります。滑らかな導線は、確かめる余地も一緒に削っていくからです。

みなさんなら、どのサービスにこの導線が組み込まれたら「使う」に踏み切りますか。ぜひ聞かせてください。

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