Google「PHRM」、顔認証の8秒で心拍を測る――ウェアラブル並みの安静時心拍計測

Google「PHRM」、顔認証の8秒で心拍を測る――ウェアラブル並みの安静時心拍計測

Google Research は2026年6月4日、スマートフォンのフロントカメラで撮影した顔の映像から心拍数(HR)と安静時心拍数(RHR)を受動的に計測する研究システム「PHRM」を公式ブログで紹介した。基礎となる論文は同年6月1日に Nature に掲載されている。

PHRMは画面のロック解除直後の8秒間の映像を取得し、深層学習でHRを推定する。約700名の参加者から得た35万本超の映像クリップを用い、Monk Skin Tone scale などで肌の色を区分して開発・検証した。

実地調査では Fitbit Charge 6 などを参照機器とし、全体のHRのMAPEは6.09%、RHRのMAEは4.39 bpmだった。Google はデータセットと学習済みモデル「PHRM-mini」を研究者向けに承認制で公開する。

From: 文献リンクTowards passive heart health monitoring via smartphone camera

【編集部解説】

スマートフォンは、すでに世界でおよそ50億人が手にしている「最も身近なセンサーの塊」です。今回 Google Research がブログで紹介し、その基礎となる論文が Nature に掲載されたのは、その手元の端末を、特別な操作なしに心臓の状態を映し出す装置へと変えるという発想でした。ウェアラブルを買えない人、あるいは装着習慣が続かない人にも健康モニタリングを届けられるかもしれない——この一点に、本研究の射程の広さが表れています。

技術の核にあるのは rPPG(リモート光電容積脈波)と呼ばれる手法です。心臓が血液を送り出すたびに、顔の皮膚に流れる血液量がわずかに変化し、肌が反射する光の色味も微細に揺れます。その揺れをフロントカメラの映像から読み取り、深層学習で心拍に換算する、というのが大まかな仕組みです。原理自体は20年前から知られていましたが、実験室の整った環境を出た瞬間に精度が崩れる、というのが長年の壁でした

注目すべきは、この研究が「肌の色」という公平性の課題に正面から取り組んだ点です。暗い肌ほどメラニンが光を吸収し、PPG信号が読み取りにくくなります。実際、パルスオキシメーター(血中酸素濃度計)では暗い肌での測定誤差が問題化し、FDA(米国食品医薬品局)がガイダンス草案を示す事態にまで至りました。PHRMはこの教訓を先取りし、実地調査では Monk Skin Tone scale で肌の色を3群に分け(ラボ研究では Fitzpatrick scale なども併用)、暗い肌の参加者を相応の比率で組み入れたうえで、群間の誤差差を一定以内に抑える非劣性基準を自ら課しています

実地調査(free-living)の結果は、この設計が機能したことを示しています。日常利用のなかでの全体のHR誤差は MAPE 6.09%、安静時心拍数の誤差は MAE 4.39 bpm に収まりました。とくに暗い肌のグループ3でも、日数を重ねるとカルマンフィルター(時系列の推定を滑らかにする数学的手法)が収束し、安静時心拍数については3日目以降に目標精度へ達しています。技術が「平均的に使える」だけでなく「誰にとっても使える」方向を目指した点は、innovaTopia が重視する多様性の観点からも評価できます

一方で、過度な期待は禁物です。Nature 最終版でも実地条件での計測成功率は43.1%にとどまり、肌の色のグループ別では58%・45%・25%と、暗い肌のグループ3で最も低くなりました。これは「精度」と「そもそも測れる確率」が別物であることを意味します。加えて、フロントカメラが顔を撮影し続けるという発想は、強力さと同時に、プライバシー上の警戒も呼び起こします。実際の研究では、本人が中身を確認して承認したクリップだけを暗号化サーバーへ送る設計でしたが、これが製品として広く実装される段になれば、撮影・処理・保存をどこまで端末内に閉じ込められるかが信頼の分かれ目になるでしょう

規制の観点も見落とせません。心拍の参考表示にとどまるのか、それとも疾患リスクの判定に踏み込むのかで、医療機器としての扱いは大きく変わります。Google が今回をあくまで「研究システム(research system)」と位置づけ、データセットを非商用・非臨床の研究用途に限定し、再識別を厳しく禁じているのは、製品化以前に外部検証を促す慎重な姿勢の表れと読めます。

最後に数字について補足します。Google のブログは「35万本超のクリップ、約700名」と概数で記していますが、これは Nature 最終版の開発用192,353本(485名)と検証用162,546本(211名)を合算した値に対応します。実地調査の参加者についても、ブログが231名と記すのに対し、Nature 最終版では開発用128名・検証用107名に分け、最終解析は101名と段階が分かれています。プレプリント段階では別の本数(225,773本ほか)が記載されていた経緯もあり、二次的に報じる海外メディアの間でも数字に揺れが見られます。正確な引用元は後段の【参考記事】で明示します。

長い目で見れば、本研究が問いかけているのは「日々向き合う端末が、ひるがえって私たちの体を映し返す」という関係性そのものです。検証集団を広げ、プライバシー設計を磨いた先に、医療アクセスの地図がどう塗り変わるのか、その輪郭を引き続き追っていきます。

【用語解説】

PHRM(Passive Heart Rate Monitoring)
日常的なスマートフォン利用の最中に、バックグラウンドで心拍数と安静時心拍数を受動的に計測する研究システムの名称。今回 Google Research が発表した。

rPPG(リモート光電容積脈波)
皮膚に触れず、カメラ映像から血流による光の微細な変化を読み取って心拍を推定する手法。接触型のPPG(指などで測る方式)に対し、離れた位置から計測する点が特徴である。

MAPE(平均絶対パーセント誤差)
推定値が正解値からどれだけずれているかを百分率の平均で表す指標。値が小さいほど精度が高い。本研究では基準を10%未満に置いた。

MAE(平均絶対誤差)/ bpm
推定値と正解値の差の絶対値を平均した指標。bpm は beats per minute(拍毎分)で、心拍の速さの単位である。RHRでは5 bpm未満を目標とした。

カルマンフィルター
時系列の観測値からノイズを除き、より確からしい推定値を導く数学的手法。本研究では1日分の心拍計測を統合してRHRを安定的に求める際に用いられた。

パルスオキシメーター
指などに装着し、光を使って血中酸素濃度を測る医療機器。暗い肌での測定誤差が指摘され、肌の色の多様性を検証に求める議論の先例となった。

【参考リンク】

Dataset and pre-trained model(GitHub)(外部)
データセットと学習済みモデル「PHRM-mini」を承認制で公開するリポジトリ。非商用・非臨床研究用途に限定されている。

Monk Skin Tone Scale(外部)
Google が公開する肌の色の尺度。10段階で肌のトーンを表し、本研究の実地調査の肌色グループ分けに用いられた。

Fitbit(Google Store)(外部)
本研究でRHRの参照機器となった Fitbit Charge 6 を含む、Google のウェアラブル製品の公式ストアページ。

U.S. Food & Drug Administration(FDA)(外部)
パルスオキシメーターの性能検証に肌の色の多様性を求めるガイダンス草案を示した、本記事の規制文脈にかかわる組織。

【参考記事】

Passive heart-rate monitoring during smartphone use in everyday life(Nature)(外部)
論文本体。最終版は開発に192,353本(485名)、検証に162,546本(211名)を用い、実地の計測成功率は43.1%と記載。

Smartphone unlock can measure heart rate, potentially bringing health monitoring to billions worldwide(MedicalXpress)(外部)
696名を募り485名の192,000本超で訓練と報道。世界の成人69%、米国90%が端末を所有し1日144回操作するとも。

AI turns everyday smartphone use into passive heart-rate tracking(News-Medical)(外部)
2020〜2024年のデータを使用。485名192,353本で訓練、211名162,546本でテストし既存15モデルを上回ったと整理。

Passive Heart Rate Monitoring During Smartphone Use in Everyday Life(arXiv プレプリント v3)(外部)
査読前版。開発225,773本(495名)・検証185,970本(205名)と最終版と異なる数値を記載。数値の変遷を確認できる。

How Your Smartphone Camera Could Track Your Heart Rate(Discover Magazine)(外部)
8秒クリップを1日を通じて統合しウェアラブル並みのRHRを得る仕組みを平易に解説。検証規模はプレプリント準拠。

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【編集部後記】

スマートフォンを開く何気ない数秒が、心臓のかすかな鼓動を映していたとしたら。なんだか少し不思議な気持ちになります。私たちが毎日手にする端末は、これからどこまで体のことを知るようになるのでしょう。便利さと引き換えに、自分の体のデータをどこまで預けたいか。その線引きは、きっと人それぞれだと思います。みなさんなら、こうした「測られる日常」をどう受け止めるでしょうか。一緒に考えていけたらうれしいです。

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